腐食の主
今回は戦闘描写が入ったので、第三者視点です。
青井は棍棒が迫ってくる中、咄嗟に腕を交差して棍棒の軌道線上を塞ぐ。
だが、思わず反射的に交差してしまった青井は既に後悔し始めていた。
棍棒と腕が接触した瞬間の激痛が容易に想像できたからである。
そして、刹那。
腕と棍棒が接触し、少しだけ空けた腐敗臭が臭う空間に響き渡る鈍い打撃音。
その衝撃は凄まじく、衝撃波が地面を伝わり、その衝撃は凄まじく青井の踝までもが地面に埋まってしまった。
そして、それだけの衝撃が腕を伝わったせいだろうか。
なんとも形容ができない激しい痛みを交差した両腕に感じた。
(これは‥‥‥、スゲェいたいぇ)
この世界に転生して、様々な傷を負ってきて一番損傷が少ない怪我だと言えるのだが、痛いものは痛い。
青井は既に数回死んでいてもおかしくない傷を何回も受けているのだが、だからといって痛みになれるわけでもなかった。
そして、その状態のまま黒い大きな人型と青井が拮抗する。
しかし、状況は黒い大きな人型のほうが優勢だ。
青井は直に腕で強大な力と硬い棍棒を受け止めているからであろう。
徐々に押され気味である。
肉が潰れる感覚が脳を刺激する。
骨に罅が入ってくるのが焦りを加速させる。
腕から行き場を失った血がところどころから噴出すのを視認して、混乱に拍車をかける。
だが、僅かながら残った理性をフルに回転させ、踝まで埋まっていた足を引き抜いて思いっきり足の太腿辺りを蹴り払う。
人型であるが故に、この拮抗した状態では上半身に力を入れていて足元が覚束無いかもしれないという試みだったが、青井の判断が幸をそうしたのだろうか。
青井は黒い大きな人型が、足を薙ぎ払って勢い良く倒れることを目的としたものだったが、青井が思っていた力より、予想を多く越えて足を払って転倒させるどころか、黒い大きな人型の膝から下が丸ごと吹き飛んだ。
その威力に自身が驚いた青井だったが、これは嬉しい誤算であると思い重力に従って倒れる大きな黒い人型の頭部を掴み固定し、そのまま蹴りを入れる。
顔はどちらかは把握できなかったが、恐らく顔に膝がはいったのだろうか。
そして、ここでもやはりというべきなのだろうか。
青井の凄まじい威力を秘めた顔に打撃を与えるどころか、ボールを蹴ったかのように飛んでいく黒い大きな人型の頭部。
その瞬間だろうか。
頭が体から分離したと同時に、黒い大きな塊は黒い液体となり、重力に従って地面に落ちる際に四方八方に飛び散った。
衣服に掛かる黒い液体。
咄嗟に顔にかからないように腕で顔を隠す。
そのおかげで顔には掛からなかったが、衣服が全て黒に染まってしまった。
それどころか、飛び散った黒い液体は半径約一メートルを全て黒に染めていた。
普段ならば、このことに深く考えるはずの青井だったが、今はレイがどうなっているのかということが気になった。
「レイさん!! 大丈夫か!!」
青井は後ろを振り返りながら呼び掛けた。
しかし、返事がなく力無く倒れているレイの姿がそこにはあった。
青井は驚き、急いでレイの下へと駆け付ける。
「レイさん!!」
レイの上体を起こして耳元で大きな声で呼び掛けても返事もリアクションもない。
軽く頬を二回叩くも反応はなかった。
口元に軽く手を当て、呼吸をしているかを確認する。
彼女の口元に手を恐る恐る当てると微かな吐息が手に当たっているのが確認できた。
一応、念のために手首を引き寄せて脈を確認するが、それも正常であった。
レイが無事なことが分かり青井は安心しきってへたり込んでしまった。
それと同時に、腕の痣が痛みだした。
(これはいてぇ‥‥‥。 戦っているときよりも痛みがひどくなっているんじゃないか?)
自分の戦いの 傷をマジマジと見ながら、先程の戦いを思い出す青井。
一瞬の出来事であったが、初めての命のやり取りと思うと背筋が凍る思いであったが、それと同時に始めての戦闘での勝利を収めたということで、充実感が湧いていた。
しかし、その充実感を素直に受け止めさせないように腕の痛みをじんじんと感じているのだが、だからと言ってこれを瞬時に回復させると腕の痣を受けた時の痛を再び感じることになるので気が進まないのである。
(でも、回復させないとこの痛みをずっと感じることになるんだろうな)
それは勘弁だなと感じて、青井は決心する。
腕の痣に意識を集中させて回復を促した。
瞬時にフラッシュバックする腕の筋肉がすり潰される感覚と骨にヒビが入っていく感覚に青井は悶え転げる。
そして、暫くの痛みが続き、そして何事も無かったかのように痛みが治まった。
自分の腕を見ると先程の痛々しい青い黒い痣は跡形もなく綺麗になったことに少しだけ感心する。
(現代科学顔負けだな)
なんて余裕に思ってるぐらいだ。
そして、青井は改めて勝利を実感した。
ーーーーーー
レイを腐敗していた問題の区域から連れ出し木陰に座らせた。
水をかけて起こしてしまおうかと考えたわけでもないのだが、後々の苦情の処理に面倒だと思った青井はそれを実行することはなかった。
そして、青井は服を脱いだ。
別にレイに劣情を催したわけでは当然なく、ただ単に服に付着した黒い液体を洗い流そうとしたからだ。
マアースクルプを展開して、細長い棒を作る青井。
その細長い棒に服の袖を通して木の端端に引っ掻けて物干し竿代わりに使用する。
流石に近くに女の子が気絶している状況下では、ズボンを脱ぐのに恥じらいを感じたからだ。
その上にレイが目を覚まして、青井が邪なことしようとしたのではないかと邪推するのを防ぐためでもあった 。
物干し竿に上着を引っ掻けると、クラインウォータを発動して黒い液体を落とす。
黒い液体は僅かにネバネバと粘着性を保持しており中々に落ちにくかったが、数分間水をかけていると緑色の皮が見えてきた。
そうこうしている内に、青井の背後でガサガサと音が聞こえた。
(レイさんが目を覚ましたのかな? )
そう思い、青井は後ろを振り向く。
そこには、案の定であろうか。
レイさんが目を擦りながら眠たそうに四つんばいでこちらに来ていた。
「‥‥‥アオイさん。なんで、私はこんな場所で寝ていたんですか?」
どうやら寝起きだからだろうか、レイは気を失う前後の記憶が曖昧らしい。
そう判断した青井は、手短に状況説明をした。
そして、状況の説明を完了したところで、レイは考え込む。
そんなレイを見て、苦笑いをしてしまう青井だったが、自分が上半身裸であることに気が付き急いで後ろを向く。
「ん? どうしたんですか? 」
レイはそんな青井の心情を知らずか、いきなり後ろを向いたことを怪訝に思ったのか尋ねてきた。
青井はただ単に恥ずかしいからということを話そうかと思ったのだが、嘘を言ったとして後にばれたときにまた面倒くさいことになりそうな予感をひしひしと感じる青井。
今の現状でも処理しきれないのに、これ以上面倒ごとを増やしてまで恥ずかしさを紛らわそうとは思わない。
「いや、僕って今、上半身裸じゃん? そんな状態で女の子の前に正々堂々と居座るってモラルにかけるっていうか、なんていうか? 」
自分の心情を話すというのはいかにも恥ずかしいもので、青井もその例外ではなく話している途中で恥ずかしくなってしまい、後半を少しだけ曖昧な表現した。
「ふ~ん。 まるで生娘みたいな反応ですね」
「き、生娘!? 」
思いもよらないことをレイに言われた青井は心外であると感じたが、考えても見れば確かに少しだけ女々しかったかもしれない。
しかし、だからといってそこまで度胸も無いのも事実。
そんなモラルと女々しさの板ばさみになっているときレイの笑い声が聞こえた。
「冗談ですよ。 別にそんなこと思っていませんよ。 モラルは大事ですよね」
「あ、あぁ。 大事だな」
思いもよらない手のひら返しに青井は驚く。
基本的に表情が変わらないレイであるが故に、冗談か冗談ではないかをそこまで目が肥えていない青井にとっては判断ができないのだ。
だが、冗談だと分かった青井は内心胸を撫で下ろす。
「それで、あなたが私を助けてくれたんですよね?」
「そうだな」
青井は後ろを向きながら返事をした。
「それじゃあ、礼を言わなければいけませんね」
「そうだな」
「‥‥‥」
だが、お礼の言葉が紡がれることはなく、帰ってきたのは沈黙であった。
後ろをちらりと見てみるとレイが俯いている。
プライドが高いのかそういう理由ではないのかは青井には判断が付かなかったのだが、レイが意識を失っている中で助けられたのが気に食わないということを青井は予想する。
別に感謝の言葉なんか、無理やりに言わなくて良いと感じている青井は、レイに言葉をかける。
「別にお礼なんかただの言葉さ。 無理して言うもんじゃないんだ。 無理して言ったら逆に失礼だからな 」
お礼というのは感謝の気持ちを表すための行動である。
つまりは、そういう感謝の気持ちが無ければ『お礼』なんてただの言葉に成り下がるのだ。
青井は『お礼』をそういう風に解釈しているので、感謝の念の篭っていないお礼を聞くと青井はただの建前の言葉にしか聞こえないのだ。
感謝の念の篭っていないお礼ならば、最初からしなければいいじゃないかとさえ感じる。
「い、いえ。 感謝はしています。 ありがとうございました」
先ほどよりは温和な雰囲気なのだが、やはり声に抑揚が無いのと表情の変化が乏しいせいであろうか、誠意が中々伝わらない。
青井は、取りあえずこれがレイのせめてもの感謝の念なのだろうと思うことにした。
「それでは、再び先ほどの問題の場所に戻って検証を行いましょう。といっても、二人でできることなんて極僅かですけどね」
と、自嘲気味に言うレイ。
先ほど殺されかけたのに、まだそんなことをする気力が残っているのだろうかと感心する青井だったが、目的は検証であり殲滅ではないのだ。
しかも、またあのような得体の知れない化け物が出現したら、森の全体が混乱するだろう。
そう考えた青井は人事ではないと感じ、まだ乾いていない皮の上着を持った。
すると、レイさんがいきなり振り向いた。
いきなりの行動で青井は足を止める。
何故振り返ったのか気になって彼女に問いかけようとしたら、どこか恥ずかしげに顔に手を当てているのが分かった。
どうして、そんな気恥ずかしげな雰囲気を醸し出しているのだろうか。
頬も少しだけ赤くなっている気がする。
花でも摘みにいきたいのか、と少しだけ下品な回答に辿りついた青井であった。
「次にあのような事態になったら‥‥‥」
しかし、どうやら違うことは言葉の出だしで把握できた。
そして、それが自分に対する頼みごとであるというのもなんとなく理解ができた。
そうして、レイは一拍置いて静かに言った。
「先ほどのように守ってください」
そういうと、足早に去っていってしまうレイ。
呆然とその後ろ姿を見ていた青井だったが、軽くその一歩を踏み出す。
思いのほか、茶目っ気に満ちたお嬢さんだな、と軽い感想を抱きながら。
今回は少しだけ女の子らしさというのを描いてみました。
中々に心理描写というのは難しいです。
感想とか意見とかいただければ幸いです。
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