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壱:『舞首』 ~前~


 ――妙に肌寒い。

 赤いラインの入った黒いセーラー服を着た、対馬怜奈という中学生ほどの少女が小さく身体を震わせるや、不安な表情で空を見上げた。

 彼女の視界に、どんよりとした灰色の雲が見え、ひと雨来そうだと彼女は思った。いくら帰っても特にやることがないとはいえ、のんびり帰っている最中に雨でも降られたら濡れて不愉快になるのは目に見えている。

 そう思った対馬怜奈は足早に、近道をしようと公園の林道へと入っていった。

 ふと、遠くからちいさな物音が聞こえ、彼女はそちらを見た。茂みの奥から、複数の男の声が聞こえてきたのだ。

 そのまま無視をすればよかったのだが、対馬怜奈は足を止めるや、木陰(こかげ)から覗き込むように、『現場』を見てしまった。

 茂みの奥で、三人の男がたたずんでいた。

 一人はひょろ長く、一人は小太り。もう一人は角刈りにサングラスという容姿。対馬怜奈の立っている木陰は、彼らから三十メートルほど離れていたが、それだけはわかった。

 その三人が輪になるように、あるものを中心にして立っている。

 対馬怜奈からはそれがなんなのか、男たちが影になって見えなかった。


「こいつが悪いんだ。全部こいつが悪いんだ……」

 小太りの男が震えた声で言った。

「だがよ、どうしてこんなことしちまったんだ?」

 ひょろ長い男が荒げた声を上げながら、サングラスの男につめよった。そのサングラスの男は、気怠そうに肩をすくめる。

「しかたないだろ? 俺たちがなにをしたのか、こいつは警察に言おうとしていたんだからな」

 サングラスの男は含み笑いを浮かべる。

 ――えっ? なにこれ? ドラマの撮影?

 対馬怜奈は喉を鳴らした。今、自分の目の前で行われている(内容から察して終わった後かも知れない)現状が、非現実的過ぎたのだ。

 なにせ、『殺人現場』なんて、十代半ばの女の子からしてみれば生きていく中で遭遇するなんてことは、想像すらしていないのが至極当然のことである。

 あるとすれば刑事課の警官くらいなものだろう。

 だから、彼女は咄嗟に周りを見渡した。どこかにテレビクルーがいて、撮影スタッフが居るものだと思ったが、当然そんなものはいない。

 正真正銘、今現在進行形で、殺人が行われていたのである。

 目の前の男たちは、今まさに人を殺したのだ。

 このことを警察に伝えなければ……。

 そう思ってはいたが、非現実が対馬怜奈の思考を束縛させたのか、行動を裏切るかのように、足はうしろへと後退りさせ……。


 ……バキッ!

「――ッ! 誰だぁっ?」

 サングラスの男の怒号に、対馬怜奈はなにが起こったのか分からず心臓を爆発させる。

 そして、彼女は自分の足元、かかとあたりを見るや、そこには真っ二つに割れた枝が転がっていた。

 ゾッと、全身に悪寒を走らせ、青褪めた表情で、男たちの方へと振り向いた。

「やばいぞっ! 俺たちがなにをやっていたのか見ているはずだ」

 小太りの男が慌てた声を上げる。

 対馬怜奈は、痺れから逃れるように、その場から転がる形で逃げた。

 振り向かず、公園の出口まで、全速力で逃げる。

 が、中学生とはいえ、いかんせん男と女である。

 いの一番に気付いたサングラスの男が追いつき、彼女の首もとをうしろからつかんだ。

「きゃっ!」

 対馬怜奈は引っ張られるように、仰向けになって倒れた。

 めまいがしそうなほどの激痛に対馬怜奈はうなる。そんな彼女をサングラスの男が覗き込むように見ていた。

「おい、ガキィ」

 ドスのきいた声で、サングラスの男は顔を近付けた。

 対馬怜奈は悲鳴をあげようとしたが、恐怖心にかられて、声が出なかった。

 サングラスの男は対馬怜奈の首元に、隠し持っていたナイフを近付け、なんのためらいもなく、切り裂いた。



「酷いな……」

 横たわった物言わぬ対馬怜奈を見下ろしながら、大宮という、若い警官はつぶやいた。

「死因は首元の動脈を切られたことによる出血多量で間違いないでしょうな」

 パンチパーマの老刑事が中腰になると、対馬怜奈に向かって手を合わせる。

 大宮は、おもむろに老刑事を一瞥し、

「制服を見たところ、福嗣中学の生徒だと思いますが?」

 と言った。老刑事はゆっくりとうなずき、

「部活の帰りか、将又(はたまた)学校に用事があったか。昨日は土曜で、今日は日曜ですし、近くに学校の指定かばんが見当たらないようでしたから、たぶん後者でしょうな。周りの血の乾きからして、ほんの数時間前に殺されたものと見て間違いないでしょうし」

 老刑事の見当に大宮は頭を抱える。

「おや、制服の胸元辺り刺繍が入ってますね」

 老刑事はゆっくりと遺体の左胸に目をやる。そこには『対馬』と赤い糸で入れられていた。

「阿弥陀警部」

 林道の茂みから、老刑事――阿弥陀に話しかけるように制服警官が出てきた。

「どうしました?」

 首をかしげるように阿弥陀は聞いた。

「茂みのところにこんなものが」

 そう言うと、制服警官は鑑識用に用いられる一眼レフカメラの液晶画面を、阿弥陀と大宮に見せた。

「なんですかね? この黒いのは」

 大宮が液晶画面の中に映っている黒い塊を指差す。

 阿弥陀は制服警官に目をやった。

「それが、なにかあったのか」

 制服警官は首を振るように言う。

「なにかシートをはっていたかもしれませんね」

「どうしてそう思うんですか?」

 首をかしげるように、大宮は聞き返す。

「いや、妙に地面が薄黒いでしょ? これって日が当たっていないってことですかね?」

「ですがどうして? 花見にしてもここは桜の木が植えられてませんよ?」

「それどころか時期的にもう五月ですし、いくら遅い東北あたりでももう終わってますよ」

 阿弥陀は肩をすくめる。

 大宮は、すこし考えると、

「彼女はなにかを見たんでしょうか?」

 とたずねるように言った。

「ほう? どうしてですかな?」

 阿弥陀は人をからかうような、表情で首をかしげる。

「いや、殺されたにしては慣れた手付きでしたから」

「つまり犯人は殺しに関して何一つ躊躇いすら見せていないと? 大宮くんはそう思ったわけですかな?」

 そう聞かれ、大宮はうなずいた。

「うーむ、この『死体』についても気になりますが、彼女はいったいなにを見たのか……。まさかとは思いますけど、偶々(たまたま)偶然殺人現場を見てしまったと思ってもいいかもしれませんな」

「それじゃぁ、彼女は死体を遺棄していたところを見てしまったということですか?」

 大宮の言葉に、阿弥陀はうなずいて答えた。


 梅雨の気配を感じる五月の中旬。こんな時期にシートをひくとすれば、そこになにか、濡らしてはいけないものがあるとすればだ。

 が、後でその場所を詳しく調べたところ、画面ではわからなかったが、乾いた土に、点々と赤くにじんだ場所があった。

「確定ですな。ここに死体があった。何者かがここから運び込もうとしたところを、『対馬』という少女が目撃してしまい、口封じのために殺されてしまった」

 阿弥陀は大宮を見た。

「……赦せませんか? 大宮くん?」

 阿弥陀はあえてそうたずねた。

「犯人は殺すということに対して、なんのためらいも持っていなかった」

 大宮は、静かに言った。

 阿弥陀は小さくためいきをつくと、

「とにかく、この血を調べてください」

 そう、鑑識官たちに命じた。



 事件発生から二日ほどたった夕暮れ時。

 阿弥陀と大宮は、事件があった公園から二キロほど離れたところにある、すこし寂れた小さな神社へとおとずれていた。

「さてと」

 阿弥陀は探すように、周りを見渡す。

「人の気配がしませんし、もしかしたらまだ帰ってきてないかもしれませんね。来るとは連絡してませんでしたし」

 そう大宮が言った時だった。

「せいっ!」

 ハッとさせるような、遠くからでもわかるほど、背筋を凍らせる声が聞こえてきた。

「いましたな」

 阿弥陀はゆっくりとそちらに目をやった。

 艶のある烏羽色の長い髪をうしろに束ねた袴姿の少女が、まるで舞うかのように、長短二本の刀で周りの藁を切り倒しているのが見えた。

 大宮は彼女にすこしばかり見惚れる。

 すこしたって、少女の動きが止まった。

「なにかご用ですか?」

 少女はゆっくりと、つまらない表情で阿弥陀たちを見た。

「おや、お気付きでしたか?」

 阿弥陀がおどけた表情で言った。

 それを見るや、少女は小さくためいきをつくと、

「事件以外で、阿弥陀警部がここに来ることはめったにないですから」

 それ以外になにがあるんだと言わんばかりに、少女は阿弥陀を見る。

 阿弥陀は苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情へと変えた。

「そのことで神主や皆さんにお聞きしたいことがありましてね。皐月さん、あなた対馬怜奈という方はご存じですかな? 調べたところ、あなたと同じ福嗣中の二年生だということがわかったんですよ」

 阿弥陀がそうたずねると、皐月は、

「同級生だと思います」

 と答えた。

「思います?」

 大宮がたずねるように聞き返す。

「私のクラスにいないことはたしかですよ。でも、その対馬怜奈さんがどうかしたんですか?」

 皐月は首をかしげるように、阿弥陀たちにたずねた。

「殺されたんですよ。二日前、ある事件を目撃してしまったことでね」

 皐月は喉を鳴らす。そして顔をうつむかせ、

「やっぱり、そうじゃないと殺されるような子じゃなかったはずですし」

「学校の先生たちは事件に関してあまり教えなかった……みたいだね」

 大宮は皐月の表情を見るや、そう言わざるおえなかった。

「対馬怜奈という生徒については?」

「軽く調べたところ、特に悪いうわさがあったというわけではないようですね。おそらく本当に偶然殺人現場、もしくは死体を運び込もうとしていたところを目撃してしまった」

「その口封じのために……」

 皐月はゆっくりと深呼吸をする。

 そして、青ざめた表情が一瞬にして、鬼気を感じさせるものに変わっていった


「殺された時間は?」

 皐月は、母屋の居間へと阿弥陀たちを案内するあいだ、事件についてたずねていた。

「発見されたのは二日前の夕方六時頃。検視の結果、殺された時間はそれより三十分くらい前ということがわかりました」

「結構事件が発生してから、通報までの時間が早いですね」

「ええ。犯人は別の事件で殺していた遺体を運びこむのに必死だったんでしょうな。対馬怜奈さんの遺体には、まったく手を付けていませんでした」

「その別の遺体というのは?」

「同じ公園の茂みに湿った場所があって、そこに血が残っていたんですよ。殺されたのは桐本邦夫という男だということがわかりました」

 皐月はすこしばかり考えてから、

「その男も、対馬さんを殺した犯人に?」

 と阿弥陀たちに問いかけた。

「そう思って、まず間違いはないでしょな」

「ただ、犯行に対して、一人でやったとは思えないんだよ。その遺体があったかもしれない場所には、なにかを引きずった痕跡がなかったからね」

「つまり、犯人は二人以上いたということですか?」

 皐月の言葉に、大宮はうなずくように答えた。

「ちなみに、対馬怜奈さんの遺体には、抵抗した形跡もありませんでしたよ」

「殺されるかもしれないのに――ね」

 皐月は、大宮を小さくにらんだ。

「抵抗すれば殺されるかもしれない状況なら、なにもできなかったと思いますけど?」

 皐月のさげすんだ口調に、大宮はムッとしたが、さすがに今のは自分が悪いと、苦い表情を浮かべた。

「そう……だね。ただ犯人は対馬怜奈さんの首もとを鋭利な刃物で」

 そう言いながら、大宮は自分の首元を指先で切るようにみせた。

「かなりしっかりと大動脈だけを切っていたよ」

「躊躇いすらなかったんですか?」

 皐月はすこしばかり驚いた表情でたずねる。

「ああ。おそらく犯人は目的のためなら人を殺すことすらなんとも思ってないだろうね」

 そうこう話していると、居間の前に着いた。

 皐月は、ちいさく息をはくと、障子戸を開いた。


「爺様、阿弥陀警部と大宮さん来たよ?」

 そう声をかけると、テーブルの上座で新聞を読んでいた白髪の老人が、皐月たちに目をやった。

「お邪魔しています、神主」

 阿弥陀と大宮が、老人に頭を下げる。

 阿弥陀たちの目の前で酒を飲んでいる老人は、この稲妻神社の神主である。

 警官二人は事件に行き詰まると、この稲妻神社に訪れ、神主や皐月たちに事件についての意見を聞いてきた。

「弥生、二人にお茶を」

 神主が台所にいる女性に声をかけるように言った。

 阿弥陀と大宮は、神主と向かい合うようなかたちで、下座に座る。

 皐月は、テレビが見えるあたりで、大宮の隣に座った。

「それで、なにかありましたかな?」

 神主がそうたずねると、大宮が事件の概要を報せた。


「……つまり、問題はその運び込まれた遺体ということか」

「発見された対馬さん自身に殺される理由がない以上、そう思うしかないかもね」

 台所から出てきた、皐月と同じように艶のある長い髪をした高校生ほどの女性が、阿弥陀と大宮の前にお茶を出しながら言った。

「桐本邦夫がなぜ殺されなければいけなかったのか。それがわかればいいんですけどね」

「うーむそうじゃな、犯人は少なくとも二人以上いた。これは間違いないじゃろう。仮に農作業で使うリアカーで運んだとすれば、人間の重みで轍ができておったじゃろうし」

 大宮は小さくうなった。特に現場について詳しい話をしたわけでもいないのに(事件内容も、さきほど皐月に話した通りである)、まるで神主の言葉が、現場を見ているかのような口調だった。

「それが分かればいいんですけどね」

 阿弥陀は肩をすくめる。

「対馬怜奈さんが見たものがいったいなんなのか……、やっぱり死体を運んでいる最中だったとか?」

 皐月は頬杖を付きながら、時計を見やる。

「なにか用事でもあったのかい?」

「いや、この時間だったら、なにかニュースやってないかなぁって。そういえば、今回の事件、まだ詳しい発表はしていないんですか?」

 皐月がそうたずねると、阿弥陀は小さくうなずく。

「まだ判明していない部分もありますからね」

「もしかすると、なにか手掛かりが出てくるかもしれんな」

 そう言うと、神主はテーブルの上に置いてあるテレビのリモコンを取るや、テレビをつけた。


「野々川市内の宝石店に強盗が入ってから一週間がたち、警察の捜索が今なお続いていますが、以前進展はなく……」

 ――強盗?

 皐月は小さく首をかしげる。

「そう言えば、この新聞にも載っておったな。たしか総額二千万ばかりじゃったはずじゃよ」

 皐月は、さっきまで神主が読んでいた新聞を手に取った。

 三面あたりにちいさく記事が書かれており、モノクロでわからなかったが、ネックレス状に作られた真珠を囲むように、細かい金細工が施されている。

 魅入られるほどに芸術的な紋様に、かなりの技術者が作ったのだろうと思いつつ――

「宝石って、これだけでもかなり値段が上がるらしいね。宝石だけでも高いのに」

 と不満気な表情で言った。

「でも、骨董品店に持っていくわけじゃないよね? そんなことしたらすぐに捕まりそうだし」

「大体は海外に売りさばいてるみたいですよ。もしくは盗品とわかった上で買い取ってるところもありますし」

「それがわかってるのに、警察はなにやってるんですか?」

 弥生があきれた表情で言った。

「泥棒は証拠がない以上、現行犯以外で捕まえられないんですよ」

 阿弥陀はもうしわけないと、苦笑いを浮かべた。


「ただいま」

 声が聞こえ、皐月以外の全員が障子戸の方へと目をやった。

 しばらくして玄関から足音が聞こえると、小さな影が障子にうつる。

 障子戸が開くと、皐月や弥生と同様の烏羽色をした美しい髪が胸元まである小学生ほどの少女が、阿弥陀と大宮に気付くと、二人に頭を下げた。

「おかえり葉月。遊んできて疲れてるだろうけど、ちょっと手伝ってくれる?」

 弥生にそう聞かれると、葉月はキョトンとした表情を浮かべた。

「……と言うわけなんじゃよ」

 神主が、阿弥陀たちが来た理由と事件の内容を葉月に教える。

 葉月はすこし首ををかしげ、

「その皐月お姉ちゃんと同じくらいの人が、偶然殺人現場を見てしまい殺されてしまったってこと?」

 とたずねる。皐月は答えるようにうなずいた。

「しかも現場にはふたつの死体なんですが」

 阿弥陀は懐に手を入れると、一枚の写真を目の前に差し出した。

「これが今回の被害者、対馬怜奈さんです」

 目の前に、首を切られ、血まみれになった死体の写真を出されたにもかかわらず、皐月たちの表情は一変しない。

「彼女が殺される前までなにを聞いていたのか。……お願いできますかね?」

 阿弥陀は葉月を見ながら言った。

 葉月は小さくうなずき、かるく深呼吸をすると、写真を自分の目の前に置くや、ゆっくりと眼をつむり、手をかざした。

 ゆっくりと、誰かに問いかけるかのように、唇を動かす。

「……もめてる? 男の人たちがなにかもめてて……」

 葉月はつぶやくように言うと、フッと写真から手を離すや、まるで糸が切れたかのように、横に座っていた弥生のほうへと倒れる。

 大宮がかるく驚き、腰を上げたが、葉月は弥生の豊かな胸元に顔をうずめるようにして、寝息をたてていた。

「爺様、やっぱり」

「うむ。しかし妙な感じがするな」

 神主が納得のいかない表情を浮かべると、阿弥陀たちを見た。

「もうひとつの、桐本邦夫の死体があったと思われる場所にはなにかあったか?」

「いえ、話した通り……あれ?」

 大宮も、物言わぬ妙な違和感を覚える。

「どうかしたんですか?」

「現場にはシートがはってあったかもしれない痕跡があったほかに、すこしばかり血痕が残っていたんだよ。たぶん遺体を隠していたんじゃないかって見解なんだけども、でも殺されたのが発見されるよりも前だとして、それを隠していたとすれば、あったはずなんだよ。――死体が腐食していたかもしれない痕跡が」

「うーん、私としては一番気になることがあるんですよね」

 皐月がそう言うと、大宮は首をかしげる。

「なんで遺体を隠してたんだろ? 公園の茂みと言っても、子どもが隠れんぼしないとはいえないし……」



 阿弥陀たちが稲妻神社におとずれたその日の晩。対馬怜奈を殺害したサングラスの男が、現場の公園へとおとずれていた。

 警視庁と書かれた立入禁止のテープが、公園の出入り口に貼られている。

「くそっ!」

 男は、そのテープをにぎりつぶすように手をかけると舌打ちをした。

「まったくあいつもバカなやつだ。うまく行けばバレずにすんだものを、分前だってすこしはあったし、バレなければどっちも得だったじゃないか」

 その場を後にしようとした時、公園の方から男の呻き声が聞こえ、男はそちらへと振り向いた。

「き、桐本?」

 男は、青ざめた表情を浮かべ、うわごとのように叫んだ。

 目の前にある桐本邦夫の顔だけが闇夜に浮かんでいる。

「ば、化け……」

 男が悲鳴をあげるより先に、桐本邦夫の首が、グチャリと、気持ちの悪い音を奏でる。

 そしてその場には、大量の血と、肉片だけが残った。



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