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合同校外実習


学院生活も落ち着いてきたある日。

その日最初の座学の時間、教室に入ってきたヘッセン教授は分厚い紙束を抱えていた。しかも、機嫌がいいのか鼻歌を歌いながら。


「おはようございます」


教授が機嫌よさげな挨拶とともに、日直が号令をかける。


「おいサミュエル、先生やたら上機嫌じゃね?」

「植物がらみじゃないの?また新しい植物を入荷したとか」


礼をして着席すると、教授はさっそく持っていた紙束を配り始めた。エイベルがまわしてきた紙束を受け取って一部とり、隣に回す。


「「…合同校外実習?」」


表紙にでかでかと書かれてる文字を、エイベルと同時に読み取った。


「配り終わりましたか?では説明を始めます。表紙に書いてあると思いますが、一学年合同で校外実習を行うことになりました。実地場所はロトス森です」


途端にざわつく教室内。

ロトス森は王都から北西に半日ほどの場所にある森だ。峻嶮マリス山脈の裾野に広がる豊かな森で、王都の貯水庫とも言われている。

鹿やイノシシ、キツネなどの野生動物が多く生息し、薬草なども数多く自生している。

マリス山脈から始まりロトス森を通縦断しいくつもの支流に分かれて流れるリマ川には森の栄養分がふんだんに含まれ、王都周囲の穀倉地帯を支えている。


「静かに。実施は一週間後になります。細かい日程は3ページをよく読んでください」

「活動は個人行動ですか?班でですか?」

「合同実習と言ったでしょう。もちろん個人行動は禁止、班で行動してもらいます」


まあ、そうだろうな。

いくら強い魔物が生息していないとはいえ、一年生がロトス森で個人行動なんて危険である。学園側も危険な場所をコースに組み込まないとは思うが、子供という生き物は往々にして突飛で意味不明の行動を起こすものだ。


「班は各科の生徒を取り混ぜた混成班になります。編成はこちらでいたしました。各科で課題が設けられており、班全員の課題をこなして合格となります」

「薬学科の課題はなんですか?」

「5ページを見てください。薬学科の課題は薬草採集です」


それどれ、と一覧表をざっとみる。

リム草を3株、カジュの木の葉を5枚、ミミル水草1株、シャシャの青苔3セメル四方とある。1セメルは1.5センチくらいなので、5センチ弱分ほどとってこいということだ。


「げ」


エイベルが嫌そうな顔をした。


「どうしたんだ?」

「俺、ミミルの水草苦手なんだよな…」

「ああ、あれか」


ミミルの水草は流れの穏やかな川の浅瀬や泉に自生しているが、掴んだ感覚がねばっとしていて、納豆のヌルヌルによく似ている。

ちょっとすえたようなにおいもするので、苦手なひとも多い。二日酔いに効果抜群なので非常に需要の高い薬草である。酒場には常備薬として置かれているし、休日の朝などには前日の夜に飲み過ぎてグロッキーになった亭主の悪態をつく主婦が何人も店を訪れる。

俺の実家の薬屋で商品の回転率が一番いいのは間違いなく二日酔いの薬であろう。2番手は手荒れ・あかぎれ用クリームで、主に家事に追われる奥様方に人気だ。


「前に親父がふざけて飲むか?って言ってきてさ、親父よく飲んでる薬だったから美味いのかと思って飲んでみたら……で、それ以来トラウマ」

「薬師がミミル水草を嫌がってどうするんだよ。これからいっぱい使うぞ」


戦時中や魔物の生息地域以外の薬師の主な調合しごとないようはもっぱら二日酔い、感冒薬、胃薬、切り傷擦り傷などの軽傷の傷薬、そして湿布薬の作成である。

これを嫌がったらやっていけない。


「わかってるけどさ」


むうっとむくれるエイベル。よっぽど父親に飲まされた薬が不味かったらしい。


「それぞれの薬草の採集ポイントはこちらが設定したコース上にありますので、図書館でどの薬草がどこに生息しているかチェックしておくといいかもしれません。言っておきますが、指定された数量以上の採集は禁止です。必要以上の乱獲は生態系の破壊につながりますからね。地図は最終ページにあります。次に班編成ですが―――6ページをみてください。」


ページをめくると薬学科の生徒の班編成一覧であった。班は基本四人一組で、一つの班に各学科の生徒がランダムに組み込まれている。薬学科は全体の人数が少ないので各班に一人ずつだが、人数の多い科は一班に二人いるところもある。

ええと、俺の班は…と上から順繰りに自分の名前を探す―――あった。


第19班

サミュエル・ロジスティス(班長)   薬学科

アリス・ハミルトン          錬金科



「……え」


自分の班の名簿を見た俺の顔は引き攣っていたと思う。

まず俺。次に錬金科のアリス・ハミルトン…知らない名前だ。問題はその下である。


アレクシス・ギル・アルスタット    騎士科

リアン・アリステア・イシュルフィード 魔法科


なんでリアンとアレクシスの名前が並んでる!?


「……うわあ、サミュエルの班すげえ楽しそうだな」

「楽しくない!なにがどうなってこの面子!?」

「リアンだろー、アルスタットだろー、おまけに錬金科のハミルトンかよ」

「知ってるのか?」

「え、サミュエル知らねえの?」


質問を質問で返される。交友関係の広いエイベルは外の学科の噂にも詳しい。ぼっちが苦でない俺とは正反対だ。


「錬金科のハミルトンといえば、鉱物を偏愛する変わり者って有名だぞ」


鉱物への愛なら丸1日語れるとか、鉱物へ捧げるポエムを詠うだとかエイベルが語るハミルトンの情報に、俺は頭を抱えたくなった。つまり俺の班は―――、


「……なんか、面倒なやつばっかり集まってないか?」

「そうみたいだな」


どうしてこうなった。しかも俺、班長なんですけど。


「あの、教授。班員の交換とかはありですか?」

「もちろん禁止ですよロジスティス」


つい挙手して質問した俺を、教授は笑顔で清々しく切り捨てた。


「ちなみに、この班員構成の基準は?」

「本人の性格と適性で組ませていただきました」

「………俺の班、なんか偏ってません?」

「班長は大変でしょうが、貴方なら上手く乗り切れると信じていますよロジスティス」


つまり俺は、スケープゴートらしい。爆発してしまえ教授!


何で俺が班長なんだ。アレクシスが俺の言うことを聞くか?何故お前が班長なのかとぐちぐち文句を付けられるのが目に見えるようだ。

当然ながら、その日ストレスでまったく授業に身が入らなかった。


「…なんだ、元気だせよサミュエル」


だったらこの位置かわってくれエイベル。






◇◇◇◇





「なんでお前が班長なんだ」


やっぱりきたか。

その日の最後の授業であるハウスで栽培の薬草の手入れを終えて使った器具を倉庫に戻し、薬学科の施設が集まる校舎を出ると、渋い顔のアレクシスが待ち構えていた。訓練中怪我でもしたのか、頬にガーゼをあてている。

第一声がそれとは、よほど不服であるらしい。


「よおアルスタット。その顔どーした?」


エイベルが空気を読まずのん気に挨拶する。お前、大物になるぞ。

アレクシスはぎろりとエイベルをにらみ、


「模擬戦でへましただけだ。それよりロジスティス、校外実習の班編成のことだ」

「ああ…うん。俺たち同じ班みたいだね。よろしく…」

「それはどうでもいい。なんでお前が班長なんだ」

「文句なら教授に言ってよ。俺だってびっくりしてるんだ」

「よりにもよってお前の下につかねばならないとは……ッ」

「俺だってやだよ」

「なに、俺と同じ班が不服というのかっ?」

「班長が、だよ」


ぼそっと呟いたのをしっかりと拾われ、俺は勤めて冷静に訂正する。

……やばい。もうくじけそう。


「でもそう決められたんだから仕方ないだろ。実技系の課題は成績にも影響大きいから、是非とも成功させたい。不服だろうけど、協力してくれる?アルスタットが手伝ってくれるなら課題もきっとスムーズにクリアできるよ」


こういう輩にはちょっと下手に出る方がいい。へたに強気でいくより、適度にプライドをくすぐったほうが本人もやる気が出るだろう。どうせやることは同じなのだから、双方気分よくやった方が上手く回る。

案の定アレクシスは若干機嫌を直し、


「……そうだな、どうせなら良い成績でクリアしたい。手伝ってやろう」

「よろしくね。騎士科の課題は?指定ポイントでスタンプ集めとか?」

「ああ。全10か所のポイントに判子が隠されているから、それを探し出して台紙に押せばいい」

「なるほど」

「そっちは薬草採集か?」

「うん」


11歳ではさすがに狩り系の課題はないだろうと踏んでいたのだが、予想通りで安心した。上級生になれば魔獣を狩って素材を採取する課題も増えてくるらしい。


「アルスタット、指定ポイントの地図持ってる?」

「これだが…」


アレクシスから渡された地図と薬学科の地図を地図を見比べる。


「…やっぱりな」

「なにがた?」

「アルスタット、今度の休み予定空いてるか?打ち合わせしたいんだけど。あ、エイベルの班もやっておいたほうがいいと思う」

「なぜだ?」

「? どーいうことだサミュエル?当日話し合えばいいんじゃないのか?」


エイベルとアレクシスが不思議そうに聞き返してくる。


「課題のルートを見たとき、やけに広範囲に散らばってるなと思ったんだよ」


そう、採集品目の数は多くはないのに、広範囲かつ使用できるルートが多い。これは他の学科の課題も含めてルートが作成されているということだ。ましてや今回学院側指定の班で行動ということは、チームワークが問われるということで。


「―――事前にお互いの課題内容と最短ルートを確認しあい、班員それぞれの課題をみんなで団結してこなせってことだと思うんだ。学科が、課題が違うから知らんぷりでいいなんてことじゃ、班を組む意味がない」

「…言われてみればそうかも」

「一理あるな」


納得してもらえたみたいだ。


「あ、いたいた。サミュエル、アルスタットも」


薬学科の校舎から、リアンが小走りでやってきた。そういえばリアンは副専攻は薬学科だった。ちょうど薬学の座学があったらしく、さっきまで俺とエイベルがいた薬草園ではなく校舎の中から出てきた。


「こんにちはレディ・イシュルフィード。この度はよろしくお願いします」


輝くような笑顔で挨拶するアレクシス。

変わり身早いなおい。

歯が白くキラリンと光る幻覚が見えた。


「よろしくね」

「リアン、早速だけど魔法科の課題は?」

「精霊スポット探しだよ」


精霊スポットとは、文字通り特定の精霊が多く集まる場所だ。清らかな水が湧く泉には水の精霊が多く集うし、何百年も生きる古木には木霊が集う。


「精霊スポットはそれぞれの属性の精霊力が満ちているから、それを素水晶に吸収させて提出するのが課題」

「了解。リアン、今度の休み空いてる?」

「空いてるよ。作戦会議かな?」

「正解」

「じゃあそれまでに、図書館で精霊スポットの場所を調べておくね。アリスにはもう声かけたの?」

「まだだよ。って、知り合い?」

「うん、顔見知り程度には。何だったら今から錬金科に行ってみる?付き合うよ」

「じゃあ行ってみようかな」

「俺も行こう」

「んじゃ俺は自分の班員に声かけてみるわ。サミュエル、また明日な~」


エイベルがひらりと手を振って離脱し、俺とリアンとアレクシスで錬金科に突入することになった。




錬金科の変人アリス・ハミルトン。

どんな人物なのだろうか。



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