弐:『姑獲鳥』 ~後~
翌日の、明朝に近い午前五時のことだった。
皐月は、拝殿の奥にある、本来なら入ることができない本殿の外陣の中にいた。鍵が壊れており、簡単に開けることができる。
天井を見上げると、黄金色の稲穂が描かれており、窓から差し込んでくる陽の光で、穂がなびいているような雰囲気があった。
「宇迦之御魂の神使である白狐は、田の神の使いでもありますからね。それにこの神社には大黒天も祀られていますでしょ?」
声が聞こえ、皐月はそちらに目をやった。
「瑠璃さん?」
瑠璃と呼ばれた少女は、見た目はこどもながらも、どこか大人っぽい艶のある笑みを浮かべる。
「あなたはなにか不安なことがあると、決まってここに来ますからね。さすがに御神体が祀られている内陣には入らないようですが」
「瑠璃さん……、もしだよ、犯人は間宮理恵を殺すのが目的だったんじゃなくて、その胎内にいたこどもを殺すことが目的だったんじゃないかなって」
皐月は不安な表情で言った。
「死んだ妊婦が産女になるのは、こどもを抱けなかった悲しみによるものだと思っています。でも今回の事件、胎内のこどもは間宮雄太が殺される前にはすでに死んでいる。そうでなければ、出産時期の計算が咬み合わない」
「それは分かってる。間宮理恵もそれが分かってた。だけど認めたくなかったんだ」
皐月の両目から雫が落ちていく。
「その現実を彼女は知りたくなかったんだと思います。だから怖くて病院にも行けなかったんだと」
皐月はふと昨日のことを思い出した。
「あの人の目、こどもを見るような目じゃなかった。自分の私利私欲のためにこどもすら利用するような」
「その女性は、どんな感じだったんですか?」
瑠璃がそうたずねると、皐月は病院で出会った女性について、つぶさに教えた。
「たしかに気になりますね。おそらく今日あたりたずねに来るでしょうし、その前に阿弥陀警部たちに調べてもらいましょう」
瑠璃はそう言うと、窓の方を見やった。
そこには神主である拓蔵の姿があり、音を立てず、その場から立ち去るように、母屋へと入っていった。
「うむ、すまんな朝早くから」
薄暗い廊下の中、拓蔵は知り合いの警官に電話をしていた。
「いえ、少なくとも事件解決の手掛かりになるなら、ふたりは喜んで調べるでしょう」
電話先の男はそう言うと、電話を切った。
その日の夕方、稲妻神社におとずれた阿弥陀と大宮は、皐月が田原病院で出会った女性について、拓蔵たちに報告した。
「名前は西条美和子二五歳。間宮雄太が経営していたアパレルショップの店員で、店長代理を勤めていたようです」
「間宮雄太と間宮理恵に関しては?」
「もし彼女が犯人だとしたら、二人の関係を知っていなければ、無論可笑しいでしょうね」
阿弥陀はそう言うと、懐から間宮理恵の遺体が写された写真をテーブルの上に乗せた。
「葉月さん、お願いします」
そう言われ、葉月は写真を自分の手前に持っていくと、写真の上に手をかざした。
深呼吸をし、誰かと話すように口を動かす。
途端、葉月の表情が険しくなった。
「なにか、分かりましたか?」
阿弥陀の問いかけを答えるかのように、葉月は青ざめた表情を浮かべる。
「……こどもの声が聞こえた」
「こども?」
「助けてって、地の底から聞こえるような、そんな感じだった」
「でも、葉月の力って、写真に写ってる遺体が最後に聞いた音だったよね?」
弥生がそうたずねるや、大宮は皐月を見やった。
「皐月ちゃん、どうかしたのかい?」
「ちょ、ちょっと……」
震えた声をあげながら、皐月はゆっくりと立ち上がるや、居間を出ていった。
――なんだろ、昨日もそうだったけど、間宮理恵の話が出た途端、痛みが走った。
皐月は廊下の壁にもたれると、おなかをさする。
幽霊に関しては、少なくとも自分よりも感度の高い葉月や弥生が気付いていないのなら、自分の勘違いかもしれないと。
しかし、間宮理恵、ならびに間宮雄太の話になると決まって、おなかに変な痛みが走っていた。
「皐月ちゃん、大丈夫かい?」
「……大宮巡査?」
皐月は大宮を見やる。
「間宮雄太が殺された時期は知ってるんだよね?」
そう聞かれ、皐月はちいさくうなずく。
「もしかしたらさ、二人は知っていたんじゃないかな。間宮理恵の胎内にこどもがいなかったことを」
「病院で確認もしなかったのにですか?」
「なんとなくだけどね。それに一ヶ月前に夫である間宮雄太がいなくなったのに、捜索も出されていなかったんだ」
「なにか一ヶ月くらい出張とかだったんじゃないですか?」
皐月の表情は青ざめていく。
「やっぱり、なにかあるんじゃ」
大宮が皐月の肩に触れようとした時だった。
――あれ?
皐月のおなかを弄るような痛みが、次第に引いていく。
ちいさく驚いた表情を浮かべる皐月に、
「どうかしたのかい?」
とたずねた。
皐月は間宮理恵と間宮雄太の話になると、途端におなかに違和感を覚えていたことを、大宮に話した。
「二人の話をした途端に……か。もしかすると、皐月ちゃんのおなかに、間宮理恵の胎児の霊が取り憑いてるんじゃ」
「やっぱり、そうなんですかね?」
皐月はなんとなくそう思ってはいたのだが、妙な気持ちだった。
「もしかして葉月が聞いた声って」
「その子供の声という可能性がありますね」
声が聞こえ、皐月と大宮はそちらを見やった。
「瑠璃さん?」
「葉月は、子供の声が地の底から聞こえるようなと言っていました。胎児を殺すことを、堕ろす、流すの他に『闇から闇に葬る』という比喩があるんですよ」
「葬る……殺すということですか?」
「産まれていなくても命ですからね。刑法第二編第二九章に堕胎罪というのがあるくらいですから」
「でも大宮巡査たちの話や、あの写真を見る限り、やっぱりなんであそこまで育っていたんでしょうかね?」
「忠治くん、なにか一ヶ月前に関係のあるものはありませんでしたか?」
瑠璃にそう聞かれ、大宮はすこし考えると、
「あ、そういえば、一ヶ月ほど前に被害者はイタリア料理屋で、ゴルゴンゾーラのクリームパスタを食べていますね」
そう言った時だった。
瑠璃の表情は青ざめていく。
「瑠璃さん、どうかしたの?」
「なんで、そんなものを食べたんですか?」
その言葉に、皐月たちは驚きを隠せないでいた。
「ゴルゴンゾーラはブルーチーズの一種で、その中にはリステリアという細菌が入ってるんです。それが流産や死産の原因になるんですよ」
「でもそんな目くじら立てるようなものなんですか?」
「感染病の可能性がある以上、摂取しないのが当たり前なんですよ。それなのに調べもしないで……」
「でも食べたのはクリームパスタなんですよね? だったら殺菌されてるんじゃないんですか?」
皐月がそう言うと、瑠璃はすこし考えるや、ゆっくりと大宮を見た。
「忠治くん、そのパスタは三人前で食事されていたんでしたね?」
「え、ええそうですけど」
「誰かがそこにいたということじゃないんですか?」
「たしかにそうですね。夫婦なら二人前で十分だろうし、誰かが一緒に食べていたんでしょうか?」
「それ、調べられますか?」
「一ヶ月くらい前の話ですからね。店の人が覚えているかどうか」
大宮は乗り気ではなかった。
そもそも、それくらいのことで本当に胎児が死産するのかと疑っていたからだ。
「一パーセントでも可能性があるとすれば、母親は警戒するものですよ」
まるで大宮の考えを見透かすかのように、瑠璃は告げた。
その翌日のことである。大宮と阿弥陀は早速言われた通り、イタリア料理の店で、間宮夫婦と西条美和子の写真を店員に見せた。
すると、店員は一ヶ月ほど前、三人が一緒に食事をしていたと証言する。
「他になにか注文は? もしくは他にサービス的なものは」
「そうだな、うちはパスタの上にゴルゴンゾーラの粉チーズをパスタにかけるんです」
「どれくらいの量で?」
「そんなに多くはないですよ。だいたい大さじ一、二杯くらいかな」
「それくらいの量だったら、瑠璃さんの考えは否定できますね」
大宮はそう言ったが、瑠璃の言葉がひっかかっていた。
「でも、三人とも仲が良さそうでしたよ。この方のパスタにチーズをかけようとしたら、止められましたから」
そう言いながら、店員は間宮理恵の写真を指差す。
「どういうことでしょうかね?」
「とりあえず、部署に戻りましょ」
阿弥陀はそう言うと、店員にちいさく頭を下げ、店を後にする。大宮も阿弥陀の後を追うように、店を後にした。
「皐月、どうかしたのかえ?」
拓蔵がそうたずねるや、皐月はちいさく頭を抱えた。
「爺様、お母さんとお父さんってどんな人だった?」
「そうじゃな、遼子は気前良しじゃったよ。健介くんも、F1レーサーとして有名じゃったからな」
「そう……なんだ」
皐月は覇気のない返事を返す。
実際のところ、皐月は両親の記憶が曖昧だった。
影は思い浮かぶが、顔が出てこない。どんな声だったのかすら思い出せないでいた。
「無理に思い出そうとするな」
拓蔵はそう言うと、立ち上がるや、去り際に皐月の頭をなでた。
皐月はゆっくりと自分のおなかをさする。
本当にこどもを授かった時、自分はどんな気持ちなのだろうかと思った。
そして胎児を殺すということは、殺人と同じであること。産まれていなくても、命に変わりないという、瑠璃の言葉が頭によぎっていた。
「……闇から闇に葬る、か――」
「皐月、ちょっと来てくれんか?」
廊下から拓造の声が聞こえ、皐月はハッとした。
「爺様、どうかしたの?」
皐月が、声が聞こえた方へと行くや、拓蔵がびしょ濡れになって洗濯物を取り込んでいるのが見えた。
「すごい雨だね」
「さっきまでは晴れておったんじゃがな、急な土砂降りはキツイ」
まるでバケツをひっくり返したような豪雨の中、皐月は拝殿がある方へと見た時だった。
ズキンと、今までよりも強い衝撃が、皐月のおなかをおそう。
その痛みに耐え切れず、皐月はその場にひざまずいた。
「皐月、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
目眩に堪えながら、皐月は拝殿を見やる。
そこには人影があった。
「こんな時にお参り?」
その参拝客を皐月は凝視する。
「どうした?」
拓蔵も、その参拝客を見た。
「西条美和子だ……」
その言葉に、拓蔵は驚く。
「あの女性が……か?」
皐月はちいさくうなずいた。
「――あれ?」
西条美和子の姿が見えなくなり、皐月と拓蔵はあたりを見渡す。
その瞬間だった。
「かえして」
声が聞こえ、皐月はそちらへと目をやった。
眼前に西条美和子の顔が見え、皐月は思わず怯んだ。
「い、いつの間に」
「かえして、私のこどもを、かえして」
懇願するように西条美和子は皐月に言う。
「あなたの中にこどもなんて、最初からできていなかった」
皐月は、今自分で言った言葉に違和感を覚えた。
「できていなかった? ――もしかして、間宮理恵の胎内にいたこどもって……」
「きゃえして……、わたしぃのぉ、わたぁしぃのぉおおおおっ!」
西条美和子は手に持った傘で、皐月を突き刺す。
「げぇほっ?」
それがおなかに刺さり、そこから血が流れ出す。
「かぁえしぃてぇ、かえしぃてぇ」
西条美和子は泣き喚くように、傘で皐月を叩く。
「皐月っ! くそっ! やめんか」
拓蔵が西条美和子を止めに入る。
「はなぁせぇっ! はなぁせぇっ! かえしぃてぇ、かえしてッ!」
西条美和子が暴れるのを、拓蔵は必死に止めようとする。
「爺様、はなしてあげて」
皐月の言葉に、拓蔵は驚く。
「じゃがな、コヤツはお前を殺す気じゃぞ」
「彼女はまだ分かってないのよ。自分が殺したのが、自分のこどもだったってことに」
皐月がそういうや、
「うそよ。うそよ。だって私にはこどもなんてできなかった」
西条美和子はうろたえるように、頭を振る。
「じゃぁなんで? なんであんなところで、つらそうな表情をしていたの?」
「な、なにを言って?」
「あなたの目、すごく怖かった。でも必死に何かを探している、そんな感じもしてた」
「ははは……、全部、全部あの女が悪いんだ」
俯いた西条美和子は、震えた笑みを浮かべる。
「二人の関係は知っておったんじゃろ?」
拓造の言葉に、西条美和子は首を振る。
「二年前までは知らなかったわ。社長が彼女と結婚しようとしていたこともね。でもね罰があったのよ」
「……罰?」
「理恵の胎内は、昔遭った強姦で孕んだこどもを堕ろしてるのよ。もうこどもなんてできない体になってた。いいえ心がこどもを受け入れていなかったのよ」
「でも、それじゃぁどうして二人はおばあちゃんの、田原産婦人科に行ってたの?」
「できたからに決まってるでしょ? あいつに雄太さんのこどもが」
西条美和子はゆっくりと顔を上げた。
「あなた、こどもが欲しいって思ったことある?」
「まだ分からない。そんな人いないから」
「その人のこどもがほしいって、それだけなのに、神様は残酷ね? なんであんな人殺しにこどもを授けて、私にはなにもないの?」
西条美和子の声が震え出す。
そして、彼女の背中から大きな羽根が現れた。
「やっと、本性を表したわね、姑獲鳥」
皐月はキッと表情を険しくさせる。
拓蔵も、険しい表情を浮かべたが、
「皐月、彼女は間宮理恵の胎内にいたこどもを奪おうとしたんじゃったな」
「そうだけど?」
「じゃったら、彼女は姑獲鳥であって産女ではない。『夜行遊女』という妖鳥じゃ」
拓蔵の言葉をさえぎるかのように、西条美和子は羽根を拓蔵へと放った。
その羽根が拓造の身体に刺さる。
「くっ!」
「爺様、ここは私に任せて」
そう言うと、皐月はゆっくりと深呼吸をした。
「吾神殿に祀られし大黒の業よ。今仕方我にその御魂を与えよ」
そう呪詛を唱えると、皐月の姿は赤色の巫女装束へと変わっていく。
「西条美和子は間宮雄太のこどもを欲しがっていた。逆に間宮理恵は過去のトラウマがあって、欲しくてこわくてできなかった」
皐月は左手に持った脇差しで、自分のおなかを切った。
しかし、そこには傷ひとつついていない。
「わたしの刀は、妖怪以外にはまったく通用しない。間宮理恵の胎内にいた胎児の霊は、私にあなたを止めてほしい、助けてほしいってお願いに来ていたんだ」
「な、なにを云って」
「まだ分からない? こどもは産まれたかったのよ。どんな理由であれ、産まれたかったのよ。あんた、大切な人のこどもが欲しかったんでしょ? 繋ぎ止めるだけの道具だとか云ってたけど、本当はどうだったのよ?」
皐月の頬から涙が流れだす。
西条美和子はその表情に思わずたじろいてしまう。
「私は……、私は……」
「私は人を好きになったこととか、そんなのなかったから、やっぱりあなたが聞いてきたあの質問には、まだ答えられない」
皐月はゆっくりと二刀を構えた。
その表情は、闇に紛れている。
それが西条美和子には恐ろしい物に見え、
「や、やめて……。殺さないで」
震えた声で懇願した。
「もし本当にこの人とのこどもが欲しいって思った日が来たなら、私は、心から欲しいって思うかもしれない」
西条美和子が喚くように、羽根を皐月に降り注いだ。
「護形・護光の袋っ!」
二刀を×印に重ねるや、皐月と拓蔵の周りに、やわらかな金色の幕が覆うように、二人を羽根から守っていた。
「な、や、やめて、し、死にたくない。消されたくないっ!」
西条美和子は悲鳴をあげるや、その場から飛び去ろうとした。
「二刀・穢死魔……」
皐月は、二刀を静かに振るった。
「あ、あが?」
空を飛んでいた西条美和子の顔がズレ、叩きつけられるように地面へと落ちていく。
「あんたを地獄に送る前に一言言わせてもらうわ。こどもをつなぎとめるだけの道具だとしか思っていないあなたたちに、こどもを持つ母親になる資格なんてないわ」
皐月はゆっくりと右手に持った片手打ちを振り上げた。
「べ、弁明は? 弁解は? そんなのも聞いてくれないの」
「閻獄第三条三項において、自分が愉しむがためだけに淫らな行為をしたものは『衆合地獄・脈脈断処』へと連行する」
皐月の刀が、西条美和子の身体を切り裂くと、彼女の背中に生えていた大きな羽根が、青白い炎と化して、燃え散っていった。
西条美和子の身柄を確保した皐月が、大宮に連絡を入れると、阿弥陀と大宮は直ぐに稲妻神社へと駆けつけた。
「なるほど、そういうことだったんじゃな」
「二人は本当に間宮雄太を自分のものにしたいと思っていたようですね。腹の探り合いといいますか、どう相手より自分を見せようかともしていたようです。それからこれがまぁなんといいますか……」
阿弥陀は歯切れの悪い言葉を出す。
「なんですか? 気になるんですけど」
皐月が、首をかしげる。
「それがですね、どうも間宮雄太には他にも女がいたそうなんですよ。で、結構なコレだったそうですよ」
そう言いながら、阿弥陀は人差し指と中指の間に親指を差し込んだ。
「ちょ、阿弥陀警部、皐月ちゃんはまだ中学生ですよ?」
「いまどきの中学生は進んでますから、これくらいなんてことないですよ」
慌てふためく大宮に、ケラケラと笑う阿弥陀を見ながら、
「えっと、爺様、どういう意味?」
と、キョトンとした表情でたずねた。
「はぁ……、つまり、間宮雄太は他の女ともしていたということじゃな」
拓蔵はあきれた表情で言った。
もちろん、皐月はそれがなんなのかすぐに理解する。
「それじゃぁ、別に間宮理恵や西条美和子じゃなくても、結局、間宮雄太は誰かに殺されても可笑しくなかったってことじゃないですか?」
「そう。まぁ自分でまいたタネですから仕方ないですけどね」
阿弥陀は、あきれた表情で溜息をついた。
「そういえば、皐月ちゃん、おなか大丈夫かい?」
大宮にそう聞かれ、皐月は自分のおなかをさすった。
「別になんともないです」
そう言った皐月の表情は、柔らかかった。
「しかし、ひとつだけ気になるんじゃがな。どうして西条美和子を地獄に送る時、『たち』なんて複数形で云ったんじゃ?」
そう聞かれ、皐月は顔をうつむかせる。
「間宮理恵がこどもを死産していたことを隠していたからじゃないかなって思って」
「ええ、実は間宮理恵は、隠れて流産していたそうなんです。おなかにはシリコンをわざと入れて、妊娠九ヶ月と同じくらいの大きさにしていたらしいんですよ」
「だから胎児がいなかったんですね」
「じゃが、九ヶ月ともなると、母体にも影響があるはずじゃが?」
「その手術をしたクリニックの担当医に聞いたらですね、胎児は心臓病を患っていて、胎内で死ぬか、短命なのかの五分五分だったそうなんです。結局胎内でしたが」
大宮たちと会話をしながら、皐月は壊れ物を触れるかのように、自分のおなかをさすった。
もう感じない痛みは、間宮理恵に取り憑いていた水子の霊だったのか、幽霊を感じることができない皐月には、けっきょく、その正体が分からずにいた。
その後、西条美和子のレインコートと、傘から、間宮雄太の血が検出された。先を尖らせた石付きで、間宮をメッタ刺しにしたのである。
彼女は一ヶ月もの間、それを洗わず、隠し持っていた。
そして隣に住んでいた住民の話によると、彼女は夜中、
「をばれう……、をばれう……」
と呻くような声をあげていたという。




