質問
今回は長いですが、説明です。とても長い説明です。退屈するかもしれませんが設定が好きだと言う方にはもってこいだと思います。
「ここでゆっくりしているのもどうかと思いますので、移動しながら話すとしましょう」
普通は逆ではないのではあるまいかと、疑問に思ってしまうのだが確かに時間がもったいない気がするので、僕はそれに同意して立ち上がった。
それを見たのか、レイさんが僕の前を歩き先導し始めた。
いや、僕は目的地がどこにあるのか知らないので、彼女に案内される以外に目的地に到着する術がないのであるが。
「まぁ、私が質問すると言ってもそこまであなたが深刻に思うような質問はしませんよ。尋問でもありませんしね」
淡々という口調に少しだけ身が強ばってしまうが、僕は軽く肩を回してその緊張感を解す。
「それで、一体どんな質問なんだ?」
「あなた、どこから来たんですか?」
僕の方へ振り向かずに僕の今一番聞かれたくないことを聞かれてしまった。
「ちなみに、黙秘権を行使するとどうなるんだ?」
「そうですね。乱暴されたとでも言いふらしましょうか」
なんとも、社会的に抹殺できそうな姑息な手を使うのだろうか。
女子高生の年齢の女の子に言われると尚更だ。
「そうか、はははっ。はぁ。正直に話そうかな」
だが、どう説明したものだろうか。
この世界とは違う世界から来たんだ、とでも言ったら信じて貰えるのだろうか。
目の前を先導しているレイさんの性格を考えてみる。
冷静沈着で僕が見ている間は常に落ち着きを払っており、論理的に話をすることに長けている。
しかも、話している時には宗教的な概念を交えて話していなかったところを鑑みると、神様という存在をそこまで信じていないのかもしれない。
いや、この世界には『神』は存在するが、それが絶対的な存在ではないと認識しているのではないだろうか。
そんな彼女に、異世界から来たんだと言ったらどうなるだろうか。
鼻で一蹴されるところまでは予想することができた。
いや、なんで最初から説明しようとしているんだ。
色々と屁理屈をコネ回して、根本的な話題からそ他のことに話題を逸らすことは良いのではないか?
そうだ、それがよい。
良く上司がやっている責任の在処を曖昧する話術を見ている僕ならばそれをやってのけるはずだ。
汚い大人ならではの発想なのだが、これしか現在の状況から逃げ出す方法はないのだ。
「そうだな、君も知っている通り僕はアルジェントヴォルフが住処としている洋館から来た」
「はい、それは報告によって知らされています。私としてはそれ以前のどうやってこの森に侵入したのか聞きたいんですよ。人間ではない人間のようなあなたが、どういう経路を用いてここに侵入してきたのかを」
やはり、そういうことだろうと思った。
しかし、どういうふうに誤魔化そうか。
「この森は、現在は難攻不落の要塞と化しています。何故かというと、現在は百年に一度の『神森祭』が開催されます」
「それは初耳だな」
それはヒューゼさんからは聞いていない情報であった。
もしかしたら、こんなことを耳にしてしまうと僕がここに残ってややこしいことが起こるとでも思っていたのだろうか。
流石にそこまでは幼稚ではないつもりなのだが、そう思われていたとしたら悲しいモノがある。
まぁ、何百年間も生きているエルフとたかが三十数年間生きてきた僕では、月とスッポン以上であり、僕としては子供扱いされてもおかしくはないのだろうけれども。
「因みに『神森祭』ってどんな祭りなんだ?」
聞き慣れない単語は、脳内で意味を補完してきたのだが、全くわからない単語が出てきてしまった。
しかし、エルフにとっての常識は人間にとっての非常識なのは間違いないと思い、取り敢えず尋ねた。
意味を理解しないと会話の中で支障が出てくることが目に見える。
「え、『神森祭』を知らないんですか?これは世界的でも有名ですよ。やはり、どこか常識的なモノを知りませんね。世間知らずであり、しかし博識であるという矛盾‥‥‥。やはり、あなたは奇妙ですね」
「あはは‥‥‥、それって褒めてるの?」
僕の考えはどうやら明後日の方へ向いていたらしい。
全くの的外れだ。
しかし、レイさんの口調は先程とは違い、どこか僕をからかうような感じで言うレイさん。
やはり無表情なのだが、しかし僕と一緒にいる時間に馴染んだのであろうかガチガチな仕事相手に対応するような態度では無くなったことには気付いた。
だが、しかし、それは逆に言ってしまえば僕が下に見られていることに他ならない。
気軽に話して貰えるということでは個人的には気が軽くなるから良いのだが‥‥‥。
「さて、『神森祭』の話でしたよね。『神森祭』というのは先程言った通りに百年に一度のこの森全体で行われる大祭です。『オーク』や普段は姿を見せない『エルフェ』や『フェアリー』なども姿を見せるといいます」
『リザードマン』?
『エルフェ』?
またまた心躍るような単語が出てきた。
「質問してばっかですまないが、質問していいか?」
「いいですよ?」
「知っていて当然の常識なのかもしれないが、『リザードマン』とか『フェアリー』ってどんな種族なんだ?」
「‥‥‥はぁ、わかりました。いいですよ。お教えしましょう」
呆れたように手をひらひらさせながら言うレイさん。
やはり、常識であったかとレイさんの行動を見て判断する。
表情や声の抑揚で判断できれば楽なことこの上ないのだが、それが通じない限りは動作で判断するしかない。
「まずは、『リザードマン』ですね。主な特徴は皮膚が硬化し、変化しと思われる鱗に、赤い目ですかね。私は見たことはありませんが、この森を最も深く熟知しており、戦闘能力も折り紙付きらしいですよ。まぁ、個体数が少ないのか生息地が離れているせいかは分かりませんが、滅多に遭遇しませんね。私もこの方生まれて一度も見たことはありませんし」
「随分と消極的な種族なんだな」
「まぁ、私もそう思います」
しかしまぁ、『リザードマン』か。
確かに空想上の物語でもそこまででしゃばった作品はそうそう無かったし、そういうものなのかもしれない。
もしもこの森に滞在している期間に会おうとしても会えないかもしれないな。
「次にフェアリーですけど、これは『不可視の存在』です」
一瞬耳を疑った。
「『不可視の存在』?」
僕は疑った言葉をそのまま返した。
すると、首肯するレイさん。
どうやら、僕の耳は可笑しくなったわけではないらしい。
「『不可視の存在』と言われる所以は、普通の人々にはその姿が見えないことです」
「どういうことだ?」
「姿を見えない、というよりは姿を見せないと言ったほうが正しいかもしれませんね。なんでかというと、『エルフェ』自身が気に入った者にしかその姿を表さないからだそうですしかも、見る人によって千差万別な容姿に変身するらしいから驚きですよね」
「へぇー」
やはり、その少女の姿の神様が言っていたとおりファンタジーな世界である。
「じゃあ、レイさんは『エルフェ』を見たことはあるのか?」
すると、少しの間だけ沈黙するレイさん。
そして、その後に首を横に振る。
このことから多少のことながら『エルフェ』が見えなことについてコンプレックスを持っていることが窺えた。
まずいことをしてしまったな。
印象を悪くしてしまったのかもしれない。
ただでさえ手綱を握られているというのに、印象まで悪くしてしまったら最悪だ。
と、いうか、そもそもコンプレックスを刺激したことに罪悪感を感じるのだ。
「その、なんだ。‥‥‥すまないな」
「いえ、別にいいんですよ」
相変わらず無表情と一定のトーンを保っている声に戦々恐々とする。
「そういえばまだ『エルフェ』の説明がまだですね。フェアリーに気に入られると、『エルフェ』を所持している『フェーグリモアール』という魔術媒介を使用することができるようです」
今度は早く言い終えたいのか、一息もつかずに言い切った。
途中で止めた方が良かったのかもしれないが、すると僕がいらぬ心配をしていると逆に敵愾心を煽ってしまうかもしれない。
こういう理論的に考える人は中々にプライドが高い人が多い。
下手に心配してプライドを刺激して激昂してしまったら本末転倒だ。
「話が大分反れてしまいましたね。もしかして、こういう話を逸らすために無知を装っているわけじゃありませんよね?」
あ、そう言えば本来の目的はそれだったんだ。
完璧に心踊っていて本来の目的を忘れてしまっていた。
なんという失態。
なんという無様。
僕はおもちゃを見つけたら真っ先に飛び付く子供か‥‥‥て、若返ってかなり若くなったんだったな。
‥‥‥見た目は子供だったな。
思いのほか精神まで退化しているかもしれない。
気分的には、むしろ進化したつもりだったが身体的な年齢が逆行する、精神年齢までそれに連なり逆行するのかもしれない。
いや、それもいいな。
ごちゃごちゃとしたことを考えないで、楽しめる限り飽きるまで楽しむ。
人を騙さずに、素直に向き合い、仲を深め合う。
それはそれで、素晴らしいのではないだろうか。
ーーーーーー
「それで『神森祭』のことをどこまで話しましたっけ?というか、このペースで話したらいつ終わるかわかりませんね」
そのことについては少なからず後ろめたさを感じている。
しかし、これも仕方が無いことだと理解して欲しいと言うのが本音だ。
無知で無垢なる一般人と察して欲しい。
まぁ、本当に一般人かは置いておいて。
「いや、本当にすまない」
確かにこんな分らない単語にいちいち詳細を尋ねていたら大袈裟ではなく日が暮れてしまいそうだ。
自重しなければなるまい。
「あぁ、確か百年に一度の大祭というところでしたね。それで、何で百年に一度だけ開催するかというと、祭という前提で行われる行事ですけど、これは森に住んでいる種族全体が神に祈る行事ですね。森に恵みを与えてくださる感謝と森の恵みをこれからも供給してくださいという願いを込めるんです。100という数字には最も縁起が良いとされている数字ですので、100年周期で行うのです」
「へぇー、じゃあ種族全体が集まって祈ったら終わりなのか?」
話を聞く限りではなんともつまらない祭としか思えない。
だが、同時に皆一斉に神に祈るということは皆の信仰する神が一緒だということだ。
種族が違えども祈る神が一緒というのは何とも形容し難い素晴らしさなのだろうか。
そういえば、ヒューゼさんからもレイさんからも内輪で争ったことなど全く聞かない。
きっと、人間みたいに欲が丸出しではないのかもしれない。
そして、何よりも信仰する神が同一ならば、争う要因も減るということだ。
アルジェントヴォルフの蔵書保管室に、人間の信仰する三大宗教というものが、簡単な概要に纏められていた本があった。
そして、予想通り宗教絡み裏切りや工作、宗教の腐敗や神々の信託による分裂が書き綴られていた。
勉強にはなり読み進めていておもしろいとは感じたのだが、如何せん内容が濃厚だったせいか、あんなに分厚くて読んだ後には肩が凝る錯覚をしていた文章がましだと思えるようになっていた。
やはり宗教は恐ろしい。
「いえ、そんなことはありません。エルフやオーク等は個体数も多いですし、ある程度俗に染まっているのでそこまで硬派なものでもありませんよ。『神への祈念』が終了した際には、そのまま各種族ごとに屋台やパフォーマンスなどのものがあるらしいです」
おや、僕が想像していた感じでは無いらしい。
「五百年前あたりは硬派な感じで、沈黙を徹していたらしいですけど、人間の文化がこの森に輸入されたときから『新世代』‥‥‥、あぁ。『新世代』っていうのは、戦争後に生まれたエルフのことですね。因みに、私も戦争終了後から長い時間が経っていますが『新世代』です」
聞きもしないことを丁寧に説明してくれるレイさん。
なんとも、心頼もしいのだろうか。
気が利く女性というのは、人としても女性として素晴らしいポイントである。
が、しかし。
戦争終了後と言っても、その『戦争』を知らない僕にとってはその気遣いは意味を成さないのだ。
まぁ、自重すると決めたから後にヒューゼさん宅に戻る際に尋ねるか調べるかしよう。
「その『新生代』は人間の文化輸入に積極的に取り組みました。そのおかげで先入観や倫理観など、論理的で感情論ではない、そういう常識を気付いていったのです。『古い文化に支配された社会は、古い偏見に振り回されて身を滅ぼす』とかいう名言を残したのも『新世代』です。というか、そもそも戦争前はこの森でも内紛が頻繁に勃発していましたからね。『古い偏見』というのはまさにそれです」
「もしかして、森の中でエルフが一番高位な存在であると思っていた‥‥‥とか?」
もしも、これではずれたら恥ずかしいなんてものじゃない。
エルフという種族を貶めた発言でもあるのだ。
奢り高ぶった存在であると言ったも同然なのだ。
そう考えると正解だったとしても褒められた発言ではないだろう。
「その通りです」
どうやら、正解のようだ。
ほっと胸をなでおろす。
「『新生代』は一言で言ってしまえば革命家ですね」
「革命家?」
「はい。旧体制の主導者とよばれる人物たちがいたのですけれども、その方針が『我が種族に全てが屈服すべき』という論理を展開していたらしいんですよ」
「あぁ、そういうことか。森は共有の財産ではなく、いや、森以外の全ての土地でさえエルフの所有物として考えていたのか。それで森に住んでいるオークとかの亜人がそれに反対していたと」
「そうですね。そして、その方針で動いているからいけない、ということと当時は戦争終了後であり弾圧が一段と厳しくなっていましたからね。当時は『新世代』以外のエルフたちも『新世代』と一緒になって主導者の弾圧に抵抗していたらしいですね。人間と親しくしている『新世代』のことをどう思っているのかは知りませんけど」
「じゃあ、『新世代』と人間との仲は良好なのか?」
これまでの説明だとそうなる。
「まぁ、そうですね。『新世代』の指導者たちは人間の社会という荒波に揉まれた人たちですからね。人間の社会でも、エルフの社会でもかなりの地位のある方々です。まだまだエルフが誇り高き種族であると教育されていない『新世代』にとっては正に憧れの存在だったことは確かですね。現在の外交を担当している人も『新世代』の幹部の一人です」
どうやら、人間とは思った以上に親しいらしい。
それじゃあ、僕がフードを被って姿を隠していた意味はなんだろうと思ったが、『新世代』がそういう方針を掲げているだけで、『新世代』以前のエルフたちは納得していないものも多いのだろう。
それ以前にこの森は人間が足を踏み入れてはいけない聖域である。
僕のような人間の姿をした者が堂々と大通りを歩いていたら、快い目を向けられるどころか槍や剣を向けてくるに違いない。
いや、最初にエルフに遭遇したときに僕は爆破されたことを考慮して、槍や剣で刺されるだろう。
多分、ではなく、絶対、だ。
「だけどです。いくら『神森祭』が軟派な祭りになったとしても、『新世代』が人間と親しくなったとしても、人間の姿ととてもよく似ているあなたがこの聖域に入れるはず無い。『神森祭』で森周辺の警備は厳しくなっています。それも選りすぐりの先鋭たちの『結界魔法』と『察知魔法』を二重に掛けてあるという万全な対策をしているのですよ。それを掻い潜って侵入するなんて、有り得ません。それだったら誰かを買収して入ったと言ったほうが説得力があります」
すると、いきなり先導していたレイさんがこちらに振り返り僕に向かって指を指す。
突飛的な行動だったので、少しだけ遅れて立ち止まった。
体と体の距離が近くなるが、助平なことは一切思いつかなかった。
ただ、感情の有無さえ窺えない表情は、本当に何も窺うことができない。
「それに最も納得出来ない事がもう一つあります」
そして、一拍置いた。
「銀色の狼は何故、あなたとそこまでの仲になることができたのか、ということです。私たちエルフはあの狼を懐柔させるために様々な方法を用いたとしています。しかし、どれも成功しませんでした。しかし、この森の部外者であるあなたが、何であの狼に『匿われるぐらいの存在』になったのかが不可思議でたまりません。」
すると、以上ですと付け加えて黙り、前を向いて歩き出した。
これは正直に答えたほうがよいのか、それとも嘘で塗り固めたほうが良いのだろうか。
判断が中々に難しいところだ。
森は進むにつれて、日光が茂る葉に遮られ先が暗くなっていくのが分かった。
さて、どう返事をしたものだろうか。
マラソンし終わった後に、これを書くというのは相当な体力を使っているのです。文章がちらほらおかしくなっているかもしれませんが、すみません。
次回は戦闘回!!ご期待ください。
因みに週に『最低』でも一回なので、そこらへんは理解してくださいね。




