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役者はそろう?

周囲には焦げ臭い匂いが立ち込めている。かすかに残る黒煙は、マリリンであった残骸の周りを名残惜しげにたゆたっている。

俺は燃えカスを払いながらなんとか起き上がった。地面に打ち付けられた背中が痛い。頬がちりちりとするのは火の粉がかすめたからだろうか。

ヘッセン教授は呆然と辺りを見回した。

転がる俺とエイベルとターナー先輩、泥だらけだがドヤ顔のリアン、勝鬨を上げるキャロッティー達…かなりカオスな光景である。


「ここにいたマリリンは…?」

「そこかい!」


教授の第一声に俺は思わずツッコむ。

まあ、予想通りというかなんというか。


「え、ええと」

「マリリンは…そう、なんと言えばいいか、新世界に旅にでたというか」


へらりと引き攣った笑みを浮かべつつ、誤魔化しにかかるターナー先輩とエイベル。

2人とも、嘘がへたくそ過ぎるぞ。もう少し平静を装おう。


「そ、そうそう。新世界に旅に…そうだよなサミュエル」


新世界ではなく冥府にな。


「本当ですかロジスティス?」


なんで俺に聞くの教授!

ここは監督生に聞くところだよな。

板挟みになった俺は、友情と正義を天秤にかける―――かけるまでもないけど。ここは正直に言った方が傷は浅いに決まっている。

しかしどう言ったものか…と悩んでいると、リアンが挙手した。

燃えカスを指さし、


「マリリンだったものです」


平然とのたまった。

エイベルと先輩の努力を華麗に破壊したリアン。ムンクのような顔になるエイベルと先輩。


「これが…マリリン?」

「その通りです。元、ですが」


リアンが指さした燃えカスを見て、教授は震えるような声で確認する。


「私の…ッマリリンが…っ」

「先生、学園の備品では?」

「私のマリリンが~~~~~っ!」


聞いちゃいない。

泣き崩れる教授。燃えカスを手に取り頬ずりするさまは痛々しいまでに悲哀に満ちている。

教授、折角の化粧したお顔が真っ黒になっちゃいますよと言おうとしたが遅かったようだ。すでに教授の顔はすごいことになっている。

どうでもいいですが、ちょっとは生徒のこと心配してほしいと思うのは俺だけだろうか?


「だ、誰がマリリンを殺したのですか…っ」

「私が火炎魔術で焼き払いました」


殺したって随分な物言いだな。

教授の悲哀など意に介さないかのように、淡々と述べるリアン。肝が据わっているのか、それとも気が付いていないだけか。


「なぜ…っ」

「この薬草園から叫び声が聞こえて、踏み込んだところそちらの上級生がマリリンもといムシュシュ草に食われかけていました。そしてエイベルとサミュエルも捕まって触手プレイを強要されたあげくジュニアの危機でしたので、焼き払った次第です」

「触手プレイじゃないからね!ただの捕食だから!」

「でも触手プレイって言ってたじゃない、先輩もサミュエルも…ところで、触手プレイってなに?」

「聞かないでっ」

「気になる」

「ターナー先輩パスッ」

「ええ!?俺!?無理っ」

「年長者でしょうっ」

「言いだしっぺお前じゃねーのっ?」

「10歳児に説明させるなんてどんだけ鬼畜なんですか!」

「10歳児は普通触手プレイなんて知らないっての!ダメだからね!1年生に触手プレイの意味なんて教えたら俺カリーナにお仕置き……それいいかもしれない」

「あんたMか?Mなのか先輩!?」

「まてサミュエル。そういや先輩説明会の時にSMプレイとか言ってたぞ」


思い出した。確かにそんなこと言ってたな。

この先輩の性癖は十代少年の若さゆえか、それとも真性の変態なのか。


「どさくさに紛れて聞き損ねてたんだけど、お嬢さん誰?」

「そういえば。見ない顔ですね」


今気づくのか先輩&教授よ。


「諸事情により入学が遅れましたリアン・アリステア・イシュルフィードです」

「ああ、あなたが。ということはイファナの娘ですね」

「そうです」

「イファナ?」

「母のこと」

「リアンの母ちゃんがここの卒業生なんだな」

「うん」

「なるほど、よく似ています。初めまして、薬学科教授のヘッセンです」

「貴女がヘッセン先生ですか?母から話を聞いたことがあります」

「彼女は優秀な生徒でした。主専攻は魔法科と聞きましたが何故ここに?」

「サミュエルとエイベルと探検していました」

「…ロジスティス、アダムズ。この薬草園から悲鳴が聞こえても、決して入ってはならないと説明したはずですが?」

「それをリアンに言う前に悲鳴が聞こえたものだから、リアンが飛び込んで行ってしまったんですよ。それでなし崩しに」


教授は真偽を図るように俺の目をじっと見、嘆息した。


「まったく。事情が事情ですし、今回だけは不問にいたしますが…次に貴重な植物を殺したら相応の罰を受けてもらいますからね」

「いや、燃やしたのはリアンなんですが…」

「わかりましたか?」


悪鬼の形相だった。化粧が崩れて煤まみれで、目が真っ赤で髪を振り乱している。まさに鬼女。


「は、はい…」

「アダムズもいいですね?」

「…はい」


気迫に負けて、俺たちは力なくうなずいた。




…でも、殺すって表現はないと思う。焼却といってくれ。






◇◇◇◇





「楽しかったねサミュエル」


…それはリアンだけだと思う。

寮への帰路、リアンは実に満足げににこにこと笑っている。全身ムシュシュ草の粘液と泥でデロデロの俺は、当然ながらくたびれきっている。

あのあと、新しいムシュシュ草の苗を植えるのを手伝わされたのだ。新しいムシュシュ草の名前はモンロー。

燃えたのがマリリンで、植えたのがモンロー。前世の某女優を連想してしまった。

そのネーミングを心底やめてほしい。美女=食人植物のイメージが俺の中で固まってしまったらどうする。美女がいても喜べなくなるなんて男として悲しすぎる。

エイベルは中身もしっかり10歳児なので平気だろうが、俺にとっては軽くトラウマものである。

そのエイベルは寮が違うので、さっき別れた。

寮に帰ったら速攻でシャワーと洗濯だ。


「お腹すいたね。食堂やってるかな?」

「寮の食堂は昼はやってない。購買部に行くか食べに行くかしかないよ」


すでに時間は15時に近い。

昼食を食べ損ねてしまったのだが、思い出したら急にお腹が減ってきた。

だがシャワーを浴びて洗濯をして、そのあとに購買に買いに行く気力はない。マダム・ベルに頼み込めばパンか果物くらい分けてくれるだろうか。


「ロジスティス、その小汚い格好はどうした?しかも妙な臭いもするな」

「マジで?」


玄関に入ったところで、図書館に行っていたのか本を数冊抱えたアレクシスと鉢合わせをする。アレクシスは俺のデロデロの姿に、嫌そうに顔をしかめた。

大方、俺の心配より部屋が汚れないか懸念しているに違いない。


「色々あったんだよ」

「どうでもいいが、俺のスペースには足を踏み入れるなよ。ついでに窓も開けておけ」

「そう言うと思ったよ」

「ところで、そちらのレディは?」


視線を隣のリアンに向ける。リアンも泥だらけなのだが何もつっこまないのは、汚れてても貴族とわかる服装と顔立ちだからだろう。


「えーと、入学が一週間遅れたんだって」

「私はリアン・アリステア・イシュルフィード。第3寮に入ることになった」


キラリ、とアレクシスの目が光ったのを俺はしっかり見た。アレクシスは俺には絶対見せないであろうにこやかさで、


「私はアレクシス・ギル・アルスタットです。6年間よろしくお願いします」

「気色悪…いてっ」


思わず正直な心境を漏らした瞬間、リアンからは見えない角度で容赦なく踏まれる足。そうか、貴族連中はこうやって見えない場所でけん制し合っているのか。


「よろしく。じゃあ私はここで。今日はありがとうサミュエル、またね」

「うん、またね」


バイバイと手を振り、銀糸の髪を翻して軽やかに寮に消えていくリアン。

手を振りかえしていると、俺の肩をがっしりアレクシスが掴んできた。おい、汚いのは嫌なんじゃなかったのか。


「おい、なんでお前がイシュルフィード家のご令嬢と親しげに話しているんだ?どんな関係だ」

「関係って…エイベルと探検に行く途中で遭遇して、寮まで道案内した後に一緒に探検した仲だけど」

「なんで俺も誘わなかった!」

「誘ったし!」


なんという理不尽な言いがかりだ。


「行かないって言ったのはアルスタットだろ」

「彼女も行くとは聞いてない」

「飛び入り参加を予測できるわけないだろ」


言い募ってくるアレクシス。

そんなにリアンと仲良くなりたいのか…まあ立身出世を望むアレクシスには是非とも結んでおきたい縁故なのだろうが。

あからさますぎるぞ。

しかももし一緒に探検についていていたとしても、親交を温めるどころかマリリンに喰われて性転換の危機に陥っていただろう。行かなくて正解だ。

これ以上付き合ってられんと足早に部屋に向かう俺の後を追ってくるアレクシス。

すれ違う寮生は、全身泥だらけの俺に好奇の視線を向けてくる。いつものアレクシスならばこの状態の俺に近づきもしないだろうが、今日はリアンという餌に釣られているらしい。


「待てロジスティス」

「仲良くなりたいなら自分で話しかければいいだろ」

「お前のルームメイトということで近づいた方が自然だろ」

「俺には関係ないし」


投げやりに言ったところで部屋に着く。さすがに俺のスペースには入ってこず、物言いたげな視線を向けてくる。

俺はクローゼットから着替えを一揃えと入浴セットを出す。


「彼女の専攻は聞いているか?」

「ああ、主専攻が魔法科で、副専攻が薬学だってさ」

「俺も副専攻は魔法科だが…そこから攻めるか」

「勝手にすれば?んじゃ俺シャワー浴びてくる」


くたびれきっていた俺は、珍しく乱暴な口調で言い捨てながらシャワールームに向かったのだった。


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