恋の結末
楽しんでいただけたらと思います。
※2018.8.6割り込みにて更新分となります。
山の都での駐在任務自体は、特にこれと言って問題はなかった。
新任の挨拶回りではそれまで情報屋として出入りしていた先々では目を剥かれ、その後は変わらず親しくしてもらっているし、半年に一度とはいえいろんな場所に顔も出してたから街自体にも馴染みはあったしな。
けどそれよりも何よりも重要な問題が、オレにはあった。
「――やっべえ、ヒルダに会いてえ」
夜勤明けの朝、オレは地面にしゃがみこみたくなる気持ちを抑えて頭を抱えていた。
仕事中は――新任挨拶の時の目を潤ませたヒルダにちょっくら暴走して告白しちまったが――私事は抑えるからヒルダを見かけてもわざわざ声をかけに行くこともなく、かといって休みの日は弟とは違うという認識付けの為に家に当然のように入り浸ることもできず。
この一ヶ月、オレはヒルダと同じ街に入るにも拘らずほとんどヒルダと接することがなかった。
「どんな拷問だよ、これ」
会おうと思えば会えるのに、会えない。
それは半年に一度しか顔を合わせることのできなかったこれまでよりも、ある意味苦痛である。
「くっそ。どうする?あれかデートか。デートに誘うか」
生まれてこの方一度も誰かをそんなもんに誘った事ねえけど。
あー、アレだ。女とどっか出掛けた記憶が妹としかないっつー。
どうしたもんかな、と考えていると見覚えのある奴と目があった。
「あれー、ルーカスさんだー」
若干間延びした声は紛れも無い、ヒルダの末弟レオンだ。
「おう、レオン。はよ」
「おはよー。仕事明け?」
レオンは口調も性格ものんびりした奴だった。危機感がなさそうで周りに流されがちだが、たぶんこうと決めれば強いんじゃないかとも思う。
「ああ。これから家帰って寝るとこ」
「じゃあさ、夜とか暇?」
こてん、と首を傾げるのが何とも子供らしいが、こいつもう成人してるんだよな。
「一応次は明日の朝からの勤務だからな。空いてるっちゃ空いてるが」
するとレオンは嬉しそうな顔を浮かべた。
なんか用事でもあったのか?
「さっきアラン兄ちゃんとカイン兄ちゃんと会ってさ、今日姉ちゃんちでみんなで集まって飲もうって話になってるんだけど、ルーカスさんも来ない?」
なんつーおあつらえ向きなお誘い。んなもん返事何ざ決まってる。
「行く」
「だよねー。ルーカスさん姉ちゃんのこと好きだもんね」
「おう。そのうち掻っ攫うから覚悟しとけよ」
ヒルダが寝込んでいる間に三人とはしっかり話し込んだし、オレの気持ちは三人とも知るところである。
一番最初、無理やり墓参りに連れてった時にはアランとカインには敵愾心を向けられたが、看病の件で懐かれたようだ。オレとしちゃ好都合である。
「んじゃあ僕らも夕方適当に姉ちゃんち集合になってるから、またあとでねー」
レオンがひらひらと手を振って歩きだそうとしたところで質問をする。
「何かもってった方がいいものとかありそうか?酒とか」
「え?」
適当に持ってってもいいんだが、一応なんかパーシオ家での習慣とかあったらと思って確認したんだがレオンは目を丸くした。
「えーっと、逆に何か必要なの?」
「人数集まるんなら飯とか酒の買い出しとか必要だろ?」
当然のように答えれば、なぜかレオンは考え込んだ。
いや待てよ、さっきアランとカインに会って決まったみたいなこと言ってたが。
「ちなみにヒルダはこのこと知ってんのか?」
「知らないよー。でもいつもすぐ色々用意してくれるから大丈夫――」
「なワケねえだろうが」
つい言葉を遮って突っ込んじまった。
おいおい、そこも全部姉ちゃん任せってのか?
驚くレオンに勢いよく指を突きつける。
「いいか、いつも女一人で生活してるところにいきなり大の男三人が押しかけてみろ。普通は食材なんか足りるもんじゃねえ。たぶん緊急用の保存食とか色々引っ張り出してきてやりくりしてるぞ、それ」
他にも飯をつくるのが得意な分気づきにくいが作る労力だって相当なものなはずだが、この様子だと誰も手伝ったりはしてなさそうだな。
これはトゥーレの言うように頼りない弟達かもしれねえな。ちっと心配になるわこれ。
このままだとこいつらも今後結婚したりなんだりした後に嫁さんが寝込んだりしたら、絶対困るよな。
「この前ヒルダが倒れたろ。姉ちゃんだって完璧じゃねえんだから、何でもかんでも任せっきりにするな。できることは一緒に背負って助け合え」
仕方ねえ。いっちょこいつらの教育もしてやるか。
オレはそう心に決めてレオンに指示を出すのだった。
それからアランとカインにも会いに行って話をする。
レオンは金がないと言っていたから労力で支えろと買い出しの荷物持ちを言い渡し、アランとカインには酒の用意――支払いと配達――をさせた。
まさか買い物行かない、飯作らない、金出さないとかびびったわ。
どんだけヒルダにやらせてたんだ。っつーか、どんだけヒルダは弟達に愛情を注いでたんだ。
そんなこんなで三人に指示を出したオレはとりあえず――寝ることにした。
なんせ久しぶりのヒルダの家だ。心ゆくまで堪能したいに決まってる。
寝て、夕方起きてヒルダのとこに行く。んでそこで肴でも作って最後に一緒に片づけりゃいい。
ついでに違いを見せるためにまず三人とオレの共通点が確認できりゃいいか、ってな感じだ。
オレは家に戻るとごそごそとベッドにもぐりこむのだった。
+ + +
「うっす、邪魔するぜ」
夕方、オレはヒルダの家へと行った。
手土産に自警団のおっちゃんにもらったちょっと珍しい酒も持参している。
「ルーカスもだったの?」
「聞いてねえのか。朝レオンに会って誘ってもらった」
「そ、そう」
ヒルダのどこかそわそわした様子は、駐在騎士になったことを伝えて面と向かって告白した時から続いている。どうやらアレだけでも効果はあったらしい。全くもっていいことだ。
とはいっても出会い頭くらいのもので、それからはオレが今までとは変わらない態度を見せることに安心するのか、いつも通りになるんだがな。
「準備とか大変だろ。もう全部飯作っちまった?」
すでに会話が弾んでいるらしい居間の声に尋ねる。
もう酒盛り始めたんだとすると遅かったか?
「まだよ。三人には飲み始めてもらってるけど、つまみをもう少しね」
「んじゃヒルダも三人に混ざっとけよ。残りはオレが適当に作っとくから」
「いいわよ。せっかくなんだからルーカスも飲みなさい」
会話しながら居間のドアをくぐると楽しそうにしている三人の姿が目に入った。
「あっ、ルーカスさんだ」
「こんにちは」
「おつかれさまです」
三人はそれぞれにオレに声をかけきて、レオンなんかは立ち上がってすぐさまオレの手を引っ張った。
「こっちこっち。ルーカスさんには話があるんだー」
「いやオレ、肴作りてえんだけど」
「えー、いいじゃん。ちょっとだけ。できれば先に話したいことがあるんだかからさー」
言われながらぐいぐいと引っ張られて、ヒルダがレオンを後押しするように言った。
「つまみなんてすぐ終わるわよ。気にしないで飲んでて」
「んー……ま、いっか。あとで追加分とかあったら作るからな」
「じゃあその時はよろしく」
「おう」
そうしてヒルダが台所へ行くのを見届けるや否、今度はアランがオレを呼んだ。
なんだなんだ、人気だなオレ。
「ルーカスさん、今日のことなんですけど」
どことなく会話の輪を狭めて、声が潜められている。
「あん?」
カインがオレの前に酒を注いで置いてくれるのを傍目に三人を見ると、どことなく真剣な表情をしていた。
「ありがとうございます。今まで何もしたことなかったけど、姉ちゃんが大変だったってことがわかりました」
「まさかあんなに喜んでくれるとは思わなかったよね」
アランとかインが顔を見合わせうなずき合っている。
「よく考えれば食費もかかるってわかったはずなのに、全部姉ちゃん持ちだったもんな」
「ちょっと、いやかなり反省だよね」
ややバツが悪いのは今までの自分たちの行動を思い起こしてのことだろう。
こいつらは姉ちゃんになんでも押し付けているわけじゃない。気づいてないだけで、そこを指摘してやればいいのだ。そうすれば姉ちゃんが大好きなこいつらは落ち込むし反省もする。きっと次回に活かせるはずだ。
「気づいたんだったらいいんじゃねえの?これから行動で示せばいいだけだろ」
「うん、だからこそルーカスさんにはお礼を言いたくてね」
「だよね。僕、荷物持っただけなのに姉ちゃんすっごく嬉しそうでさ、もっと頑張ろうって思っちゃったよ」
「おう、いくらでも頑張れ。張り切りすぎて空回りだけしないようにな」
「はーい」
全くもっていい変化である。
そうして四人で乾杯をして酒を酌み交わす。
「ま、なんか気になることがあったらいつでも来いよ。オレでよけりゃいくらでも相談に乗るからよ」
「格好いいなー。さすが騎士様だね」
それからしばらく他愛のない話をする。
今日食べた昼飯がどうとか、最近街に入ってきた見たこともない果物の話だとか。
そこに時折混じる思い出話がオレにとっては貴重であり、それらを話すこいつらが笑顔を浮かべていることが、なにより酒を美味くさせた。
「何の話?」
そうこうしてるうちにヒルダも加わり、一層朗らかな雰囲気になる。
最後に持ってきた肴に食いつくと久しぶりに味わうヒルダの飯に思わずがっつく。美味え。
「あっ、ちょっとルーカスさん!それ食べたかった」
「悪いな。食っちまったわ」
山の都に来たのに、まだ一度もヒルダの飯を食ってなかったからな。飢えてんだよ。
そこから酒もそこそこにがっつり食いまくって、あらかた満足したら今度はオレが足りない分を作っていった。
「――今日はありがとうね」
三人が酔い潰れた後、それぞれを部屋に放り込み片づけをしているとテーブルを拭いていたヒルダが満たされた表情で言った。
「なんだかいつもよりも楽しかったわ。片付けもしてもらっちゃってるし」
「オレも楽しかった。思い出話なんか特にな。みんな仲が良くて、ここは本当に居心地がいいのな」
「ええ。大切な家族よ」
そうしてテーブルを拭き終わったらしいヒルダが顔を上げて、そして何かに気づいたようだ。
「ところでルーカス。貴方、確かお母さんと妹さんとの三人暮らしだったわよね?駐在期間三年って、ずっと実家に帰らないつもりなの?」
ああ、それか。
「女性二人でしょ?うちみたいに呼べばすぐ会えるようなところに住んでるわけでもないし大丈夫なの?」
どうやらヒルダはオレの家のことを心配してくれているようだ。
ほんっと優しいのな。抱きしめちまいたくなる。
「それなら問題ねえよ」
ごみを全てまとめ上げたオレは、にっと口の片一方を上げた。
怪訝そうな顔をするヒルダに二ヶ月前に起こったことを伝える。
「妹が結婚したんだよ」
「あら、おめでたいじゃない」
「おう。んで厳密には違うんだが婿入りみたいなもんでな。実家で一緒に住むことになったんだわ」
オレが王都を発つ時のことを思い出す。
まだ若手の域を出ない真面目な後輩はオレの出立に不在中はしっかり守ってみせると硬くなっていた。
今頃は妹と母ちゃんに弄られつつも上手い具合にやってるだろう。
「それなら安心ね」
「そういうこった」
最悪はオスク先輩に頼もうかとも思ったが、まさか妹が後輩とすれ違いでやきもきしてるとは思わず、知った時はオレの出立までにまとまるようにと願ったもんだった。最終的には妹に夜這いをさせたんだが、これがまたいい感じに転がってなんとか挙式も済ませられた。
「っつーわけでだ」
王都に残してきた家族の事を思い浮かべて、そしてオレはヒルダのすぐ目の前までやってきた。
「今度はオレの番ってな」
近くまでやってきたオレに疑問符を浮かべるヒルダを囲うようにテーブルに手を伸ばす。
そうすればかなり近くまで迫ることになり、それに気づいたヒルダは顔を赤くさせて布巾を持つ手に力が入ったようだ。
これ行けそうじゃね?
「や、あの……」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえて、がっつきたいところを押し留める。
至近距離で顔を覗き込めば、やがて視線を彷徨わせていたヒルダが困り果てたようにオレを見上げた。
「本気なの?」
赤い顔に潤んだ目で嫌がる事もなく囲われたまま、この距離で上目遣いはヤバイだろう。
「本気だ」
あとはもう無意識だった。
がっつり抱きしめて、口付けて、そんでもって背中から降りた手が尻を揉――
「っ何やってんのよ、この助平!」
頬を打たれてはっとする。
あ、理性飛んでたわ。
ヒルダは顔を赤らめ瞳を揺らしながらも肩を怒らせていた。
「わ、わた、まだ何にも、答えてないのに……」
わなわなと震えて、それからヒルダは大きく息を吸った。
「で、出ていきなさい!こんな強引なことして、わたしが応じるわけ、ないでしょう!?」
おー顔真っ赤でこれはまたかわいいもんだ。
これはもう完全に脈アリと見た。
「っなにニヤけてるのよ!」
「悪かったって。粗方片付けも終わったし今日は帰るわ。また今度な」
とりあえず今日のとこは引きさがろう。けどまあ、あとは完全に力押しだな。
一緒に過ごしてみたけど弟との共通点とかはまるでわかんなかったし、違いを見せつけるまでもなく、なんかやたらと意識してくれてるし。
だったら押して押して押しまくるしかないよな?
「今度も何もないわよ!」
「はいはい。またなー」
軽くパニックになっているヒルダに後ろ手で手を振ると、オレは勝利の確信に一人笑みを浮かべるのだった。
* * *
四年前の子供失踪事件を突き止めた英雄が駐在騎士としてやってきた。
それは瞬く間に街の中に広まり、ルーカスは誰もが知る有名人になった。
「ちょっと野性味があって、格好いいわよね」
「とっつきやすいし、何でも言いやすいんだよな」
もともとが英雄なわけだけど、ルーカスの性格も手伝ってか評価はすこぶる高い。
いまでは若い子たちが揃って黄色い声を上げているし、ちょっと気難しい年配の方々もなぜか軒並みルーカスを可愛がっているようにも見える。
有名人、むしろ人気者と言った方が正しいかもしれない。
そんなルーカスは仕事中は職務に関すること以外でわたしに近づくことはなかった。
離れたところで目があっても、その目がほんの一瞬和らげられるだけ。
決してレオンのように駆け寄ってくることはなかく、それどころか手を振ったり笑みを浮かべることすらなく、やっていることを継続する。
そのかわり――
「ヒルダ!今帰りか?」
仕事中でない時に見つかるとそれはもう一目散にやってくる。
声に体を震わせている間に、ルーカスはすぐ隣までやってきた。
「え、ええ」
――逃げ損ねてしまった。
やや緊張いながらぎこちなく頷くと、ルーカスはすぐさまわたしの手荷物を奪ってしまった。
「家まで送るぜ」
わたしの心境なんて露知らず、ルーカスは鼻歌交じりである。
「ちょっと返してよ」
慌てて手荷物を取り返そうと手を伸ばすものの、半歩引いたルーカスに避けられてしまう。
「好きな女に荷物持たせるとかねえから」
「ぅくっ」
飄々と言われたそれについ動きを止めてしまう。
はからずも鼓動が早まってしまう。
「何もしねえから安心しろって」
「嘘言いなさい。この前のこと、わたしはまだ怒ってるのよ!」
突然迫られてキスまでされて。しかもお尻まで触-―か、考えちゃいけないわ。
慌てて首を振って息も荒く睨みつける。
だけどルーカスには何の効果も得らなかったらしく、悪びれる様子もなく口を開いた。
「あれはヒルダも悪いだろ。あんな顔で大人しくされたら誰だって襲うだろ」
「襲ってない!わたしは襲われてない!」
「未遂だったもんなー。残念」
「ちょっと!」
思わず声が大きくなって、はたと気づけば注目を集めてしまっていた。
襲うとか襲わないとか未遂とか。
あまりの居た堪れなさに俯いてしまう。どうしよう、恥ずかしすぎる。この場から逃げたいのにルーカスが荷物を持ってるから逃げられない。
「なあ、ヒルダ」
「なによ」
珍しく真剣な表情になったルーカスを虚勢を張って睨みつける。そうでもしなきゃどうにかなってしまいそうだった。
「結婚してくれ」
「〜〜〜っ」
恥ずかしい。でも嬉しい。
「絶対後悔させない。幸せにする。笑いの絶えない人生にしてやる。だから結婚してくれ」
あまりにも真摯な眼差しに、ついルーカスを見つめる。
鳶色の目に射止められたかのように釘付けになって、つい小さく頷きかけたところで――
「えー!ルーカス騎士ってパーシオ先生のこと好きなんだ!」
学校に通う最上級生の子の声が辺りに響いてはっとする。
こんな衆人環視の中で求婚されて、それを受けようとするなんて……!
「おう。もう片思い五年目だぜ?」
興味津々な子供に勢いよく肯定するルーカスの言葉に、周囲がやや驚いているのがわかった。
そんなにふられ続けてるのに諦めないのかとか、騎士を四年も袖にし続けるってすごいなとか、そんな囁きが聞こえてくる。
「けどいま頷きかけたよな?」
「ち、違っ」
「オレの目は誤魔化されねえぜ。いまヒルダはしっかり頷きかけてた」
さっきまでの真摯な眼差しはすっかりと消えて、期待に満ちた、明らかにワクワクとした子供のような表情が目の前に広がる。
「そんなことしてない!」
「えー、ダメか。いい加減嫁に来て欲しいんだけどよー」
「パーシオ先生、ルーカス騎士のどこがダメなの?」
残念そうに肩を落とすルーカスと、純粋な瞳の子供。
「どこって言われても……」
困ってしまう。
ルーカスと結婚しない理由?ルーカスがダメな理由なんてどこにもない。
強いて言うならこのデリカリーのなさだけど、それだってルーカスの個性だ。本当に嫌で嫌でたまらないわけでもない。
けどそうすると理由なんてないわけで。
「パーシオ先生?」
口ごもってしまうわたしに子供が催促するように声をあげて、そこで気づく。
さっきよりも注目を受けている。通りを歩く人々の注目を浴びていて、わたしに視線が集まっていて、わたしは今置かれている状況に耐えられなくなった。
「何もかもよ!」
潤む目で言い放ち駆け出す。
アランの家に行こう。そうすれば荷物がなくたって何とかなる。
なんなの。
なんでこうなの。
恥ずかしいったらない。
どうしてあんな、人目も憚らずに開けっぴろげなの。
じわりと滲む涙を目をつぶって追いだすと、わたしは迷うことなくアランの家へと向かった。
+ + +
それから三ヶ月。
ルーカスは事あるごとに結婚してくれと迫ってきていた。仕事中はないけれど、そうじゃない時は一切手加減がない。
おかげで街中がルーカスとわたしの求婚劇を知っている。本当に、恥ずかしいことこの上ない。
「結婚してくれ」
「嫌よ!」
「愛してる」
「し、知らないわ」
「嫁さんになってくれ」
「お断りよっ」
恥ずかしい勢いのままに首を振り続けているわたしだったけどどうしようもないくらいに惹かれている自分がいた。
弟ではないと認識を新たにすれば、ルーカスは惚れ惚れするような男前なのだ。
自由で無神経なように見えて、繊細で優しい。揉め事があれば自ら突っ込んでいって和解させるし、迫ってくる女の子たちにはお礼を言いながらも毅然とした態度で断り続け、決して仕事を放り出すこともない。
なにより倒れた時のあの温もり。心の底から安心できるあの優しい温もりは何にも変えがたい。
それは認めざるを得ない、事実だった。
だけど――
「頼む、この通りだ!」
オープンカフェの片隅で繰り広げられるそれに、わたしは今日も力いっぱい否定した。
「頼むものじゃないでしょう!?」
どうしてこう、何もかもが大っぴらなのか。
弱っている人へ向けるあの繊細さは、どうして通常時に発揮されないのか。
結婚って、プロポーズって、もっとこう雰囲気があるものじゃないの?
なんだかこの押し問答に泣けてくる。
ルーカスのことは好き。結婚したい。だけどこれはあんまりだ。
……もちろん、恥ずかしくてつい否定してしまう自分も悪いのだけど、いつまでも続きそうなこの求婚劇になんだか涙が出てきそうになる。
「じゃあどうしたら結婚してくれるんだ?」
じんわりと目頭が熱くなっていると、初めてとも言える問いかけが返ってきた。
「オレはヒルダがいい。これからの人生をヒルダと歩みたい。どうしたら、オレの手をとってくれる?」
荒々しくない程度にテーブルに手をついて、ルーカスが言い募る。
その顔があまりにも真っ直ぐで、真摯な眼差しで、それがまた恥ずかしくもあって。
わたしはとっさに心にもないことを口走った。
「きっ……騎士長!騎士長になったら結婚してあげるわ!」
いつもの断り文句と同じように、ついて出た言葉だった。
一瞬呆けた顔をしたルーカスが喜びの雄叫びを上げ、そして勢いのままに抱きついて来て公衆の面前でキスをしてきた。
「ちょ、ちょっとルーカス!?」
――まさか、この時すでにルーカスの騎士長昇進がほぼ確定しているとは露ほども思わなかったわたしは、ただ目を白黒させるのだった。
読んでいただきありがとうございます。




