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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【一途】ルーカス
21/79

事件の行方

 楽しんでいただけると嬉しいです。

 ヒルダ視点になります。

(※2018.3.30誤字修正済み)

 朝起きると、外着のままベッドに丸まっていた。

 寝起きでぼんやりとあたりを見まわしてしばらく、徐々に覚醒する頭でわたしは昨夜の出来事を思い出した。


 夜に学校に見回りに出たら、教員室に不審な人物を見つけた。

 まさか本当にいるなんて、と驚き半分恐怖半分で、わたしはとっさにカンテラの火を消して様子を窺った。

 ――その人物は机に伏せて寝ているのか、わたしには気づいていないらしく、そいつを捕まえて子供たちの居場所を割らせようとフライパンを握りしめた。

 そして、


「子供達を返して!」


 恐怖を追いやるように力いっぱい握ったフライパンを振りおろしてみれば、その人はしばらく頭を抱えて悶絶していた。

 その間にもう一撃でも見舞ってやればよかったのに、わたしは間の抜けた男の声に固まってしまった。


 その後捕まって連れ去られて、ああ、わたしは殺されるんだろうと思ったんだけど、そうはならなかった。

 連れられて行ったのは騎士の詰所で、そこに控えていたトゥーレ騎士と不審な男は挨拶を交わしてわたしは解放された。


 どうやら不審者は駐在騎士が応援に呼んだ調査専門の騎士だったらしい。


 ――なんて紛らわしい。心の底からそう思って、そうして安心してしまったんだろう。

 話が終わって家に帰るという段階になった所で腰が抜けていることに気付いた。

 どうしようかと困っていると不審者じゃなかった騎士――ルーカス騎士がわたしのことをおんぶした。


 やや行き遅れ感はあるものの女性に対しておんぶって、ちょっと、どういうこと?


 トゥーレ騎士も同じような事を考えたのだろう。控えめにルーカス騎士に声をかけてくれた。けど本人はどこ吹く風で、結局家までおんぶされてしまった。

 なんというか、デリカシーのない人だった。


 それなのに。


 家に着くとソファに降ろしてくれて、また騎士の詰所に戻るんだろうと思っていたのに立ち去ることはなかった。

 それどころか台所を漁ってお酒入りの甘いミルクティーを淹れてくれて、わたしに付き合うかのように向かいに座って他愛のない話をし始めた。

 恐怖。安心。それらが通り過ぎてしまったわたしは目が冴えきっていて、とてもじゃないけど眠れる気はしなかった。

 だからルーカス騎士の話に興じたんだけど……。


「寝てしまったのね」


 ふぅと一つ息をついてベッドから起き上がる。

 わたしが寝た後、ここへ運んでくれたんだろう。ひょっとするとわたしの状態を気遣って眠るまで付き合ってくれたのかもしれない。

 デリカシーがないって思ったけど、意外と繊細なのかもしれない。


 とりあえずわたしはそこで一度首を振った。

 昨夜のことはともかく、今日もきちんと働かなくては。

 心を切り替えて服を着替えて髪を結うと、部屋を出る。これから朝ごはんを作らなければ。三食きっちりバランスよく。それが健康の秘訣だ。

 けれども階段を降りていくうちに何かの音が聞こえることに気づいて、その速度を緩める。

 時折不規則になるその音はどうやら居間から聞こえているようで、不思議に思いながら覗いてみる。

 そこで目にしたのはソファでいびきをかいて眠るルーカス騎士の姿だった。


 あ、これ間違いなくデリカシーないわ。


 即座にそう判断してため息をつくと、わたしはルーカス騎士の目の前までやって来た。

 そして気付く。臭い。

 男性特有のにおいとか、汗とか、草木の青臭さとか、なんかとにかく不衛生な感じが堪らない。

 うちに逃げ込んで来た挙句に酒盛りしてそのまま寝落ちする弟達のそれと同じである。


 なんだか頭痛がしてきて額に手を当てて息をつくと、わたしは何の遠慮もなくルーカス(・・・・)の肩を掴んだ。


「起きなさい!朝よ!」


 耳元で大声を張り上げて容赦なく揺らすことしばし。ルーカスは薄っすらと目を開けた。


「起きて、ほら!」


「ん……あー?」


 まだ半分夢の中にいるらしいルーカスに、わたしは最後にその頭を軽く叩いた。


「いい加減起きなさい。あんた臭いわよ。浴室貸してあげるから体と、ついでにその服も洗っちゃいなさい」


 ようやく目を開けたルーカスに、わたしは返事を待たずに二階へと戻った。

 今度は弟達が使ってた部屋に入ってクローゼットにある服を一式取り出す。丈も大体一緒でしょう。


「起きた?浴室はあっち。あるもの適当に使っていいから。これ着替えね」


「……おー」


 覇気のない返事のルーカスに無理やり着替えを渡して浴室に押し込める。

 続いて手早く顔を洗って朝ごはんの支度に取り掛かる。

 いつもは一人分だけど、今日はその四倍の量だ。どれくらい食べるかわからないけど、少なくとも弟ならわたしの倍は食べる。

 手早く作り終えて浴室に目を向けるけど、水音が響いているところを聞くとまだかかりそうだ。


「いただきます」


 付き合っていて学校に遅れてはいけないし、先に食べていよう。そのうち出てくるでしょう。

 そう思っていたのに、食べ終わってもルーカスは出て来なかった。


「いつまでやってるの……って、どうしたのよ?」


 脱衣所に様子を見に行けば、なぜかそこで頭を抱えてしゃがみ込んでいるルーカスの姿があった。

 声をかけるとなぜかすがるような眼差しを向けてきた。


「なあ、この服誰のだ?」


 誰って、そんなの決まっている。


「弟のだけど。サイズでも合わなかった?」


 ひょっとして小さくて破いたとか?だったら繕えばいいだけだし気にしないけど。

 と続ける間もなくいきなりルーカスは立ち上がった。なんか急に元気が出たみたいだけど、意味がわからない。


「なにしてんのよ」


「なんでもねえ。服はちょっとキツイけど問題ないだろ」


 よくわからないけど気を取り直したらしいルーカスはそう言って軽く腕をまわした。


「今日から調査してくれるんでしょう?」


「おう。駐在所行って詳細確認して、そこからだな」


 消えた子供達。早く、元気に帰ってきてほしい。

 その思いをのせてルーカスに、


「頼んだわよ」


 と伝えれば、ルーカスは「任せとけ」ときりっとした表情で返して居間へと出て行った。


 体を清め、目を覚ましたルーカスを改めてみると、なかなかに精悍な存在だった。

 墨色の髪に日に焼けた肌。何と言ってもその鳶色の目が強い光を湛えている。弟達とそんなに変わらない感じかと思った体もどうやら筋肉質らしくて、服がキツそうに見える。

 そんな姿に少しだけ――ほんの少しだけ見惚れていると、もの凄い大きなお腹の音が鳴り響いた。

 瞬間、なんとも情けない表情が精悍さを消失させた。まるで捨てられた子犬のような眼差しをこっちに向けてくる。


「ちゃんと用意してるから座りなさい」


 見惚れた自分にも頭が痛くなりそうだ。

 呻くように言うとわたしはルーカスの分を盛り付けて出した。


「いただきます」


 目を輝かせ、手をあわせるのも一瞬のこと。ルーカスは一気に料理を掻き込んだ。


「うめえな」


 行儀が悪いわけではない。

 けど、その平らげる速さがすごいのなんの。

 あまりの速さに見つめていると、すぐに完食されてしまった。


「……足りねえ……」


 今度はとてつもなく悲しそうな顔で空になったお皿を見つめてる。

 なんというか、心底自由人だ。本当に騎士とは思えない。


「……おかわりもあるわよ。好きなだけ食べなさい」


「いいのか!?」


 嘆息まじりに言えばそれは嬉しそうに顔を上げるもんだから、なんだか憎めない感じがして思わず笑みを浮かべてしまった。


「いいけどあとは自分で盛ってね」


「了解」


 言うが早いかルーカスは素早く台所へと向かった。

 そうして戻ってきたルーカスのお皿の上は見事な山もり。たぶん残り全部無理やり盛ったんだろう。

 ってことは一人で三人前平らげるのか。さすがにそれはないだろうと思いつつ作った量だけど、案外ちょうどよかったのかもしれない。

 再びご飯を掻き込むのを見ながら、私はチェストから予備の家の鍵を取り出した。


「先に出るから、戸締り頼んだわよ」


「もう行くのか?」


「全部盛ったんでしょ?だから鍋とかは洗ってくけど、その後すぐに出るわ。食べた後のお皿は水に浸しておいてくれればいいから」


 するとルーカスは口の中のものを飲み込み告げた。


「だったら鍋もそのまま置いといてくれ。一緒にあとで洗っちまうから」


「何、洗ってくれるの?」


 弟にはまずない台詞に目を丸くするけど、当のルーカスは真面目な顔をしていた。


「当然だろ。一晩寝かしてくれて飯までつくってくれてんだからよ」


「あ、そう。じゃあ頼んだわ」


 なんだか拍子抜けである。けど、いつもよりやや時間の押している状況ではありがたい申し出だった。


「それからメシ、すっげー美味いわ」


 こちらも弟からは言われたことのない台詞で少しだけ違和感を感じながら、わたしは頷いた。


「ん。じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 そうして手を振られて、わたしは家を出た。

 デリカシーがないんだけど、妙に気がきく男。弟のようで弟ではないその存在に不思議な気持ちになりながらも学校へと向かうのだった。


 + + +


 それから二日が経った。

 一度ルーカスは学校にやってきて、わたしを含む学校関係者全員から話を聞いていたけど、なんというか――


「あの情報屋って使えるのか?」


「騎士団が依頼したって話だけど、ありゃただのボンクラだろ」


「二日たて続きで早い時間から娼館に籠ってたらしいぞ」


「昨日なんか嫌がるトゥーレ騎士を無理やり引っ張ってったってな」


 まわりの学校関係者たちからは不審な声しか聞かなかった。


「お先に失礼します」


 未だ仕事を続ける男性職員の輪を抜けて、わたしはカバンを手に立ち上がった。


「お疲れ様でした」


 帰路につきながらわたしはぼんやりとさっきの会話を思い出していた。

 ルーカスは調査騎士だと言っていた。だからただのボンクラではないはずだし、トゥーレ騎士も調査の腕は自分たちとは比べ物にならないと言っていた。なによりオレに任せろと言った時のルーカスの表情は本気だった。

 だけど一体何をしているのか。

 あれからは学校で顔を合わせたっきり、ルーカスを見ていなかった。


「早く見つかって」


 祈るように呟いて顔を上げると、わたしは自宅のドアに鍵を差し込んだ。

 だけど開けようと回してみても空回りしている。どうやら今日は弟が駆け込んできているらしい。

 いつも何かあるたびにうちに逃げ込んでくるから引っ越すこともできない。


「ただいま」


 今回は誰が帰ってきてるのか。

 声をかけて家へと入れば、すぐに返事があった。


「おかえり」


 ……ん?

 返ってきた声にぴたりと動きを止める。これは弟の声じゃない。

 だけど最近聞いたことのある声にまさかと眉を顰めて居間へと入れば、予想通りの人物がそこにいた。


「なんでいるのよ」


 素直な感想である。

 どうして家族でもないルーカスがここに居るのか。だけどルーカス自身は気まずそうな雰囲気もなく堂々としていた。


「鍵もらったから」


「あんたねぇ……」


 深いため息がもれる。あげてない。戸締りは頼んだけど、あげたわけではない。


「それはさておき、ヒルダに頼みがあるんだ」


 こちらの心境など全く気にも留めず、ルーカスはわたしの前までやってきた。


「なによ」


 騎士は尊敬できる存在のはずだけど、ルーカスには当てはまらない。この言動の自由さは弟と同レベルだ。

 故にぞんざいな扱いで充分。


「焼き菓子作ってくれねえ?」


「は?」


「焼き菓子。形が崩れにくくて量がたくさん出来て持ち運びやすいやつ」


 娼館に入り浸ってると聞いたけど、女の次はお菓子?

 脈絡のないルーカスの言動には疑問符しか浮かばなかった。


「子供が見つかった時に腹減らしてる可能性があるから、なんか持って行きたい」


「っ居場所がわかったの!?」


 ルーカスの言葉に思わず詰め寄った。服の胸元を掴んで見上げれば、ルーカスはにっと片一方の口の端をあげた。


「目星はついた」


「本当?だってまだ二日よ、一体どこに?」


 一ヶ月探し続けてもなんの手がかりもない状態だったのに。

 信じられずにいるとルーカスがわたしの頭をぽんぽんと叩いた。


「任しとけって言ったろ?ただ、見つけてもすぐには救出できない可能性があってな。その時の為に菓子がほしい。材料はそろえてあるから、頼めねえか?」


「わかったわ。すぐに作る」


 わたしは言うが早いかカバンを置いてエプロンをつけた。子供たちの為ならいくらでも作ってあげよう。

 台所には小麦粉や卵、それにバターまで用意されていて、ふと疑問が浮かぶ。


「でも、店でパン買えばいいんじゃないの?」


 そっちの方が用意するには明らかに早い。わざわざお菓子を焼く必要はないと思うんだけど。


「いんや、ちょっと移動しずらい場所に行くから、持ち運びがしやすい方がいい。おそらく最低限の飯しか与えられてないだろうから栄養価の高そうなものがいいだろうし」


 確かに卵にバター、蜂蜜を使えば少量でも栄養価は多少なりともいい。

 なるほど、と話を聞きながら調理器具をとり出していく。


「それにオレや騎士が六人分のパンやら菓子なんか買ったら犯人に気づかれちまうかもだろ?せっかく使えない情報屋演じてんのに気づかれて先手打たれてもしょうがねえしな」


 ルーカスはそう肩をすくめた。


「じゃあ連日娼館通いってのは」


「表から入って裏から出てる」


 そういうことだったらしい。

 なんとなく感心して見上げると、ルーカスはにやにやしていた。


「けど昨日は見ものだったぜ。優秀で美形でそりゃあもう素敵な素敵な若手騎士が無理やり娼館連れ込まれるとか」


 そういえば男性教員が言っていた。嫌がるトゥーレ騎士を――と。


「それ、巻きこむ必要があったの?」


 トゥーレ騎士は若手とは思えないほど落ち着いていて、思慮深い人だった。紳士の中の紳士とも言えそうな、そんなトゥーレ騎士をわざわざ娼館に引きずり込むとは。


「え、一応あったぞ?トゥーレがオレの補佐にまわってて、結構付きっきりなんだよ。だから夜の調査とか進めるのに一緒に入ったほうがやりやすくてよ」


 後で落ち合うのも時間がかかるし、とルーカスは言う。

 なんだかかわいそうな気もするけど、仕方がないことらしい。


「つっても、昨日は娼館のネエちゃんたちが狂喜してトゥーレのこと取り囲んじまってな。いっつも涼しげな顔してんのにぎこちない表情してたもんだから面白くなって娼館に置いてってみた」


「それじゃ意味ないでしょうが」


 なんだろう。感心したり、見直したりするとすぐにコレだ。最終的には残念な結果しか持ってこない。


「それ、混ぜるんだったら手伝うぜ」


 呆れかえっていると、小麦粉や蜂蜜の混ざったボウルにルーカスが手を伸ばした。

 けれどもわたしはボウルを自分のもとに引き寄せ首を振った。


「出来上がったら起こすから、少し寝なさい。疲れてるでしょ」


 初めて会った時と何ら変わりない様子にも見えたけど、どことなく疲れているように感じた。

 言われたルーカスは一瞬きょとんとして、それからがりがりと頭をかいた。


「あー、ヒルダって」


「ん?」


「いい女だな」


 思いもよらない突然の言葉に、生地を混ぜ合わせる手を止めた。

 ルーカスは少し照れたような表情をしていて、からかわれたわけではないと判断する。


「褒めても何も出ないわよ」


 とりあえずそう返事をして作業を再開させる。

 視線を混ぜ合わせている生地へと落としていると、ルーカスはしばらく頭をかいていたけど、やがてその手を下ろした。


「子供たちへの愛情は?」


「愛情なら既にたっぷり注いでるわよ」


 ここに、とヘラでボウルの中を指せば、ルーカスは一瞬目を和らげた。


「そんじゃ、お言葉に甘えて少し休ましてもらうわ」


「わたしの部屋じゃなかったらどこの部屋のベッド使って寝てもいいわよ」


「いんや、ソファがあれば十分だ。熟睡しちまうとまずいしな。――おやすみ」


「おやすみなさい」


 そうしてルーカスは台所を出て行った。

 さて――わたしは気合を入れて焼き菓子作りに精を出した。


 毎日学校の厨房で大量にご飯を作るわたしにとっては六人分の焼き菓子はそれほど手間なものではない。

 厨房ではなく自分の家ということで一度に大量に焼くことのできないことを除けば楽なものである。

 手早く洗い物を済ませて焼きあがり待ちの時間に居間を覗けば、ルーカスはソファに横になっていびきをかいていた。

 さっきは気付かなかったけど、うっすらと隈ができている。きっと休む時間を削って調べてくれていたんだろう。

 わたしはそんなルーカスにタオルケットをかけると、再び台所へと戻った。


「よしっ」


 お菓子ができたらルーカスはすぐに動き出すだろう。ひょっとしたらご飯もあまり食べられないかもしれない。

 そう思うと応援しないなんてことは考えられなかった。

 ――ルーカスが頑張ってくれているのだから、わたしはわたしのできることをして支えなくては。

 焼き菓子が焼きあがるまでに、わたしは手早く食べられて身体にいい食事を作り始めるのだった。


 + + +


 お菓子が焼きあがって、熱を冷ますまでの間にルーカスを起こした。


「できたのか?」


 寝る前に言っていたように、ルーカスは熟睡はしていなかったらしい。朝まで寝ていた時とは違ってすぐに目を覚ませた。


「いま冷ましてるところ。少し早いけど起きてご飯食べちゃって」


 既にテーブルに配膳している料理を指せば、なぜか手を掴まれた。


「あ、悪い」


 驚く間もなく手を放される。何がしたいんだろうか。


「大丈夫?」


 よくわからないけど、疲れで頭が働いてないのだろうかと声をかければがりがりと頭をかきながら「おう」と短い返事が返ってきた。

 そうしてルーカスは手を合わせて「いただきます」というと、しっかりと咀嚼してご飯を食べ始めた。


「この後どうするの?」


 向かいに座って問い掛けると、ルーカスはしっかりと答えた。


「トゥーレの家に寄って、そこで装備を整えて二人で捜索に出る」


「装備って、一体どこに行くの?」


 見つけてもすぐに救助できないかもしれない。

 移動しずらい場所に行く。

 そう言ってたけど、この街にそんな場所があったかどうか。


「崖下り。まあ登ってもいいんだけど、たぶん降りたほうが発見は早そうだしな」


「崖ってまさか」


「街の外門からすぐ崖になってるとこがあるんだって?そこから降りて探す」


 ずっと街の中を探していたけど、ルーカスは外だとみているらしい。それも崖の下に。


「ちょっと待って。どうしてわざわざそんなところに子供達を?一体何の目的で」


 そもそも犯人は?

 そう問いかけたところで、ルーカスが片手で制した。


「気になるだろうが、解決まで待ってくれ。……子供達は絶対に生きて帰らせる。約束する」


 あまりにも真摯なまなざしに、わたしはそれ以上言うことはできなかった。

 ただの口約束のはずなのに、その言葉はすごく力があって、わたしは安心感から少しだけ泣きそうになりながらも頷くのだった。


 ルーカスがご飯を食べ終える頃には、焼き菓子はすっかり熱がとれていた。


「ありがとな、急な頼みだったのに」


「いいのよ。子供達を見つける為だったら、出来ることはなんだってするわ」


 言いながら玄関まで見送ると、入口でルーカスが振り返った。


「これなら子供たちも元気が出るだろうな」


「どういうこと?」


 問い掛ければルーカスは手にした焼き菓子の包みを持ちあげた。


「甘い物の方が嬉しいだろうし、毎日ヒルダの作った飯を食ってたんだったら、ヒルダが作ったものの方が安心できるだろ」


 デリカシーがない。なのにやっぱり繊細で、優しい。

 思いもかけない言葉に、わたしはしばらく言葉を失った。


「んじゃ、いってくるわ。飯もごちそうさん」


 目を大きくして見つめる中でルーカスはそう言うと背を見せた。


「……いってらっしゃい」


 わたしがそう返すことができたのは、そんなルーカスの背が小さくなった頃だった。

 読んでいただきありがとうございます。

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