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進路は親の敷いたレールの上


別に英雄願望がなかったわけじゃない。

せっかく剣と魔法のファンタジーな世界に転生したのだ。勇者とか大魔道士とか冒険者なんて男の浪漫じゃないか。

そんな厨二な妄想を繰り広げていた時期もあった。さて自分にはどんなチートがあるのか!?と色々試してみた幼少期。

だが期待はことごとく打ち砕かれる。

身体能力は普通であったし、魔力もあるけど平均よりちょい下くらい。前世の知識だってあまり役立たない。

一時期みそだの醤油だのを切望したが、作り方なんてしらない。便利な機械の使い方は知っていてもどのような構造をしているかなんて知らない。

大半の人間がそうだと思うし、例にもれず俺もその一人だった。役立ったのは算数くらいだ。

1年くらいで諦めた。大人しく両親のあとを継ごうと決心した。


そもそもにおいて、痛いのも苦しいのも嫌だし他人のために身を削るなんてもっての外と思っている俺に英雄なんて無理なのだ。







◇◇◇◇








王国歴283年





この世界に転生して9年。

俺の運命の分かれ道は、幼年学校の卒業を半年後に控えたある日のことだった。


「エル、進学先なんだけどー、王立ローベルス学院にしない?」


クッキーの生地をこねながらお袋が言った。

この国では6歳から10歳まで教会が運営する学校で読み書きや算術などの初等教育を無償で受けることができる。

その後は進学するなり職人に弟子入りするなり、奉公にでるなりと進路は人それぞれだ。

俺の場合、両親が営む薬屋を継ぐことになっているのだが、それには進学が必須である。

薬学や錬金学、魔術師などの職業に就きたい場合は、国立の学院で学ばなければならない。

魔術師の場合は稀に独学で名をあげるものもいるが、まともな公共機関に勤めたければ学院卒は必須だ。

だが当然ながら学院に入るには金がいる。幼年学校で優秀な成績を修めれば奨学金も受けられるが、そんな人間はごく一部である。


「・・・・・・お袋正気?ボケた?ひっ?」


思わず聞き返した俺の頬すれすれの場所をペティナイフが高速で駆け抜け、背後の壁にずっぷりと突き刺さった。

長年使いこまれたお袋愛用のペティナイフはそこらへんの魔法剣よりも威力がある。

用途は主に夫婦喧嘩のときの武器だ。普通に料理に使えよ、包丁可哀そうじゃないか。


「ほほほ、何か言ったかしらー?」

「何でもありませんっ!」


俺の中では隣の州にあるビアレスク学院を考えていた。

お袋の言う王立ローベルス学院は王都にある国内有数の学院である。

全寮制で、期間は6年。薬学科はもちろん錬金科や魔術科、家政科や騎士の卵を育成する騎士科まである。

大貴族の子弟も多く通うそこは、当然ながら学費が高い。ビアレスク学院より3~4割は高いはずだ。

貧しくはないが裕福でもない俺の家の家計は大丈夫なのか。


「ローベルス学院て学費高いじゃん。払えんの?途中で中退させられるの嫌なんだけど」

「相変わらず現実的ねーエル」


金は天下の廻物。平成でサラリーマンしてた俺はそれを身にしみて知っている。


「てか、あそこ簡単に入れるとこじゃないじゃん。貴族とかならともかくさ」


貴族を多く受け入れるため、入学審査がかなり厳しいと聞いている。

輝かしいまでに平民である我が家なんて門前払いではなか?という俺の懸念をお袋は一笑した。


「ああ、入学審査のこと?それなら問題ないわよ」

「なんで」

「我が家はこれでも王都で代々続く薬屋なのよ?」

「歴史が長いだけの、いつ潰れてもおかしくない弱小のな」

「んま、失礼ね」

「本当のことだろ」



この前の大風のときなんか家ごと吹き飛ばないかヒヤヒヤした。

日本と違い石造りの家なので木造より頑丈だろうが、はたから見ても明らかにボロい我が家。ドアの立て付けも悪く開閉するたびにギィギィと不快な音が出る。

この前大通りに新しくできた薬屋のせいで客足も減り、いつか倒産するんじゃね?と思っている。

来る客といえば何年も前から代わり映えしない面子ばかりで、新規顧客の獲得の努力が全く見られない、そんな薬屋である。


「辛辣ねーエル。でもねー」


母のこの間延びした口調だけは何とかならないものか。

普段はいいが真面目な話をしているときはイラッとくる。

もちろんお袋を母親として受け入れているし、愛情だってある。むしろこんなへそ曲がりの餓鬼を可愛がってくれているのだから感謝している。

不気味なほど手のかからない不自然な子供である俺だが、一人っ子かつ遅くに出来た子供であることが幸いしたようだ。

長く子供に恵まれず30代半ばを過ぎてからようやく授かったらしい。つまりお袋の体力は10代20代の母親と比べれば劣っていたわけで。

何年か前に俺と同い年の親戚の子供を預かったことがあった。当然のことながら年相応に暴れ放題でやんちゃし放題の子供で。

その世話のあまりの大変さに、お袋は親戚が帰ったあと『もうやらない』と宣言した。

同時に『エルが落ち着きのある子でよかったわー』としみじみ言われた。おかげで無理に子供らしくすることなく済んでいる。


「母さんもリヴァルもローベルス学院出身だから、審査は問題ないはずよ」

「何それ初耳なんだけど」

「だって聞かれたことないし。母さん寂しいわー」


リヴァルとは親父のことである。


「薬学科の教授の中には母さん達がお世話になった方もいるし、どう?」


にっこりと笑うお袋。よほど俺をローベルス学院に入れたいらしい。

どう?とか言っているがこれは決定事項だろう。家計と台所を牛耳るお袋は我が家の最高権力者だ。

お袋のこの笑顔に逆らえるものはうちにはいない。逆らえば食事が酷いことになる。

俺は別にどうしてもビアレスク学院に行きたいわけでもないので、


「ああ、うん。いいよ学費に問題ないなら受ける」


なかば投げやりに俺は答えた。


「決まりね!それじゃあ試験がんばりましょっ。まあエルは頭がいいから筆記は問題ないと思うけど」


それは前世の貯金である。

だがそれが通用するのは一般の算術だけだ。

学院に入学すれば魔法理論なんかが数式に加わってくるので俺の知識圏内を突き破ってくるだろう。

基礎はかるく学んだがナニコレ何の呪文?みたいな領域である。


・・・・やべ、不安になってきた。






そうしてお袋の言われるままローベルス学院を受験することになった俺。

あの時ビアレスク学院にしておけば、もっと俺の学生生活は平穏だったろう。

後になって嘆くも後の祭り。


王国歴284年、俺は王立ローベルス学院に合格した。














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