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白い神様

 「先ずは一つ目の本題ね」


 僕は、腕を組んで立っている少女を、曇りない白い床に座りながら見上げていた。端から見れば保護者と子供のような雰囲気に見えるのだが、この少女が加害者であり僕が被害者であることを忘れてはならない。

 しかし、そんな加害者被害者の関係も吹き飛ばしてくれるほどの驚きがあったらいいなぁ、なんて思っていたりする僕がいる。


「私は神様なんだよね」


 ……薄々は気付いていたが、やはり本人の口から言われると胡散臭さが半端ではない。が、異様な威圧感やこの少女が言っていた本能による差というのも辻褄が合う。

 そんなことを考えていると、少女はこちらを少しばかり不満げに見ていた。


 「なんかリアクションが薄いよ。なんていうんだろうね。私もそんなに期待していなかったて言うか、そんなつもりでいった訳じゃ無いんだけど、それでも落胆してしまうというかなんというか‥‥‥」


 どうやら僕が思いの外、この少女が自分を神様だとカミングアウトしたという重大な事態が発生したというのに、それを軽んじているというのが気に食わないらしい。

 しかし、十分予測可能で思わせ振りな発言をしておいて、リアクションを濃くするというのは些か我が儘というか無理難題ではないのだろうか。思考が読める・人間とは思えないような雰囲気・魔法が使える・etc‥‥‥今思い浮かんだものを思い浮かべてもたのだが、どう360度上から見ても下から見ても右から見ても左から見ても人間だと思わせるような要素が見当たらない。

 神様と断言できるような要素も正直に言ってないのだが、それは仕方がない。


 僕は取り合えず、騙されても恥ずかしいだけなので信じることにした。

信じた方が面白いからな。


 「いやぁ、まぁ、そうだけどさ‥‥‥。まぁ、いいや」


 なにか言いたいことがあるらしいけど、僕の言い分が正しいと感じのか(口に出してはいないが)身を引いてくれた。

 そこら辺は素直なんだろうか。まだ、どんな神様だかわからないのだが、自分の引き際がわかるというのは優秀な神様なのだろうか。


 「さぁ、驚かないでよ!!二つ目の衝撃の真実は!?」


 自分が神様だというカミングアウトのときは相手の様子を伺うような淡々とした口調で言っていたのが、今回の衝撃の真実では大きな声でテレビ番組で見かけるような感じで発表するらしい。もしかしたら、最初の僕のリアクションが薄かったのを気にしているのかもしれない。案外気の小さな神様だ。


 「‥‥‥そんなこと思わなくたっていいじゃないか」


 白い少女は、僕が考えていることを読んだのか、少し残念そうな表情で僕を見る。

 なんか、喋る度にどんどんとこの少女が神様だということが信じられなくなる。それはこの少女が僕に気を許してくれたのか、はたまた僕の余裕ができてきたからなのか。


 しかし、少女は僕が思っていることにいちいち口を出してはきりがないと思ったのだろうか、咳払いをし、仕切り直した。


「君は死んでしまいました!!」


 ……それは、元気よくインパクトを出す台詞ではないだろう。


 検討は付いていた。こんな状況はファンタジーのジャンルの小説で死ぬほど見たことがある。使いふるされた設定だ。

 だが、そこら辺のネット小説では最近この設定は見なくなってきて、何処と無く時間というものを感じる。今は関係ない話だが。


 「ねぇ、君はなんでそんなにリアクションが薄いのかな?普通の人だったらそんな冷静に居られない‥‥‥けど、まぁ君の性格を考えれば有り得なくはないかな?」


 首を斜めに傾げてまるで子供のようなポーズをとる少女。可愛い。


 「大丈夫だ。十分に混乱してる。表面上は冷静に見えるだろうけど、今の僕は内心とても混乱しているんだ」




 ……しかし、僕は死んでしまったのか。そんな事実を聞かされたことで僕の心の中が揺らぐこともない。元々死んでいるような生活であった。

 兄弟はいないし、両親も飛行機事故で死んだ。僕はルックスは良いらしく見合いの話や、うちの会社の女性社員からの食事という名のアプローチを仕掛けてくる女性も多々いる。

 だけど、『そういう関係』の人はいないので、せいぜい僕が死んだところで女性社員はそこそこイケている男がいなくなったという考えしか思い浮かばないだろうし、会社としては働き手が一人減って、誰かを雇用しなくてはいけないとかそんなことしか考えていないだろう。

 ……僕の葬式って誰がやるんだ? まぁ、僕が自分の死についての認識はこの程度でしかなく、それ故に動じることもないのだ。


 「もうなんか疲れちゃった。私がこんなに景気つけで元気よく振る舞っているのが馬鹿みたいに感じちゃうな」


と、頬を膨らませながら不機嫌そうに呟く少女。

 なんだが、精神年齢は見た目相当なのかもしれない。しかし、この子たぶん神様だから、見た目に反してかなり長生きしている部類なのではないか。

 ‥‥‥レディーに対してそんなことを思ってはいけないな。ひとりの男としてやってはいけないことはちゃんとわかるのだ。


 決して、少女に睨まれたとかそういうのではない。決してだ。


ーーーーーー


 「さて、茶番は終わりにして、今度こそ本題に入ろう」


 僕が死んだことや自分が神様だというカミングアウトをまさかの茶番と言いやがった。

 しかし、僕のことはともかく自分のことすら茶番と言ってしまうあたりに、かなりの重要度であるのだなと再認識させるぐらいの言葉の重みはあった。


 「君には、異世界に行って好き勝手してもらいます」


 ……すごく心が揺さぶられるキーワードが出てきた。『異世界』?

 『異世界』だと。

 なんという恍惚とした響きであろうか。なんという、清々しい初夏の風のような雰囲気を持っている言葉なのだろうか。

 しかし、ここで自分の感情を表に出すほど僕は愚かではない。きっと、僕の今の表情はまるで鉄を彷彿とさせるような無表情なのだろう。クール過ぎて周囲の空気が凍ってしまうほどだ。


 「いや、君の顔は今、気持ちが悪いほどににやけているよ」


 ……どうやら違うらしい。


 しかし、これは致し方のないことなのかもしれない、なんて開き直ってみる。

 僕が生きてきた35年間の間にこれほど嬉しいことがあったのだろうか。いや、無いに等しいというか、無いに決まっている。

 僕はこの時のために生まれてきたといっても過言ではないほどの幸福感を今、全身で噛み締めている。だが、僕は死んでいるので、正しく言ってしまえば『僕はこの時のために死んできたのだ』の方が正しいのかもしれない。


 「‥‥‥とても嬉しそうだね」


 まるで残念そうな人を見るような哀れんだ表情で僕を見てくる少女だが、そんな視線でさえも今の僕には何の効果もない。

 きっと今の僕には機関銃を真正面から打たれてもまるで豆鉄砲のように跳ね返す根拠のない自信がある。


<10分後>


 落ち着け。本当にこの少女を信用していいのか?もしも、本当であってもこういうパターンは勇者として召喚されて魔王を倒すのがデフォルトだ。別にこのデフォルトを嫌っているのではない。むしろ万々歳だ。喜んでうけよう。だが、ここで注意していのはさっきの少女が言った『好き勝手』という言葉である。何故、僕がいた世界から人を送って好き勝手させるのだろうか。そもそもなんで僕なのだろうか。そんな疑問が湧水のようにふつふつと湧いて出てくる。


 「君の頭の中というか、思考はまるで山の天候のようによく変わるねぇ。慎重といったら聞こえはいいが、優柔不断とも言えるよね、それ」


 少女が胡座をかいて座ってそんなことを言った。

 まぁ、その通りで言い返せることはなんにもないのだが、せめてなんで僕なのかという理由を聞きたいのである。これでも僕はなかなか融通が利かない性格で、ちゃんとした理由が無いと、その理由がいかなものであれども、気になって気になって仕方がないのである。

 会社の上司にも、それは不便だなと苦笑いされたことがあるのだが、直したくても直しようがないのだ。


 「まぁ、後で言おうと思ったけど、そんなに気になるなら今教えるよ」


 そんな僕の心境を見かねたのか、少女が理由を話してくれるらしい。


 「まぁ、説明するとね。なんで君を異世界、まぁ、正式名称は『ライアール』に行ってもらう理由は単純明快で世界の理の辻褄が合わないからだよ」


 「辻褄?」


 「そう。君は将来的に世界を激震させるほどの人物だったんだよ。日本を越えて世界に羽ばたくはずの人材だったんだよ。いや、それよりもっと凄い。世界を越えて宇宙に飛び出して、私たちの域まで到達していたかもしれない。しかし、何故か君は死んでしまった。突如、君が寝ている間にね。それ故に世界の描いた筋書きを大きく外れてしまうことになってしまったんだよ。小さな人間が君のように死んでしまった場合は別にズレは小さいから修正はいくらでもきくんだよ。でもね、君が死んでしまったことによって世界のズレは大きくなった。君が住んでいた世界はね、ほかの世界にも影響を与えるほどの可能性を秘めた世界なんだよ。だから、このズレはどこかで同じ現象をどこか違う場所で起こさないといけないんだよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


僕は話を整頓するのには自信がある。しかし、今のは例外だ。そもそも、スケールが違いすぎる。

 僕は将来世界に羽ばたく大物になるらしい。否、なるらしかった。それであーでこーで‥‥‥よくわからん。さっきよりも頭が混乱している。


 「まぁ、要約すれば、君が結果として有するはずだった力を君が有して、異世界に飛んでくれれば私としては、いや、神々の立場からしてみれば万々歳なんだよね。因に、君には拒否権はないし、なんでそれで歪みが修正されるのかという原理も説明すると大変長いことになるから説明はしないよ」


 ‥‥‥未だに混乱している僕にそんなことを告げる。心を読めるのにこんな仕打ちとは、案外S気があるのではないだろうか?


 しかし、僕には拒否権はない‥‥‥か。なんだか、頭が段々と冴えてきた。つまりはだ。これは僕にとっては神様からの『罰』というものなのだろう。世界の筋書きから外れた僕にたいしての『罰』。拒否権がないというのは、つまりはそういうことだ。


 だけど、僕にとっては万々歳なんだけどな。


 「つまりはあれだろ。強力な力を持って異世界に転生できるんだろ?」


 「そうだよ」


 「剣と魔法とかあるんだろ?」


 「あるね」


 少女は素直に頷く。


 「勇者みたいに魔王とか倒さなくてもいいんだろ?責任をすべて放り出しても問題がないと?」


 「問題ないね」


 僕は首を縦に振る。


 「それじゃあ、決まりだね」


 にっこり笑う少女だが、なんか顔が怖い。

 そう思った瞬間に僕の手足に丸い光の円が拘束具のような形で出現した。まるで、十字架に貼り付けられたキリストのような体勢になってしまう。


 「な、何をするんだ!?」


 すると、白い少女がいつのまにか僕の前に出てきて手をかざしていた。

 何をするのか、僕は恐怖心いっぱいになり、思わず身じろぎをする。

 けれど、白い輪の拘束具はびくともしない。

 「大人しくしててね」

 そう言うと、白い少女の手の先から僕を灼熱の炎に曝したときと同じように魔方陣が僕の目の前に現れる。

 しかし、先程とは模様と色が違う。


 すると、その魔方陣から小さい魔方陣が現れ、もう一回その現象が起こった。マトリョーシカのような状態になっている魔方陣は僕の方に向いたまま固定されている。


 三つの魔方陣は忙しなく動いていて、それぞれ色も違う。

 そして、その三つの魔方陣の動きが止まったかと思うと、魔方陣の色が背景に同化するような白になり(光っているので微かに見える)周辺の光を急速的に吸収し始めた。何故わかるのかと言うと、あんなに白く陰りさえ見えないような空間が、一面を黒く染めたからだ。


 僕は驚き、少女の方へと目を向ける。


 すると、少女は目を瞑りながら何やらぶつぶつと呟いている。呟いている内容は聞こえないが、僕が予想する限りだと呪文のようなものではないだろうか。あくまでも、憶測である。


 少女は呟きをやめて僕を射止めるような視線で僕を見据える。


 「ちょっと気絶するぐらいの衝撃が来るだろうけど、まぁ、気にしないでね。次に君が意識を覚醒させたときには異世界に転生している筈だから。それと、私たちは君の持つべきはずだった力のことはよく理解できてないけど、君には理解できるんじゃないのかな?」


 もうちょい、説明してくれたっていいではないかと思いながら、僕は顔を横にブンブンと振る。しかし、少女は気にする気配は毛ほどもない。

 目の前の幾重もの白い魔法陣の先端には、何やら白い光球のようなものができていた。最初は野球の硬球程の大きさだったそれが、徐々に大きくなり、今では僕の体全部を余裕で覆うことが出来るほどの大きさになっていた。

 

 ――そして、それを白い少女は、僕に投げやがった。


 視界が眩しい白に塗り潰されていく中、神様であるあの白い少女の名前を聞き忘れていた、と光の球がこちらに迫ってくるなか呆然と考えていた。


 光に包まれながら、まるでその光に意識が溶かされるように、意識が薄れていった。

2015/03/09 修正

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