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アレクシスは野心家?そして・・・

カーテンからうっすらと差し込む朝日を浴びながら俺は寝間着のままベッドの上で正座していた。目の前にあるのはベッドサイドに置かれたルーシー。

ヘッセン教授によって義務化された朝の行事を俺は泣きそうになりながら実行する。

人差し指で不気味な球根をひと撫でし、


「お、おはようルーシー…」


朝のご挨拶。もちろん返事なんてあるわけない。だって相手はルーシーなんて名前がついてはいるが球根なのだ。


「ロジスティス、不気味な球根に挨拶するの楽しいか?」


ちょうど朝の鍛練から帰ってきたアレクシスの白い目が心が痛い。


「聞き返すけど、俺楽しそうに見える?」

「…いや」

「だろ?」

「じゃあなんでやるんだ。薄気味悪いぞ」

「好きでやってるわけじゃないよっ。薬学科の課題だって言っただろっ」


必至に弁明してもアレクシスの病人を見るような目は変わらない。


「そのマンドラーナ、どこか見えない場所にしまえないのか?」

「無理。日当たりがいい場所って言われているし」

「騎士科で噂になってたぞ。その不気味な球根の話」

「だろうね」


確かに誰だってルームメイトが毎朝球根に向かっておはようだのお休みなさいだの言ってれば不気味に思うだろう。

薬学科の新入生の人数が30余名。つまりはその人数分だけ同室者がいるわけで、彼らは毎日同室者が球根こいびとに挨拶してるのを見続けるわけだ…そりゃ噂にもなるだろう。


そのマンドラーナのルーシーですが、胎教がよかったのか根っこが生えてきました。

円を描くように等間隔でならんだ5本の根。根の色が普通に白いのと、球根がメークインみたいな形なのとが相まって、ナマズのヒゲに見えなくもない。

教授曰く、この5本の根が伸びるとそのうち1本に融合して人型にメタルフォーゼするらしい。育てるのが嫌になるから言わないでほしかった…言われなくても育成意欲が上がるわけではないが。


「…教授曰く、おはようのキッスまでするように言われたんだけどさ、さすがにやる気が起きなくて」

「それは…薬学科の教授は頭大丈夫なのか?」

「どうだろうね…」


俺は思わず遠い目になる。この課題(朝の日課)がヘッセン教授の植物へのめくるめく愛ゆえの行き過ぎた課題なのか、それともデフォルトでこういう内容なのかは知る術はない。


「そこまでしないと薬師になれないのか。というかお前そこまでして薬師になりたいのか」

「だって俺一人息子だからうちを継げるの俺だけだもん」


ふて腐れた気持ちで言えば、アレクシスは同情的な視線を送ってきた。


「まあ、その、なんだ。負けるな」


すでに負けそうである。

会話が気まずくなったのか、アレクシスは木刀を壁に立てかけて上半身の服を脱ぎ、汗でぬれた体をタオルで拭き始めた。

授業が始まって一週間。今日は初めての休校日になるがアレクシスが朝の鍛練を欠かすことはない。ふてぶてしい態度とは裏腹に当たり前のようにそれをこなすアレクシスに、なんでそこまでするのか気になった。


「アルスタットは夢ってあるの?」

「なんだ唐突に。近衛騎士を目指してると言ったじゃないか」

「ほら、朝の鍛練とか必死にやってるしさ。だから具体的に何か他に目標とかあるのかなーと」


一瞬アルスタットはびっくりしたような顔をし、次ににやりと笑った。


「そんなの決まってる。上へ行きたいと思うのは男として当たり前だろう」

「…出世したいってこと?」

「ああ。俺はただの下級貴族の3男で終わるつもりはない」


こういう顔もできるのか…子供らしからぬ表情に、俺は複雑な気持ちになる。


「知ってるかもしれないが、貴族の三男四男なんて跡取りのスペアにもならないただ飯ぐらい扱いだ。家を出れば食い扶持は自分で稼がなければならないし、もし俺が将来結婚すれば生まれる子供は平民だ」


アルヴィースの貴族は継嗣以外の子への財産分与は禁じられている。せいぜい子供が独立するときに支度金を用意してやる程度だ。

国民の階層は常にピラミッドを描いていなければいけない。ピラミッドの上層部分である貴族が増え下層の商人農民がそれらを支えきれなくなったとき、国は瓦解する。

貴族でいたいなら婿入りするか、もしくは―――


「功績を上げて爵位をもらうつもりなんだ?」

「そうだ。婿入りして嫁さんの舅の機嫌を伺う生活なんてまっぴらだ。ロジスティスだってそう思わないか?」

「思うけどさ…」


確かにアレクシスはそういうの嫌い…というか無理そうだ。性格ジャイアンなところあるし。

アレクシスのリアリティ溢れた人生計画に俺は切ない気持ちになった。少なくとも俺が前世において本物・・の10歳児だった頃は遊ぶことしか考えてなかったと思う。

幼少時の情操教育如何で人間ここまで違うらしい。やっぱり貴族はよくわからない生き物だ。


「学院生活は俺にとってチャンスだ。この学院は上級貴族や王族まで在学してるんだぞ?知己を得られればそれだけで将来有利だ」

「それ10歳児の言うことじゃないと思う。結婚とかコネクションとか」

「お前も大概だと思うぞ」

「何が」

「貴族の仕組みに詳しすぎる」

「詳しくはないよ。一般常識だろ」

「どこがだ?教会の初等教育ではそんなことは教えないはずだぞ」


変なところで勘の鋭い奴だ。


「…あはは、ちょっと興味があってさ、たまたま調べたことがあって」

「ほら、そういうところも」

「ええ?」

「そつがなさすぎる。貴族どうるいと話している気分だ。庶民臭丸出しのくせに」

「それ褒めてるの?貶してるの?」

「どっちでもない。だが平民の子供と話している気がしないだけだ。騎士科の平民出身のやつはもっと知性がなかったぞ」

「つまりは俺が人生枯れてて爺くさいと?若さがないと!?」

「まあそういうことだ」


ひどい。

容赦のないアレクシスの物言いは俺の繊細な心を抉った。

何か言い返そうとしたが図星なので何も浮かばず口をもごもごさせていると、ドアが盛大にノックされる。


「たのもー!サミュエルいるかー?」


エイベルの声だった。


「いるかー?いるのかー?そーかそーか入るぞー!」


返事していないのに自己完結して入ってきたエイベルにアレクシスは唖然としている。


「おはようサミュエル!朝飯食った?まだなら一緒に行こうぜ!そんで探検の続きしようぜ!」

「…ロジスティス、この礼儀のなってないのない生き物は誰だ」

「失礼なやつだな。俺サミュエルと同じ薬学科のエイベル・アダムス。あんたは?」

「…アレクシス・ギル・アルスタットだ」

「そっか、よろしくな。よければ一緒に探検行くか?」


誘っちゃうんだ!

というか俺行くの決定?

…まあ暇だからいいけど。


「遠慮しておく」


アレクシスは案の定、不機嫌そうに断った。






◇◇◇◇






「――――という会話をした」

「ははははっ、確かにサミュエルってなんか人生達観してるよなっ」


何やら機嫌を損ねてしまったらしいアレクシスを部屋に残し。エイベルと俺は一緒に朝食をとり外に出た。

道すがらすれ違う生徒は休校日なので私服姿がほとんどだが、補習もしくは自習のためか制服姿の生徒も少なからずいる。

道中でエイベルが来る直前のアレクシスとの会話を話したら、爆笑された。


「あはははははっ」

「エイベル、笑いすぎ」

「人生枯れてるって言いえて妙だな!確かに!大人びてるって言うより疲れた大人って感じだよな!ははははっ」


あまりにも笑うエイベルにだんだん腹が立ってくる。

フレッシュさがないのは確かだが、これでも結構頑張っているのだ。周囲が他愛もないことで盛り上がっているのに一人ぽつんと取り残されることのなんと孤独なことか!

薬草園の雑草取りで周囲はやれ芋虫がいただの蜘蛛がいただのでぎゃあぎゃあ騒げるのに、俺はただ一人何の刺激も感じず黙々と草を取り続けるのだ。あんな虫一匹で一喜一憂できるなら俺だってそうしたい。

だが俺からすれば虫は畑にいて当たり前のもので、テンションが上がる材料にはなりえない。滅茶苦茶孤独である。

エイベルはひとしきり笑い続け、ようやく落ち着いたのか目尻に浮かんだ涙をぬぐった。


「あー笑った。でもアルスタットのルームメイトするならサミュエルくらいのやつじゃないと務まらないかもな」

「は?」

「だってアルスタットって結構神経質なくちだろ?あいつのスペース綺麗に片付いてたし」

「…よくあの短時間でよく見てたな」

「親父が整理整頓に煩かったんだよ。特に精霊の住んでた仕事部屋に関しては」

「てことはエイベルも片付け好きなのか?」

「大嫌いだ!俺の部屋はすごいぞ!」

「威張るな!意味ないよねそれ!」

「気にすんなよ。話を戻すけど、そういう気質のアルスタットだから、周囲に埋没して気配の薄いサミュエルなら気に障らないんじゃないか?」


なんだそれ!俺が存在感ないだと!?

つまりは空気扱い。

酷過ぎる。


「2人して酷い…」

「褒めてるんだって」

「嘘つけ…ん?」


丁度校門の前を通り過ぎようとしたとき、門のあたりで言い争う2人組。

一人は女の子で、もう一人はかっちりとした執事服を着た老爺だ。


「…から…ぶ………う」

「そ…わ……んっ」


距離があるので声はよく聞こえない。厄介ごとはごめんだと思い足を速めて通り過ぎようとしたら、エイベルに袖を引かれて立ち止まる。

エイベルの目は好奇心と野次馬根性で輝いていた。


「行ってみようぜサミュエル。面白そう!」

「マジで!?」

「執事だぜ執事!俺初めて見た!」


そうか、王都育ちでメインストリートなどを歩けば貴族や従者を当たり前のように見ていた俺と違い、エイベルは地方の出身でそういったものを見る機会はなかったに違いない。

エイベルの出身地であるザイモン州の州都はアーノルド辺境伯の領地だ。地方にだってもちろん貴族はいるが、王都ほど間近に見れるものではない。物珍しいのは仕方がないだろう。

ハイテンションなエイベルにぐいぐい引っ張られて、縺れるように2人組の方に向かう俺たち。近づくにつれ、声が鮮明に聞こえてくる。後姿なので女の子の顔は見えないが、着ている服は上等だ。


「だから大丈夫だと言っているでしょう」

「なりませんお嬢様!どうか御考え直しくださいっ」

「両親も納得済みだよ。いいからもうじいは帰って」

「お嬢様!」


必死に何かを説得しようとする執事をほがらかにいなし、少女がくるりと学校方面―――つまり俺たちの方を向いた。

エイベルがぽかんと口を開ける。俺もびっくりして目を見開いた。

ふわふわとした長い銀髪を背に流し、永い睫が縁どる大きな瞳は髪と同じ色。日焼けを知らない白い頬、ふっくりとした唇。服装は上等だが動きやすそうなドレスを着ている。人間の持つ生々しさが欠如した、人形めいたと表現してもいい浮世離れした雰囲気。

天使のような容貌とはこのことか。


「ねえ君」


ギャラリーもとい野次馬は何人もいるのに俺と視線がバチッと合ってしまったのは何の偶然か。

少女がにこりと快活な笑みを浮かべると、人形めいた雰囲気が一気に華やかなものへと変化した。


「申し訳ないのだけれど、急ぎの用がないなら案内を頼みたいのだけど」

「はっ、はい勿論暇です!」


エイベル、なぜお前が嬉々として答える。


「な、いいだろサミュエル」

「ああ、うん別に…」


そして流されて頷いてしまう俺。

アイドルに出会ったミーハーのよう……ではなく面白い玩具を見つけた顔であった。


「お嬢様っ」

「彼らに案内してもらうから、もう帰って。これは命令。さ、行こう」


大きなトランクを持ってさっさとこちらに歩きだす少女に、老爺は泣きそうである。ついでに門前に停まった仕立ての良い馬車の御者がハラハラとした視線を送ってくる。

慌てて少女の隣に並びながら、俺は老爺が気になって仕方がない。

…これは老人虐待にカウントされるのであろうか。


「あの爺さん置いてっていいのか?」


おお、珍しく正しいツッコみだなエイベル。


「単に心配性なだけだよ。問題ない」

「ええと、新入生…?」

「うん。事情があって今日到着したんだ」


一週間遅れの新入生って…王道主人公の典型だって思ってしまうのは俺がオタクだったからだろうか。いやでも同じこと考えるやつ結構いると思う。季節外れの転校生とか、入学式に遅れてくるやつとか。そういうのは大概、非日常が始まる前兆だったりする…変な漫画の読み過ぎか。


「まずは寮に行きたいんだけど」


寮か…確か馬車には仰々しい紋章があったな。俺は貴族の紋章の知識はさっぱりなのでなんという家かはわからないが、あの上等な馬車できたのなら貴族寮だろう。


「じゃあ貴族寮だね。こっちだよ」

「いや、貴族寮じゃない」

「??」

「両親が、世間の荒波に揉まれてこいと仰った。ええと…」


少女が案内書を取り出した。


「…第3寮」


……。


「はいっ!?もう一度言ってくれる?」

「第3寮棟って書いてある」


俺と同じ寮!?

どう見たって裕福そうな貴族のこの子が!?


「おいエイベル、第3寮棟って…」

「俺の寮だな」

「マジで!?あんた貴族だろ?」

「まあね」


貴族の、しかも女の子が貴族寮ではなく一般寮に入るとは何事なのだろうか。


「なんでまた一般寮に…」


俺は頭が痛くなってきた。

上位貴族になるほど身辺警護は厳しくなる。平和な昨今とはいえ貴族の子供が警備員も使用人もいない上に掃除当番もある一般寮に!?


「だから両親の意向だよ。君も第3寮棟生なの?名前は?」

「俺エイベル」

「…サミュエル・ロジスティスだよ。君は?」

「…あ、そういえば私も自己紹介がまだだったね」


女の子らしくないさっぱりとした口調で、少女は名乗った。




「私はリアン・アリステア・イシュルフィード。専攻は魔法科だ。6年間よろしく」



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