彼女の記憶の断片 3
お久しぶりです。
何か結構過去編が続きますが、次で終わる予定です。
『グランデール条約』の反故から我が種族に嬉しい朗報が続いた。
まずはエルフの里に、新たな生命が三人生まれたことだ。
エルフの出産率は限りなく少なく、数十年に数人程度である。
私たちは性欲というものが、やはり少なく情事を重ねることも少ないのと同時に、妊娠する確率が異常に低いのだ。
故に、これは朗報である。
新生代はこれからの再興に欠かせない人員になるだろう。
故に、エルフにとっては朗報だった。
そして、もう一つはフウリックの意識が無事に回復したことだ。
私たちはそれを盛大に祝った。
何せ、彼女は私たちのみならず、この森の全てを救った英雄だ。
エルフの里では珍しく、夜遅くまで大きな音が森中に響き渡り、誰もが眠らずに自らの命を噛み締めた。
全ては、フウリックがいたからこそ、私たちはこの世界の歴史から姿を消さなかったのかもしれない。
朝方になり、日が登り森をその暖かい光を森中に浴びせる。子供は既に寝静まり、大人は酒に溺れて泥酔してしまっている。
こんな盛大なことは滅多に行われないから、皆が各人楽しんでいたようで、私も満足だった。
しかし、ふと違和感を覚える。
自分でもその違和感が何なのかを考えながら、周りを見渡し、そして気が付いた。
フウリックが何処にも見当たらないのである。
私はまだ騒いでる群を抜けて、フウリックを探しに出掛けた。
ーーーーーー
だが、別に宛がなく探すわけではない。
この時間帯にあの少女が行くところは決まっている。
私は、酒が少々回った酔いを覚まそうと井戸で汲んだ水を飲みながら移動した。
そのお陰か熱くなっていた頭は、ある程度冷めた気がした。
暗かった森は、日が指して幻想的な空間と化していた。
爽やかな風が私の頬を凪ぎ、髪が揺れる。
長い髪を鬱陶しく思いながらも、この風を今日、この時に浴びれたことは感動すべきことなんだな、と分かっている。
目頭が少しだけ熱くなるが、ミットもないので堪える。
さて、森も急な傾斜になってきた。
もうすぐ、目的の場所だ。
長く続いた木々は、突如途切れた。
目の前に広がる広大な空と目の前に聳え立つ『神樹』に息が詰まる。
思わず、その景色に見とれる。
ここはエルフの里を一望できる崖である。
なぜここに来ると予想したのかというと、私もこの明け方早朝にフウリックに無理矢理起こされて寝ぼけ眼を擦りながら連れてこられたことがあるからだ。
朝陽は私を照らし、そこには昨日の雲は何処にもありはしない、快晴であった。
青い空はどこまでも、透き通ってどこまでも広がる世界を彷彿とさせる。
この景色を見るのは初めてではないのだが、しかし、こんな風に景色が見えたのも初めてだった。
何もかもが新鮮だった。
私もこの戦を越えて成長したのかもしれない。
ふと、頬に熱い感触が伝わった。
今日、この時を私は生きているんだ、と感じることができる。
きっとこの感情は私に限ったことではない。
エルフや森の種族全員が、昨日は死と隣合わせだったのだ。
フウリックという少女の存在がなければ、森は焼き払われ、私たちは虐殺、良くても奴隷になって、二度と日を浴びる存在ではなくなったのかもしれない。
だが、今は違うのだ。
私たちは生きている。
「ヒューゼもここにいたんだ」
すると、聞き慣れたら声が私の耳に届いた。
振り向くと、やはりフウリックがそこにいた。
だが、彼女は私の顔を見ると眉をひそめて心配そうな顔をしている。
「‥‥‥なんで泣いているの?」
その一言で我に返り、服の裾で涙を拭く。
どうやら、まだ酔いは覚めてはいないらしかった。
少し恥ずかしい姿を見せてしまったのかもしれない。
だが、涙は止まらなかった。
止まらせることができなかった。
止めど無く溢れる私の涙を見て、あからさまに混乱するフウリック。
「ど、どうしたの!?」
「な、なんでもないですよ」
私は表情を見せないように手のひらで顔を隠しながら口だけ笑顔を保ち、言った。
目の前のフウリックの表情は手で隠されて見えなかったが、足音だけで落ち着いていないのは理解した。
このままでは、悪い。
早く『いつもの自分』に戻らなければいけないと分かっていても、体がその気持ちに反応しない。
感情の波がコントロール出来ない。
もう、このまま全てを吐き出してしまおうかという考えが私の脳内に思い浮かんだ。
いっそ、そうした方が楽なのは事実だ。
言葉にしたほうがきっと楽なのだろう。
しかし、それをして何になるというのだろうか。
私が弱音を吐いたところで、フリックに要らぬ心配を掛けるだけではないのだろうか。
それは――嫌だ。
彼女を育ててきた保護者として、彼女を守る者としてそれはしてはいけないことだ。
私如きが、フウリックに重みを預けることなどしてはいけない。
既に、フウリックは私たちを救ったのだ。
故に、これ以上迷惑をかけることはできはしない。
――それが、わかっていても涙が、止まらないのだ。
悔しい思いで胸の内は一杯であった。
フウリックを頼ってしまったこと。
同志たちを多く失ったこと。
人間に裏切られたこと。
そして、何よりも自分の不甲斐なさに腹が立つのだ。
しかし、そこまで考えてふと前を見る。
いや、顔を手で固定されているような形で前を向かされた。
フウリックにだ。
「言いたいことがあるなら言って!!」
それは、私に向けた言葉であることを一瞬、理解できなかった。
何故ならば、フウリックがそんな怒気に孕んだ声を上げたことを見たことはなかったからだ。
悲痛に歪んだ声ならば聞いたことがあったが、この声は初めてだった。
そして、私に微笑み掛けて言った。
「私は、ヒューゼ、あなたにずっと世界を救う救世主だと言って育ててきたよね」
私はただ黙って頷いた。
口から声が出ようものならば、嗚咽と鼻が詰まった声でみっともないと思ったからだ。
「その時に『救世主』ってどんな人なのかなって考えたの」
私は何も口に出しはしない。
「最初に考えたのは魔王を倒すべき人って考えたの。だけど、それは違うなってすぐに思った」
フウリックは言葉を続ける。
「じゃあ、この世界から戦争を無くすことなのかなって思った。でも、多分それも違うんだろうね」
私は彼女の言葉に耳を傾け続ける。
意識してなくとも無意識的にすべての聴覚が彼女の言葉を聞き取ろうとしていることに気が付いた。
きっと彼女の言葉は天恵と一緒なのだろう。
「じゃあ、根本的なところから見直そうと思ったんだ。『救世主』は世の中を救う人なんだよね。どこの世界でも、人を幸せにすることが出来れば世の中は良くなると私は信じている」
だから、と言葉を一旦区切り――
「困ったことがあったら、私に存分に相談しなさい。私に思いっきり頼りなさい。こんな私だけど、だけど、それでも救えるモノがあるんだったら救いたいと思うんだ。だから、ヒューゼが抱えていることも私に遠慮せず話せばいいと思うよ?」
照れたように、頬を擦りながら言った。
全くこの子は、生粋の『救世主』らしい。
既に涙は収まり、目元が赤いだけであった。
「いえ、もう既に大丈夫です。私の思いは晴れました」
すると、満足げに何も言わずに頷くフウリック。
そして私は改めて言った。
「私達を救って下さって、本当にありがとうございます」
朝方の光を背にして立つ彼女の姿は儚くもあり、美しくそして気高くあった。
ーーーーーー
後日、私たちエルフの里に神からの信託を巫女が授かった。
内容は『人間の勇者が獣人や魔人を連れて、銀色の狼を仲間にしにやってくる』ということだった。
そして、素直にフウリックを彼らの旅のお供にせよ、ということだった。
しかし、結界を張っているのにどうやって入ってくるのだろうとは思ったが、信託の内容にきっと間違えは無いだろう。
数日後、信託通りに勇者御一考がやって来た。
『人間』の勇者である者は、背が高く黒い艶のある髪を持っており、その目は異常に鋭かった。
他にも書類でしか見たことのない種族を引き連れていた。
信託の内容を聞いていると、『人間』の勇者が『奴隷』の獣人や魔人を引き連れているのかと思いきや、そうではないらしい。
首に『奴隷の首輪』を付けていないのでひと目でわかった。
『人間』の勇者以外の話している言語は理解できなかったのだが、仲良く話してることだけは雰囲気で察することができた。
私は『人間』の勇者に自分の娘のように大切にしていたフウリックを渡すのは辛かった。
しかし、フウリックの言っていた『救世主』の定義には誰でも救うことのできる人物だったはずだ。
そんな彼女の育て親が、『人間』であるからにして差別をするのは彼女にとって恥になってしまうだろう。
しかし、話してみると、見た目は厳ついが如何にも好青年という感じの少年だった。
当然、『グランデール条約』という私たちにとって忌々しい名も口から出てきた。
そして、口から出てきた言葉は謝罪であった。
私は特に驚かない。
謝罪は当然である。
いや、それ以上のことも今回のことでは有り得るのである。
しかし、よくよく話を聞いてみると、この勇者はその作戦に反対どころか、その作戦を実行したら国を離反するとまで宣言したらしい。
勇者はとても賢く、自分達の価値を理解しているようだった。
『勇者』とは即ち『神』によって召喚された存在である。
人間での信仰している神は解らないのだが、自ら信仰している『神』というのは絶大に大きい権力である。
私たちが信仰している『風神フランデル』は風を司る。
しかし、女性的なフォルムで描かれることが多い風神フランデルは、またそれとは別に『豊穣』や『大地』を司っている。
この神を信仰することにより、神からの『ご加護』を私たちやこの土地に恵みを与えてくださるのだ。
要するに、土地柄によって信仰する神々は違う。
だが、『神』とはどの種族、どの者にとっても絶対なのだ。
そして、その絶対的の象徴である『神』が直々に召喚した『勇者』を蔑ろにするというのは普通ならば有り得ないことだ。
それこそ『神』の御好意を棒の降る行為であると言えよう。
しかも、そういう宗教だと前提しても『魔王』が出現したこの御時世に自ら勇者を手放す愚行をするだろうか。
どうやら、勇者は有言実行勇気ある行動を取って離反してきたらしい。
現代の王は目に余る行動が多過ぎて、勇者たちも呆れていたようだ。
そして、勇者の話から考えると、どうやら大体の問題は王であるらしい。
その王は、自分が世界で最も偉いという思考を持っており、国民にも自らを神として崇める他に、人間以外の種族の差別などの政策も実施しているらしい。
なるほど。
自分が神という新た宗教のようなものに、古い神かえら召喚された『勇者』とおう存在が邪魔だったのだろうと推測ができる。
まだ、推測だが、これは人間たちの行動に警戒を引いていた方が良いだろう。
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取り敢えず、既に日は落ち暗くなっているので、私たちの里に泊まるように言う。
夜の森はとても危険である。
彼らは雰囲気からしてかなりの手練れだと判断できるが、森に家を構えている私たちですら年間に何人か犠牲になっているのだ。
その事を告げると、渋々と言ったように頷き里へと入っていった。
だが、別に安全面ということだけで保護したわけではない。
フウリックを任すのに大丈夫か『品定め』をさせてもらおうとしようか。
今回は長めの四千文字です。
僕にとっては凄く長い文章です。
質問やご感想など気軽に送ってくだされば嬉しいです。