漆:『以津真天』~前
舞台の緞帳のように、周りが確認できないほど激しい雨が轟々と唸るように降っている。
そんな中、ずぶ濡れになりながらも、なにかを探るように鼻をひくつかせている少女の姿があった。
青と白の巫女装束を纏い、佐々木小次郎の物干し竿(業物と言われ、刀身三尺二寸あったという)を鞘に収め、手の平を柄頭に添えるように構えていた。
……気のせいか――。聞いた話と違う気がする。
少女がそう思った刹那、うしろに気配を感じ、刀を抜き下ろした。
カキンッと、金属がぶつかる音が激しい雨音の中に掻き消されていく。
少女の眼前にうっすらと人影が浮かび上がる。
「あっぶな……」
大きな鎌を構えた脱衣婆が、青ざめた表情で自分の目の前まで来ていた信乃の刃を睨みつける。
相手が地獄裁判の閻魔王。つまり瑠璃の部下である脱衣婆だと分かるや、信乃は刀を鞘に収めた。
「いきなりうしろから現れるのが悪い」
「確認もしないで振り下ろす方が悪い気がするけど」
脱衣婆は皮肉たっぷりに言う。
「それで見つかったの?」
脱衣婆の問いかけに、信乃は首をふる。
「早く見つけたほうがいいわよ。死体遺棄で発見されなければ妖怪になる可能性だってあるんだから」
脱衣婆の言葉に、信乃は頭を抱える。
「……皐月と会ったんでしょ?」
その言葉に、信乃はなにも答えなかった。
「――まぁいいわ。それは生きているうちに解決できればいいしね」
脱衣婆は一息間をおいて、
「まぁまだ犯人が分かってはいないし、どうして殺されたのかというのも分からないしね」
「そっちはもう知ってるんでしょ?」
信乃の言葉に脱衣婆は首を振る。
「露の世のことは露の世でしか解決できない。地獄は死んだ衆生を裁くだけだからね――どうかした?」
脱衣婆は首をかしげ、信乃を見た。その信乃は、警戒するように自分のうしろのほうを見ている。
「ちょ、ちょっと待って……」
少女の声が聞こえるより前に、小動物の影が走って行くのを見た。
――ユズ?
信乃はその影を目で追いかける。
影は子犬だった。犬種にしてチワワだったが、走っている時にドロにまみれたのか、薄茶色の毛色が、はねた泥で薄汚れている。
子犬は少し膨れ上がった場所をグルグルと回っていた。
――なにか……いる?
すこし離れた場所で見ていた信乃が近付こうとした時だった。
「トーマッ! トーマッ!」
先ほどの少女の声が聞こえ、信乃は身を隠す。こんなところに生身の人間がいれば、それだけで不審がられる。
さらに言えば、トーマと呼ばれた子犬がなにを見つけたのかわかった以上、怪しまれるのがオチだ。
そう思ったからこそ、信乃は二人がハッキリ見える場所まで身を隠した。
「ど、どうしたの? こんな危ないところまで――」
少女は息を整え、連れて帰ろうとトーマを抱えた時だった。
カッと雷鳴が轟き、二人の近くに生えていた木に直撃する。
木は火を一瞬だけ表したが、豪雨だったためすぐ鎮火したが、大きな枝が二人の頭上に落ちていく。
「……っ! 一刀・不遣戯」
一閃が煌めき、少女とトーマの頭上に落ちようとしていた枝が微塵に切り刻まれていく。
「……あっ」
少女は呆然とした表情で、目の前の信乃を見やる。
「――その子が掘ろうとしてるところには、あなたが見るに耐えられないものが入ってる」
「見るに耐えられないもの?」
首をかしげるように少女は聞き返す。
「もし真実を知りたいなら警察に調べてもらいなさい」
「ど、どういう……」
少女が呼び止めようとしたが、信乃はスッと姿を消した。
「いったい……どういうこと?」
少女は不安な表情でトーマを見た。そのトーマは小さな前足で何かを掘ろうとしている。
少女は信乃が言った言葉を頭の中でつぶやく。
「私が見るに耐えられないもの――」
少女は意を決し、トーマが掘っている場所を手で掘っていく。
そして、まるで突貫工事のように手抜きとしか言えないほどの浅い場所で、硬いなにかが爪に当たった。
「なにかある?」
少女が慎重に掘り進めていくと、まるでそれを照らすかのように再び雷が鳴った。
「ひぃっ!」
少女は悲鳴を上げた。ただ、雷に驚いたのではない。
泥と同色の、見窄らしく腐乱した男の死体に悲鳴を上げていた。
「山中で男性の変死体?」
遺体が発見されてから三日後、稲妻神社に訪れていた阿弥陀と大宮から事件の概要を聞かされていた三姉妹と拓蔵は、聞き返すようにたずねていた。
「発見されたのは『瀧瀬俊平』三五歳。TW企業の部長で、第一発見者である『陽望空』さんの父親みたいです」
「あれ? 父親って苗字が違いますけど」
葉月が首をかしげるように聞き返す。
「二年ほど前に離婚したそうです。それから発見されたのはその陽財閥の会長の私有コテージがある場所で、発見当時飼い犬が夕方逃げ出して探していたところ、死体を発見したそうですよ」
「死体の腐敗状況は?」
「大体殺されて半年くらいというのが湖西主任の言い分ですな。日本はハッキリと四季が分かれていますからね。夏場ならとにかく半年ほどでは全体が白骨化することはないという見解みたいですな」
阿弥陀は土に埋もれていたので、もっと前かもしれないと付け加えた。
「まぁ半年として考えると殺されたのがだいたい一月から二月の間か。それ以上も以下もあるやもしれんがなぁ」
「その殺された瀧瀬俊平の行方不明については?」
「どうも全国色んな所を転勤していたらしくてですね、ほとんどメールでの遣り取りだったみたいです」
「奇妙なのは発見されたその日の朝も会社と連絡を取り合っていたんだ」
「メールでですか?」
皐月の言葉に大宮はうなずいた。
「殺された後も誰かがなりすましていたというのがオチでしょうね。先程も言いましたが連絡はほとんどがメール。しかもこの会社、フロアがあるにも関わらず、ほとんどがネットでの繋がりによるものだそうです」
弥生は自分の隣に座っている葉月を見やる。
その葉月は自分の目の前に遺体が写った写真を置いており、霊視をしようとしていた。と言うよりすでに済ませていたのである。
「なにも聞こえなかったのかい?」
大宮の問いかけに、葉月はうなずく。
「妖怪じゃないということかな?」
「しかし遺棄されておるということは、云ってしまえば成仏しておらんということになる。もしやとは思うがすでに妖怪――」
拓蔵はなにかを思い出すかのように立ち上がり、居間から出て行く。五分後、分厚い本を持って戻ってきた。
「えっと一応聞くけど、なんで六法全書なんて持ってるの?」
弥生は、不真面目な拓蔵が持っているとは思わず、唖然とした表情でたずねた。
「一応持っておけと言われて、現役の頃先輩に無理矢理買わされたんじゃよ。まぁちっとも読んではおらんがな」
拓蔵は自分を皮肉るように嘲笑すると、全書を捲っていく。
表紙には『昭和**年発行』と書かれており、現段階では一部法律を除けばほとんど機能していない。
「お、あったあった。『墓地埋葬法』」
太字で書かれた部分を指で示し、皆に見せる。
「墓地、納骨、または火葬場の管理及び埋葬などが、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする」
「まぁそういう法律がある以上、死体遺棄は罰則されるんですがね」
「でも爺様、なんでそんなことを?」
皐月が首をかしげる。
「阿弥陀警部、死因はすでに分かっておるんじゃろ?」
「ええ……。死因は縊死。ソコだけ変色の具合が可笑しかったみたいですしね」
「でもいつ殺されたのかが分からないんでしたね」
皐月は写真を見ながら唸る。
「葉月ちゃんの能力は、写真に写った遺体が死ぬ直前に聞いた音を聞くことができるだったね?」
そう聞かれ、葉月はうなずく。
「聞こえないということは、眠っていたんじゃないかな?」
「まぁ、実際聞こえていても、覚えていなければ意味ないですしね」
「つまり昏睡状態で首を絞められたということですか?」
「恐らくね。それに離婚に関してもすこし可笑しなところがあるんだ」
大宮はそう言うと懐から手帳を取り出す。
「TW企業は陽財閥が大株主らしくてね、その娘と離婚している被害者を恨んでいた可能性もある。それと……」
「どうかしたんですか?」
ちょうど隣に座っていた皐月が、手帳を覗き込むようにたずねる。
「望空さんから聞いた証言なんだけど、死体があった大木に雷が落ちたそうなんだ。それで枝が彼女と飼い犬の頭上に落ちたんだけど、妙な服を着た女の子に助けられたって」
「ど、どんな?」
身を乗り出すように、皐月はたずねた。
「えっと、たしか青と白の……なんだっけかなぁ、幕末とかで出てくる」
「――新選組の羽織」
皐月がそう言うや、大宮は納得するように手を叩く。
「そうそうそんな感じだ。望空さんも同じ感じのことを言っていたよ」
皐月は驚いているというよりも、安堵に近い表情を浮かべる。
大宮はそれを見て首をかしげる。
「知り合いかい?」
「知り合いというより、腐れ縁って言えばいいんですかね、まぁ今は違うみたいですけど」
弥生は皐月に視線を向けながら、大宮に話す。
「望空さんが言うには一瞬で枝が微塵になったらしい。そうなるとその助けた彼女も皐月ちゃんと同じ力を?」
「同じどころか信乃のほうが強いですよ」
皐月はそう言うとスッと立ち上がり、居間を出ようとした時だった。
「でもどうしてそんなところに信乃が?」
そう呟いた時である。
「頼まれたのよ。あそこで妙な噂がたってるから調べて欲しいって」
突然現れた脱衣婆がそう言ったが、現れた場所とタイミングが悪かったのか、ぶつかるように、皐月は脱衣婆の豊満な胸に顔を埋めた。
「い、いきなり出てこないでくれる?」
睨みつけるように皐月は上目で云った。
「ごめんごめん。まぁ二人の監督を任されてるからね。一応説明しようと思って」
「それでおばあちゃん、信乃さんが調べていた妙な噂って?」
葉月がそうたずねると、脱衣婆は、
「遺体が発見された山中を歩くとね、どこからかともなく男性の呻き声が聞こえていたらしいの。それで気味悪がってお手伝いとか来なくなったらしくて。で、鳴狗寺の娘でもある信乃にお願いがきたのよ」
と説明した。
「死体が発見された近くで男性の呻き声? ――以津真天か」
「恐らくそうだと思います。まぁアレは遺体が見つかれば、満足して消える妖怪なんだけども」
脱衣婆はあきれた表情を浮かべる。
「なにかわけがあるようじゃな」
「発見された以津真天……。つまり瀧瀬俊平が殺された理由です。それから数日くらい前に彼の口座を調べようとしていた人物がいたみたいなんですが、凍結になっていたらしいんですよ」
脱衣婆はそう言いながら阿弥陀たちを見る。
「そっちの方は?」
「まったく検討もつきませんでした。まぁ明日あたり詳しく調べてみますよ」
「でもその口座がどうして凍結しているのかちょっと気になるね。――あれ?」
葉月は首をかしげる。
「えっとたしか陽財閥の子会社がそのTW企業で、殺された瀧瀬俊平さんはその親会社の会長の娘と結婚していたってことでいいのかな?」
「まぁかいつまんで言えばそうなりますが、それがどうかしましたかな?」
「言い方は悪いけど、それって逆玉だよね?」
葉月の言葉に皆がおどろく。たしかに葉月の言うとおり、子会社の部長が親会社の、それこそ会長の娘と結婚することは願ったりかなったりである。
「離婚を言い出したのは?」
「奥さんである陽沙織さんかららしいんだけど」
「なにかわけありみたいですね」
「離婚する前まで住んでいた住所の近所の人たちから聞いたんだけど、離婚するような素振りもなかったそうなんだ。オシドリ夫婦というか、家族三人仲が良かったそうだよ」
「まぁ、一寸先は闇。なにか隠していたか」
拓蔵は呼吸を一拍おいて、
「もしくは自分の意志とは反する強制的なことがあったか」
と呟くように言った。
「なにか会社的に不適切なことがあったってことかな?」
「たとえば?」
「会社の金を横領したとか?」
葉月は何気なく言った。が、阿弥陀はちいさく唸り、
「そうなると、余程の金額だったんじゃないですかね? 殺されるほどですから」
片目を瞑るように言った。皐月はそれを聞きながら、隣に立っている脱衣婆を見やる。
「どうかした? 皐月」
「信乃はその以津真天を探すためにその山に行ったんだよね? それで見つかったの?」
「さっきも言ったけど、以津真天は自分の遺体を見つけてもらうために鳴く妖怪よ。つまり遺体さえ見つかれば勝手にその場から消えるわけ。でも以津真天があの山から姿を消したという報告は、痔獄には届いてないわ」
「つまりまだ消えていない……。もしかすると自分が殺された理由を調べてもらいたかったってことは考えられない? 信乃の先天的な嗅覚は犬以上だからね」
皐月の言葉に、大宮は首をかしげる。
「――犬以上?」
「鳴狗の連中は犬と同等、もしくはそれ以上の嗅覚を持っておる。遺体が発見された時は集中豪雨じゃったからな。そんな中飼い犬が死体の臭いに気付いたというのは妙な感じがするのう」
犬の嗅覚は人間の百万倍と云われてはいるが、雨で臭いを消されては意味が無い。
が、鳴狗一族はある妖怪に惚れられており、その功徳を以って犬同様の嗅覚を持っている。そして霊力もあるため、普通の犬では見つけられない人ならぬ臭いも掻き分けることができた。
しかし第一発見者である陽望空の飼い犬であるトーマが死体に気付けたのは、臭いではなく別の理由にある。
「もしかすると以津真天が誘い込んだのかも。動物って人とは違うものが視えたりするって言うし、その娘さんはいつもコテージに?」
「いや、今回の件はたまたま偶然だったらしい。普段は母親と都内で二人暮らしみたいなんだが、母親が先月から長期出張でグアムの方に出ているらしくてね、祖父母のところに預けられていたそうだよ」
「本当に偶然だったんでしょうね。でも以津真天にとっては絶好のチャンスだった」
「……あんまり腑に落ちないけど、ちょっと二人にお願いしていいですか?」
皐月は阿弥陀と大宮を見やる。
「事件解決に関わることなら喜んで調べますけど?」
「その陽財閥とTW企業に蟠りがなかったか調べてくれません? それとやっぱり離婚の理由も」
皐月はそう伝えると脱衣婆に視線を向け、
「それからその現場ってここから遠かったっけ?」
とたずねた。
「福嗣町から南にふたつ町を越したところに小さい丘があるでしょ? そこが事件現場だけど……。もしかして行くつもり?」
「明日は休みだからね。特に約束事をしているわけでもないし」
「それだったら、僕が案内するよ」
大宮にそう言われ、皐月は待ち合わせ時間を打ち合せていく。
「でもさ、皐月大丈夫なの? あんた信乃さんや私達とは違って力の弱い幽霊や妖怪は視えないじゃない?」
「うん……。でも今回の事件、妖怪の仕業って感じがしないんだよね。爺様の話を聞いてると、以津真天って特に人を襲ったっていう伝承はないんでしょ?」
「石燕の『今昔画図続百鬼』に描かれてはいるが、確かに以津真天自身が人を襲ったというのはないな」
「だったら大丈夫かな?」
ある疑問をもちながらも、皐月は納得した表情で言った。
「どこから出てくるの? その自信」
弥生と脱衣婆があきれた声で嘲笑した。
その翌日の夕方だった。皐月は学校を終えると、一度自宅である稲妻神社で着替えを済ませ、待ち合わせ場所として指定した福嗣駅へと向かう。
その途中見慣れた軽車がこちらに向かってくるのが視え、立ち止まった。
案の定、大宮の自家用車であり、皐月の手前で停まった。
「待ち合わせ場所で待ってればいいのに?」
皐月は申し訳ないような表情で言う。
「いや、結局こっちの方角に行くからね」
皐月は助手席に座り、シートベルトを閉めた。
「そういえば遺体が発見された時間って、夕立があった時だったんですね」
思い出したように皐月は言った。
「ああ、望空さんの話だとトーマは夕立が降る前、急に外に出たそうなんだ。その時ガラス戸は開いていたそうだよ」
「行動の激しい子だったんですか?」
大宮はその問いかけに首を振る。
「いや至って大人しいらしい。それになにかに呼ばれたみたいだったそうだ」
車は三十分ほどして、目的のコテージに着いた。
コテージの駐車場に入ると、赤の軽車が停まっている。
車から降りた皐月がそちらに目をやると、ボンネットに四色に分かれた風車のようなマーク。いわゆる高齢運転者マークが貼られていた。視線を下に向けていくと、フロントバンパーが妙にへこんでいる。
「ここのオーナーはクルマ好きなんですかね?」
「いやたしか奥さんが乗っているそうだよ」
そう話をしながら、大宮はコテージの玄関チャイムを押す。
「すみません、警視庁の大宮ですが」
玄関で声をかけると、家の中から物音が聞こえ、玄関の鍵が開いた。
「大宮さん、今日はどうかしたんですか?」
応対に出たのは、陽財閥の総裁である陽義輝の妻、瑤子であった。
腰は曲がっており、薄汚れたシワだらけの容姿で、薄い白髪は細く乱れている。
腰が痛く、ところどころ苦痛の表情を見せていた。
「実はちょっとお聞きしたいことがありまして」
大宮は皐月を見やる。
「……なにか感じるかい?」
そう聞かれ、皐月は周りに目をやるが、なにも感じなかったと、首を振った。
「どうかしましたか? それにそちらの娘さんは」
瑤子は皐月を見るや首をかしげる。
「あ、はじめまして。黒川皐月です」
皐月はちいさく会釈する。瑤子もそれを倣うように、
「あらあら、こんな可愛い子が」
と微笑するように頭を下げた。
顔を上げた時、皐月は瑤子の双眸に目が行った。
――あれ?
と、皐月は違和感を覚える。
――なんでこの人、目が栗色なんだろ?
目というものは年齢に伴って水晶体が濁っていく。
しかし瑤子の目は見た目の雰囲気とは裏腹に、まるで入れ替えたかのように奇麗だった。
「どうかしたのかね? 瑤子」
奥の方から男性の声が聞こえ、皐月はそちらを見た。
見るからに裕福な小太りの老人が、杖を付きながらこちらへと歩み寄ってくる。
「これは刑事さん。今日はなにをお聞きに来たのかな?」
その声色は、初めて会う皐月にも充分理解できた。
遠回しに帰れと言っているような、そんな空気が一瞬で周りを包み込む。
「実はお聞きしたいことができまして、娘さんのことなんですが、連絡は取れたんですか?」
そう聞かれ、義輝は首を振った。
「いえ、それがこちらはどこに行ったのか。そもそもあんな訳の分からない会社に務めよって」
「分からない?」
「元々あの会社は娘の百合香が趣味で始めたものでな、私達は資本金をやったまでなんじゃよ。まぁ一千なんぞ家が十件ほど売れれば元が取れるくらいでしたからな」
皐月は話を聞きながら大宮を見やる。
「遺体が発見されたのはコテージの近くにある森の中でしたね?」
「ええ、そうですが?」
「ここって私有地でしたよね?」
皐月は念を押すようにたずねた。
「なにが言いたいんですかな?」
義輝は皐月を睨むように見つめる。
「いえ、特に何もないです。もしかしたら犯人が知らないで遺棄したかもしれませんし」
皐月はそう言うと、義輝と瑤子に頭を下げるや、外へと出て行った。
大宮は義輝と瑤子に謝りを入れると、皐月を追いかけるように出て行った。




