ぼーい・みーつ・ぼーい?
―――後年、俺の自宅が許可してもいないのに魔法実験場と化した原因は、やつと学院でルームメイトになってしまったことだ。
王国歴284年
王立ローベルス学院。
アルヴィース王国が建国されたその年に創設された伝統ある学院だ。
広大な敷地に学舎や訓練施設、図書館、学生寮はもちろんのこと各地から集められた様々な分野の学者や研究者のための研究施設まである。
母親に押し切られこの学院に入学した俺の最初のミッションは、寮で自室の確認と荷物の搬入であった。
全寮制であるこの学院では、奨学生も多く抱えているためある程度の家具が揃っている。豪商や金持ちの貴族の子供らは自前で家具を持ち込んだりするらしいが、平民の俺には関係のない話だ。
そう物持ちでもない俺の荷物は大きめのトランク1つである。足りないものは買い足せばいい。
寮は一般寮と貴族寮に分かれており、俺がはいるのはもちろん一般寮だ。詳しいことは知らないが、貴族寮は寮費の他に維持費その他色々と金がかかるらしい。
入学案内書にを見ながら自室を探す。第3寮棟の……
「……42号室」
不吉な数字であった。日本なら部屋に使わない数字だ。
42部屋。
死に部屋。
言い換えればデスルーム。
当然この国の公用語は日本語ではないので42号室からデスルームを連想する輩はいないだろう。
もしくは俺と同じ日本からの転生者がいれば話は別だが。
……後にこの部屋はリアン・アリステア・イシュルフィードの実験場と化したせいで『リアンのデス★ルーム』というふざけた名称で呼ばれることになるのだが、むろんこの時の俺は知る由もない。
ネームプレートには『サミュエル・ロジスティス』『アレクシス・ギル・アルスタット』とある。
貴族かよ…と俺は憂鬱な気分になった。ミドルネームがもてるのは貴族だけだ。だが貴族寮ではなく一般寮にいるということは貴族寮の寮費は払えない準男爵や騎士爵家などの下級貴族だろう。貴族寮の寮費は高額なのだ。
貴族は貴族で固めてほしいと思いながらドアを開けた。
十畳ほどの部屋で、左右にそれぞれベッドと机、本棚とクローゼットがある。広くはないが十分だ。トイレと風呂は共同である。
ちなみに貴族寮はすべて個室で、それぞれにトイレと風呂がついているらしい。さすが金持ち。
寮棟はHの形をしていて片方が男子寮、もう片方が女子寮だ。男子寮と女子寮を繋ぐ中央に共同玄関、食堂、談話室などがある。
食堂だが食券を買う必要があり昼はやっていないので敷地内の購買かカフェテラス、もしくは外で済ませることになる。
外泊したい場合は外泊届を出す必要がある。男子は女子寮に入ってはいけない。寮はそれぞれ寮母と生徒の中から選ばれた寮長が統括する。
俺は左右の各スペースを比べてみたが特に差はないので左側を占拠することにした。もし文句を言われたら替わればいい。
床にトランクを置きベッドに寝転がった。荷解きはルームメイトが来てからでいいだろう。そう考えて俺は目を閉じた。
◇◇◇◇
『エル、落第だなんてどういことー?』
憤怒の形相のお袋が佇んでいた。
その手には真っ赤なテスト用紙。名前の欄にはとこには俺の名が書かれている。
『まさか赤点とってくるだなんてー…』
『お、お袋…』
『うふふふ、お仕置きね』
次の瞬間お袋の全身が光りだし、あまりの眩しさに目を閉じる俺。光が治まり目を開けると―――
『さあ、覚悟なさいエル』
右手にペティナイフ左手にフライパン、レザーアーマーの上にフリルエプロンつけたお袋。
『ちょ、まってお袋落ち着いて!』
『喰らえファイア~ボンバー!』
『装備と技名違いすぎだろおおおおおっ!?』
突撃してくるお袋に俺は絶叫した――――……
「~~~~~ッ、ッ!?」
ガバっと跳ね起きると、見慣れぬ壁。まだバクバクと疾走している胸を押さえ、慌てて周りを見る。落ち着け俺、ここは寮だ。お袋がいるはずながない。
……よかった、夢だった。
冷や汗をびっしりとかいた額をぬぐう。夢のお袋の格好は俺の妄想の産物ではなくリアルだ。夫婦喧嘩の時にはマジであんな装備で激突している。
お袋の父親…つまり俺の爺さんは冒険者だったらしく、小さいころからショートソードやナイフの扱いは一通り学んだとか。
その成果が発揮されるのが夫婦喧嘩の時って…なんか空しい。才能の無駄遣いだ、絶対。ちなみに俺も教わったが才能は皆無だった。
「―――ようやく起きたのか」
荒い息を沈めてると、不機嫌そうな声がかけられた。向かいのベッドに腰掛けてる少年。金髪碧眼で、将来テンプレな美形顔になること間違いなしの顔立ちだった。
「ええと、君がアレクシス・ギル・アルスタット?」
「それ以外に誰がいる」
「そ、そうだね…」
偉そうにのたまうアレクシスに、俺はどんな話し方をすればいいのか悩む。相手は貴族だ。
「俺はサミュエル・ロジスティス…よろしく」
「知ってる。ネームプレートにかいてあったからな」
「あ、そう…」
か、会話が続かない…っ!必死に俺は会話の糸口を探す。
「アルスタット…って呼んでいい?『様』をつけたほうがいいかな?」
「別につけなくてもいい。というかつけたいなら最初からつけろ」
「そ、そうだね…」
ドヤ顔で言うアレクシスに俺はムカッとしつつもほっとした。貴族なルームメイトに初っ端から下僕認定されることはなさそうだ…今のところは。
少しだけ気が楽になった俺に、今度はアレクシスから会話をふってきた。
「お前の専攻は?」
「主専攻は薬学科だよ。副専攻は魔法科。君は?」
この学院では同じ主専攻の生徒同士が極力同室にならないよう配慮されているので違う学科だろうと思い聞いてみた。
昔は同じ学科同士を同室にしていたらしいのだが、あるとき問題が起こった。当時の騎士科の中でいじめのようなことが起こり、寮での暴行行為にまで発展した。
ルームメイトも加害者側であったため事態の発覚が遅れ、被害にあった生徒は病院送りにされ退学。それ以来違う学科同士を同室にするようになったらしい。
違う学科なら成績や学科内での人間関係などの軋轢は生じにくいだろう。確かに職場でも家の中でも同じ人間だけしかいないのは鬱になる。学業と私生活はワンクッションおいたほうが円滑に進むものだ。
前世で山奥のリゾートホテルで働いてる友人がいたが、そこの寮での人間関係は壮絶だったらしい。
その友人は女性だったが、酷い時にはAVの女優の顔をその友人に挿げ替えた画像が寮内に出回ったこともあったらしい。誰がやったのかは終ぞわからなかったが、恐ろしい悪意と執念だ。
やはり公と私生活と分けることは大事だ。
「騎士科だ。近衛騎士を目指している。副専攻は魔法科」
「へえ。じゃあ副専攻のときは授業一緒かもな」
やはりアレクシスは騎士爵か、下級貴族の次子以下の生まれだろう。アルヴィース王国では貴族が勝手に領地を分割して子供に与えることは禁じられている。
跡取りになれない者は自分で身を立てなければならない。騎士や官吏が一番の安定職なので人気だ。
「お互い頑張ろう」
「ああ」
偉そうな態度は癪に障るが悪い奴ではないのかもしれない。何なんとかやっていけそうだ。
「ところでロジスティス」
「なに?」
胸を撫で下ろす俺に、アレクシスは思い出したように言った。
「俺はベッドは左側のほうがいい。場所をかわれ」
「う、うん…別にいいけど」
やっぱりきたか。
荷解きしなくてよかった…と思いながらベッドから降りトランクを右側に移動させる。俺の一連の動きを偉そうに見ていたアレクシスは、当然といった風に言い足した。
「だがお前の寝転がっていた寝具は使いたくない。マットレスも換えろ」
「…」
「ついでに荷解きも手伝ってくれ」
前言撤回。
俺、こいつと上手くやっていける自信ない。
のそのそとマットレスを移動させながら、俺はこれから始まる6年間を思い憂鬱になった。