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オリエンテーションはどこもカオス

薬学科の施設は意外と広い。理由はもちろん、薬草の栽培も授業内容に含まれているからである。

薬草園といっても一か所で全て作れるわけがない。

通常の薬草園と毒草を同じ場所で栽培できるわけがないし、寒冷地や熱帯で生息する薬草は当然ハウス栽培だ。他にも日光を嫌う薬草のために地下室で栽培しているものもある。

ハウスの薬草園は2か所あり、内部には一定間隔ごとに精霊石が配置され片方は雪景色、片方は真夏状態だ。


「すげえ…どうやってんだこれ」


エイベルは精霊石のこういった使い方は知らなかったみたいで、呆気にとられた顔が面白かった。


「ああ、上級の精霊石を使ってるんだよきっと。あとは契約精霊がいるんじゃないのかな。エイベルの家にもあったんじゃないの?鍛冶屋だし」

「炉に炎の精霊が住み着いてたけど…精霊石でこんなこともできるんだな」


精霊石とは魔術と錬金術の合作で、錬金術師が製錬した素石に魔術師が精霊の力を込めたものだ。

魔法と魔術の違いは、自身の魔力だけで発露させるものが魔法、精霊などの力を借りるものが魔術である。

科学が発展していないこの世界では、精霊石は生活に欠かせないツールだ。

素石に光の精霊の力を込めれば発光するので照明になり、水の精霊の力を込めれば浄水器代わりになる。炎の精霊石なら火種、氷の精霊石なら保冷剤だ。

庶民の家でも大抵あるのが光の精霊石と水の精霊石だ。特に光の精霊石は、安くはないが消耗品である蝋燭を買い続けるよりはお得であるし、悪霊よけにもなる。炎や氷の精霊石を買うかはそれぞれの家庭によりけりだ。

精霊石の価格は、力を込める精霊の数によってかわる。人にあまり懐かない闇精霊、その数自体が僅かしか存在しない時空精霊の精霊石は目玉が飛び出るくらい高価である。

ちなみに俺の実家は薬屋なので、時空精霊石以外はある。薬の調合は火加減調節と温度管理が大事だからだ。闇の精霊石は危険薬品の制作過程に使われるので、俺はまだ扱ったことがない。以前こっそり触ろうとしたらこっぴどく叱られた。

薬の貯蔵庫は年中ひんやりだったので、夏場はよく入り込んで涼んでいた。ビバエアコンもどき。


「炉に精霊が住んでるってことは、エイベルの家は代々鍛冶屋だったんだな」

「一応な」


精霊は古い場所や物を好む。大昔からある森、古い宝石、代々受け継がれる家宝などは永い時を経て霊性を帯び、精霊を引き寄せるのだそうだ。

エイベルの家の炉に炎の精霊が住み着いていたということは、少なくとも100年以上前から大切に使われてきたのだろう。

大切に使われ続けてきた物には使った人々の魔力や想いが移る。精霊がそれに棲んだあとも永く大切に使い続ければ、いつかその精霊は使い手を守る守護精霊となる。

ということはエイベルは親のあとを継げば精霊の加護が受けられるのに、蹴飛ばしてきたということになる。


なんと勿体ないやつだ。俺がエイベルだったら絶対に鍛冶師選んでる…!


と思ってしまうのは、前世と合わせれば四十路のフレッシュさのない枯れた精神のせいだろうか。


「サミュエルはあんまり驚いてないな」

「俺の家、薬屋なんだ。両親とも薬師」

「なるほど、それでか」

「そこ、私語は慎みなさい」

「すみません」

「すんません」


ヘッセン教授の叱責が飛んできて俺たちは口をつぐむ。


「毒草や危険植物のある薬草園は大変危険ですので上級生以外立ち入り禁止です。絶対に入らないでください。もしも悲鳴や助けを求める声が聞こえたら、自分は入らずに教師や6年に報告するように。間違った正義感はさらなる被害を生むだけですよ」


被害って。

悲鳴って。

ということは悲鳴を上げて助けを求めるような危険な植物が学院に平然と植わっているってことだよな。


「教授、質問です」

「なんですかロジスティス」

「悲鳴を上げて助けを求めるって、どんだけ危険な植物植えてるんですか」

「まあそれなりに」


質問した俺に、やたらいい笑顔で答える教授。

なに、その曖昧な答え。


「でも大丈夫。育てていれば愛情も湧いてくるんですよ。慣れればあの仕草も可愛いですし」


一体なにが植わっているんだ!

植物の可愛い仕草って何だ!?


「上級生になったらご紹介しますね」


しなくていい。むしろされたくないと思うのは俺だけだろうか。

この先生、間違いなく植物オタクだと確信した瞬間だった。


「こちらが薬学科の用具倉庫です」


次に案内されたのは、古いがしっかりとした造りの小屋。薬草園などの畑仕事で使う器具を収めた用具倉庫だ。


「薬草によって必要な道具は違います。これらの器具もしっかり覚えていくように」


内部は整然と整理され、道具ごとに分けられて収納されている。


「…これ、本当に農作業の道具なのか」


俺の隣でエイベルがぼそっと呟いた。俺も同感だった。

鋤や鍬、シャベルやハサミはいい。それらの横に平然と居座っているホイッパー、穴あきお玉、バナナハンガー、果てはハケや踵を磨く軽石まである。

調合の実習で使うならわかるが、ここは農器具の倉庫である。なぜキッチン用品が置いてあるのか。


「…そのうちわかるよきっと。ここに置いてあるならいずれ使う機会がある」

「すっげえ気になるんだけど。もったいぶらないで教えろよサミュエル」

「いや、俺も知らないし」

「そうなのか?薬屋の息子って言ってたから詳しいのかと思ってた」

「簡単な調合とか薬草の種類ならわかるけどさ。買ってた材料も多いし。少なくともうちで育ててた薬草はこんなもの使わなかった」


お前の家は鍛冶屋だけど自分で鉄鉱石を掘って製鉄するわけじゃないだろ、と言えばエイベルは納得したように頷いた。






一通りの施設を回った俺たちは、教室に戻った。


「明日から授業開始です。一限目は薬草園で農作業となりますので、作業着に着替え第2薬草園に集合してください。基本的に薬学科は1限目は必ず農作業です」


うげ、初っ端から肉体労働か。これで2限目が座学だったら眠いこと必至だ。居眠り対策をしなければ…。

飴でも持って来ようと心に決める。成績が悪かったら嬲り殺される…お袋に。昨夜の夢が現実になってしまうことだけは避けたい。


「座学に必要な教本は配布したプリントに書かれていますので、そちらで確認してください」


説明するヘッセン教授の顔は厳格なものに戻っている。

さっきの笑顔はどこにいった。教授のデレは植物限定なのか。


「日直ですが、名簿順で期間は一週間交代とします。なので…アッカーソン、今週はあなたです」

「はい」

「では少し早いですが、本日はこれで終了とします」


ただのオリエンテーションなのに、精神的に妙に疲れた一日だった。


「サミュエル、まだ時間あるから探検に行こうぜ」

「いいけど」


エイベル、お前元気だな…

若いってすごい。俺も肉体は10歳児だが。


溌剌と誘ってくるエイベルに、精神年齢の差をひしひしと感じた俺だった。















◇◇◇◇
















「へえ、面白そうだなその薬草園」

「それが本当に薬草園なのか怪しいけどね」


エイベルに連れまわされて、開放されたのはとっぷり日が暮れてからだった。寮の違うエイベルと別れて部屋に戻ると、アレクシスも帰ってきていた。

ちょうど夕食の時間で、そろそろ食堂に行こうかと考えていたらアレクシスの方から誘ってきた。断る理由もなかったので承諾した。

どうやら今のところ、俺はアレクシスに嫌われてはいないらしい。

夕飯のメニューはレンズ豆と鶏肉のトマト煮込み、付け合せの芋、キャベツの酢漬けとパンだった。


「アルスタットのほうはどうだったの?」

「お前と大してかわらない。授業内容の説明と監督生の紹介と施設案内、自己紹介とストリップ…」


なんか最後に変なのが混ざってる。


「変わらなくないよね、明らかに最後に変なの混ざっているよね。アルスタットはストリップしたわけ?」


オリエンテーションでストリップってどんなオリエンテーションだ。全員で裸体の見せっこでもしたのか。

やめて、野郎が脱ぎぬぎし合っている光景なんて考えたくない。まあ10歳児だから絵づら的にはまだマシなのだろうが。

というか騎士科には少数だが女の子もいるはず。彼女たちも脱いだのか。だめだ、倫理面でもっとアウトだ。。

そしてアレクシスもそれに乗っかってしまったのか?その時の俺は間違いなくゴミを見るような目をしていたと思う。

アレクシスが慌てて否定してきた。


「いや、脱いだのは監督生の先輩だ。男の監督生が新入生おれたちに『日々の鍛練を欠かさず、私のように美しい筋肉を身につけろ』と言い出して」

「ナルシストかよ!」

「女の監督生が『お前の筋肉のどこが美しいのだ』と言い返し」

「ツッコみどころそこじゃないと思う」

「そしたら男の監督生がムキになって『なら見せてやろうじゃないかッ』となり、脱ぎはじめ」

「脱いじゃうんだ」

「その女の監督生は貴族出身で、『こんな場所で裸体を晒すとは恥知らずな!』と叫んで」

「先生なにしてるの!?」

「『もう少し下半身の筋肉をつけておけ』と仰った」

「そこなんだ。止めるんじゃなくてむしろ加わっちゃうんだ!そして下半身まで脱いだわけっ?」

「パンツは脱がなかったぞさすがに」

「あたりまえだ」


なんてこったぃ。いいのか騎士を育成するところがそれで。

薬学科の監督生も変なコンビであったが、騎士科の監督生も変だ。普通監督生とは他の生徒の模範となる生徒がなるものじゃないのか。

しかも先生負けてない。同レベルだ。


「で、アレクシスはマッチョを目指しちゃうわけ?」

「違う!俺が目指すのは騎士だっ」


よかった。ルームメイトがマッチョ目指して毎夜部屋でマッチョポーズに励んでる生活なんて嫌すぎる。

心の中でげっそりしながら肉にフォークを突き刺した。口に入れると肉汁とソースの味が口いっぱいに広がる。ほんのりした甘味と酸味が絶妙で、臭み消しに入れられた香草がいいアクセントになっている。


「騎士科ってどういう授業内容になるんだ?」

「座学だと礼儀作法や式典・祭典のこととか騎士の心得、他国の作法や文化、あとは戦術その他」


俺には無理そうな分野だ。特に作法などは一朝一夕では身につかないので、日常生活でも実践して体に叩き込むしかない。

貴族の子弟ならば幼いころからある程度の行儀作法は身についているだろうが、庶民がそれを身に付けるとなると大変だ。

騎士科の半分以上が貴族子弟なのはそういった理由もあるだろう。貴族なら作法は幼いころからある程度学んでいるはずだ。


「俺からすれば何百種類もある植物の名前を延々覚え続けることの方が難しいと思うが」

「得意分野は人それぞれってことだろ。俺暗記は得意だけど体動かすの嫌いだし」


おれはレンズ豆をスプーンですくって、パンに乗せて齧りつく。美味い。

アレクシスもパンを千切っているが、テーブルにはほとんど零れていないし、姿勢も綺麗だ。育ちの差がありありと出ている。

ここで姿勢が悪いだの食べ方が下品だの文句を言ってこないアレクシスは、貴族だけどマシな方だなと思う。


「明日から授業だけどさ、薬学科は一限目から農作業だよ。二限目絶対に眠いと思う」


ぼやくと、アレクシスは小馬鹿にしたように笑う。


「軟弱者だな」

「騎士科と一緒にしないでほしい」


こちとらインドアな薬師志望者なのだ。

体育会系な薬師なんて…いやカリーナ先輩みたいにバイオレンスな例もある。決めつけはいけないよな、うん。

お袋なんか薬師も戦士もこなせるハイスペック人間だ。ちくしょう、なんで俺にはチートも才能もないんだ。

……考えるのはよそう。悲しくなってくる。



とりあえず、アレクシスが危ない道に入らないように気を付けよう。



自分の心の平穏のために俺は心に固く誓った。



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