後日談2.衝撃を受ける二人の兄弟
楽しんでいただけると嬉しいです。
今回はアマリア兄とトゥーレ弟視点でお送りします。
<アマリア兄視点>
ここの所妹の様子がおかしい。
いつも変だが、それは怪しいだけであっておかしいわけではない。
たまに怪しげにニヤニヤ笑うあいつだが、こう、今のアマリアは悩んでいるというかなんというか、とにかく様子がおかしかった。
一体何が起こったのかと遠巻きに眺めていたが、ある時物凄い赤い顔で両親に告げた。
「会ってもらいたい人がいるの」
――はっ?
全員が居間でくつろいでる中でのその言葉は俺たち家族を固まらせるのに十分なものだった。
会ってもらいたい人がいるなんて、そんなの結婚相手に他ならない。だがいかんせんあの妹だ。男の影なんか全くなくて、それどころか男同士の恋物語なんか妄想している――どころか本まで作っている――あの妹だぞ?
「いい人ってこよね?」
アマリアの趣味を知らないお袋がいち早く復帰して尋ねた。その目が輝いている。
尋ねられたアマリアは少しだけ躊躇しながらも頷いた。
「ね、最近夕食を共にしてるあの人よね?いつも家の前まで送ってくれる、あの人!」
どうやらお袋は相手を知っているようだ。まるで小躍りしそうなくらい喜んでるところを見ると気に入った相手のようだ。
「いいわよ!すぐにでもつれてきてちょうだい!ね、いいわよね、あなた?」
手を組んで喜びを表すお袋に親父は少し悲しげな表情をしながら追従した。
ちなみに親父はアマリアの趣味について俺が一度相談したことがあるから知ってはいる。……本を書いてるところまでは知らないだろうが。
そんなアマリアが相手を見つけたことに安心しつつも、娘を取られる心境にでもなっているんだろう。
ちなみに妹が今はまっているのは騎士団広報部のエース、トゥーレ騎士だ。物腰柔らかなイケメンがごつい騎士に迫られるのを妄想しては興奮している姿をよく見かける。
「いつ頃なら時間とれるかな」
お袋の押しの強さと親父の悲しげな表情に困惑しながらアマリアは聞いてきた。
「お相手の方は忙しい人でしょう?こちらの都合なんかどうとでもなるから、仕事帰りでもなんでもいつでも連れてきていいわよ」
お袋のその口ぶりは顔を知っているだけではなさそうだった。
っつーか、そこまで喜べる相手なのか?しかも「お相手の方」って。俺らの階級で方とか使うような相手なんかどこにいるってんだか。
なんとなくこの結婚相手に対する歓迎ムードにへっと息をつく。
とんでもないモノを妄想してるアマリアではあるが、それでも可愛い妹を自分の知らない男にとられて面白くないのは兄貴という性のなせる技なんだろう。
――結局、相手の男がやって来るのは一週間後になった。
そうして対面当日がやってきた。
お袋は完全に歓迎ムード。親父は複雑なようだったが、それでも趣味を鑑みれば行き遅れにならなくて済んだという思いがあったようで拒絶するような態度は今日のこの日まで見られなかった。
面白くないのは残された俺である。
いかにいい男であったとしても、そう簡単に許すわけにはいかない。
相手の男が忙しい身ということと、お袋のすぐにでもという声で休日ではなく仕事上がりの夕方になったこの対面を万全の状態で迎え撃つために俺はその日休みをとって待ち構えていた。
シスコン?気にすんな。
夕方、鼻息荒く居間でアマリアの帰りを待っていると程なくしてドアが開いた。
「ただいま」
という声にお袋が小走りに玄関へと向かっていく。
「まぁ、いらっしゃい!お忙しいのに来ていただいて、ありがとうございます」
いつもよりトーンの高いお袋の声に、低くて落ち着きのある声が答えた。
「とんでもありません。本来ならもっと時間のある時にしなければならないものを、このような短時間で済ませてしまう形になり大変申し訳ございません」
なんだ、この余裕の声は。普通結婚の許可をもらう為の挨拶に行くのに緊張くらいするもんだろうが。
ちらりと向かいに座る親父を見ると逆にこっちの方が緊張しているようにそわそわとしている。
しっかりしろ親父。
俺ははぁとため息をつくと相手の男を見定めようとドアから顔を覗かせた。
すぐにそいつとは目があった。
「こんばんは。急にお時間をいただきまして、ありがとうございます」
緑の目に胡桃色の髪。背は高くて、同性の俺が見ても惚れ惚れしてしまうような顔立ちの――
おおおお、おお、お、落ち着け!?
目を見開き、のけぞった俺は壁に背と頭を打ち付けたらしい。
そんな俺にアマリアが首を傾げる。その向こう側にいる男も少しだけ驚いているような表情をする。
だがそんなことは俺にはどうでもよかった。
何でアマリアの本のヒロインがいるんだ?
待て、ちょっと待て!どど、どういうことだ!?
もう何が何だか分からなかった。
混乱に混乱を重ねて何をどうしていいのかわからない。
ただ目を見開いたまますーはーと深呼吸を繰り返す。落ち着け俺。
それからぎゅっと目をつぶって、ゆっくりと見開く。
――見間違いじゃ、ない。
「兄さん?」
俺の様子にアマリアが声をかけてきた。
心配そうに窺ってくる妹の腕を掴み、階段下の納戸に引きずり込む。
「えっ、なに?」
驚く妹と俺は狭い納戸に納まった。そのまま至近距離で妹に迫る。
「おい、どういうことだ?」
かろうじて声をひそめながら問う。
「どういうことって?」
まるで意味がわからないとばかりのアマリアに更に言い寄る。
「なんでお前の大好きなヒロインがいんだよっ」
「えっ、兄さん知って――」
「それはいいから答えろ」
そして俺を落ち着かせろ。
「ええと、その、いろいろとあって、ね?」
顔を赤くさせてもじもじとする妹に頭を抱える。
説明をくれ!
「ちょっと、何やってるのよ。せっかく来て下さったのだからお待たせしないの」
ドアの向こうからお袋の声がする。
「すみませんね、ほんとにもう。どうしたのかしら」
柄にもなくおほほと笑うお袋の声を背に時間がないことを悟る。
気になる。気になるが時間がない。とりあえずこれだけは確認しなければ。
「あの本の事――トゥーレ騎士は知ってんのか?」
知らなかったらあとで大惨事になりかねない。もし知らなければこれは結婚どころの騒ぎではない。何が何でも阻止しなければ後々アマリアが可愛そうなことになる。
鬼気迫る表情の俺に、だが妹はこくりと頷いた。
「その、本が原因で、知り合ったというか……」
マジで!?知ってて結婚しちゃうわけ!?
どんだけ懐広いんだよトゥーレ騎士!
声にならない悲鳴が上がる。
だって考えてもみろよ。自分が男に迫られてる本を書いてる奴をどうして好きになれる?
男に迫られるなんてはっきり言うがおぞましいにもほどがあるんだぞ。なにしろ俺は被害者第一号だからな!あれを知った時の拒絶反応は思い出したくもない。
妹なだけにその趣味は受け入れたが、俺を妄想に使わないでくれと土下座した記憶は忘れることなんかできやしない。
「あの、そろそろ行かないと」
放心状態の俺に困惑しながらもアマリアはそう言って納戸を出て行った。
「お待たせしてすみません」
その声を遠くに俺はしばらく立ち尽くすのだった。
騎士であり、強くて、格好良くて、あの趣味どころか男受けのヒロインにされていたことすらも受け入れるほどの懐の広さ。
とてもじゃないが俺には太刀打ちできねえ。
「……負けた……」
俺は小さく呟くとふらふらと居間へと向かうのだった。
<トゥーレ弟視点>
今日はトゥーレ兄さんが仕留めた獲物――じゃなくて玩具――でもなく、恋人との対面の日だった。
以前あの際どい本をもってきた時には、兄さんが男ばかりの騎士団で危ない方面へ足を踏み入れたのかと危惧したんだけど、それは全くの見当違いだったらしい。
あのあと母さんから「相手は女の子。だけどその子を手に入れるのに必要なだけだから安心して」と言っていたと聞いて、今度は別のところで非常に気になっていた。
だってあの本を餌にしたってことはホラ、そういう趣味の女のコってことでしょ?一体どんなヒトなのか気になってしょうがなかった。
今日の対面は昼食時を過ぎた昼下がりの実家の店で行われる事になっていた。
せっかく若いコがくるんだから、店で出すスイーツの試作品を食べて感想を聞かせて欲しいのだそうだ。
僕や父さん達はもちろん、休憩に入っているはずの料理人や給仕も興味津津の様子だった。
「こんばんは」
やってきたのはびっくり、超がつくほどの清楚系だった。
え、このコがあれを好むの?と思わず二度見した。
職人一家の末っ子って聞いていたけど、その身なりはすごくよかった。上質な生地にきれいな縫製のワンピースはぱっと見、いいところのお嬢様のようにも見えた。
「紹介します。こちらが恋人のアマリア・プルックさんです」
兄さんがそっと肩を抱き寄せ、女のコ――アマリアさんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
うっわ、なにこれ。想像してたのと全っ然違う。
「は、初めまして。アマリアといいます」
顔を赤くしながらも緊張していたアマリアさんはちょっとだけ上ずった声で言うとがばっと頭を下げた。
勢いよく下げられたアマリアさんの顔がギリギリのところでイスを掠めた。
僕ら家族はもちろん、店の奥からこっちを覗いていた店の人たちも息を飲むのがわかった。
あっぶな。
「緊張しすぎですよ」
余裕たっぷりなのは兄さんただ一人。くすくすと笑ってみんなでテーブルに着くように勧めた。
それからの会話は朗らかなものだった。
緊張しながらも母さん達の質問に答え、出てくるスイーツに目を輝かせるアマリアさんは正直可愛かった。くるくる変わる表情と幸せそうにスイーツを頬張る姿は子リスか何かのようだった。
そして見ているうちによくわかった。
ああ、これは兄さん好みだ。
時折色気を放出させて迫っては赤くなるアマリアさんに笑いをかみ殺している姿はもう呆れるしかない。
きっとあの本についてもわざとその話題に触れてはいじって、からかって、苛め倒して可愛いがっているに違いない。
自分の兄とはいえ、その性格の悪さにはため息しか出ない。
そんな感じに話は進んで和やかに終わりそうだったんだけど。だけど僕は気づいてしまった。――母さんの目が兄さんが悪巧みをしている時と同じだということに。
「ところで、トゥーレが主役の恋物語があるってきいたんだけど、アマリアさんは知ってる?」
「はいっ、もちろん知ってい……っ!?」
はっきりと頷いて、アマリアさんがはっとした。思わず自分の口を覆うけど、もう遅い。
さっとアマリアさんの顔が青ざめる。かわりに母さんは笑顔を浮かべている。兄さんは間違いなく母さんの血を継いでいる。それがわかる瞬間だった。
「あ……あ、の……」
「なあに?」
僕ら家族にははっきりとわかる猫なで声の母さんは完璧な笑顔である。
それにしても、自分の趣味がバレたからと言ってそこまで青ざめるものかな?
ちょっと疑問に思いながらもお茶を口に含んで様子を見守る。
「その節は、大変申し訳ございませんでしたっ。わたしがあんなものを書いたばっかりに……!」
「っぶはっ」
盛大に吹き出してしまった。鼻、鼻に入ったっ。
がはがはと咳き込みながら目を白黒させる。
ちょ、まって?あの本を好むどころか作者なわけ?
え、あれってけっこう、いや、かなり過激だった気がするんだけど。
「まあ!内容は知らないんだけど、最近噂になってる本ってアマリアさんが書いたものだったのね!」
「あ、いえ……その」
勢いのままに謝ったアマリアさんだけど、母さんが知らなかった体を装っている事に自分が早まったのだと気づいたらしい。あわあわと忙しなく辺りを見回している。
「書いた本が人気になるなんて凄いわ。アマリアさんには文才があるのね!」
両手を合わせてキラキラした目を向ける母さん。楽しみすぎでしょ。
「母さん、それくらいにしてください」
どうしていいのかわからずに涙目になっているアマリアさんを見兼ねて割って入ったのは兄さんだった。その表情は少しだけ面白くなさそうだ。
純粋に恋人を庇っているように見えるけど、これって自分のおもちゃを取られた時のアレだよね。
そんな兄さんの顔をみて母さんは満足げに引き下がった。
「ごめんなさい、あんまりにも可愛い子だったからついね」
年甲斐もなくペロッと舌を出す母さん。
「私はあなた達が同意の元であれば全然いいのよ。むしろこんなに可愛い子なら大歓迎だわ。――これからよろしくね」
「っよろしくお願いします」
もうこれ、アマリアさんからしたら脅されてるようにしか思えないよね。可哀想に。
こうして穏便に?挨拶は終わりを告げた。
アマリアさんはこれから兄さんと、時たま母さんにいじられては涙を浮かべることになるのは想像に難くない。
それにしてもびっくりした。
あんな清楚系ががっつり際どい描写の本を書いてたなんて。
兄さんや母さんを見てわかっているつもりではあったんだけど、人は見かけによらないなぁ。
読んでいただきありがとうございます。
アマリア兄もの凄く書くのが楽しかったです。
別の話に詰まった時に現実逃避に投稿するかと思いますので、その際はよろしくお願いします。




