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私の宝物  作者: 凪森
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たくさん友達をつくりなさい



 騎馬隊の練習は大抵昼から始まる。

 騎馬隊といってもここの訓練場を使って行なわれるのは主にパレードなどで花形を飾る、演舞の方だ。実際の戦のための訓練はもっと広い城外の演習場で行なわれている。


 ザッザと蹄の整った音が響き、兵士の威勢のいいかけ声が高らかにあがる。百人近い兵士らは全て煌びやかな衣装を身に纏い、見ているだけでも華やかだ。彼らが一斉に動くせいでときおり地響きがする。

 城の敷地内に設けられた訓練場の正面には、指導者のために幾分高くなったスペースがある。台というよりはステージといった方がいいだろう。その上で一頭の黒毛の馬に跨った人物が、大きく声を張りあげる。


「左列後方、動きが遅いっ! リズムを身体に刻め! 周りを見てから反応するな!」


 その声はよく響くソプラノ。とうてい男に出せる声ではない。

 馬上で赤い礼服をきっちり纏って鋭い視線と指導を与えているのは、まだ若い女性だった。


「相変わらず凄い姉ちゃんだよな。きっびし~」


 演習場に向かいながら俺は前方の光景を見て思わず呟く。彼女の厳しさは兵士の間でも有名なのだ。

 女ながらに剣の腕も立つらしく、負かした相手の数も半端ではない。


「ジオール、あんまり近づきすぎると練習の邪魔になってしまうよ」


 俺の後で王子サマは柄にもなくおどおどしている。

 いままで練習を見るのは訓練場に面した塔の二階の窓からだった。そこからだと見下ろす形になるので騎馬隊全体を見るには絶好の場所なのだ。

 しかし俺はこの王子サマが本当は何を見ているのか気づいてしまった。だからこそ面倒くさいお節介までやいて、今日は塔からではなく訓練場へとやってきたのだ。

 指導者であるその女性の背後へ近づく形で俺たちは訓練場へ向かった。彼女が近づくに連れ、面白いくらいに王子サマは慌てだした。


「ジオール、駄目だよ。兵士たちが訝しげにしている。戻ろう」


 塔からでじゅうぶんなのだから、と。いい大人が焦った様子でまくし立てる。


「平気平気。ちゃんと面識もあるから」


 俺は胸のうちでほくそえみながら、軽く王子サマの要求をあしらった。


「よし、いまのでいい。その動きを忘れるな! しばし休憩をとる。その後にもう一度初めから通すぞ。では解散!」


 壇上の人物がそう言った途端、兵士たちの間に安堵のため息があちこちで漏れた。

 呻き声のようなざわめきがあふれ、わずかのズレもなく動いていた彼らがばらばらに馬から降りはじめ、辺りは乱雑な光景に変わった。


「見ていたのか。どうだ、今日の彼らは?」


 黒毛の馬から降り立ち、背中までの長い黒髪を振り払いながら彼女が訊いてくる。


「うん。いつもより皆元気がよくていいんじゃないかな。カレンは元気よすぎだけど」


 にっこり答えるとこやつ、と軽く頭を小突かれた。

 きりっとした切れ長の目は笑っている。その瞳がわずかにずれて、俺の後方へと視線が注がれた。


「これは……ゼランダ王子。騎馬隊の演習見学ですか? 先に仰ってくだされば席を設けましたのに」


 少しだけ目を瞠って、カレン――騎馬隊長は畏まった。

 その言葉に、王子サマは驚いた顔をした。


「私を知っているんですか?」


 心底驚いた表情の彼に、カレンは眉根を寄せて怪訝な顔をした。


「あたりまえです。城に仕える者として王家の方々を知らぬわけにはまいりません」


 さも当然といった口調ではっきりと断言する彼女に、城全体に忘れ去られて久しい王子は苦笑していた。

 その台詞、聞かせてやりたい人間すっごくすっごくいっぱいいるなあ。

 俺はひとり胸の中で呟いた。


「ありがとう。でも、私のことを知っている人は本当に少ないんだ。あなたが知っていてくれて嬉しいよ」


 わずかに頬を染めて、王子サマは笑った。

 初めて見るその反応に俺は自分の勘が当たっていたことを確信する。


「カレン・スノークスと申します。若輩ながら、第一騎馬隊長を務めさせていただいております。女の私が、とさぞ驚きでしょうが」

「いいえ。素晴らしいことだと感心しています」


 幸せそうに笑って王子サマが言うと、カレンは苦笑した。


「立ち話では失礼ですから、庭園の方へ参りませんか。あそこになら椅子もございますし」


 たぶんゼランダのことを知っているのだから、彼女はその身体のことも知っているのだろう。

 立ちっぱなしでは失礼な上に身体に障ると思ったようだ。せっかくのそのチャンスを、けれど王子サマはやんわりと断った。


「いいえ。通りがけに見ていただけですから気にしないで下さい。あなたもお疲れでしょうし、せっかくの休憩時間を奪うわけにはいきません」


 いつもの穏やかな笑顔で能天気サマはらしくもなくひかえめだ。

 おいおい、せっかく人がセッティングしてやったのに、と俺はあきれ顔で自分の主を見あげた。


「………失礼いたしました。出すぎたことを申しました。お許し下さい」


 どうやら王子から見れば下位の彼女が、馴れ馴れしくして気を悪くした、と勘違いしたらしく、カレンは珍しく頬を朱に染めて低頭した。


「ああ、違います。どうか顔をあげてください。あなたのお誘いはとても嬉しいです。今度また見に来てもいいですか?」


 慌てて訂正するついでに、ちゃっかりと次回の約束を取りつけるつもりらしい。

 そこら辺はやっぱり王子サマだなって思う。


「勿論です! ゼランダ様がいらっしゃれば兵士たちの気も引き締まります。きっとよい披露が出来ますでしょう。お待ちしております」


 さっと顔をあげて、カレンは自信たっぷりに言った。

 騎馬隊長を務める彼女にとって、騎馬隊の演舞を王族に見てもらえることはかなり名誉なことだった。その相手がゼランダ王子だってことに少し問題はあるけれど。

 たぶん兵士たちも王子サマの顔は知らないはずだ。

 さっき彼らにとっては正面から王子サマがやってきても、誰も特に反応しなかったのがいい証拠だ。


「ありがとう。ではまたそのうちに。練習頑張って下さい」


 それだけ言い置いてくるっと背を向けた彼の後を、慌てて追いかける。

 カレンは深く礼をしたまま、俺たちが見えなくなるまでそうしていた。




 ++ ++ ++ ++ ++ ++




「……いいのか? せっかく誘ってくれたのに」


 彼女が見えなくなったところで俺は問いかけた。


「好きなんだろ?」


 王子サマの足が止まる。

 振り向く。


「……どうしてそう思うの? 私の宝物」


 どことなく強張ったような、それでいて嬉しそうな、どうにも複雑な表情で王子サマは聞き返してきた。


「だっていっつもカレンのこと見てたじゃん。あれで気づかねーって方がおかしい」


 まなざしだって他に向けるのとは違う。幸せそうな、それでいて寂しそうな、けれど熱いまなざし。

 一度試したらすぐに飽きてしまう彼が、ゆいいつ飽きずに何度も足を運んだのが騎馬隊の練習光景だった。


「それだけかい?」


 不思議そうに、しつこく王子サマは聞き返す。


「うん。それだけでじゅうぶんだろ? で、どうすんの」


 王子サマの部屋へ向かう廊下の途中。

 すぐ脇には近づいた冬を知らしめるかのように、枯葉を散らしはじめた木々の姿が見える。痩せたように見えるそれらの木々を見つめながら、王子サマは小さくため息をついた。


「お前には驚かされることばかりだよ、私の宝物」


 何か感慨深げに考えこむ様子で、王子サマは俺の頭を撫でた。

 そのまなざしがひどく悲しく見えて、俺はとまどった。


「なんだよ。子ども扱いするなって!」


 むっとしたふりをしてその手を振り払うと、くすくすと彼は笑った。

 よかった、いつもの能天気サマだ。


「それより、いつの間にあの人と知りあいになったの」


 興味深々といった顔でそう問われて、俺はこそばゆい気持ちになった。

 あんたのためにお節介を焼いたのだとはとても言えない。


「偶然だよ、偶然。城で迷ってるときに助けてもらったんだ、カレンに。そのときに騎馬隊長さんだね、って言ったら妙にうちとけて……」


 適当にごまかすとたいして疑いもせず、彼は信じた。


「そう。よかったね。友達が増えるのはいいことだ」


 うんうん、と自分で言ってその内容に頷いている。

 一介の小姓――この人のお守りってことはやっぱりそうなるんだろう――と騎馬隊長がお友達ってのは何だか変な組み合わせだ。ちょっと常識では考えられない。そういう発想は世間知らずな王子サマだからこそ出来るんだろう。


「友達ねえ……。そう呼んでいいのかはなはだ疑問だけどな」


 呟きながら思った。この寂しがり屋にはお友達がいるんだろうかと。

 お付きの侍女や従者はいても、気軽に訊ねてくる友人らしき存在にはまだ会ったためしがない。

 俺はそっと彼を見あげた。


「たくさん友達をつくりなさい。きっと自分の宝物になるはずだから」


 静かに微笑みながら、王子サマはゆっくり歩きだした。

 その後をついていきながら俺は、しんみりした空気を払おうと軽口をたたいてみる。


「そういうあんたが俺につきまとってるお陰で友達づくりする暇なんかないっての!」


 ぷん、と頬をふくらませる。これは本当のことだから、つい口調も強くなる。


「あはは。それもそうだね。私は私の宝物と一緒にいるときが一番楽しいから」

「そうやっていつまでも俺なんかといるから、恋愛の一つもできないんだよ! 俺が大人になるまでつきまとうつもり?」


 あきれ口調でそこまで言うと、ふいに王子サマが振り返った。

 何でもない仕草なのに、なんだかひどく印象的だった。肩越しに苦笑しながら彼は言う。


「安心なさい。君が大人になったときまで私は共にはいられないよ」


 いくらなんでもそこまで子供じゃない、と言いたいらしい。幼稚い言動に本当にこの人は二十四なんだろうかと疑うこともしばしばあるが、こういうときにふっと見せる大人びた雰囲気はやはり実年齢相応だ。いや、それ以上に達観した感じがする。


「それはよかった。大人になってからもつきまとわれたんじゃ、変な嗜好だと勘違いされちまうからな」


 頭の後ろで腕を組みつつ呟くと、王子サマがくすくすと笑った。


「エルランドの話だと、いま君は私の恋童なのだそうだが」

「……はあッ!?」


 思わずでかい声をあげてしまった。立ち止まってしまった俺を、王子サマは構わず置いてすたすたと進んでいく。慌てて追いながら、俺は必死に問いかけた。


「マジかよ!? 嘘だろ? なあ、嘘だよなッ?」


 否定してくれるのを切望しながら細い腕に縋るが、寂しがり屋の能天気な暇人王子サマはくすくすと笑うだけで、それ以上何も答えてはくれなかった。


色々とゆるーい設定ですみません。おとぎ話のような感覚で読んで頂ければ…汗。

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