看護師さんが押し掛けました
新騎士にの話になります。
楽しんでいただければと思います。
(※2018.10.29誤字訂正しています)
リュリュ・ケトラ。二十一歳。
広報部所属、駐在騎士一年目。
――僕は現在、困っている。
「ですから、本当に、自分でなんとかしますから」
「できませんよ!どうやってご飯を作って、お洗濯やお掃除をするんですか!」
困り顔の僕に対して、目の前の女性――カイヤさんは腰に手を当てて憤慨していた。
「そのために車椅子を用意してもらったんです。移動ができるなら食事は外で満たせばいいですし、洗濯と掃除はまぁ……なんとかなりますよ」
「外食ばかりでは栄養バランスが偏ります。お洗濯もお掃除もきっちりやらないと不衛生ですし、そうなると環境が悪くなります!環境が悪くなれば雑菌とかが繁殖しますし、それが原因で体調を崩しかねません」
応戦して車椅子を軽く叩くも、カイヤさんに言い返されてしまう。
「ですがいまは人手が足りないんです。僕だけよくしてもらうことはできません」
そう。そんなことはあってはならない。
むしろ騎士である僕が優遇されるなんて考えられない。
なおも食い下がる――あれ?僕が食い下がってるのかな、これ――けれども、カイヤさんも頷いてはくれず、というのが現状である。
この押し問答は怪我人や病人の絶えない病院を怪我も落ち着いてきた僕が出て行くと言ったのがきっかけだった。
騎士団から車椅子が送られてきて、足以外は健康な僕は一人でも生活できると言ったのだけど、それを看護師のカイヤさんが良しとしなかったのだ。
言い分は先の通りである。
たまに人を派遣して見に来てくれる、と言うのなら僕も享受しようかなとは思える。
けれどもカイヤさんの申し出はそれを軽く突き抜けていた。
曰く同居して世話をする、と。
日中はさすがに病院勤めがあるけども、同居すれば朝夕の時間で炊事洗濯などがこなせるからとカイヤさんは言った。
だけど結婚適齢期の僕と、これまた結婚適齢期のカイヤさんが一つ屋根の下で生活をともにするなんてとんでもないことだった。
僕はともかく、カイヤさんが周りからなんて言われるか分かったものではない。
そう首を振る僕に、カイヤさんは大真面目に言ったのだ。
「足が動かないなら間違いなんて起きようもありません。気にしすぎです」
僕もそう思う。だけど世間ではいいように言われるのも事実だし、何より年頃の娘さんと二人きりの同居ではいろいろな意味で僕の精神がもたない。
ここはなんとしてでも本心を押し隠してあの手この手で拒否しなくてはと頑張っているのだけど、カイヤさんも一歩も引いてはくれず……困っている。
「先輩、どうしたらいいですかこれ」
押し問答とはいえ、カイヤさんは病院勤めの看護師さん。他の人に呼ばれて出て行ったのをすかさずそこにいた先輩騎士に涙目になって訴える。
「いやー、いいんじゃねぇの?」
けれども先輩は腕組みしてにやにやと笑みを浮かべるばかりで何の役にもたたな――参考になるようなことは教えてくれなかった。
「よくないですよ。同居ですよ!?うち、仕切りなしの完全な一部屋なんですよ!?」
先輩だってよく知っているはずだ。なのに。
「美味しい状況だな」
「かなり不味いですって!」
既に妻帯者である先輩はいいかもしれない。だけど生まれてこの方、女性と付き合ったことのない僕はいろいろと挙動不審になること間違いなしである。
「お前もそろそろ免疫つけろって。ただでさえ俺ら騎士は禁欲生活が長くて出遅れてんだ。いい加減女性の扱いと扱われ方に慣れた方がいい」
成人したての年頃からおよそ五年、叙任するまで僕ら騎士は寮生活を余儀なくされる。
そしてそれはほぼ女性との接触がなくなるということで、まさに僕は女性への免疫がなかった。
「じゃ、話し合いがまとまるまでは帰れねぇな。また夕方にでもくるわ」
僕の退院の手伝いに来てくれた先輩は、そう言って僕の頭を搔きまわすと病室を去って行った。
「待ってくださいよ!」
「仕事なんだよ」
慌てて声をかけるも、先輩は後ろ手に手を振るだけだった。
取り残された僕は深くため息をつき――動かなくなった自分の足を見つめるのだった。
+ + +
僕のいるこの街は、水の都と呼ばれる美しい街だった。
芸術をこよなく愛し、劇団や音楽団がたくさん存在しているこの街は僕が騎士になって始めて駐在としてやってきた街だった。
今までずっと王都にいた僕としては、この街はとても美しくて観るも聴くも楽しい素敵な街だった。
だけれど――僕が駐在としてやってきておそよ半年。かつてない大雨に見舞われた街は川が氾濫し、ほんの一瞬で半分以上が壊滅した。
あまりの事に街の人々同様に呆然とした。
雨が止み、瓦礫と化した街を目前に、同じ駐在騎士の先輩達とともに救助活動に出た。
氾濫して壊された家々に逃げ遅れた人はいないか。閉じ込められてはいないか。怪我人はいないか。
少しずつ、確実に声を駆け回って帆走する中で、僕は半壊した家の中から泣き声を聞き取った。
今にも倒れてしまいそうな家の中に子供が取り残されていたのだ。
ともに救助に当たってくれていた街の自警団の人々の協力の元に僕は一人家の中に押し入り、子供の救出を試みた。
「怖くないよ。ゆっくりとだよ」
怯える子供に手を伸ばし、優しく声をかけること数時間。
ようやく僕の手に届く距離にやってきた子供に安堵し、外へと救出したのだけど――不運な事に僕が最後に家を出る直前に、倒壊した。
「大丈夫か、騎士様!」
いろんな人の声や音が聞こえるのを最後に、僕は意識を手放した。
目を覚ましたのは数日後の事だった。
気づけば僕は病室にいて、激しい痛みを覚えて見てみれば片方の足が失われていた。残りの足も包帯でぐるぐる巻きである。
「気がつきました!?」
痛みに顔をしかめていると、そこにやってきたのがカイヤさんだった。
救助されるも足に大きな傷を負い、数日意識の戻らなかった僕に慌てて駆け寄ってきたのを今でもよく覚えている。
それから体温を測ってお医者さんに見てもらい、そのうち先輩も駆けつけて状況を教えてもらった。
「すみません」
人の手の足りないこの街で怪我を負うなんてと項垂れる僕に、
「子供を助けたんだろ。何を謝る必要がある。よくやったよ」
先輩は僕の頭を思い切り撫で回した。
僕はふわふわな髪をしているせいか、やたらとみんなに頭を撫で回されることが多かった。
「しばらくは何も考えないでゆっくりしろ」
「はい」
薬が効いている時はそれほどでもないけれども、激しい痛みに悶えていた僕は大人しくその言葉に従った。
激痛と高熱にうなされる事ニヶ月。
ようやく治まった熱に少しずつ身体を動かし始めた僕だけど、残った足も思うようには回復しなかった。
傷は塞がったものの、まるで力が入らず、松葉杖を使おうにも床にへたり込んでしまうのだ。
以前通りとは行かないまでも職場復帰できると思った僕は愕然とした。
「運が悪かったっつーか……」
いつもは色んなことを笑い飛ばしてくれる先輩もこの時ばかりは身体を小さくさせて視線を落としていた。
涙が滲んでシーツを握りしめた。
それから騎士長が様子見に来たり、僕が助けた子がお見舞いに来てくれたり。いろいろとあって前を向けるようになったのだけど、僕が退院できるようになるまで更に二ヶ月の時間がかかってしまった。
+ + +
「うっす、話し合いは終わったか?」
先輩が仕事を終えて顔を出したのは日がすっかり落ちた頃だった。
「いえ、忙しいらしくあれからカイヤさんとは会っていません」
なんとか同居を固辞しなければと意気込んでいたけど、どうやらその必要はなかったらしい。
拍子抜け、とはこの事だ。
「いつまでもここにいるわけにもいきませんし、帰りましょう」
そのうちお礼を言いにくればいいや。
なんて軽い考えで両腕で身体を支えて車椅子に乗り込む。
「ちっ、つまんねぇの」
先輩が何か言ってるけど無視する。
「荷物はこんだけか?」
「はい。もともと最低限だったので」
正直、退院に付き合ってもらうまでもなかったんだけど、先輩も人がいいものでつい甘えてしまった。
そうして車椅子を動かそうと手に力を入れた時。
「お待たせしました!」
元気いっぱいのカイヤさんが二つの大きな鞄を手にやってきた。
よく見れば服も看護師さん用のエプロンドレスではない。
「その荷物は?」
鞄も服装も、とても仕事中の看護師さんの姿ではない。
きょとんとしたまま見つめると、カイヤさんはにっこりと微笑んだ。
「何言ってるんですか。同居するのに必要な荷物ですよ」
「っは!?」
「ぶはっ」
僕は目を剥き、先輩は吹き出した。
「さぁ行きますよ!私から逃げられるとは思わないでくださいね」
ふふん、と勝ち誇った様子でカイヤさんは胸を張ると廊下へと顔を引っ込めた。
「やるな、カイヤ嬢」
くくくっと笑うと先輩は大きく息をついてカイヤさんの後を追った。
「おーい、その荷物は俺が持つからコイツのこと頼むわ」
「あ、ありがとうございます!」
廊下でそんな会話が聞こえて、再びカイヤさんがやってきた。当然鞄は持っていない。
「それじゃ帰りましょうか」
「……本気ですか?」
いまだ呆然とする僕の車椅子を上機嫌に押し始めるカイヤさん。
「何か言いましたかー?」
鼻歌を歌い、カイヤさんは僕の問いかけを黙殺した。
本当に、どうしたらいいんだろう、これ。
僕は涙目になりながらカイヤさんにばれないようにこっそりとため息をついた。
+ + +
結局、カイヤさんは本当に僕の家までやってきた。
それなりに大きくて二人で住むことも可能な、だけど仕切りの存在しない一部屋しかない僕の家で男女二人の生活。
……いや、本当に無理だってば!
という悲痛な叫びは先輩に口を塞がれることで発する事はできなかった。
どういうわけか先輩はこの状況に終始にやけていて、やっぱり僕の味方にはなってくれなかった。
「どうしてくれるんですか!」
カイヤさんが入浴している間、僕は本気で涙目になりながら先輩に詰め寄った。
「どう考えても無理ですよ。ベッドだってひとつしかないし、部屋も区切るものがないんですよ!?」
着替えとか見てしまった日には目も当てられない。
今だって先輩がいるから気がまぎれるものの、入浴って。これ僕一人で部屋にいる時とか絶対落ち着かないよね?
「とりあえず今夜はお前がソファで寝ろ。合意のもとなら一緒にベッドで寝てもいいとは思うがな」
「ありえませんって!妙齢の女性がそんなこと。だいたい僕が合意しませんから」
本当にあり得ない。若い女性と同衾なんてありえない!
カイヤさんの名に傷がついたらどうするんだ。
「で、着替えはお前が見なきゃいい。つってもこっそり見ても問題ないと思うから、そこの加減はお前次第で」
「何言ってるんですか!着替え見られて問題ないとか男の願望でしょう」
きっと女性は泣いたり怒ったりする。
そりゃ見てみたいとかは……ちょっとは思うけど、都合がよすぎる。
「むしろ見られて喜ぶ女性も多いぞ?」
「うわー、ちょっと何言っちゃってるんですか!?」
先輩のとんでもない発言に頭を抱える。顔がすごく熱い。
カイヤさんと同居。いろいろと問題がありすぎてどうすればいいのかわからない。
「ま、あれだ。とりあえず今後の事を詳しく話し合わないとだな」
頭を抱えたままため息をついていると、ようやく先輩からまともそうな言葉が出た。
「詳しくですか?」
顔を上げて見上げると、先輩は腕組みして頷いた。
「同居をする上での決め事、期間とかな。さすがに無期限でってわけにもいかないだろ」
確かにそうだ。
カイヤさんの同居発言でその辺りのことは全く頭になかった。
そこでまずカイヤさんが同居を申し出た理由からなぞってみる。
「カイヤさんの言い分からするに、僕がきちんと一人で生活できれば同居しなくてもいいってことですよね」
「そうなるな」
僕の確認に先輩も同意してくれる。これは先が見えたかもしれない。
「じゃあとりあえず、一週間くらいがんばって掃除洗濯炊事をこなせばいいんですね」
それできちんとこなせていると判断されればカイヤさんだって同居する意味がなくなるわけだ。
一週間。それくらいなら僕も耐えられる。いや、耐えなきゃいけないんだけど。
それにカイヤさんがいきなり同居なんて話になれば近所の人からの噂も心配だけど、一週間なら退院したてで心配してもらっての支援だと言えば乗り切れるはず。
そう思って小さく手を握って勢いづく。
「たしか怪我するまでは通いのお手伝いさんに来てもらってたよな」
「週に三回、掃除と洗濯をしてもらってました。今回の災害で別の街に移っちゃいましたけど」
「飯はもっぱら外食だったよな」
「一応、調理器具は一通りありますけど、まぁ……ほとんど使ったことはないですね」
はっきりいうけど見知らぬ街で初の任務とか、とてもじゃないけど時間的余裕なんかなかった。
「できるのか?」
と、的確な突っ込みが入って、
「……たぶん」
僕は思いっきり気を削がれてしまった。
その事実を突きつけられると非常に痛い。
「掃除洗濯は寮の時にやってましたし、料理もほら、実習があったじゃないですか」
最低限度のことは一人でもこなせるようにと見習いの時に教えられた。
なんていうか、皮剥いて切って煮るか焼くか。味はとりあえず塩でもふっておけば最悪は乗り切れる的な。
「こりゃ無理だな。大人しくカイヤ嬢の世話になれ」
必死に言い募るけど、先輩は肩を竦めた。
「私がなんですか?」
と、カイヤさんが戻ってきた。
簡素なワンピースを着て、髪から滴る水をタオルで拭きながらやってきたカイヤさんに僕は思わず視線をそらせた。湯上り姿なんか直視できるわけがない。
ぶっと先輩が噴き出す音が聞こえたけど、そっちにはカイヤさんがいるから絶対に向かない。
「これからの生活の話だ。まーだ自分一人でって食い下がるからやり込めてたところだ」
「まだそんなこと言ってたんですか、リュリュさん」
髪を乾かせながらカイヤさんがちらりと僕を見る気配がした。
見てない。湯上りのカイヤさんなんか見てないよ。
「いい加減諦めてください」
だけどカイヤさんはそんな僕の目の前までやってきてしまった。
真っ直ぐに見つめるヘーゼルの瞳。その下の頰が上気していてなんというか、その。
「おい、目が泳いでるぞ」
先輩がぼそりと言って肩を叩いた。
しょうがないじゃないか。なんかいい匂いがするし、濡れた髪が艶っぽいし。
「どうかしました?顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
ひぃっ。
ぽかぽかしたカイヤさんの掌がひたいに触れて震え上がる。
「どんだけだよ……」
先輩が笑いを堪えて呟いた。
だから、本当に無理なんだってば。
じわりと目頭が熱くなってきて、僕は慌てて首を振った。泣くなリュリュ。
「っカイヤさん!」
「はい?」
熱はなさそうだと手をひっこめたカイヤさんに、僕は意を決して目を合わせた。
「一週間。とりあえず一週間でいいので様子見をしてもらえませんか?」
目以外何も見るな。真っ直ぐ前だけ見るんだ。
「それで僕が一人で生活できたら、カイヤさんには帰ってもらうというのはどうでしょうか」
真剣な表情でお願いしてみれば、先ほどはすぐに諦めてと言ったカイヤさんだったけど、少しの間考えてくれた。
うーんと唇を軽くいじりながら考える様が……っいやいや目だけ見るんだってば!
「いきなり家に帰ってきて一週間はどんなにがんばったって無理ですよ。一ヶ月。この期間だけはまけられません」
一ヶ月。それは長すぎる。
出来るなら一週間でも遠慮したいのに。今現在だって挙動不審になりかけているのに。
「いいですか。看護師の言うことは聞いてください」
「様子見にしては長くないですか?」
なんとかねばってみると、聞き分けのない患者さんに言い聞かせるかのように腰に手を当てたカイヤさんがぴしゃりと言い放った。
「これ以上文句を言うようなら一ヶ月なんて期限なしで問答無用で滞在し続けますよ」
「一ヶ月ですね、わかりました!」
「そうです。一ヶ月の様子見で、その後は状況次第にしましょう」
「はい!」
もう条件反射のようなものである。
はっきりと僕は了承して、様子見一ヶ月――延期の可能性あり――の同居生活が始まってしまったのだった。
+ + +
それからの日々は大変なものだった。
同居が決まった翌日、取り急ぎベッドと衝立を用意したけど、それだけで僕の心が休まるはずもなく。
朝一から自宅で女性と顔を合わせ――しかも寝間着姿――着替え時は衝立に背を向けて目を閉じて耳も塞いでひたすら待つ。
夕方は帰ってきたカイヤさんの入浴中、縮こまって騎士道精神のあり方を頭の中で唱える。そして再びの寝間着姿を極力視界に入れないようにしながら時間を潰してベッドに入れば、意識しすぎて眠れず……。
「大丈夫か?」
割り当てられた休日になると必ず顔を出してくれる先輩は、やや引いた顔で僕を見ていた。
カイヤさんとの同居が始まって一ヶ月弱。僕は寝不足が常態化していた。
眠い。日が明るいのに、眠くて死にそう。
意識して眠れないところに寝息とか聞こえてくると更に意識しちゃうんだよね。
だけどあと数日。あと数日でこの生活からも解放される……はず。
まるで予定のない僕はこの一ヶ月、一人暮らしの許可をもらう為に日々家事をこなした。
料理については残念な結果になっているけど――料理じゃないと言われたり、激不味だったり、すぱっとナイフで手を切ってしまったりもした――それ以外は大丈夫なはずである。
カイヤさんが言うように一週間でなんてまるで無理な話だったけど、今ではある程度時間がかかっても掃除と洗濯は自分でできるようになった。
料理は外食という手段が手軽にとれるのだから、バランス良くとることを堅く誓うことで逃れられると見ている。
「たぶん、大丈夫です」
慣れない家事に悪戦苦闘し、女性が同居しているという事態に心身ともに休まることなく過ごしていた僕はちょっとやつれていた。ひょっとしたら入院していた時の方がまだ健康だったかもしれない。
なんてことを思っていると、先輩が苦笑した。
「そんなんじゃ、せっかく通達が来たのに体調不良で先延ばしになるぞ」
「何の通達ですか?」
思わぬ言葉に顔を上げれば、先輩はごそごそと一枚の紙を取り出した。
「朗報だ。本部から職場復帰の許可が下りたぞ」
「っえ!?」
しばらく先輩の顔と広げられた紙を交互に見やって、それから文面に目を走らせる。
『リュリュ・ケトラの復職を許可する』
いろいろと注意事項やなんかも書かれていたけど、とにかくその一文が存在感を成していた。
「う……うわあぁ」
待ちに待った復職だった。
騎士長がやって来た時は、僕が望まない限りは退団はあり得ないって言ってくれていたけど、隻脚なだけでなく車椅子生活になってしまっていた僕がそのまま復職できるなんて、正直思っていなかった。
しっかりと通達の紙を両手で広げて何度も何度も読み返す。
間違いじゃない。復職。それも駐在のままこの街での勤務だ。
「う……」
思わず涙が零れて膝に沁みができる。
「せんぱいぃ……」
小さく体を震わせて見上げれば、穏やかで優しい先輩の顔が見えた。
「よかったな。完全な今までどおりじゃないにせよ、復職は復職だ」
「っはい」
「明日の昼に今後の打ち合わせをするから詰所に来てくれ」
「わかりました」
そうして先輩は僕の頭に手を置くと、掻きまわさずにぽんぽんと軽く叩いた。
「またよろしくな」
頼りにしてるぜ、と言われて僕は慌てて手の甲で涙を拭いた。
しっかりと先輩を見上げる。
「よろしくお願いします!」
大きな声で勢いよく頭を下げると、先輩は「おう」と返してくれた。
そうと決まったらこんなところでうじうじしてられない。寝不足がなんだ。
「がんばりますよ」
まずは何からしようか。
足はともかく上半身の鍛錬だけは欠かさずにやっている。もうちょっと増やそうかな?
それから、しっかりと寝て起きて心身ともに健やかにならなければ。カイヤさんとの同居もきっとあと数日で終わるから、それだって解決したようなものだ。
夜勤とかで出入りすることになるだろうから、同居ではカイヤさんの身が休まらないという口実も増えたしね。
がんばろう。またこの街で騎士として一生懸命勤めよう。
「ただ一つ問題があってな」
うきうきと今後の事に思いを馳せていると、先輩の声に現実に引き戻された。
「この状態で復職したら絶対家事なんかできないよな」
「当然の話ですね。ただでさえ災害前もお手伝いさんに頼んでましたし」
「だよな。っつーわけで、そろそろカイヤ嬢との約束の一ヶ月だが、あれ延期な」
「……はい?」
ぴたりと僕の動きが止まる。先輩は何を言っているんだろう。
「いきなりお手伝いさんなんか雇えないしな」
うんうんとひとり頷く先輩。
ようやくあと少しで約束の一ヶ月が経つというのに、延期?
「実はここに寄る前に病院に行って来たんだわ。快く引き受けてくれたぞ、カイヤ嬢」
「ちょっ、なに勝手に話を進めてるんですか!」
「しょうがねぇだろ?今は人手が足りないんだ。個別にお手伝いさんが雇えるわけないだろ」
人手が足りない。その言葉は一ヶ月前僕がカイヤさんに言った言葉でもあった。
うっと詰まってしまい、それ以上の言葉が出て来ずにいると、カイヤさんが紙袋を抱えて帰ってきた。
「ただいま戻りました!」
いつもより少し早い時間だけど、どうしたんだろう。
そう疑問に思っているとカイヤさんはとびきりの笑顔を浮かべた。
「復職おめでとうございます。私も嬉しいです」
「ありがとうございます」
僕としても復職はこれ以上ないくらいの喜びだっただけに素直に受け取る。
だけど続いた言葉にうな垂れることになった。
「あと、お手伝いさんの話も聞きました。これからもよろしくお願いしますね!」
「……よろしく、お願いします」
ああ。一ヶ月がんばったのに。
ようやく異性を意識せずに生活ができるようになると思ったのに。
結局、僕の安寧は得られないというのか。
「今日はご馳走ですよ。腕によりをかけて作りますから、期待しててくださいね」
僕のそんな心境を知らないカイヤさんはにこにこと言いながらすぐにエプロンをつけて台所へと向かった。
そんなカイヤさんをみて、先輩がくくっと笑みを漏らした。それから小さな声で囁く。
「夫婦みたいだな」
「――っ!?」
一瞬で熱くなって、顔が真っ赤になっているに違いない。
大きく目を見開いて口を開け閉めする僕に先輩は更に肩を揺らして笑った。
読んでいただきありがとうございます。




