事の発端
ルーカス編になります。
楽しんでいただければと思います。
(※2018.3. 29誤字修正済み)
日没直前の薄暗い山の中。
オレはカンテラを手に山を登っていた。
道無き道は鬱蒼と茂る木々に覆われて月明かりすらも遮られている。
「なんでオレがこんな僻地に来なきゃいけねえんだよ」
虫の声と小さな動物の気配だけの中、ただ一人愚痴たらたらで進んでいく。
仕事で王都を離れてもう半年以上が経つ。
あれこれと各街での調査を終えてさあ帰ろうかと思ったところで指令がでた。
――あと一件まわってこい、と。
それだけならよしとしよう。一件くらいオレならあっというまにこなせる。
だがよ、これが王都から遠く離れた馬鹿高い山の頂にある特別自治区となると話は別だ。王都から山の麓まで一ヶ月かかる上に徒歩での山登りときたもんだ。
やってらんねえ。
こんなに移動に時間がかかる場所にどうしてオレが差し向けられなきゃいけない。
長くても三ヶ月くらいで一旦は王都に帰るのが普通なのに、オレはすでに半年も帰ってなかったんだぜ?
「あーもー面倒くせえ」
ぼやかずにはいられない。
なんでオレが指名されたか。はっきりとは言われてねえけど薄々気づいてはいる。
この辺りで仕事をこなしてたのはオレを含めて四人。全員王都を離れて二ヶ月以上が経ってたが、順当にいけばオレは半年の期間帰られずにいたから真っ先に除外されるべきだった。
だが。
あいつは新婚で、こいつは子供が生まれたばっか、もう一人は婚約状態で結婚間近ときたもんだ。
「くっそ、オレが結婚したら覚えてろよ」
とはいえ恋人もいなければ結婚願望もない。
自由気ままなおひとり様生活を謳歌しているオレにとってはまったく縁のない話だった。
「いっそのこと仕事一筋、ストイックに生きるか?」
そう思い直してふん、と意気込み顔を上げれば、うっすらと街を丸ごと囲う門の篝火が確認できるようになった。
あとひと息。
振り返れば流れ星が煌めいて、オレは歩調を早めて街へと向かった。
+ + +
「とうちゃーく」
すっかり日の落ちた暗闇の中。
こんな時間に訪れたオレに心底不審な顔を向ける自警団の門番を気に留めることなく入街手続きを済ませる。
「この街に住んでるダチに会いに来た。ヨーナスって騎士だ。ほい、身分証明書」
慣れた動作で仮初めの身分証――商人ギルド公認情報屋――を呈示すれば、門番は内容を確認して一瞬動きを止めた。
「ひょっとして、事件の絡みですか?」
「おう。その件で知恵を貸してくれってな」
すると門番の表情が引き締まった。
「そうでしたか。失礼しました。ぜひ、よろしくお願いします」
「あいよ。オレが来たからにはすぐに解決してやるよ」
きっちりと頭を下げる門番に手を振ると、オレはようやく街へと足を踏み入れた。
街の明かりはすでにほとんどの建物から消えていた。
今から宿探しても微妙だし、ヨーナスのとこ行っても、夜番でいないかもしれないし、いたとしてもこの時間にいきなり乗り込んじゃ嫁さんに悪いしなー。
とりあえず駐在所で夜を明かすか。
人っ子一人いない眠れる街を足音も立てずに突き進む。
この街には来たことはないが、だいたいの地図は頭に入ってる。
大通りを進んで市場を過ぎたあたりの自警団の詰所を右に曲がって図書館やら銀行やらが並ぶあたりに駐在所があるはずだ。
だがそこで学校が駐在所よりも手前にあることに気づく。
学校ってやつに正式に調査に入ると、結構面倒臭いからな。夜陰にまぎれてささっと確認しちまうか。
学校へ向かいながらオレはふと応援要請の内容を思い出した。
いまから一ヶ月前、この街で子供が姿を消した。
最初は七歳の少年。二日後に九歳の少女。そして更に三日後に六歳の少年。
一週間でたて続いて三人。最初の二人くらいの時はそれほど深刻視していなかったようだが三人目になった時点で街は騒然とし、自警団中心となって騎士も手を貸してあちこちへと探しまわった。
だがいくら探しても見つかることはなかった。
子供たちが自力で街を出た可能性はごく薄い。
山頂にあるこの街はもとは一つの国だった。その名残で街を囲う門は堅固な守りとしてそびえ立ち、門番が気づかずに子供たちだけが出るようなことはあり得ないのだ。
なら街のどこかにいることになるが……生きている姿はもとより、亡骸すら見つからずにいる。
調査も思うように進まずにいた三週間目、今度は七歳の少女が失踪した。
四人目の時点でここの駐在騎士から応援要請が出された。
ここは場所が場所なだけにあまり巡回や調査の騎士も訪れないような街で、それ故にここに駐在する騎士はいずれも有能だった。基本的に応援を呼ぶようなこともなく、ほとんど全てを自分たちで解決させるのだ。
だがそんな有能な騎士達でも解決できず――うちに依頼が来たというわけなんだが。
「さて、どうしたもんかね」
消えた子供の名前を思い浮かべながら、オレは学校へとたどり着いた。
事件直前この学校の教員室が荒らされていたらしい。そして失踪した子供はいずれもこの学校に通っていた。となると何らかの情報がここに眠っているというわけだ。
裏口のドアをピンで解錠させて身を滑り込ませる。
ちなみに山登りの時に使ってきたカンテラは既に消してある。月明かりさえあればどうということはない。
そっと教員室へと足を踏み入れれば、当たりをつけて消えた子供たちの情報の載っている書類を探しだす。
「おー、あったあった」
紐で綴られた紙を見つけて床に座り込む。
極力音を立てないようにめくっていけば、すぐに目的の子供の項目が目に入る。
ざっと目を通して頭に記録し、また次の子供の分を探す。
そんなことをして最後の四人目に差し掛かった時――
かたん、と小さな物音が耳に届いた。
ぴたりと動きを止め感覚を研ぎ澄ます。
こんな夜中に学校に侵入する輩なんて碌な奴じゃない。ひょっとしたら失踪に関わる重要参考人かもしれない。
ここはひとつ、わざと姿を晒して様子を見てみようか。
そう思い至って最後の子供の情報を頭に叩き込み書類をもとの位置に戻す。
続いて廊下からは背を向けられる位置の席にどかりと座りこむと、机に突っ伏して眠ったような格好で侵入者の来訪を待った。
侵入者は一人。
どうやらあちらさんはど素人らしい。
足音は立ててるし、その音を聞く限り訓練された歩き方ではない。
プロじゃない奴の犯行となれば、こりゃ本気で早くに解決できるか?
しかし、コレくらいだったら駐在でも解決できるよな。
思考を巡らせていると、やがて侵入者は教員室のドアを開け――動きを止めたようだ。
開け放たれたドアの向こうからうっすらと暗闇に明かりが灯り、どうやらカンテラを持っていることが窺い知れる。
いよいよもって素人である。
はっと息を飲む音が微かながらに聞こえ、次いで明るさが消える。
しばらく躊躇うような素振りが感じられたが、いつまで経っても振り向く様子のないオレに、どうやら侵入者は口封じに消すことを選んだようだ。
そろりそろりと距離を詰め、手にしているらしい獲物を硬く握りしめているのが気配で分かる。緊張しているらしい。
獲物でも振り降ろされたら動くか。素人相手に先手を打つこたない。
そう気楽に構えていると、やがて侵入者は獲物を振り上げた。
そして――
「子供達を返して!」
「ぅえ!?」
予想だにしなかった言葉に動揺して、大幅に動きが遅れた。
ごぃんっ
音とともに後頭部に鈍い痛みを感じる。
「いってえ〜」
思わず両手で頭を抑える。
「ナニコレ、なにで殴られたのオレ。やべえ、超痛え」
っつーか女?しかもなんて言った?
やや涙目になりながらも振り返ると、そこには女がフライパンを構えて立っていた。
頭をさすり見つめれば、女は怒りの様子でオレを睨んできた。
――子供達を返して!
ってこった、侵入者じゃないってことか。
するってえとアレか?この女は学校関係者で自主的に見回りでもしてたのか?女が?一人で?こんな真夜中に?
次々と疑問が湧き起こり、まあ聞きゃあいいかと一歩踏み出す。
すると女は僅かに身動ぎした。よく見ればフライパンを持つ手は小刻みに震え、瞳には怯えが含まれている。
瞬間、全身に衝撃が走った。
なにこれ。
なんなの、これ。
怖いんだったら一人で見回りなんてしなきゃいいだろ。そんな、動けないくらいに震えてるのに――必死に子供達を取り返そうとして。
怖いのに、それでも身を呈して悪漢に立ち向かおうとするその姿勢に、たまらないほどの愛らしさを感じる。
「か……かえして……ディーを、ヨウコを……」
がくがくとする足を奮い立たせて、涙さえ浮かぶのに、それでも女はオレを見返していた。
ヤバい。なにこれ。むちゃくちゃかわいい。
オレは思わず額に手をあてて天井を仰いだ。
健気なとこ、必死に頑張ってるとこ、子供達を大事にしてるとこ、本当は怖くてたまらないとこ、何もかもが愛しくてたまらない。
守ってやりたいという衝動が止まらない。
怯える目の前の女を、その恐怖から解放して安心させてやりたい。
――って恐怖の対象はオレか?
――オレだな。
というところまで行き着いて、オレは顔を下ろした。
「あー、なんだ、その……」
とりあえず無害なことを伝えようとして気づく。見ず知らずの男が不審者じゃないって言って信じてもらえるわけねえよな。
だったら――証明できるやつのところに連れて行くまでだ。
「悪いな、ちょっと運ぶわ」
言うが早いか素早く女に近寄ると抱え上げてその口元を片手で覆った。
女は溢れんばかりに目を見開いて悲鳴を上げるが、当然オレの手に阻まれてくぐもったものになる。
「危害は加えねえから安心してくれって」
言いながら音も立てずに疾走。
学校を出て幾らかの建物を過ぎたところにある、どこに行ってもおんなじ様な造りの駐在所の裏口を開けて滑り込む。
「おーい、ちょっと来てくれ」
ヨーナスが居てくれれば話は早いが、今日は誰が夜番か。オレの顔を知ってりゃいいんだが。
裏口すぐは控え室になっていて、その向こうが詰所になっている。その方向に声をかければ程なくして控え室と詰所を繋ぐドアが開けられた。
「どなたです?」
温和な声とともに現れたのはおもっくそ美形の男だった。
あ、こいつ知ってる。騎士団一の美形君。へー、こんなとこに配属されてたんだ。
けど顔を合わせたことはねえから、オレのことは知らなさそうだな。
「おつかれさん」
「――貴方は」
「情報部のルーカスだ。悪い、まず先にオレの身元確認して、このヒトを安心させてやってくれ」
何かを言おうとする美形君を遮り、オレは言うが早いか女をソファに降ろした。
怪訝そうにする美形君に、だが気力は残っていたらしい女は声を張り上げた。
「っトゥーレ騎士!不審者です!」
恐らくは見知った騎士がいる事に多少恐怖が和らいだんだろう。
「パーシオ先生?」
美形君はそんな声に驚き、女――パーシオ先生を見つめた。
先生ってことはやっぱり学校関係者か。
「が、学校に……忍び込んで、教員室に……この人がっ」
パーシオ先生はかすかに震える指でオレを差した。
「怪しいもんじゃねえって。ほら、確認してくれや」
オレは言うと同時にポケットにしまい込んでた紀章を美形君の手元に投げ込んだ。
美形君は最小限の動きで紀章を掴み取るとチラリとそれを見やった。
さて、この美形君はきちっとオレの身元確認ができるかどうか。
なんせこの街にゃ調査騎士が足を踏み入れることはほとんどない。たしか前回が十三年前だったか。そんな街に新人として派遣された美形君が騎士身分を隠す調査騎士への身元確認方法など覚えてるかどうか。
「穴倉にいたのは?」
お、どうやら覚えてたらしい。
意外だったが勤勉なようでなによりだ。オレだったら間違いなく覚えてねえな。
「兎と蛇で間違いない」
最後の合言葉を簡略化して告げれば美形君は苦笑した。
「省略しすぎでは?――おつかれさまです、ルーカス・ミエト騎士」
「っほー、フルネームで覚えてるたあ、やるな」
「駐在の勤めですからね」
オレは素直に賞賛し、さも当然のように美形君が応える。
そんなオレらの会話にパーシオ先生が呆然とオレを見上げた。
「……騎士?」
ぽかんと口を開けてオレを見上げる。恐怖が抜け落ちたその顔がなんだかあどけない。
「おう。騎士団情報部所属の調査騎士だ」
にやりと笑うと、パーシオ先生はぱくぱくと口を開け閉めした。
「嘘でしょう……!?」
最終的には愕然とされた。
「だ、だって、どうして学校に……」
「学校に侵入したとのことですが、正真正銘彼は騎士です」
美形君がオレに紀章を手渡しパーシオ先生の前で片膝をついた。
「本当に?」
「先ほど紀章を確認しましたし、かなり簡略化されていましたが本人確認の文言も間違いありません。なにより、私は本部でルーカス騎士のことを見ていますから」
どうやら美形君はオレの顔を知っていたらしい。なんだ、じゃあまどろっこしい合言葉なんか言わなくてよかったのか。
「それで学校に侵入したとのことですが、一体何を?」
一人用ソファにオレも腰を下ろせば、美形君は真面目な顔で尋ねてきた。
「応援要請したろ」
「ええ。それに応えて来てくださったのは理解できます」
美形君はゆったりと頷くと隣のソファに自分も座った。
「さっき街に着いてここに来る途中に学校があったから先にちっとばかし調べておこうかなーと思って。ほら、学校ってやつは色々とめんどくさいだろ?だからささっと見つからずに済まそうかと」
「……なるほど。ちなみにパーシオ先生は学校で何を?」
若干の間があったが、美形君は追求することなくパーシオ先生にも質問をした。
パーシオ先生は少し気まずそうに視線を外し、それから顔を上げた。
「見回りをしてたんです。少しでも子供達の発見につながるならって」
やっぱりそういうことだったらしい。
美形君はそれにやや瞠目した。
「お一人で、ですか?」
「……はい」
「なんて無茶な。女性が夜中に一人で出歩くなんて、危険ですよ」
麗しい顔を小さく歪める美形君は、心の底から心配しているようだった。
「でも、ただ待っているなんて出来ません。もし子供が攫われるのになんらかの法則があるんだとしたら、また犯人は学校に来るかもって、そう思ったんです」
「それなら尚のこと危険です。犯人と鉢合わせていたら殺されていたかもしれませんよ」
「もしもの時はもちろん考えました」
「それでフライパンか」
何気に一緒に持ってきたフライパンを掲げれば、パーシオ先生は頷いた。
明るい部屋の中、手にしたフライパンをまじまじと見れば、中央付近が凹んでいる。
「いやー、効いたわこのフライパン。すっげ痛かった」
あの時のことを思い出すとまた痛みがぶり返したような気さえする。
「ひょっとして殴られたんですか?」
頭をさすれば美形君が訝し気にオレを見た。
「おう、不審者だと思ってギリギリまで誘き寄せて捕らえようとしたんだが、反応が鈍った瞬間にな」
言いながらオレはフライパンを振り下ろした。
「なんというか――双方に脱帽です」
表現に困ったらしい美形君はなんとも複雑そうだった。
夜中に一人で見回りをした挙句に見つけた不審者にフライパンで殴りかかる女も、そんな素人女の振り下ろしたフライパンを避けられずにぶん殴られた騎士もそういるもんじゃねえしな。
「まあ、お互い様ってこったな」
そうからっと笑ってみせるが、すぐにオレは真顔に戻った。
「だが、もう見回りなんてやめとけ。コレがオレじゃなかったらどうなってたことか」
「そうですね。男性ならともかく、女性には危険です」
オレの言葉に美形君が賛同した。
「怖かったろ。アンタの勇気と心配は伝わったが、それだけじゃどうにもなんねえことは世の中たくさんある」
真っ直ぐに見つめればパーシオ先生は体を小さくさせて項垂れた。
「でも、早くあの子たちを助けてあげなきゃ。きっと怖い思いをしている。見つけて、安心させてあげなきゃ」
ぎゅっと目を瞑るパーシオ先生は、本当に子供達のことが好きなんだろう。
その必死な姿に抱きしめてやりたい衝動にかられつつ、オレは安心させるように不敵な笑みを浮かべた。
「安心しろって。オレが来たからにはすぐにでも解決させてやるよ」
いつものふてぶてしいと言われる表情をさらに意識して踏ん反り返って見せる。
「オレは調査専門の騎士だ。すぐにオレが何とかしてやる」
力強く言ってみれば、それに美形君が後押しをする。
「彼らの調査能力は私達駐在騎士とは比べものにならないほど高いので、すぐに解決するでしょう」
だから無謀なことはやめてくれ、と視線を向ければパーシオ先生は少しだけ安堵したように息を震わせた。
「お願い。あの子たちを助けて下さい」
「任せとけって」
自分の胸を叩いて見せれば、パーシオ先生は何度も頷いた。
それを見て美形君と二人視線を交わす。
「それではパーシオ先生。今日はもうゆっくり休んでください」
「はい……」
それでもまだ意気消沈のパーシオ先生だったが、やがて立ち上がろうと座面に両手をついた。
「オレが送るわ。ここに詰めてた方がいいだろ」
日中は二人体制の駐在所だったが夜は一人になる。駐在騎士は緊急事態に備えてできる限りはここに控えているのが常だった。
「はい。お願いできますか?」
「おう」
学校も鍵を閉めずに飛び出して来たからその辺りの証拠隠滅もしなきゃいけねえしな。
そんな風に考えていると、ふとパーシオ先生がまだ立ち上がってないことに気づいた。
見てみればほんの僅かに足を動かしてはいるものの、そこから先に進まない。
「ひょっとして腰でも抜けたか?」
何度か立つことを試みているらしい顔に尋ねれば、途方に暮れた表情で見上げられた。
「その……安心したら、力が……」
あああああああもう可愛いなちくしょう。
気丈に振る舞うものの、本当は結構弱いのかもしれない。そんな姿がどうにもオレの心を擽る。
内心身悶えながら、オレはそんなパーシオ先生を負ぶさった。
「ルーカス騎士?」
パーシオ先生をおんぶするオレに美形君は僅かに戸惑いの表情を向けた。
「あん?」
「その抱え方は些かどうかと」
小さく「女性として」と付け加えられる。
正直なんも考えてなかった。少なくとも年の離れた妹にしてやった時はこんな感じだった。
「学校の鍵開けっ放しだから閉めたりしねえといけねえし、それならこっちの方がある程度手が空く分いいだろ」
「そう、ですか」
苦笑されるがそれ以上追求はないようだし気にしない。
とりあえず先生を連れ帰らねえとな。
「んじゃ行ってくるわ」
オレはパーシオ先生を背負って駐在所を出た。
手早く学校に侵入した形跡を残してないか確認して、戸締りを確認する。
「あ、フライパン忘れたな。今度返すわ」
ふとその存在を忘れてたことに気付いて声を掛けると、パーシオ先生は小さく身動いだ。
「その……悪かったわね。まさか騎士だなんて思わなくって」
バツが悪そうにするパーシオ先生にオレは笑った。
「気にすんなって。夜中の学校に見ず知らずの男がいれば、そりゃあ不審者だって思うだろ」
オレだってまさか学校職員だとは思わず、きっと碌でもない奴だと思ってたしな。
「頭、大丈夫?痛くない?」
「へーきへーき。殴られた時は痛かったけど石頭だからよ」
「ごめんなさい」
「いいってことよ」
しゅんとするパーシオ先生に、オレはまだキチンと名前を教えてもらってないことに気づいた。
「なあ、名前なんてーの?」
「ヒルダよ。ヒルダ・パーシオ。学校で厨房職員をやってるわ」
「ひょっとして学校で昼飯を提供してんのか?」
上流学校では当たり前だったが、庶民の学校では聞いたことがなかった。
「ええ。他の街はどうか知らないけど、この街ではそれが普通よ」
知らなかった。元一国だったこの街ならではのものがたくさんあると聞いてはいたが、これもそのうちの一つなのかもしれない。
感心していると、ヒルダは控えめに尋ねてきた。
「あなたは……騎士なのよね」
「おう。全然そうは見えねえけど、ま、情報部所属はみんなこんな感じだ。それと、オレのことは騎士団から依頼を受けた情報屋ってことでよろしく頼むわ」
そんな会話をしているとやがて二階建ての建物にたどり着いた。
「なんだ、家族と暮らしてんのか。よく抜け出してばれなかったな」
夜中に出歩くあたり集合住宅の一部屋かと思ったが、予想外である。
気づかれて止められるのがオチだと思うんだが。
そんなオレにヒルダは首を振ったんだろう。わずかな揺れを感じ、さらに意外な言葉を紡いだ。
「一人暮らしよ。両親が遺してって、そのまま使ってるわ」
どうやら両親は他界してたらしい。
「わたし一人には大きすぎるから引っ越してもいいんだけど――なかなか出来ない事情があってね」
言いながら鍵を差し出され、ドアを開ける。
人生なんていろいろあるもんだ。オレはそれ以上追及せずに家の中へと足を踏み入れた。
「とりあえずここでいいな」
居間にソファを見つけてヒルダを下ろすと手早く燭台に火を灯す。
薄明るい光が部屋を照らして、ヒルダから安堵の息が漏れた。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
礼を言われるが、オレは気にせず居間の奥の台所へと向かった。
「適当に借りるわ」
安心して腰が抜けた。だからここまで連れて来はしたが、これではいサヨナラとは出来ない。
ここで一人になったらまた恐怖がぶり返す可能性しな。
「なにするの?」
「ちょっと待ってろって」
怪訝そうな声を背に、オレはごそごそと水を入れた小鍋を火にかけた。
保存庫を漁り目当てのものをいくつか見つけ、順番に小鍋に投入。
程なくして出来上がった飲み物をカップに注いでもっていけば、ヒルダはじっとこっちを見ていたようですぐに目があった。
「これでも飲んで少しゆっくりしな」
蜂蜜と酒の入ったミルクティーだ。昔妹に作ってやったやつの酒入りだからそのうち身体もあったまってリラックスして眠れるだろ。
差し出されたカップを両手で受け取り、ヒルダは意外そうな顔でオレを見た。
「ありがと」
「おう。オレも少しもらうわ」
台所へ戻って残りを注ぐと手早く小鍋を洗ってからヒルダの向かいに座った。
「はー。今日は疲れた。この山、軽く見てたわ」
ソファで伸びをして山登りを思い出す。
予定では夕方には街につくはずだったが、どうにも思うように進まず結局夜中になっちまった。
「そういえば、いつこの街に着いたの?トゥーレ騎士とはさっき初めて会ったんでしょ?」
「んー。一時間くらい前?街について学校に直行したからな」
「何でそんな時間にたどり着くのよ。山の中腹で一泊して昼過ぎに着くのが定石でしょう」
ちまちまと飲み物を飲みながら、ヒルダは疑問を重ねた。
「整備された道進んで寝泊りの小屋で休んでそれなら、道なき道を真っ直ぐ突き進んだら半日くらいで着くんじゃね、って思って強行してみた」
読みが甘かった。意外と断崖みたいなとこがあってキツかった。
「バッカじゃないの?なんでそんなことしてんのよ」
心底呆れたという体でヒルダ。
「なんかもう働きすぎててよー。とにかく早くこの仕事終わらせてウチに帰りたかったんだよ。もう半年も帰ってねえんだぜ?オレの事こき使いすぎだろ騎士団」
早くに父ちゃんを亡くしたオレの家は母ちゃんと妹二人で暮らしている。男手がないことはやっぱり不安なもんで、妹に任せちゃいるがそろそろ母ちゃんもいい年だし、定期的に顔を見せとかないと文句を言われる。妹も妹でいい婿見つけて母ちゃん共々養ってもらおうとか意気込んでたから変な男捕まえてないかやや心配だ。
本気でそろそろ帰らねえとな。
ぐいっと飲み物を呷ってみれば、はーとため息が聞こえた。
「だからってよくやるわよ。初めて聞いたわ、そんなことする人」
「よく非常識だって言われる」
「あたしも非常識だと思うわ」
「けど騎士だ。常識は頭には入ってる」
だから問題ないと胸を張れば、ふっとヒルダの力が抜けてくすくすと笑った。
「常識通りに行動しなかったら意味ないでしょ」
その無防備な笑みにつられて笑った。
それから他愛のない話をしているとヒルダの目がとろんとしてきて、やがてそのままソファの上で寝息を立て始めた。
しばらく様子を見て、眠りが深そうだと判断すると二階のヒルダのものらしい部屋のベッドに寝かせて毛布をかける。
「おやすみ」
軽く頭をなでて階下へ降りて、二人分のカップを洗って一息。
もう少し休憩してから駐在所に帰るか、と思いながらソファに横になる。
今日は本当に疲れた。あんなにハードな山登りだったとは。
とりあえず駐在所で昼まで寝かしてもらって、それから今後の打ち合わせして。
それにしてもヒルダは可愛いな。あんな女見たことがねえ。
フライパンで殴られて度肝を抜かれたが、そんなの比じゃないくらいヒルダの存在は衝撃的だった。
気丈に振る舞う姿。本当は怖くて仕方がなくて震える瞳。
腰を抜かして途方に暮れる顔に、無防備な笑み。
それから――
ああ、なんだこれ。
なんか。
すっげえ心地がいい――
読んでいただきありがとうございます。




