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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【鈍感】リュリュ
16/79

もどかしくて堪らなかった

楽しんでいただけたらと思います。

(※2018.10.31 誤字修正しています)

 ユリウス・ウトリオ。十五歳。

 家も家族も失った孤児。成人まで後二ヶ月。

 ――俺は今、女装している。


 事の始まりは一年前。

 もの凄い豪雨に見舞われた俺の街は、土砂崩れに川の氾濫で誰もかれもが多くのものを失った。

 俺が失ったのは――家、そして家族。

 川が氾濫した時、親父はまず俺を高台へ避難させた。


「絶対にここにいろ」


 鬼気迫る表情で親父はそう言って、家に残してきた動けないお袋を連れに家へと帰ったまま――戻ってくることはなかった。

 その時の事は詳しくは思い出したくもない。本当に悲惨だった。


 それからややあって復興が始まったわけだが。

 俺は親を失った孤児としてさ迷っていた。親父とお袋はこの街を気に入って移住してきたから親戚なんかいなくて、保護者のいない俺は孤児院送りになるようだった。

 だが街の孤児院も流されてて、どうやら他の街に連れて行かれることになるらしい。

 この街に移住してきた親父とお袋を思うと、どうしてもこの街を離れたくなかった。なにより、たくさんの劇団や楽団があって、色とりどりのタイルのしかれたメイン通りや芸術的な建物も多くて、俺自身もこの街が好きだった。

 大好きだった街。ほんの一瞬でなくなってしまったけど、だからこそ、ここにいて街を復興させたいと思った。


 ――成人まであと一年ちょっと。


 俺は未成年だと、孤児だとばれないように息をひそめて生き延びることを選んだ。

 見つかれば孤児院送りにされるが、一年耐えれば成人して復興支援に参加できるから。

 最初は寝る場所も飯もなくて、瓦礫の山を漁っては使えるものを探すような酷い有様だった。

 ああ、これなら孤児院に行った方が数倍もましだ。

 何度もそう思ったけど、それでも最後に行きつくのは「この街にいたい」という思いだった。


 ある時、俺は瓦礫の中から長い金髪のカツラを見つけた。

 どこかの劇団の小物が流れ着いていたんだろう。

 手にとってみれば汚れてはいるものの、なんとか使えるような状態だった。


 ――女のフリすれば、少しはいろいろ恵んでもらえるかな。


 あんまり認めたくはなかったが、俺は同年代の奴と比べると背も小さくて声も高かった。顔だって女顔だ。

 だから髪さえ長ければと思ってかぶってみたけど、たいして変わらなかった。

 けど頭と首のまわりは少しだけあったかくて、なんとなくかぶり続けた。

 そんなある日。


「なあ、あんた!」


 気が滅入りそうで、自分を奮い立たせるように歌を口ずさんでたら、突然一人の男が俺の腕を掴んだ。

 びっくりしてるとそいつは両腕を掴んで俺をゆすった。


「もっと大きい声で歌ってくれないか!?」


 まるで縋るように見つめられて、目を白黒させた。

 まったくもって思いがけない申し出だった。ただ小さく口ずさんでいただけなのに。


「頼む、聞かせてくれ!」


 あんまりにも懇願してくるもんだから、思いっきり歌った。

 目をつぶって、俺の中にある何もかもを発散させるように大きな声で一曲まるっと歌い上げた。


「なんてことだ……」


 そうして目を開けてみてぎょっとした。

 歌い始めは一人の男しかいなかったのに、目の前には何人もの人がいて、俺を見ていた。

 そいつらは涙を流したり、家族で抱き合ってたり、笑ってたり。


 なんなんだ、これは。


 予想だにしなかった状況に戸惑っていると、やがてそいつらは俺に拍手を送り――中には手にしていた食べ物や金を手渡してくれる人までいた。


「ありがとう。心が軽くなった」


「もう少しがんばれそうだわ」


「おねーちゃん、おうた、きれいだった!」


 よくわからない。

 だが俺は飯と金をもらえて、みんなはどこか晴れやかな顔をしていた。

 俺はしばらく呆然と立ち尽くし――ねぐらにしている瓦礫の山のもとでもらった飯を食べた。

 歌。飯。笑顔。

 何度も何度も頭の中でそれらがまわって、気がついたら眠っていた。


 翌日、俺はなんだか久々にすっきりした気持ちで目を覚ました。

 起きあがって、伸びをして、空を見上げて。

 そして頭のカツラを触ってから、その手を握りしめた。

 すっと息を吸うと、俺は時計台へと向かった。

 昔はみんなの憩いの場だった時計台。そこには今でもいろんな人が休息に足を向けている。


 これで、俺は生き延びる。

 多くの人の前に立って歌い、飯や金をもらう。聴いた人は少しだけ元気になる。

 上手くいくかはわかんねぇけど、やってみるしかなかった。


 ――そうして、時計台の歌姫が生まれた。


 + + +


 それからしばらく、歌姫として何とかやっていたある日。

 俺はライノという男に出会った。

 紫の目をした女を探しているという奴で、どこか飄々とした、だけど身なりのいい不思議な男だった。

 そいつとは名前を名乗りあうこともなかったが、俺が未成年であることはすぐにばれた。

 黙っとけと言えば本当に黙ったまま立ち去ってくれたが、すぐにそいつのビスケットが俺の持ち物に混ざっていることがわかった。

 お節介な――そう思ったが、中を開けてみればさらに紙が入っていた。


『困ったら駐在騎士リュリュのところへいって「借りはこれで」と伝えるように。ライノ』


 たったそれだけの内容だったが、更にお節介だと思いつつ、少しだけ気が緩んだ。

 何もするなとは言ったものの、それでも多少なりとも心配してくれる奴がいるということがなんとなく嬉しかった。

 とはいえ、歌って物乞いする生活もあとわずか。

 俺は頼る気なんかさらさらなく過ごしていたんだが――


 その一ヶ月後、事態は急転した。

 街に蔓延する流行病が俺を襲ったのだ。意識が朦朧とするような高熱と体中の痛みに俺は危機感を持った。

 まずい。このままじゃ、街に残れないどころか死んじまう。


 心の底から不本意だったが、命はなににも変えられない。

 せめて病院にさえ行かなければ。リュリュという騎士にもバレないようにすれば。

 ふらふらになりつつも俺は駐在騎士リュリュの元へと向かった。


「あの、僕になにか?」


 気力だけで辿りついた俺が目にしたのリュリュは、頼りない兄ちゃんだった。

 ライノより幾分年下か、明らかに俺に気圧されてる姿は駐在騎士という職に疑問を持たざるを得なかった。

 けど、そんな中でリュリュは俺の異変に気付いた。


「君、ひょっとして熱がある?」


 病院に、と言ったリュリュに俺は必至で首を振った。

 連れて行かれれば男だとばれる。男だとばれれば、未成年だということには簡単につながってしまうだろう。そう思ってとにかくダメだと言い張り、そうしているうちに――俺は意識を失ったのだった。

 倒れる瞬間、これでこの街ともサヨナラかと鈍い頭で呟いた。


 目を覚ませばそこは病院ではなく、助けを求めた騎士の姿だけがあった。

 俺のカツラはとれていたが目の前のリュリュからは心配そうな表情しか窺えなかった。

 倒れてしまっては病院送り。そう思ってたんだが、リュリュは倒れる寸前の約束を守って自宅に連れ込んでくれたらしい。

 未成年だとばれたものの、俺の境遇を話せば涙して快く俺の事を引き受けてくれた。


 ダチだというライノからの手紙があるにしても、なんつーお人好しだと思ったが、今までずっと張りつめていたものがぷつりと切れてしまったかのように俺も安心して身を置いた。

 そうして数日。動けるようになった俺は改めてリュリュの家を見まわした。

 元は一人暮らしであっただろう一間の部屋に、なぜか衝立ともう一台のベッド。女物の鞄に化粧品。

 衝立の意味は分からなかったが、まぁ十中八九恋人が寝泊まりしているって事だろう。

 おそらくは俺がここで養生している分、恋人には来るなと言ってるんだろうと思った。

 なんとなく申し訳なく思って、溜まっている洗濯物を洗ってさっくり掃除をして、ありもので飯を作った。

 そうしたらなにやら驚かれ、喜ばれ、思いがけないことを口にされた。


「成人するまで、僕の家でお手伝いさんやらない?」


 恋人がいるならやってもらってたんじゃねぇの?そこに手伝いが必要なのか?

 意味がわからずに聞き返せば、同居人は恋人ではなくて、ただ自分の世話をしてくれているのだという。

 若い女が、泊まり込みで。

 いろいろ聞いてみたが絶対にあり得ない。

 念を押してもう一度聞いてみたが、逆に意味がわからないと困惑された。

 ってことは好意を寄せた女が押し掛けてきたってことだが、どうにもリュリュはそれに気がついてないようだ。それどころか若い娘さんとの同居なんてとんでもないみたいなことを抜かしている。

 その女のかわりに俺が女装して同居でお手伝いさんということにすればいいとのこと。

 ――鈍すぎるだろ。

 だがまぁ、その女の心境さえ無視してしまえば俺にもリュリュにも利があるわけだ。

 押し掛けてきた女には悪いが、その方向で話を進めさせてもらおう。

 そう思ってたんだが。


 やってきた女――カイヤは酷く傷ついていた。

 気が強いと聞いていたから怒り狂うと予想してたんだが、まるで違う様子だった。

 丸一日一緒に過ごしてみても怒る素振りはなく――むしろどんどんうな垂れていった。

 原因はリュリュの言動だ。

 誰がどう見ても、俺に懸想しているようにしか見えねぇ。

 その証拠にカイヤはとうとう泣きそうな顔になってしまった。


「ど、どうしようユリウス」


 泣く寸前の表情でカイヤがベッドに逃げ隠れると、リュリュは明らかに動揺した様子でこっちを見た。


「カイヤさんどうしたんだろ。なんであんな顔して」


「わかんねぇのか?」


 カイヤには聞こえないように声を潜めて、おまけに眉も顰めた。


「えっ、ユリウスわかるの?」


「つーか声でかい」


「ごめんっ」


 俺が指摘してようやくリュリュも声を落とす。

 まぁこの状況じゃカイヤが俺の名前を聞いてた可能性は低いからいいけどよ。

 それより、だ。


「どうしても気になるんだったらカイヤのとこ行きゃいいだろ」


 俺はそう言って野菜を刻んだ。

 行って布団引っぺがして顔突き合わせて聞きゃあいい。

 にも関わらずリュリュは後を追うこともしないで俺の近くでおろおろとするだけだった。


「だってベッドに入っちゃったんだよ?そんな、近くに行くなんて」


 頼りない顔をさらに頼りなくするリュリュ。

 こいつはとにかく女に免疫がないようだった。自己申告もしてたけど、実際昨日カイヤが戻ってきてからのこいつの行動は怪しい以外の何者でもなかった。

 着替えの時、風呂の時、とにかく落ち着かない様子でいる上に、その直後はカイヤとはまともに顔も合わせられない。会話もぎこちない。

 これで騎士で二十二歳とか信じられない。どうなってんだ騎士団。強くて優しくて精神的余裕のある超紳士の集団じゃなかったのか騎士団。

 俺はため息をつくと刻んだ野菜を鍋に流し入れた。ついでにぼそっと呟く。


「へタレ」


「反論できない……」


 どうやら呟きを拾ったらしいリュリュが自分の胸を抑えた。だけどすぐに顔を上げて俺の隣までやってきた。


「それで、カイヤさんは何で泣きそうだったの?ていうか……泣いて、るよね……」


 ちらりとリュリュが衝立――正しくはその向こうのベッドに寝ているカイヤ――に視線を送った。


「泣いてるかは知らねぇが、泣きそうな顔の理由はわかる」


「っどうして?」


 縋るように見上げられて、目を細める。


 普通はわかるだろ。だって好きな男の元に世話を焼くって口実で押しかけてきたのに、いつの間にかにその男は違う女を連れ込んでんだぜ?

 しかも、だ。

 こいつは好かれてることに気づきもしないで、女装をしてる俺に対して敬語もなければ名前も呼び捨て。その上、明らかに親しいとわかる距離感で接してくる。

 それに対してカイヤには丁寧な口調でさん付けで、おまけに近寄ることもしない。まぁ、意識しすぎてるのが原因なわけだがカイヤからしたらリュリュの言動の差がどう映るかなんて火を見るより明らかだ。


「本気で鈍すぎだろ」


 はぁと溜息をついてどうしたものかと考える。

 俺はリュリュには大きな借りがある。というか絶賛貸してもらい中。

 けどだからと言ってカイヤの好意を俺がはっきりと口にするのは憚られる。

 誰だって自分の知らないところで好きな相手に好意を暴露されるのは嫌なもんだ。


「……ヒントだけな」


 料理を煮込みながら、やがて俺は口を開いた。


「カイヤはリュリュのことどう思ってると思う?」


「カイヤさん、が?」


 目をぱちぱちとさせると、リュリュは戸惑いながらも答えた。


「カイヤさんはちょっと厳しいけど患者さんに優しくて、親切で、だから僕にもそうなんだろうって」


 やっぱりわかんなかったか。

 仕方ない、もう一つ付け足すか。


「病院から離れろ。ごく一般的な話として、独身の男の元に押しかけて住み込む女の気持ち、考えたことあるか?」


「一般的に……?」


「俺から言えるのはそこまでだ」


 そう言うと俺は邪魔だとリュリュを追い払った。

 あとは自分で考えろ。バカじゃねぇんだ、それで分かるだろ?

 どことなく呆然とするリュリュが静かに台所から離れてくのを感じながら、俺は料理を仕上げていくのだった。


 + + +


 翌朝。

 カイヤは起きてこなかった。

 今日も休みらしいことは聞いていたから仕事は問題ないみたいだったが、対するリュリュは出仕しなければいけなかった。


「ユリウス……」


 身だしなみを整えて、朝食をとって。

 それでも起きてこないカイヤにリュリュはとにかく弱りきっていた。


「昨日の答えはでたか?」


 そろそろ出ないといけない時間になり、俺は静かに問いかけた。


「たぶん。僕、カイヤさんに謝らなきゃいけない」


 しょぼくれるリュリュに、そこまでわかったんなら上出来かと思う。

 チラリと衝立を見やるがその先に動く気配は感じられない。

 ――まぁ、起きてはいるんだろうけどな。


「とりあえず仕事だろ?行ってこいよ」


「ユリウス、カイヤさんのこと……っ」


 玄関まで車椅子を押してくと、リュリュは慌てたように振り向いた。


「わかってるって。夕方まで出来るだけ引き止めとくから。けど、約束はできねぇからな」


「ありがとう、頼むよ」


「ああ」


 何度も家を振り返るリュリュを見送り、俺は家の中へ戻った。

 未だに出てこない様子に、俺はカイヤのベッドまで行くと布団の上から触れて軽く揺すった。


「カイヤさん、おはようございます」


 いつもより少しだけ声を高くして、女を意識する。


「リュリュさんはもう出て行きましたから、顔を出してください」


 布団を引っぺがしてもいいんだが、ユリナという歌姫を演じる以上はやめるに越したことはない。


「すみません……」


 カイヤはすぐに顔を出して申し訳なさそうに俺を見上げた。その瞼が赤く腫れ上がっている。


「とりあえず、冷やしましょうか」


 そんな顔を見て俺は台所へと返すとタオルを濡らして絞り込んだ。

 その間にカイヤは手洗いを済まして顔も洗ったようだった。


「どうぞ」


「ありがとうございます……」


 タオルを受け取り目元に当てるカイヤは当然のように元気がなかった。

 泣き腫らした上に、眠れなかったようだ。


「少し落ち着いたらご飯にしましょうか」


 ソファに座らせて、俺は自分とリュリュの分の皿を洗い始めた。


「ユリナさんは」


 水音と食器の音だけが響いてしばらく、カイヤがぽつりと口を開いた。


「リュリュさんのこと、どう思ってますか?」


 その口調はしっかり者だと聞いていた人物のものとは思えないような弱りきったものだった。


「そうですね。雇ってもらってなんですが、頼りない人かなと」


 もちろんそれだけじゃない。

 恋愛関係においてはひどく鈍感で女に対してヘタレで、それ以外のことは案外しっかりしている。

 けど好感のもてる部分は省く。これ以上刺激してもしょうがない。


「鈍感ですし、表情はころころかわるし、騎士っぽくはないですよね」


「そんな事ないです。リュリュさんはふわふわしてるけど、実はすごく強いし、頼りになるんですよ」


 何故か反論された。

 いや、好きな男を否定されたら怒るか。

 ん?でもいいところを教えるのは下手をすれば余計に恋敵を作ることになるよな?


 心の中で首を傾げてしばし、まぁいいかと流すことにした。

 とりあえず、俺はリュリュのことをどうとも思っていないと印象付けておこう。騙して追い返そうとしている俺の、せめてもの罪滅ぼしだ。


「そうなのかもしれませんが、鈍感な人はごめんですね」


「そう、ですか……」


 このカイヤという看護師は、気が強いらしいが性格はよさそうだった。

 というのも、普通はぽっと出の俺を怪しい目で見て疑いをもつところだが、全くそんな様子はなかったのだ。

 正直な話、女であっても復興支援に参加すれば住む場所も食い物もあたる。けどそうしないで歌を歌って物乞いしていた俺は、ざっくり言うならやましいことのある不審者に他ならない。けどカイヤはそれを追求することもなく静かに俺の行動を観察していて、そこに軽蔑の色は全く含まれていなかった。


「ごはん、食べられますか?」


 洗い物を終えて手を拭いて振り返ると、カイヤは目に当てていたタオルを下ろした。


「はい。いただきます」


 そうして皿に料理を盛ってテーブルに広げる。

 カイヤは素直に席について礼を言うと口をつけた。


「すみません、私までお世話になってしまって」


 ゆっくりと口を動かしていたカイヤだったが、やがてぽつりと言った。


「いえ、二人も三人もかわりませんから。それに私は雇われている身ですしね」


 どうということはない、そんな感じで応えればカイヤはまた泣きそうな顔をした。

 だからといって、これ以上俺に言えるようなことはなかった。

 その後、会話は続くことがなく、カイヤは食事を食べ終えると帰り支度を始めた。


「帰りますね、私」


 そう声がかかったのは、掃除と洗濯を済ませた昼前。

 声は限りなく暗く、ずっと俯いたままだった。


「待ってください。話が――」


 リュリュが帰るまで引きとめなければ。

 そう思ったものの、カイヤは力なく首を振った。


「ごめんなさい。ちょっと……何も聞きたくないです」


 もの凄く寂しそうに笑うカイヤは、心の底からリュリュの事が好きだったんだろう。

 仕方がないこととはいえ、申し訳なく思ってくる。


「リュリュさんに伝えてください。三ヶ月、とても楽しかったです。ありがとうございました、と」


 言いながら一筋の涙がこぼれ落ちた。


「それじゃ、失礼します……っ」


 涙に気をとられていると、カイヤは逃げるように身を翻して走り去っていった。

 留める間なんてなかったし、あんな状態のカイヤをひきとめることはできなかった。


「……居心地悪ぃ」


 俺は天井を見上げて一人呻いた。



「そっか、帰っちゃったんだ」


「悪い」


 急ぎで帰ってきたリュリュだったが、昼前に出て行ったカイヤと会うことは当然できなかった。


「伝言、聞いてる。『三ヶ月楽しかった。ありがとう』って」


「そ――っか。うん。ありがとう。時間の空いた時に病院に行くことにするよ」


 リュリュはそう笑ったが、カイヤ同様に元気がなかった。


 それからリュリュの表情には常に翳りがあった。

 病院へ行っても、どうにもカイヤと顔を合わせられないらしい。


「病院に行ったけどカイヤさんとは会えなかった」


「忙しいからって、他の人から断られちゃった」


「カイヤさん元気にしてるかなぁ」


「……会いたいな」


 仕事が終わって帰ってくれば遠い目で息をついては毎日カイヤのことを口にしている。

 その目は遠く、憂いを含んでいた。

 時間が経てばなんとかなるだろ。そう思ってたんだが、


「カイヤさんに会いたい。カイヤさんと話したい。カイヤさんの笑顔が見たい」


 二週間が経っても快方には向かわなかった。

 休日、ソファにもたれてぶつぶつと呟いているリュリュの目は虚ろである。

 なんつーか末期だった。


「大丈夫か?」


 見かねて声をかけると、リュリュは身を起こして迷子になった子供のように途方に暮れた顔をした。


「――もう、会ってもらえないのかなぁ」


 はぁとため息をつくリュリュは枯れた涙を流していた。

 まさかリュリュが自分に向けられる好意に鈍いだけでなく、自分の感情にも疎いとは思わなかった。


「そりゃそうだよね。僕のことを想ってくれてたのに、僕はカイヤさんを傷つけた」


 はは、と乾いた笑いをして、リュリュは額に手を当てた。


「僕、カイヤさんの事が好きだったんだね。全然、気づかなかったよ」


 どんどん沈んでいくリュリュ。

 それを見て俺はもどかしい気持ちになった。


「今さら気づくなんてね」


 女装しているのは俺の都合。

 リュリュと同居しているのも俺の都合。

 もちろん保護者が必要だと言い張ったのはリュリュで、俺と同居をしてカイヤを実家に戻すように考えたのもリュリュだが、カイヤの気持ちを黙ってリュリュに伝えずに実行したのは俺だ。

 最初から伝えていれば、こんなことにはならなかっただろう。

 リュリュにも、カイヤにも、悪いことをしてしまった。

 リュリュに引きずられるように、俺の気分も重くなっていった。


「あああぁぁぁ!くそっ」


 俺は頭をかきむしると外していたカツラをかぶった。

 こんなとこでくよくよしたって何も変わらない。


「ユリウス?」


 突然の俺の行動に、リュリュが顔を上げた。


「行くぞ!」


「えっ、ちょっとどこに?」


 俺はリュリュを無理やり乗せると車椅子を押した。


「ちょっとユリウス!?」


 久々にリュリュの大きい声を聞いたが構ってられない。


「いいから黙って押されてろ!」


 混乱するリュリュを一喝すると、俺はカイヤの勤める病院へと急ぐのだった。

読んでくださりありがとうございます。

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