心が繋がりました
楽しんでいただけると嬉しいです。
(※2018.10.31 誤字修正しています)
感傷に浸っていると、突然ユリウスが叫んだ。
次いでカツラをかぶると僕を車椅子に押し込め外に出た。
そして慌てる僕にユリウスは「黙ってろ」と言い放った。
全くの急な展開に頭がついていかない。
僕はただカイヤさんを傷つけ、嫌われてしまったんだろうと落ち込んでいたんだけど。
ユリウスは戸惑う僕を余所に車椅子を押して足早に街を進んだ。
その間、何もしゃべらず、行き先もわからない。
いったいユリウスはどうしたんだろう。
そう思っていたんだけど、やがて目の前に見えてきたのはこの二週間仕事帰りに通っていたカイヤさんの病院だった。
「ユリウス、病院に行くの?」
「――ユリナだ」
振りかえってユリウスを見上げると、唸るように訂正された。
いや、その言い方は流石に男の子じゃないかなぁ。まぁ、聞こえてなければ女の人にしか見えないんだけど。
ちょっと怒っているようなユリウスに大人しくしていれば、やっぱり病院の中へと入っていった。
「すみません」
そうしてユリナは近くにいた看護師さんに声をかけた。
さっきとはまるで違うにこやかな笑顔にちょっと高い声。ユリウスは役者になれるんじゃないかと思う。
「はい?――あなたは」
振りむいた看護師さんはユリウスを見て、すぐに視線を落として僕を見て表情を硬くさせる。
「すみません、カイヤさんはいらっしゃいますか?」
ユリウスはそんな看護師さんの様子も気にせず淡々と告げた。
「ごめんなさい、カイヤは仕事をしているので私用で呼ぶわけにはいきません」
看護師さんは僕とユリウスを見て首を振った。
毎日そうやってカイヤさんを呼んでもらうのを断られていた。どの看護師さんに言ってもダメだった。
だけどユリウスはそんなことも構わずに続けた。
「では伝言だけでもお願いします。『リュリュさんの子を妊娠してるって本当ですか?』と」
「は――」
どういうこと!?
思わず振り返って声をあげそうになったけど、それよりも早くユリウスは僕の口を塞いだ。
ちょっと何してるの!?何言っちゃってるの!?
心の底から否定して問いただしたいのに、ユリウスの手は堅く僕の口を押さえていた。
「に……妊娠!?」
と、見てみれば対応してくれていた看護師さんが手にしていた冊子を落として僕を凝視していた。
いやいや、ないから!僕、カイヤさんには触れてないから!
こぼれんばかりに目を見開いて訴えるけど、看護師さんは気付いてくれない。
「うそ……挙句捨てたの……?」
なんて言ってるけど、違うから!カイヤさんに触れた挙句に別の女性を選んで捨てたとか、ないから!
だけど愕然とした看護師さんにユリウスははっきりと言った。
「そうなると話は違ってきますので、事実を知りたいのです」
「え……いや……ちょっとこっちに来て下さい!」
看護師さんは落とした冊子を拾いあげると鬼気迫る表情で歩き始めた。
そんな看護師さんの背を見ながら、ユリウスはそっと僕の耳元で囁いた。
「カイヤと会うまで黙ってろよ」
酷くどすの利いた声だった。
会うためとはいえ、とんでもないことを言ったよね!?
――だけど訂正するにも看護師さんは既に遠く先導していて、僕は呆然としながら車椅子を押されていった。
「すぐに呼んでくるわ」
案内されたのは使っていない小さな部屋だった。
「うっし。第一段階クリア」
取り残された部屋でユリウスは握り拳を作った。
「ちょっとどういうこと!?妊娠って!」
ようやくユリウスを振り返って非難の声を上げる。
「あれくらい言わねぇと取り次いでもらえねぇだろ?」
ぎろり、とユリウスは僕を睨み下ろしてきた。その表情は一番最初に会った時のそれよりも鋭い。
思わず絶句していると廊下からばたばたとした足音が響いた。
「っどういうつもりですかリュリュさん!」
ばん、と勢いよくドアが開け放たれてカイヤさんが部屋へと押し入ってきた。
久々に見るちょっと怒り混じりのヘーゼルの目を見て僕はつい泣きそうになった。
カイヤさん。ここ二週間ずっと会いたかった存在が、ようやく目の前にいる。
「っカイヤさん……」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「へ……リュリュ、さん……?」
そんな様子の僕にカイヤさんは驚き、怒りを忘れて僕とユリウスを見比べた。
「ごめんなさいっ」
そんなカイヤさんの目の前まで移動すると、僕はその手をとって頭を下げた。
「カイヤさん、すみませんでしたっ。僕、全然カイヤさんの気持ち考えてなくて。気づいてなくて……っ」
ぎゅっと柔らかな手を握りしめる。
「どうしてうちに来てくれたのか。どうしてユリナがきてから暗かったのか。――どうして、泣きそうだったのか」
そこまで言うと握っていたカイヤさんの指先に力が入るのがわかった。
「……いいんです。わたしが、勝手にやってたことですから。リュリュさんは、なにも悪くないですから」
絞り出すように言われてはっとして顔を上げた。
「悪いのは僕です!気づかないままに、カイヤさんを傷つけてしまった。本当に、ごめんなさい」
「っもういいですから、放っておいてください」
悲痛なカイヤさんの声に胸が痛みを訴える。
どれほど僕はカイヤさんを傷つけてしまったのか。
「謝る為だけに来たんだったら、もう帰ってください。……ユリナさんと、お幸せに」
カイヤさんはそう言うと僕の手を振りほどいた。
泣きそうな、それでもがんばって浮かべる笑みにもう一度その手を掴む。
「っ違うんだ!ユリナは……っ」
「聞きたくありません!」
拒絶するようにカイヤさんは声を荒げ、僕の手を振り払った。
見上げるカイヤさんの顔が歪む。
また、泣かせてしまう――
「リュリュ、ちゃんと説明しないと傷抉ってるだけだ」
自分の不甲斐なさに言葉を失ってると、ユリウスが静かに口を開いた。そして僕の隣に並ぶと勢いよく頭を下げた。
「ごめん。俺、あんたの事騙してた」
「え?」
突然割って入ってきたユリウスにカイヤさんは目を大きくさせた。
ユリウスはそんなカイヤさんの目の前で髪を掴むとそのまま引っ張った。ずるりとカツラが取れて茶色の短髪が現れる。
「俺、男なんだ」
「う……うそ」
目を見張るカイヤさんの前でユリウスはシャツのボタンに手をかけた。
次々にボタンを外してしまえば、やがて真っ平らな上半身が曝け出された。
「歌姫が、男……?だって、あんな声。それに背だって」
「どうせ俺は声が高くて背が低いよ。女顔だし」
ユリウスはちょっとだけ不貞腐れ、でもすぐに気を取り直した。
「俺が男なのはリュリュも知ってる。俺は未成年で……内密に保護してもらってたんだ」
ユリウスはそう言って真っ直ぐにカイヤさんを見据えた。
カイヤさんはそんなユリウスをまじまじと凝視して、やがて一つ息をついた。
「どういう事か、説明してください」
+ + +
「……私、嫌われてたわけじゃないんですね」
全てを説明し終えるとカイヤさんはそう呟いた。
「嫌うわけないじゃないですか!」
力いっぱい否定してみれば、カイヤさんは泣き笑いのような表情を浮かべた。
その顔に、心の底から傷つけてしまったんだとやりきれない思いがこみ上げる。
「すみません、本当に」
「いいんです」
ふるふると首を振るカイヤさんは、うっすらと浮かんだ涙を自分のハンカチでぬぐった。
そしてぐっと何かの意思を秘めた目で僕を見つめた。
「もう、というべきか、ようやくと言うべきなのかわかんないですが……リュリュさんが気付いたようなので、はっきり言いますね」
「はい?」
僅かにハンカチを握る手に力が入るのがわかった。
「リュリュさん、好きです」
「――っ!」
「頼りなさそうに見えて、実はすごくしっかりしていて、いつもにこにこしているリュリュさんのことが好きでした。今も。――リュリュさんは、私のことをどう思ってますか?」
思わず顔が赤くなる。
カイヤさんが僕のことを好きって。この状況で不謹慎かもしれないけどすごく、嬉しかった。
「遠慮なく思ってることを言ってください。嫌われてなくても……想われてないなら、今ここで諦めさせてください」
緊張と歓喜の感情が渦巻いて黙ってしまった僕に、おそらく勘違いをしてしまったんだろう。
カイヤさんは白くなるくらいにハンカチを握りしめてそう言った。
「ち、違います。想ってないなんて、そんなことない」
僕は慌てて白くなった手を握り、残りの手でカイヤさんを抱き寄せた。
「――好きです。カイヤさんがいなくなってようやくわかりました。僕も、いつも元気なカイヤさんの事が好きです」
「っ無理しなくていいんですよ?」
抱きこむ腕に力を入れて、後ろに下がろうとするカイヤさんを捕える。
「無理なんかじゃありません。好きなんです。カイヤさんが泣きそうになって、居なくなって。僕、ずっとカイヤさんの事が頭から離れなくって。会いに行っては拒絶される度に辛くて。もう……嫌われたしまったのかもしれない。二度と会えないのかもしれないって思って――胸が張り裂けそうだった」
カイヤさんの手を放し、僕は両腕でカイヤさんを囲いこんだ。
「好きです。恋愛感情にはとことん鈍くて今さらかもしれないけど。僕は、カイヤさんの事が好きです」
「ほん、と、ですか?」
車椅子では思い切り抱きしめることはできないけど、それでも精いっぱい腕を伸ばしてカイヤさんに触れる。
「本当です。すみません、今まで気づかなくて」
「勘違いでした、とか。あとで言ったって、知りませんよ……?」
「絶対に言いません」
そうしてそっと顔を見上げると、カイヤさんは――今度こそ泣いていた。
浮かべることはあっても零れることを見たことのない涙が、頬を伝っていた。
「リュリュ、さんっ……」
僕はそんなカイヤさんをもう一度優しく抱き寄せた。
「――じゃ、話もまとまったし、歌姫に戻るわ俺」
と、背後でさばさばとしたユリウスの声が聞こえた。
カイヤさんと二人、顔を上げてみてみればユリウスは脱いでいたカツラを頭にかぶりなおしていた。
「これ以上邪魔しちゃいけねぇしな。最初は病さえ乗り越えられたら出るつもりだったんだ。世話んなったな」
「ちょっ、ユリウス?」
――じゃあな。
そう言ってあまりにもあっさりと踵を返して、ユリウスは部屋を去っていった。
「待っ」
慌ててあとを追おうとするものの、カイヤさんを抱き寄せたままだったから思うように動けなかった。
「いいんですか、ユリウス君?」
思わず涙の止まったカイヤさんに問われて首を振る。
「いいわけないです!」
だけど――きっとユリウスはもう走っていってしまったに違いない。
義理堅くて、口はちょっと悪いけど優しい男の子。きっと彼は将来すごく格好いい男性になるだろう。
「そうですね。事情を知ってる私達が支えてあげないと」
「はい。明日から歌姫を探して連れ戻さないとですね」
「手伝いますよ」
とはいえ、今は既に部屋を出て行ってしまったわけだし。
「――カイヤさん、屈んでもらえませんか?」
僕はそっと腕を下ろしてカイヤさんにそう頼んだ。
カイヤさんは一瞬首を傾げ、けれども素直に身を屈めてくれた。
「好きです。傷つけてしまったけど、その分、ずっとずっと大切にします」
そう言ってカイヤさんの首に手をまわして更に距離を詰めると、僕はその唇に誓いを立てるのだった。
+ + +
それから数日、逃げ回るユリウスと僕の追いかけっこが始まった。
カイヤさんは再び僕の家に戻ってきて、そんな僕を影ながら応援してくれている。
「二股かけて何やってんだお前は!」
一週間後、僕の行動――歌姫を連れ込んだり、カイヤさんの妊娠疑惑があったり、その後カイヤさんが戻ってきたのに僕はまだ歌姫を追っかけてたり――が噂になって先輩にどつかれ、ユリウスの存在はばれてしまった。
「最初っから相談しろ、阿呆」
最終的には上層部に相談を持ちかけた上で、ユリウスは先輩の家で男の子として保護されることになった。
初めから隠さずに相談していればよかっただけだったかもしれない結末に僕はがっくりと肩を落とした。
「ま、雨降って地固まったと思えばいいんじゃねぇの?」
全てが落ち着いた数日後、ユリウスがうちに遊びに来てそう言った。
「どういうこと?」
「ん?リュリュ、カイヤの事ずっと前から好きだったんだろ?」
「えっと……」
言われて首を傾げる。
一体僕はいつからカイヤさんの事が好きだったんだろう。
「騎士さんが言ってたぞ。いっつも仕事の終わりにカイヤに会えたとか会えなかったとか言っては一喜一憂してたって。リュリュもカイヤの事が好きだってわかってたから、同居の話も反対しなかったんだってよ」
「先輩、気づいてたの!?」
だからあんなににやけてたのか。
「らしいぜ?――よかったなカイヤ。同情とか絆されてとかじゃなく、リュリュはばっちりカイヤのこと好きみたいだぜ?」
にやにやと笑ってユリウスがカイヤさんを見て、僕もつられて視線を向けるとカイヤさんは顔が赤くなっていた。
「なっ……べ、別に、そんなの当たり前よ!」
「ふーん?自分に自信がなかったんじゃねぇのかよ」
カイヤさんとユリウスはすぐに仲良くなった。お互い遠慮なくものを言い合っては喧嘩のようになるけど、なんだか姉弟みたいで見ていて微笑ましい。
「うるさいわねっ」
ふい、とカイヤさんはそっぽを向いてクッションに顔をうずめた。
ちょっと恥ずかしそうに喜んでいる姿がかわいくて仕方がない。
僕はそっと笑みを浮かべると静かにカイヤさんのもとへと近づいた。
「カイヤさん」
ゆっくりクッションを奪ってみれば、びくりと身体を震わせ、カイヤさんの目が泳ぐ。
「愛してますよ」
「――っ」
咄嗟に逃げようとするカイヤさんの手をとって、自分の膝に座らせる。
抱きしめるにはこれがいいんだって気づいたのは昨日の事で、初めて試してみたんだけど、これはすごい。半端ないくらいに幸せかも。
柔らかくてちょっと消毒液の匂いのするカイヤさんを後ろから抱き締める。
「は、放してくださいぃっ」
「嫌です」
恥ずかしさに身悶えするカイヤさんを一蹴して堪能する。
うん、今度から抱きしめたい時はこうしよう。
「自覚してから全然態度違わねぇか?」
そんな僕らを呆れたようにユリウスが見ていた。
「うーん、なんでだろうね?」
同居中の僕の言動はただ女性だからというのではなく、カイヤさんだったからなのかもしれない。
だけど自分の恋心を自覚して、想いが通じ合ったからといってここまで変わるというのは心底不思議なものだった。
今はとにかくカイヤさんに触れたいし、どんな姿も見ていたい。
「どうでもいいから、放してくださいっ」
「拒否します」
後ろからでもわかるほどに耳まで真っ赤にして腕の中でもがく姿はどうしようもないくらいに愛おしい。
「――今日の夕ご飯、ピーマンいっぱい盛りますよ!?」
一瞬ぎくりとする。
「知ってたんですか?」
問いかければぶんぶんと首を振られた。
カイヤさんにばれていたらしい。
「ピーマン嫌いって、ガキかっ」
ユリウスがもの凄く笑ってるけど否定はできない。どうしてもピーマンだけは苦手だった。
あ、ちゃんと出されたら食べてるけどね?
「……わかりました。我慢します」
ふぅと息をつき、僕は覚悟を決めた。
「じゃあ放してください」
ちょっとだけ安心したらしいカイヤさんが身体の力を抜いて、より一層柔らかさが感じられる。
「放しませんよ?」
「え?」
そんなカイヤさんの肩に頭を乗せて、抱き直す。
「ピーマン、いっぱい食べます」
「――もうっ」
じたじたとするカイヤさんを楽しんでいると、ユリウスはかぶりを振った。
「見てらんねぇ。帰るわ」
「あ、奥さんによろしくね!」
「おう」
先輩の奥さんは今、三人目を妊娠中だった。
ユリウスはそんな先輩の家に保護されると同時、奥さんの手伝いをかってでているらしい。
本当によくできた子だ。
「はーなーしーてーくーだーさーいーっ」
そんなユリウスの背を見つめ、腕の中にカイヤさんを感じて思う。
リュリュ・ケトラ。二十二歳。
広報部所属、駐在騎士二年目。復職して三ヶ月。
――僕は現在、とても幸福に満ちている。
読んでいただきありがとうございます。




