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騎士団は恋が好き  作者: 葵翠
【鈍感】リュリュ
15/79

涙を堪えるのは得意、でした

 楽しんでいただければと思います。

 看護師カイヤ視点です。

 (※2018.10.31 誤字修正しました)

 カイヤ・ポルッカ。二十歳。

 それなりに大きな病院の看護師四年目。

 ――私は今、好きな人がいる。


 初めてリュリュさんと出逢ったのは勤めている病院でのことだった。

 新人の駐在騎士としてこの街にやってきたリュリュさんは他の騎士様に連れられて主要な施設への挨拶回りの過程で私のいる病院にやってきた。


「よろしくお願いします」


 にこにことした笑顔で手を差し伸べられて、私はその手を握り返しながらまじまじとリュリュさんを見た。

 今までの騎士様達が落ち着きがあってしっかりした雰囲気の人ばかりだった中で、リュリュさんはそのフロスティグレイのふわっふわな髪のように柔らかくて、どこか頼りない雰囲気の騎士様だった。


「こんにちは、カイヤさん。今日もいい天気ですね」


 挨拶をすればいつも満面の笑みを返してくれて、千切れんばかりにしっぽを振る子犬みたいだった。

 街の誰も彼もに分け隔てなく明るく接するリュリュさんは、その点だけを見るなら騎士らしかったけど、それでもやっぱりなんだか軟弱そうに見えた。

 実際、子供達の標的にされて、よくよく悪戯を仕掛けられては追いかけ回されてもいた。


「わぁ、ちょっと……やめ……っ。カイヤさん助けてください!」


 なんて通りがかった私の後ろに隠れたりして、情けない姿ばかりを晒していた。

 そんなリュリュさんは街の人たちからは「頼りない兄ちゃん」とか「犬っころ騎士」なんて呼ばれてからかわれていたけど、本人は全く気にした風でもなくヘラヘラとしていて、それがあんまり好きではなかった。


 でもなぜか年頃の女の子からはすごく人気があって、正直不思議でたまらなかった。


 + + +


 ある夜、私はひたすら走っていた。

 止めなきゃ。すぐにでも止めなきゃ、どちらかが死んでしまう。

 涙を堪えて一生懸命に騎士の詰所に駆け込んだ。

 いつもしっかりしていて強い騎士様なら、きっと止めてくれる。

 その一心で走っていた。


「助けてくださいっ」


 勢いよく詰所のドアを開ければ、びっくりしたように目を丸くするリュリュさんの姿があった。

 ああ、ハズレだ――

 瞬間的にそう思ってしまったけど、ここまできてはしょうがない。


「何があったんですか?」


 すぐに驚きから復帰したリュリュさんに尋ねられて、私は息も絶え絶えに伝えた。


「自警団の、団長、と、軍の小隊、ちょが、喧嘩、して」


 ――斬り合いを。


 はっと息を飲むとリュリュさんはいつもの柔らかい表情を消した。


「案内してください」


「っはい」


 リュリュさんは直ぐに立ち上がって、私もきた道を返した。


 どうしよう。今日はめでたくなる日のはずだったのに。

 友達のお父さんは自警団の団長だった。

 友達の恋人は軍の小隊長だった。

 今日は結婚の挨拶をするはずで、そこでお祝いの言葉を述べるはずだったのに。


 震えそうになる足を叱咤して走ると、やがてものすごい物音と怒鳴り声が聞こえてきた。


「あの店ですね」


 リュリュさんもそれに気づいたんだろう、私が頷くのを確認すると一気に私を追い抜いて店に駆け入った。

 直ぐに私も店に入れば店内はぐちゃぐちゃ、部屋の隅では友達が泣き崩れていた。

 喧嘩をしている二人は既に至るところから血を流している。

 だけど二人とも立って睨み合ってるところを見れば、間に合ったのかもしれない。

 そのことに安堵し、へたり込む。


「止まってください」


 リュリュさんは物怖じすることなくそんな二人に割って入ろうと足を踏み出した。


 ってリュリュさん剣を抜いてない!?

 だめ、斬られる――!


 手を伸ばした次の瞬間、信じられない光景が目に入った。


「暴力はダメですって」


 少しだけ困った様な、だけどいつものふんわりした口調とともにリュリュさんは振り下ろされる剣を躱すと、小隊長に手刀を入れて気絶させた。

 続いて見もしないで背後にいる隊長に振り向きざまに蹴りを入れて迫っていた剣の軌道をずらし、すかさず懐に入るとこちらもあっという間に昏倒させてしまった。

 リュリュさんは流れるような動きであっという間に二人の意識を奪ったのだった。


「へ?」


 間の抜けた声が出てしまったけど、仕方ないと思う。

 だってあのリュリュさんよ?

 いっつも子供に追いかけ回されては涙目になってる、あの、わんこ騎士のリュリュさんよ?


「ええと、とりあえず、病院に運びましょうか」


 しんと静まりかえる店内。

 ぽかんと口を開けている人が一体何人いたことやら。

 リュリュさんの言葉に反応できた人は誰もいなかった。

 誰も何も言わない、動かない状況に少しだけ眉を下げたリュリュさんはやがて倒れている二人の怪我の具合を確かめ始めた。


「あちこち傷だらけだけど、致命傷はなさそう、かな」


 よかった、と呟けばそこでようやくみんなの頭が動き始めた。


「兄ちゃん、そんなに強かったのか?」


「一応騎士ですから、これくらいは」


 みんなが思ったことを一人が代表するように聞いてくれた。

 やんわりとリュリュさんが苦笑すると、沈黙から一転、店内は騒然とし始めた。

 あまりの豹変っぷりに気圧されたリュリュさんは戸惑いながらもう一度声をかけた。


「えっと、誰か病院へ連れて行ってもらうのを手伝ってほしいんですが」


「任せとけ!」


「それから、事情を聞きたいので誰か、わかる人を」


「それならあの嬢ちゃんだ」


 と、一人が私の友達を差した。

 友達もびっくりしていたようで、涙がすっかり止まっていた。


「っ大丈夫だった!?」


 その姿に我に帰った私は友達に駆け寄った。


「カイヤ……あっ、ありがと……」


 床に座り込む友達をぎゅっと抱きしめれば、友達はもう一度涙を流し始めた。


「怖かった……ふたりとも、しんじゃうって……怖かったよぉっ」


「もう大丈夫よ。病院に運んで、手当てしてもらおうね」


「っうん」


 何度も何度も頷く友達に、リュリュさんが片膝をついて目線を合わせた。


「すみません、落ち着かない状況だとは思いますが、一緒に病院まで来ていただけますか?」


 その声はすごく優しくて、でも優しいだけじゃないしっかりした声だった。


「――はい。とめてもらって、ありがとうございます」


「いえいえ。これくらい何ともありませんよ」


 安心させるように笑顔を見せたリュリュさんは、そうして体格のいい友達のお父さんを一人で軽々と担ぎあげた。

 二度目の驚きである。だってリュリュさんはそんなに体格が良い方ではない。自分よりもはるかに大きな、それも気を失っている男の人を簡単に担ぐなんて。


「それじゃあ行きましょうか」


 びっくりしている中でリュリュさんにそう促されて、私は友達を支えながら付き添う為に立ちあがるのだった。


 + + +


 それから何かとリュリュさんのことが目につくようになった。

 いつも朗らかでどこか頼りない雰囲気の騎士様。だけどよく見てみれば、子供達には悪いことは悪いとしっかりと窘めたり、時には重い荷物を平気で担いで手助けしてくれたり。病院の中でのいざこざでもやんわりした雰囲気ながらもしっかりと割って入って緩衝材役を務めたり。


 それは他の騎士様と同じ、頼りがいのある騎士の姿だった。


 中でも荒事に割って入った時の姿は格別だった。まるで別人かと思うくらいに強くて、それなのに事が落ち着くとすぐにふんわり笑顔で、誰もが緊張感を失って安堵してしまうのだ。

 凛々しいのにすごく優しくて、上辺しか見ていなかったから分からなかったけど、きっと女の子達はそんなところに惹かれていたんだと気がついた。

 ――そして、私もそんなリュリュさんに恋をしてしまった。


 リュリュさんは言い寄る女の子達にいつも笑っていた。

 だけどそれは女の子達にだけじゃなくて、子供たちや高齢の人に向けるものと何ら変わりがなかった。

 異性として扱ってくれない、押しても引いてもまるで反応がないリュリュさんに悔し涙を飲む女の子達がどれほどいたか。

 私はそれらを見ながら、だけど自分を売り込むような行動もせずにただ遠くから見つめるだけだった。


 しっかり者のカイヤは可愛げがない。


 よく同年代の男の子達から言われていたから、私に魅力がないことは自覚していた。

 男の人はもっとお淑やかな人が好き。

 私のように仕事だからって割り切って異性だろうが年上だろうが叱るような女は、誰も好きにはなってくれないから。

 ――私はハナから諦めて、リュリュさんを見ているだけだった。


 + + +


 そうしてリュリュさんがこの街にやってきて半年が経った時、災害が起きた。

 氾濫する川。流されていく家屋。

 患者さん達を避難させるのに必至になっていた私にリュリュさんも手を貸してくれた。


「ご家族は?」


「避難しているはずです」


「一緒にいなくても?」


「今は目の前の患者さんが先ですっ」


「わかりました。無理はしないでくださいね、カイヤさん」


「――はいっ」


 そうしておさまった大雨。

 今度は怒涛の怪我人の治療だった。

 家族の無事だけを確認した私は目まぐるしく働いて――そうしてリュリュさんが病院へと運ばれてきた。

 おびただしく流れる血と、蒼白な顔。

 心臓が止まるかと思ったけど、自分を叱咤して先生の補佐にまわった。

 ――お願い、死なないで。

 必至に祈って応急処置をして、リュリュさんが目覚めるまでの間、私は眠る度に涙を流していた。

 好きな人が生死をさまよう姿は辛くてたまらなかった。

 リュリュさんがいなくなるなんて考えられなかった。


 目を覚ましたリュリュさんを見た時、どれだけ嬉しかったか。

 駆け寄って泣きそうになるのを耐えて先生を呼んで。一人になった時に大泣きしてしまったのは無理もない。


「リュリュさん、騎士を辞めるのよね」


「そうじゃない?だってこのまま仕事なんて無理だもの」


「だよねぇ。どうしようもないもんね」


「せっかく素敵だったのに残念。別の人探そっと」


「優しいのはいいんだけど、収入がなくなるなら話は別よね」


 片脚を失ったリュリュさんに他の看護師はそう囁き合っていた。

 リュリュさんを狙っていた人達はそうやってみんなリュリュさんから離れていった。

 酷い。心の底からそう思った。

 一番ショックなのはリュリュさんなのに。そんなリュリュさんをどうしてそんな目で見れるのか。

 悲しくて、腹が立って、事あるごとに私はリュリュさんの病室に押しかけた。


「どうしたんですか?」


 一人でいると悲しそうに目を伏せているリュリュさんは、けれども誰かが来るとすぐに笑顔を浮かべる。

 気を使ってのことなのはわかったけど、それでも一人でいる時よりは気が晴れるかもしれない。そう思って。


 そんなある時、リュリュさんの所属している部署の騎士長がやってきた。

 背が高くて、これまで見たこともないくらいの美形の若い騎士長様だった。


「本当ですか?」


「もちろんですよ。頑張ってきた騎士を切り捨てるような騎士団ではありません」


「でも、僕は、足が」


「それがどうしたというんです?流石に護衛部ならば別の部署に異動にはなるでしょうが、君は広報部です。多少の無理はあるかもしれませんが全く仕事がこなせないわけではありません。君が望まない限りは退団はあり得ませんよ」


 言い淀むリュリュさんに、騎士長様はまるで晩御飯を伝えるような軽さでそう言った。

 あまりにもさらりとした口調に私もリュリュさんも一瞬言葉の意味を測りかねた。


「僕は……騎士団に居て、いいんですね?」


 しばらくして、縋るように、願うようにリュリュさんが問い返せば、騎士長様はくすりと笑ってしっかりと頷いた。


「もちろんですよ。前もって連絡していたじゃないですか」


「っありがとうございます……トゥーレ騎士長……」


 そうしてリュリュさんはシーツを握り締めて涙を流した。

 それを騎士長様がハンカチを出して優しく窘めた。


「騎士がそう簡単に涙を流すものではありませんよ」


「すみま、せんっ」


 ハンカチを受け取り、後から後からこぼれる涙を拭うリュリュさん。


「ケトラ家の三男坊は腕っ節は強いのに泣き虫というのは伝え聞いていましたが、頼りなく見えるのは騎士としては問題です。しっかりと頼れる存在になれるよう、これからも精進してくださいね」


「――はいっ」


 あくまで穏やかな騎士長様はリュリュさんの背を叩いてそう激励した。

 偶然居合わせた私だけど、そんな私もなんだか涙ぐんでしまった。

 泣くまい、とぎゅっとエプロンを握り締めてやや俯いていると、ふと騎士長様の声がした。


「まいりましたね」


 なにがあったんだろう、と私もリュリュさんも目を丸くする中で騎士長様は今まで浮かべていた笑みを苦いものへと変えた。


「ハンカチは一枚しか持っていないんですよ。リュリュ、あります?」


 なんのことかと分からずにいると、リュリュさんと目があった。

 するとリュリュさんは驚いたように目を大きくさせた後、慌てて身体をぺたぺたと触ってから申し訳なさそうに肩を落とした。


「……ないです」


「騎士たるもの、どんな時にも身だしなみを整え万全に期す。ですよ」


「すみません」


 騎士長様の声はどこまでも優しいのに、本気でしょんぼりしているリュリュさん。

 そんな二人の様子が可笑しくて、なんだか笑いがこみあげてきた。


「もう、リュリュさんは入院中なんだからしょうがないじゃないですか」


 私は笑って顔を上げた。


「で、でもカイヤさん……」


 自分の涙にぬれた騎士長様のハンカチと私とを交互に見やるリュリュさんに、私は腰に手を当てた。


「私が泣くわけないじゃないですか」


 無理やりに涙を引っ込めて胸を張ると、騎士長様が声を上げて笑った。


「素敵な看護師さんですね。リュリュ、彼女を見習ってください」


「えぇ……が、がんばります」


 戸惑いながらもそう言うリュリュさんの顔には少しだけ光が見えて、私は再びこみ上げてくる涙を抑えるのにちょっとだけ苦労した。


 + + +


「ねね、リュリュさん騎士のままなんだって!」


「えっ、ほんと!?」


「この前来た騎士長様が言ってたみたいよ」


「ああ、あのひと騎士長だったんだ!格好よかったわよねぇ。独身なのかな?」


「結婚してるみたいよ」


「ざーんねん。でも、リュリュさんが騎士のままかぁ。それならもう一回がんばっちゃおうかなー?」


「カイヤ、リュリュさんの部屋の担当だったよね!替わって?」


「――絶対嫌よ!」


 都合のいい同僚看護師たちには絶対に替わるものですか。

 リュリュさんを気遣うこともなく自分勝手に振る舞う子達には怒りしか湧いてこない。

 どんなに見た目が可愛くたって、胸が大きくたって、こんな子たちには負ける気がしなかった。

 この子たちがリュリュさんと一緒になってもリュリュさんが幸せにはならない。

 だったら――追い払って、私がしっかり支える。支えてみせる。

 そう思って、強引に同居まで持ち込んだ。

 ここ一ヶ月はリュリュさんを狙っていた子たちの嫌がらせが悪化していたけど、それも――すごくイライラしたけど――堪えて頑張った。

 それなのに。


「いままで、本当にありがとうございました」


 病の大流行で帰れずにいた一週間で、リュリュさんは正式なお手伝いさんとして巷で有名な歌姫を連れて来ていた。

 毎日時計台の前で歌を歌っては日々生きながらえている歌姫。

 私もその歌を聞いたことがある。美しくて、力があって、災害の爪痕を大きく残しているこの街を励まそうとしているかのような歌声には心底、元気をもらった。そして私だけじゃなく、心を救われた人がどれほどいたことか。

 そんな歌姫とリュリュさん。二人が並ぶ姿はとてもお似合いだった。


 リュリュさんと同居して三ヶ月。

 お互いさん付けで呼び合って、口調も丁寧なままな私達。

 それは病院に居た頃と何ら変わりのない距離で――ううん、同居してからのリュリュさんはそれよりも私と距離をとろうとしていた。

 無理やり同居に押し切ったのが原因なのか、ふとした時に慌てて首を振っては目を反らせるリュリュさん。

 気がつかないふりをしていたけど、やっぱりそういうことなんだよね。


 ――しっかり者のカイヤは可愛げがない。


 昔の言葉が私の胸を刺した。


「カイヤ、さん?」


 途方もないくらいに胸が苦しくなっていると、そんな私を気遣わしげにリュリュさんが見上げていた。

 はっと我に帰る。


「わ、わかりました」


 リュリュさんが幸せなら。

 あの子たちのような人にいいようにされないなら、それでいいじゃない。

 そう自分に言い聞かせて、ふと気づく。


 歌姫――ユリナさんは、なにを考えているんだろう。


 住む場所を失ったというユリナさん。

 でもよく見知った間柄でもないリュリュさんとの同居なんて、どうして踏み切ることが?

 本当に仕事をするだけと割り切っているとか、一目惚れとかならいいけど。

 ひょっとして騎士であるリュリュさんに頼って、あの子たちみたいに甘い汁を啜ろうとか、利用しようとか――考えてはない、よね?


「ですが……すみません。さすがに私も疲れてしまって。荷物の整理もありますし、もしよかったら明後日のお昼くらいまではここに居てもいいですか?」


 一番長く泊まり込みをしていた私は明日と明後日はお休みだった。だからその間は一緒に居てユリナさんの様子を見させてもらおう。

 ただの邪推かもしれないけど、やっぱりちょっと心配だった。

 それに……やっぱり好きな人と離れるのは辛い。

 そんな私の申し出にリュリュさんはちらりとユリナさんを見て、ユリナさんは小さく頷いた。


「もちろんです。ここ一週間ずっと働きづめでしたからね。ゆっくり休んでください」


 二人のやり取りに少しだけ違和感を感じたものの、私は了承をもらったことで一つ息をついた。


 + + +


 ユリナさんは素敵な人だった。

 リュリュさんに媚びを売るような態度もなく、ごく一般的な距離感を保ちつつ笑顔で接していた。

 そしてそれはリュリュさんだけでなく、私に対しても同じだった。私が話しかけても、様子を見ていても嫌な顔一つしないで笑顔で応えてくれて、まさに歌声と同じく心のきれいな人なんだろうと思わずにはいられなかった。

 それに――


「今日の夕ご飯は何?」


 ちらりと視線を上げた先では野菜の皮を剥くユリナさんの手元を覗き込むリュリュさんの姿があった。


「今日はキッシュとミネストローネです」


 せっせと包丁を動かすユリナさんはリュリュさんを見ずに答えるけど、リュリュさんはそんなユリナさんを感心した様子で見ていた。

 ユリナさんは距離を保っているようなのに、リュリュさんはそんなユリナさんにかなり迫っている。

 いやらしさはないものの、その距離はかなり近い。


 ――私の時は肩が触れるような距離まで近くに来ることはなかったのに。


 まるで家族や恋人のような距離感に胸が締め付けられる。


「ほんと器用だね。僕なんか作ったらカイヤさんに料理じゃないって言われたよ」


 おまけにリュリュさんはユリナさんに対して砕けた口調だし、名前だって呼び捨てにしている。

 そんなのを見ていたら誰だって理解してしまう。

 リュリュさんはユリナさんのことが好き。

 ユリナさんがどう思っているかはわからないけど、強くて優しいリュリュさんと一緒にいれば好きにならないはずはない。


「そんなに酷かったんですか?」


「すぐに手直しされたよ。その後何回か作ってみたけど、もう作らないでくださいって言われちゃってさ。カイヤさん、やっぱり僕のご飯はダメでした?」


 苦しい。くるしい。

 仲良く話をする二人を見るのが辛い。

 だんだん目が熱くなってきて、ぐっと堪えるように目を瞑る。


「――カイヤさん?」


 不意にすぐ近くで声がした。

 びっくて目を開けると、目の前には心配そうな顔のリュリュさんがいた。


「どうしたんですか?」


 目が合うとリュリュさんは一層深刻そうな顔をした。


「あ……いえ、なんでもないです」


「何でもないわけないじゃないですか。そんな顔して、どうしたんですか?」


 まずい。

 これ以上近くにいたら泣いてしまう。


「疲れてるみたいで眠たくなっちゃいました!私、ちょっと横になりますね」


 勢いよく視線を外して立ち上がると、リュリュさんが何か言う前に私は衝立の向こうのベッドに逃げ込んだ。


「カイヤさん……っ」


 なおも追求するように呼ばれるけど、布団を頭から被って遮断する。

 リュリュさんは私がベッドに入ると絶対に近づいてこない。見ることもしない。

 一回だけ夜中に覗き込んでいた事があったけど、それは多分私が布団をはだけさせていたからだと思う。寒かったからくしゃみでもしていたのかもしれない。

 ――結局その時もおろおろしているだけで近寄ることはなかった。


 布団の下で唇を引き結び、私は静かに涙を流した。

 読んでいただきありがとうございます。

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