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伍:『火車』~後~


「……お母さん」

 薄暗い部屋の隅で蹲っているりつに、雨音は声をかけた。

「ど、どうして? どうして消えないの? どうして……どうして」

 りつは譫言のように震えた声を上げる。

「大丈夫? お母さん?」

 雨音がりつの顔を見た時だった。

「どうして殺したはずなのに殺したはずなのに殺したはずなのに」

 雨音は最初、母親が言っている言葉は、父親である京本福助のことだと思った。

「どうして邪魔をするの? どうして私の幸せを壊そうとするの? あの女がいけないのよ。そりゃぁ若いほうが男は良いでしょう? でもね、妻である私から夫を奪っておいて、美人局しようったってそうはいかないわ……。あの人は私のものなんだから」

 グルリと、りつは睨むように雨音を見据えた。

 その表情は優しさのかけらもない憎悪に満ちたもので、母親が実の娘に見せるようなものではなかった。

「お、お母さん……?」

 驚いた声を上げた瞬間、りつの両手が雨音の首に飛びかかる。

「お前も……私から夫を盗ろうとしていたんでしょ? 最初は抵抗していたのに、次第に身を任せていく。お前も……お前も――」

「お、お母さん……離して」

 雨音は必死に母親の手から逃れようとする。

 しかしまるで人とは思えない強い力に押し負け、いつしか身を委ねだしていた。

「あの人は誰にも渡さない。地獄にも送れせない。一生私の手元に置いておくんだ」

 震えた笑みを浮かべながらりつは、目の前の娘を殺そうとした時だった。

「りつさん、居らんのか」

 玄関から声が聞こえ、りつはそちらへと目をやった。

 拓蔵が鍵の開いていないドアを開ける。

「りつさん、あんたいったいなにをしてるんじゃ?」

 驚いた表情を浮かべるやいなや、言葉よりも先に身体が動いていた。すぐさまりつと雨音を離す。

「邪魔をするなぁ。こいつも私から夫を奪おうとした悪女じゃ。私から夫を奪わないでおくれ」

「その結果が殺人か? もしやとは思うたが、先輩が最後に調べた事件の犯人は――おまいさんじゃなかったのか?」

「爺様、どういうこと?」

「先輩と殺された少女は顔見知りじゃった。そして現場で発見された指紋が両ドアノブにあったことで違和感を覚えたんじゃよ。ドアノブを持って入った場合、反対のドアノブをもたず、戸を後手で押すように閉めるじゃろうからな」

「それじゃぁ、本当の殺害現場は発見された場所だった?」

「柵が壊れるのが遅かったのではなく、後から落とした。柵が壊れたように見せかけるためにな……指紋を付けないよう細心の注意を払いながらな」

「――でも、なんでお父さんは私たちに乱暴を? もしおじさんの云ってることが本当なら……」

 息を整えようとしている雨音が、訴えるようにたずねる。

「自分の責任と思ったんじゃろうな。結局は自分で巻いたタネでこうなってしまった。じゃから出来る限り先輩は、捜査の目が奥さんに向かないようにしていたんじゃろう」

 拓蔵は悔しそうな表情で、りつを見やる。が、その目は知り合いに気前よく話すような優しい目ではなく、殺人犯を捕まえんと言わんばかりの獣のような眼光だった。

「わしはもう引退した身じゃし、あんたを捕まえる権限はない。それにな一番の謎である遺体がどうやって消えたかなんてのは……恐らく人間には理解できんじゃろうな」

 拓蔵がそう言った時だった。爪をたてたりつが飛びかかるように拓蔵へと飛び込む。


 部屋の中で、『金属』が打つかった音が響いた。

「爺様、私が一緒じゃなかったらどうするつもりだったの?」

 巫女姿の皐月が、りつの爪を刀で受け止めながら拓蔵にたずねた。

「その時はその時じゃよ」

「――聞いた私がバカだった。爺様って考えてるのかいないのかまったく分からないわ」

 弾くように、刀を振り上げると、もう一本の刀でりつを切り裂こうとするが、りつはヒョイとうしろへと飛び下がっていく。

「……へぇくしょんっ!」

 クシャミをしながら、皐月はりつを睨んだ。

「爺様、たしか火車って」

「伝承では猫の妖怪とも云われておるがな。まさかとは思うが、妖怪でもアレルギーの対象になるのか?」

「みたいだね……。あぁ蕁麻疹じんましんまで出てきてる」

 皐月は裾を上げ、自分の腕を見ると、血色の良い肌に赤いぶつぶつがところどころに出ていた。

「でも、目の前の妖怪はどうにかしないとね」

「よ、妖怪って」

 雨音が信じられないと言わんばかりの表情で皐月を見る。

「雨音さんだっけ? お母さんは妖怪に魅入られたのよ。悪い妖怪ってのは、人間のほんの小さな心のスキマを見つければ、喜んで飛び込むの。それが人を恨む感情に入り込んで本人の知らないうちに侵食していく」

 皐月は二刀を構え、

「だから私()()みたいな執行人は、殺人を犯したり、犯させた妖怪を罰する務めを地獄裁判から任されてるのよ」

 鋒を向けながらりつを見やった。

「さぁ、自分の娘まで手をかけようとした罪……償ってもら――」

 皐月が閻獄を告げようとした時、りつは窓を壊し外へと逃げていく。

「あっ! こらっ!」

 それを皐月は慌てて追いかけていった。


「あぁ、もうっ! すばしっこいっ!」

 屋根の上を飛び交いながら、皐月はりつを追いかけている。

「きゃははははっ! そんな足で私に追いつけると思ってる?」

 りつは人をからかうような声で皐月を嘲笑する。

「ふっざけんじゃないわよぉっ!」

 ムカッときた皐月は身を屈め、力強く足を踏み出すと、

「一刀・(えびら)っ!」

 弓で矢を射るかのように、右手の良業物を突き出した。

 が、りつは身を翻し、その一刀をするりと交わしていく。

「あ、ちょっ!」

 避けられるとは思わず、皐月は勢いが付き過ぎた足を止めるが――。

「と、とと、ととととと……」

 ちょうど屋根の下りに足が踏み込んでしまい、更に勢いを付けてしまう。

 そしてとうとう足場には何もなくなり、皐月は地面へと叩きつけられてしまった。

「いったぁ……」

 皐月は打ち付けられた痛みで頭をくらくらとさせながら、逃げようとするりつを目で追いかける。

 なんとか起き上がろうとするが、落ちた拍子で足首を捻挫し、思い通りに起き上がれない。

 りつは皐月が追いかけられないと分かるやいなや、歪んだ笑みを浮かべ、来た道を振り返った時だった。


 『チリン』と、錆びついた鈴の音が聞こえ、りつは身を震わせた。

 耳の悪い皐月ですら、耳元で鳴らしたほどの大きな鈴の音に、りつは震えを見せる。

「一刀・破魔理(はまのことわり)

 突然、皐月と同じくらいの少女が、それこそ長い刀をなんの躊躇もなくりつの『両車(もろぐるま)』(おなかと尾てい骨の付け根あたり)を切り裂いた。

 あまりにも突然の出来事にりつは理解できず、上半身と下半身はまるで別の生き物かのように、下はその場に倒れ、上は地面に潰れる。

「な、何してんのよぉっ! 信乃ォッ!」

 皐月は目の前の少女に怒号を放つ。

 信乃と呼ばれた少女は、あきれた表情で言う。

「――私たちの力は人間には通用しない。通用したとしても、取り憑かれた人にはなんの影響も受けないってことくらい分かるでしょ」

 どうして気付かないかとあきれた表情で信乃は皐月を見下ろす。

「それにね、わたしもそう妖怪を殺したいとは思ってもバカじゃないからね……。葬儀屋を調べてみたら? 『慳貪屋』なんて葬儀屋聞いたことないから。それにね葬儀屋の娘だからってことで云っておくけど、結局火葬しちゃうから棺なんてその場で組み立ててもいいわけよ」

 その言葉に、皐月はハッとする。

「まさか遺体を消したんじゃなくて、棺そのものを変えた?」

 葬儀屋なら棺をふたつ用意することくらい容易い。さらに言えば、通夜が行われたのは自宅でもなければキチンとした会場ではなくただの公民館である。普段気にすることのない倉庫などに隠していても誰も気付かない。

 信乃は何も云わず、鈴の音とともに姿を消した。


「さすが葬儀屋の娘じゃな。まったくわしもそこまでは考えつかんかった」

 翌日、皐月と拓蔵は京本福助の家から見つかった慳貪屋との連絡先に書かれた住所を頼りにその場へと向かった。

 が、その場には廃ビルしかなく、看板も出ていなかった。

 また、りつ自身は気を失った状態で、自分の部屋の物入れで見つかった。その身体にはまるで爪で引っかかれたような疵痕があっという――。


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