表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第一部 第4章

 穏やかに5年の歳月が流れた。人々は平和や自由の意味や価値さえ忘れたかのように思えた。しかしそんな中、水面下では不穏な蠢きが脈動していたのだがそれに気づく者はいなかった。

 PSIによる特別独立自治区は六道町をモデルケースとして各地に広がりを見せ始めていた。政府の方針にも転換が図られ、今やPSIは迫害される対象ではなく、特殊な個性として認められつつあるかのように思われた。そうした中から能動的に地位の向上を求める者達が現れるようになったのは自然ななりゆきだったのかもしれない。 

 きっかけは急速に拡大するPSI勢力から派生した政党の誕生だった。PSIS第二都市とでも言うべき天道町の『新しい秩序の党』代表増田アキラはPSIによる政党参加を宣言した。 


 モーテルから避難してきた子供たちも健やかに成長し、それぞれに働き場所を見つけていた。アリシアやサラスは府馬博士のもと助手として働くようになっていた。

「お昼にしましょ!」

 計測機器のデータとにらめっこしているアリシアにマチヤが声をかけた。彼女は今託児所で子供たちの世話をしているのだが、昼食時は抜けだしてサラスやアリシアと共にするのが日課になっていた。

 アリシアは若干15歳であったがもともと聡明であった彼女は博士の片腕と言われるほどの存在になっていた。意志の強さを示す凛とした瞳にはかつての弱々しさはうかがえなかった。

「だめでしょ、またさぼって」

「さぼってません、今はお昼寝の時間ですから。それにゾウもいるし」

「またゾウに押し付けてきたの?しょうがないわね」

「でもゾウはああ見えて子供たちに人気あるのよ。ゾウもまんざらじゃないみたいだし」

「あんまりゾウに甘えてるとそのうち怒るかもよ」

「え~ゾウは怒らないよ。怒ったところ見たことないもの」

 食堂には先にサラスも来ていた。彼女は挨拶もそこそこに二人に促した。

「例の政治家がテレビで演説してるわよ」

 増田アキラの政見放送が国営放送で全国に中継されていた。所員たちの張り詰めた雰囲気からなにか不穏な空気が読み取れた。

 増田はまずPSIに対する政府の過去の迫害の歴史について語っていた。だが佳境に入ると熱を帯びた弁舌は過激さを増して行った。そして頂点に達したとき、声高に叫んだ。

「PSIよ今こそ立ち上げれ!そして奪え!支配せよ!」と。

「PSIは人類の進化である。旧人類は新人類によって淘汰されねばならない。それが自然の摂理である。彼らベーシックがなぜわれわれPSIを迫害するのか?それは彼ら自身がその事実を認識しているからに他ならない。彼らは既得権益に群がる老害である。速やかに政権を移譲すべきである。それがなされぬ場合、力による支配もやむなしと考える。PSIは人類に取っての希望の光である。誇りを持て!そして立ち上がれ!奪いとり、君臨せよ!」

 研究所でも新しい秩序の党はよく話題にあがっていたのだが、支持者は主に増田の活動拠点である天道町に限定されており、ここでは彼らに賛同する者は少なかった。したがってまるで現実感のない話のように思えていたのだった。だがこの演説がもたらす影響の危惧は、さすがに六道町の人々にも緊張を呼び起こした。

 そんな折り、事件は起こった。PSI弾圧の急先鋒として名を馳せたことで知られるある議員がなにものかにより暗殺されたのだ。現場の状況からPSIによる犯行とみなされた。  

 この事件はベーシックのPSIに対する不安と嫌悪、憎悪を加速させた。天道町に対する風当たりは特に強く、軍部の介入を望む声が高まっていった。

 さらに各地でPSIを弾圧する動きが見られるようになると、増田はそれに対しこれ以上の弾圧、制裁行為が続くようであれば宣戦布告する旨メディアを通じて通達した。

 六道町ではこれら一連の成り行きを一時的なこぜりあい程度に考え、府馬博士主導により話し合いによる平和裏の解決を探るための介入が図られた。

 だがその見込はあまりにも甘すぎたことをすぐに思い知らされることとなった。事態は破滅へと続く最悪のシナリオに向かっていたのだった。

 その日、マチヤは悪夢にうなされて目が覚めた。嫌な寝汗をびっしょりとかいていた。これが予知夢であるならば恐ろしいことになる。

「天道町に死の光が降り注ぐ」

 すぐさま博士に伝えると博士は強く懸念し、その予知夢の内容を天道町に伝えるべく連絡を取ろうとした。だが時既に遅く、すべては終わった後であった。

 その日、天道町はこの世から完全に消滅したのだった。


 天道町消滅のニュースはPSISのみならず世界を震撼させた。なにも残さず巨大なクレーターとなった町の映像を見て府馬博士はなにが行われたのか理解した。コードネームインドラ、衛星からの反粒子レーザーが最大出力で照射されたのだ。それは警告や仕置にしてはあまりに惨い仕打ちであった。

 これに対しPSISの各地の過激派は結束し反政府の軍隊を組織し抵抗に出た。

だが衛星レーザーの照射は有無を言わせぬ圧力となり、町ごと人質に取られる格好となった反政府軍はしだいに動きを封じられて行った。このまま大人しくして事態の収束を待つしか無いのか?だが政府の考えはまったく別のところにあったのだ。その意図はPSIS壊滅にあったのだった。

 天道町消滅から丁度一週間後、インドラは再び発動し、またひとつの町を根こそぎ消し去ったのだった。

 この事態を受け、六道町でも緊急の集会が開かれた。もはや対岸の火事ではなくなったのだ。

 ホスト役の府馬博士は言った。

「この町を捨てよう」

 今インドラの光に焼かれれば全ては消えてしまう。それを逃れるためには分散するしか無いと。だがそれは安全地帯から外界に飛び出すことになる。

「逃げてどうなるんですか!?」

 大人たちから声があがった。出たところでPSI狩りから逃れることはできないと言う。

「戦いましょう、最後の一人まで!」

 博士は苦渋の表情を浮かべた。

「いくらわれわれが力をもっていても多勢に無勢だ。力を過信しては無駄死になるぞ」

「ならば考えがあります」

 そう言って立ち上がったのは光の盾代表のマルタだった。

「精鋭部隊による隠密行動でインドラを掌握します。そしてそれを逆手に取り政府の中枢を乗っ取ります。つまり―」

「クーデター」

 リクドウ・エンジェルのアマンが続いた。この両グループの関係は例の一件以来良好な状態にあった。

「博士、インドラは大規模なエネルギーを消費するため短期間で連続照射できないと聞きましたが本当でしょうか?」

 博士は頷いた。

「うむ、最大出力の充填には少なくとも7日間は必要とされておる。二回目の照射が天道町の一週間後であることもそれを裏付けておる」

「ならば今日を含めて6日間の猶予があるわけですね?」

「しかしインドラの管制室があるのは軍の施設の中と思われる。二重三重の警備の中辿りつくのは困難を極めるぞ。おそらくは政府のPSI部隊も配備されている。どのような戦いになるか予想もつかない」

「このままじっとして滅びるのを待つよりましです!」

 それまで黙って聞いていたシシオが口を開いた。

「博士は以前PSIは人類の新しい形、未来だと話して下さいました。ならばわれわれは人類の未来の為に生き残らねばなりません。いや、そうなるはずだと信じています。ボクはこの町を捨てるくらいなら戦います」

 博士はもはやなにも言わなかった。彼らの未来は彼らが決めることだ。かつて人の未来を弄んできた自分になにが言えよう。

 こうして6日間を期限とする小さな戦争が始まったのだった。


 直ちに死地に赴く精鋭部隊が募られた。光の盾本部の地下に集まったのはマルタとアマン、そしてシシオとシンバの4人。

 さらに志願してきた若者が一人。ドアを開けて入ってきたときシンバはすぐに気付いた。以前やりあった仲だったからだ。

「シュウマ・・・」

「シンバにばかりいい格好させらんねえよ」

 もう一人、意外な人物が訪れた。

「私たちも仲間に加えてもらえないかね?」

 誰あろう天道町消滅以来行方知れずになっていた増田アキラだった。彼は腕利きのSPを伴っていた。増田の登場に驚く一同だったがそのSPの風体も異様なものがあった。彼は両目を手術後の患者のように包帯でぐるぐる巻きにしていたのだ。

「彼の名はアカと言う。腕は確かだがそれ以上に今回の任務に欠かせない存在だ」

「と言うと?」

「軍の施設はテレポートによる侵入を拒む結界が張られているのは承知だろうが、そのため制御室に入るには虹彩センサーによる認証をパスする必要がある。彼はそのスペシャリストとでも言っておこう。それと彼は目は見えないが超音波の能力を有しているのでコウモリのように暗闇でも問題なく行動できるのもうってつけだろう」

 その後、夜を徹して作戦会議が行われた。軍の施設とその内部に詳しい増田の情報は貴重なものとなった。彼の存在により漠然としていた計畵が具体的な形を伴ってきた。

「もっともやっかいなのは」

と増田が言う。

「政府のPSI兵士どもだ。やつらはこの数年の間にめざましく進化している。彼らは戦闘に特化した能力を身につけているのと同時に死についての恐怖が取り除かれている。いくら君たちでも正攻法で戦うのは無謀だ。だが心配はいらない。彼らの性質を逆手に取ればいいのだ」

「なにか良い方法でも?」とアマン。

「彼らは政府の重要人物には危害を加えることのできぬようプログラムされている。例えば軍の重要なポストにあるものや政治家たちだ。そしてそれを判別するためにチップが入ったカードが用いられているのだ。これがそうだ」

 増田は名刺サイズのカードを見せた。本当にこの程度のもので欺けるのだろうか。いぶかしがる一同に増田は言った。

「騙されたと思って携行したまえ。お守りだと思って」

「言っておくが」アマンが釘をさす。

「われわれはあなたの主義主張に全面的に賛同しているわけではない。それどころかあなたの先走った言動がわれわれPSIを窮地に貶めたのではないかとさえ考えている」

「うむ、言いたいことはよく分かる。だが遅かれ早かれいずれはこうなる運命だったのだよ。だがまあ、今はその議論はやめにしないか。今なにをなすべきか考えよう」

 その言葉に皆も押し黙るほかなかった。

 決行は次の日の深夜。それまではめいめい思い思いの時間を過ごすことになる。


 シシオはその頃にはサラスと一緒に暮らすようになっていた。サラスは彼が行くことを止めることはしなかったが自分も一緒に行くと言った。治癒能力は役に立つはずだと。

 だがシシオはここにとどまるように言った。必ず戻ってくるからと。サラスはその時は暖かいスープでもてなすことを約束した。だがお腹に小さな命を宿していることは言い出せないままだった。

 アリシアとマチヤ、ゾウは戦闘には向かないと思われこの町に残ることになった。特にマチヤはその予知と感知能力ゆえ離れるわけには行かなかったのだ。ただこのところ頭に靄がかかったようで未来が見えないと言っていた。なぜだかとても頭が重いと。おそらく彼らの任務の成否次第で変化するアンバランスな状態にあるのだろう。つまるところ、未来は自分たちで創るしか無いのだ。


 軍の施設は郊外にある。二台の車両で目的地に向かう。途中の検問は増田の能力である意識操作ですり抜ける。また、彼らに敏感に反応するはずのPSI兵士も気づく様子はなかった。増田のお守りが効いているのか?

 施設は高い塀に囲まれており塀の上部には電流が流れている。普通ならば感電するところだが、ここはライトニングの能力者であるマルタが無力化する。アマンの作った氷の階段を足場にやすやすと塀の上部に登ると鉄線を排除した。

 しかし塀を乗り越えて敷地内に着地した瞬間、サイレンが鳴り響いた。センサーが反応したようだ。複数のライトがマルタを捉えた。

「あんたの情報もあてにならんな!」

アマンの言葉に増田は応じる。

「わたしだって知らないこともあるさ。それよりここからは予定を変更して強行突破だ!」

「ステルスってのはどうなったんですかね」

 シンバが咎める。

「そんな場合じゃないだろ、行くぞ!」

 おのおの塀を乗り越えて侵入すると早くも警備の兵士たちが集まって来ていた。

 増田が意識に侵入を試みるが対PSI用マスクのシールドに阻まれる。

「だめだ、支配できない。倒すしか無いな」

 場内に機械的な音声のアナウンスが流れる。

『侵入者です。侵入者を発見しました』

「動くな!抵抗すれば撃つぞ!」

 入り口左右の見張りの塔の上部から狙撃兵が一斉に狙いを定める。

「あれをなんとかしないとな」

「先に倒しておくべきだったな」

「なにを今頃呑気なことを」

「とにかくやるしかねえんだろ」

 シュウマがじれて飛び出した。

 だがその足元にレーザーが放たれたかと思うと地面が大きくえぐられた。

「反粒子ライフルだ。くそっ、これでは下手に動けないぞ」

 警備員たちがじりっじりっと間合いを詰める。

 覚悟を決めて一斉に飛び出そうと腹をくくった時、思わぬことが起きた。塔の狙撃兵が声もなく塔から落ちてきたのだ。

「狙撃兵は排除した!」

 その声を聞いてシシオたちは戦闘態勢に入った。

「撃て!撃て!」

 警備員たちが一斉に発砲を始める。だがPSIたちは各々の能力を駆使してこれを駆逐する。シュウマは両腕のみならず体表を硬化させ弾丸も寄せ付けず圧倒した。シシオとシンバは獣人化ししなやかな身のこなしで銃弾をすりぬけなぎ倒す。マルタは落雷で、アマンは氷の刃で戦った。

 だがアカは増田の防御の為のバリアーをめぐらせ侵入を阻むのみで戦いに参加することはなかった。それが彼の使命ということか。

 たちまち侵入者の倍以上いた警備の兵士は全滅した。無傷の勝利を飾った彼らのもとに先程の協力者が姿を現した。

 シシオはすでに声で気がついていた。

「ハルキ、よく来てくれた」

 ハルキとカリナであった。

「お前たちは無鉄砲すぎる。そんなことじゃあいくつ命があっても足りないぞ」

 それを聞いてシュウマが言う。

「へっ、こんなの楽勝じゃねえか!さっさと行こうぜ!」

 意気揚々と足を踏み出したシュウマの動きが止まった。彼は地面から出た無数の針に全身を貫かれて一瞬にして絶命していた。

「シュウマ!」

「近づくな!」

 駆け寄ろうとしたシンバをシシオがとどめた。そしてマルタが地面に落雷を放った。

 するとシュウマの足元の地面が盛り上がり、男が立ち上がった。その男はハリネズミのように全身がびっしりと針で覆われていた。

 増田が叫んだ。

「気をつけろ、そいつは政府が雇ったPSIの用心棒だ!」

 それを聞いてマルタが言う。

「貴様もPSIならなにゆえ政府に味方する!?」

 男は質問に答えるでもなくつぶやいた。

「PSIの血はうめえよなあ。一度飲んだらやみつきになっちまうよなあ・・・」

「かわいそうなやつ」

 カリナが呟く。

「ここはあたしとハルキに任せてあんたたちは先を急ぎな。さあ早く!」

「ハルキ!」

「いいから行け!」

 シシオは後ろ髪を引かれる思いを振りきってみんなの後を追った。


 入り口は頑丈な鉄の扉に閉ざされていた。一同は裏手の非常用の扉から侵入を謀った。ただしここのドアは虹彩認証センサーにより侵入を阻まれている。だが増田は自分には秘策があると言っていた。

 アカはドアの前に立つとおもむろに両目を覆った包帯をほどき始めた。するとその顔に両目が現れた。どこか不自然に見えるのは気のせいだろうか?

 アカがセンサーに近づくと認証が通りドアが開いた。とにもかくにも内部への侵入は成功したのだった。

 だが既に侵入者ありとの情報は施設内に広がっていた。彼らを次なる刺客が待ち受けていた。

「お前たちは馬鹿だ!なにもわかってない!」

 その男はそう叫ぶと強烈な念動力で侵入者を吹き飛ばした。

「くだらん!クズどもめが!なぜわからんのだ!」

 すかさずアマンが氷の棺で閉じ込めた。だが男の念動波は凄まじく、たちまちひびが入る。

「ここは俺が抑える!今のうちに早く!」

 増田やシシオたちは先を急いだがマルタは残った。

「助太刀するぞ!」


 その頃六道町では残った者達が彼らの無事を祈っていた。アリシア、マチヤ、ゾウはサラスの部屋に集まっていた。頼りになるのはマチヤの予知能力だったが、やはりマチヤの頭の中の靄は晴れず、余談を許さぬ状況に変わりはなかった。

 そんななか、アリシアも頭の中になにやら不透明な波動を感じていた。それは次第に大きくなると、今度は声として聞こえるようになってきた。

(なんだろう、この懐かしい感じは・・・)

 はるか子供の頃に聞いたその声は・・・。

(お姉ちゃん!?お姉ちゃんなの?)

 あの時以来消息を絶った姉が生きている!それは次第に確信に変わっていった。

(どこ?今どこにいるの?)

 みんなもアリシアの様子がおかしいことに気付いた。

「どうしたの?なにかあったの?」

 サラスの問にアリシアは答えた。

「ずっと昔別れたきりの姉の声が聴こえるの。わたしを呼んでるみたい。でも遠すぎてどこかわからない・・・」

 アリシアは両手で顔を覆うとうつむいた。だがそのうち、ある風景が浮かび上がってきた。

(どこだろう、ここは・・・。あの建物はなにかしら?)

 アリシアはその風景をゾウに伝えて見てもらった。ゾウの腕に触れイメージを送る。

「どこだかわかる?なにか有名な建物みたいだけれど・・・」

 はたしてゾウには心当たりがあった。

『ココハオソラク、シュショウカンテイ・・・ダトオモウ』

「首相官邸?」

 アリシアは姉に呼びかけてみた。

(お姉ちゃん、そこにいるの?ねえ?)

 頭の中の声は次第に大きくなりいまやはっきりと聞き取れるようになって来ていた。

(呼んでいる・・・わたしを呼んでるんだわ)

 アリシアはゾウに言った。

「お願い、わたしをそこに連れてって!」


 カリナとハルキは『針男』に苦戦していた。彼の体から飛び出す針は伸縮自在で近寄ることを許さない。その硬質な針は刃物や弾丸さえ弾いてしまう。そして攻撃を加えると地面に潜り姿を隠してしまう。かと思うと突如下から針を突きあげてくるのだ。

 針男はなにか意味不明な言葉をつぶやきながら執拗に二人を付け狙った。

 カリナはインビジブル化し隙を窺うが勘の良い針男に次第に追い詰められて行った。かわしきれない針が小さな傷を増やしていく。

「狭い場所は不利だわ!場所を移すわよ!」

 ハルキは高速で移動しながら針男を誘う。

「こっちだ、のろま!捕まえてみろ!」

 そのまま駐車場におびき出す。だが衝撃波を当てるためには至近距離まで近付かなければならない。ハルキには絶対的に不利な状況である。

(ぐずぐずしていては増援が来てしまう。逃げてばかりではだめだ)

 針男はついにハルキを追い詰めた。後ろには車両が並んでいる。ハルキの能力を使えばすり抜けて逃げおおせるだろうが敢えてそうはしなかった。

「来いよ、勝負だ!」

 ジリジリと後ずさるハルキににじり寄る針男。しかし突如足が止まった。もう一人の気配がしたのだ。

 するとあたりに駐車してあった車両の一台がふわりと浮き上がったかと思うと針男の近くにガシャンと置かれた。さらにもう一台、さらにもう一台とぐるっと囲むように配置された。ハルキは車の上に飛び上がっていた。

「これで閉じ込めたつもりか?時間稼ぎにもならんぞ」

 針男の針が周囲の車を一撃で破壊した。だがそれはすべて罠だった。破壊された部分はすべてガソリンタンクのある箇所だった。吹出すガソリンが針男にシャワーのように降り注ぐ。

「!?」

 針男がハルキを見ると手にライターが握られていた。慌てて地下に逃げようとするが時既に遅かった。

 燃え上がる針男を尻目に高速でその場を離れた時、針男の叫び声を打ち消すように爆発音が響いた。

  

 先行する増田たちは警備員たちを倒しながら進み、吹き抜けの広いホールに出ていた。深夜のせいか人の気配もなくがらんとしている。

「制御室はエレベーターで地下三階だ」

 増田がエレベーターに向かう。だが突如足元から火柱があがりあやうく焼かれそうになる。アカのバリヤーにより難を逃れた増田の前に男が立ちはだかった。

 その男の顔を一目見たときシシオとシンバは驚きの声をあげた。

「アグリ!?」

 なつかしさで駆け寄ろうとした二人をファイアーボールが襲った。すばやく避ける二人の背後で炎がはじけた。

「メチャクチャだ!施設ごと燃やす気か!」

 増田が怒鳴る。

「アグリ、どうしたんだ?」

 二人は戸惑いを隠せずにいる。

「呼びかけても無駄だ、やつは君たちが知っている者ではない。おそらくあいつはクローン兵士だ」

「クローン?」

「政府は従順なPSI兵士を作り出すためにロボトミー手術によるもの以外にPSIの細胞から作ったクローン兵士を生み出したのだ。わたしもお目にかかるのは始めてだがね」

 シンバがにわかには信じがたい様子で言った。

「じゃあ、アグリは・・・?」

「残念だがおそらくもうこの世にはいないだろう。やつはオリジナルの遺品から創りだしたものだろう」

 アグリのクローンは次々とファイアーボールを放ってきた。その威力は凄まじく、壁や柱をえぐり、焦がした。

「このままでは建物ごと破壊してしまうぞ!」

 増田はアカの作ったバリヤーの中から叫ぶ。シシオとシンバは例のごとく安全地帯の増田を少し苦々しく思った。

 クローンは近づこうとすればファイアーウォールでガードし、物陰に隠れれば炎のメテオを頭上から落とした。

「シンバ、迷ってる場合じゃないぞ。やるしか無いんだ」

 その言葉はシシオ自身に言い聞かせているかのようでもあった。

 シンバは完全に豹と化し炎の間をすり抜けて接近を試みる。それに対しクローンは炎の波を放ち近づけさせない。炎は次第に建物に燃え広がり、あたりを赤く染めあげていった。

 一進一退の攻防の中、突如上空からクローンの頭上めがけ翼を広げた獅子が落下した。それはフロアーが揺れるような衝撃だった。 

 シシオの足元にはクローンが横たわっていた。獅子は一撃でクローンの首をへし折っていたのだ。

 シンバが近づくと、遅ればせで作動を始めたスプリンクラーがくすぶり続けるアグリのクローンのからだを濡らしていた。


 アリシアがゾウと共に首相官邸の裏庭に降り立つと、あたりは不気味なほどの静けさに包まれていた。深夜とは言え、警備員の姿も見えない。

 アリシアは声のする方へ急いだ。官邸の扉はこれもなぜか開いていた。まるで来客を歓迎するかのように煌々とライトまで点いている。

 ゾウはその不自然さに警戒を強めたが、アリシアは姉のことで頭が一杯でずんずんと中へ進んでいった。

 声は階下に導いていた。エレベーターの前に来ると待ち受けるかのごとくドアが開いた。さすがにアリシアも躊躇したが思い切って中に入る。

 地下は二階までのようだ。ボタンを押すとドアが閉まり降下を始めた。だが地下二階に到達しても停まらずさらに降下を続ける。閉じこめられたのか?あせる二人だったがやがてエレベーターがとまるとドアが開いた。

 そこは存在しないはずの地下三階だった。政府の秘密研究所、PSIの研究施設になっていたのだった。

 誰もいない冷たい廊下に二人の足音がカツンカツンと響く。アリシアは声がこの近くから聞こえてくることを感じていた。雑多な研究素材や薬品の棚などを抜けてある部屋にたどり着く。

 アリシアは思い切ってドアを静かに開いた。薄暗い部屋には大掛かりな計器類や機械が所狭しと置かれている。旧世代のおよそ人間とは思えぬPSIの標本やホルマリン漬けの奇形の胎児・・・。やがて中央に近づくと、人の頭ほどのガラスの容器が置かれていることに気付いた。

 その容器は何本ものチューブで周りの機械類とつながり、培養液で満たされた内部を小さな空気の泡が立ち上っていた。

 そしてアリシアは見た。なかに人の脳髄とおぼしきものが浮かんでいるのを。

「お姉ちゃん!?」

 はたしてそれは変わり果てた姉の姿だった。

「どうしてこんな・・・」

 恐る恐る近づく。と、とつぜん部屋の明かりが点いた。

「ようこそわたしの憩いの園へ。よくぞ来てくれた、来栖アリシア」

 まぶしさに手で明かりを遮り、声の方に目を凝らすと男が立っていた。青いスーツの男、須磨である。

「なんですか、これは!?なぜ姉をこんなめに!」

 須磨はまったく悪びれる様子もなく言った。

「まあまあ、勘違いしないで欲しい。君の姉の処遇に関してはわたしの関知するところではないのだよ。政府の科学者どもは優秀なPSIを見つけると手当たりしだいにバラして脳を解剖してしまうのだよ。彼女もその犠牲者の一人に過ぎない。

 だが彼女はあまりに魅力的だった。それゆえ処分してしまうのがはばかられた。そこでこうして延命が図られることになったのだよ」

「延命?じゃあ姉はこの状態で生きているの?」

「君は彼女の声を聞いてここへ来たのだろう?」

「でも今は聞こえないわ」

「ああ、今は眠っていただいているからね。普段は眠らせているのだよ。それを君を呼ぶために最小限の開放をさせてもらったのだ。ふむ、だがよろしい、せっかくだから起こしてさしあげよう。さあ、久しぶりの姉妹水入らずのご対面だ」

 須磨が装置を作動させると容器の中の泡が増し、ボウっと光が射し込んだ。

「お姉ちゃん・・・?」

 脳髄はその言葉に反応したように思えた。やがてアリシアの頭の中に懐かしい声が聞こえてきた。

「アリシア・・・おお、無事だったのね。見えるわ。いったいどれくらい眠ってたのかしら・・・とても・・・綺麗になったわね・・・」

 アリシアはなにを話したらよいのかわからずただ溢れる涙を止められなかった。

「つもる話もあるだろうが」須磨が口を挟んだ。

「わたしにはあまり時間がないんでね。計画を進めさせてもらうよ」

 そう言い別の装置を操作すると壁の大型スクリーンに映像が映し出された。

「この映像は特殊な回線を用いて世界中にリアルタイムで発信されている。ところで、今時を同じくしてある男が任務についている。君は面識はないだろうが名前くらいは聞いたことがあるだろう。最近なにかとお騒がせの増田アキラという男だ。わたしの同士でもある」

「なんなの?それがわたしとどういう関係があるの?」

「直接は、無い。それより今彼はある装置を操作しているのだが、なんの装置だかわかるかね?まあ、意地悪な質問はやめよう。それはインドラ、反粒子衛星レーザーの制御装置だ。天道町や鳳凰町を一瞬にして消し去った究極の超兵器だ。だが実を言うとあれは最大出力には程遠いものだったのだよ。本来の威力はおよそあの一千倍に当たる。したがって消費したエネルギーもごく僅かなものだった。だから充填を待つまでもなく、すでにほぼフルチャージの状態なのだ」

 アリシアはこの男がなぜそのようなことを長々と語って聞かせるのかまったく理解できなかった。ただとても気分の悪い話であることには間違いなかった。

「さてそこで」須磨が操作すると画面が切り替わった。そこには見覚えのある建物が映っていた。

「ここは知っているかな?そう国会議事堂だ。国政の中心であり象徴でもある。わたしの話していることが真実である証明として、これからこの建物をインドラで消し去ってみせよう」

 須磨は携帯電話を取り出しどこかへかけた。そして相手が出ると言った。

「すべて予定通りだ。始めてくれ」

 それから数秒後、国会議事堂は地面ごとえぐられるようにこの世界から消え去った。


 遡ること数分前、増田とアカ、シシオ、シンバは衛星レーザーの管制室にたどり着いていた。

「よし、これで衛星レーザーは掌握した。よくやった、ご苦労」

 増田はまるで部下たちに向かって言うかのようにねぎらいの言葉をかけた。

「わたしがチェックするから下がっていたまえ」

 シシオとシンバはなにか胸騒ぎがして増田から目を離さぬよう前へ出ようとした。

 だがその時二人を閉じ込めるように球状のバリアーが覆った。

「アカ?どういうつもりだ!?」

 シシオの問に増田があきれ顔で言った。

「まだわからないのかい?君たちは利用されたのだよ。われわれがインドラを手に入れるためにね」

「全部芝居だったって言うのか?」

「全部ではないぞ。わたしの行動には一切ブレはない。一貫して主張してきた通りだ。つまりベーシックに代わりPSIが支配する世界、それを実現する時が来たのだ」

「・・・・・・」

「いいだろう、あまり時間もないからかいつまんで説明してあげよう。われわれ、国防省事務次官の相馬を中心とするメンバーはもう十何年もまえから俗にいうクーデターを画策していたのだよ。だが多勢に無勢ではどうにもならない。そこで政府の主要ポストに着くことを考えた。例えば須磨という男は政府の信用を得るためPSIを狩りつづけ軍部の重職に就くことに成功した。彼はその実績から政府のPSI兵士を管轄する権限も得た」

「PSI兵士をお前たちが動かしていたというのか?」

「そういうことだ。ああ、あの晩わたしが君らに言った話、重要人物を認識するチップだとか言う、あれ、嘘だ。あらかじめPSI兵士はわたしらを攻撃しないようにインプットしていただけなんだよ。

 ただ、警備員やクローン兵などはこの限りではない。そこで君たちの力を借りたわけだ。だがそれだけではないのだがね。

 かつては、われわれはこのインドラさえ手中に収めれば世界を我が物にできると考えていた次期もあった。だがそれは浅はかだった。力だけでは支配はできないのだ。正確には支配できても続かないのだ。安定的な支配のためには世界中のPSIをまとめる説得力が必要となる。

 そのためにはまずPSIたちを徹底的に追い詰め、団結させ、ベーシックに対して深い憎しみを持たせる必要があった。さらには新世界の象徴となる存在が求められる。われわれはそれをカリスマと呼んだ」

 それまで黙って聞いていたシンバが叫んだ。

「おまえたち、天道町や鳳凰町の人々をそのために見殺しにしたな!いや、お前たちが直接そうなるように仕組んだんだ!」

 増田はひとつため息をついた。

「わたしとて心が痛んだ。だが大義の前の小義というやつだ。それに決定を下したのはあくまで国会だ。むろん、相馬が影で調整したがね」

 増田はアカを指して続けた。

「入り口で虹彩センサーをパスできた理由を教えてあげよう。実はマルの目には関係者の眼球をはめ込んであるのだよ。まあ、入り口はともかく、もっとやっかいだったのはインドラの発射スイッチを押すには最高責任者の指紋認証と虹彩認証が必要なことだった。

 そこで最高責任者、つまり総理の指紋と眼球を頂いたのだ。総理の警備はPSI部隊で組織されていたから簡単だったよ。でもじきにばれるから悠長なことはできないんだがね」

 増田は腕時計に目を落とす。

「そろそろだな」

 通路に規則正しい複数の人の足音が近づいてくる。ドアが開くと特殊なアーマーに全身を覆われたPSI兵士がぞくぞくとなだれ込んできた。

 10名ほどのPSI兵士がシシオとシンバを囲み銃を突きつける。

「アカ、仕事を始めるぞ」    

 アカはバリヤーを解除しパネルに向かった。すると機械が反応し赤いレーザーがアカの顔をなぞり眼球の虹彩を読み取った。

『アクセスを許可します』

 増田が操作するとディスプレイにある建物が映った。国会議事堂だ。

「この程度なら5千分の1で十分だな」

 そういうと背広のポケットからなにかを取り出した。増田は二人に見せると言った。

「総理からいただいた指だ」

 そしてボタンのカバーを解除するとそれを総理の指で押した。


 須磨はその光景を見ると満足そうにうなづいた。

「すばらしい、なんと手際のよいごみ処理だ」

 そしてアリシアの方を向き直り言った。

「実はあの中には反PSI派の議員たちを閉じ込めておいたのだよ。これで彼らは永遠に行方不明ということだな」

「あなたは狂ってるわ」

 アリシアは辛辣に言った。

「うむ、そのそしりは甘んじて受けよう。歴史を創るものはいつも孤独なものだ。だがいつかわれわれの行いが正しいと認識される日が訪れる。そのためには人々の信仰が必要だ。信仰はすべての歪みや矛盾を正当化させてしまう。そのためのカリスマだ。そうだ、その為に君を呼んだのだ!」

 そう言うと須磨は片膝を着くとアリシアに向かって十字を切り両手を組むと祈りを捧げるように頭を垂れた。

「なんのつもりなの?」

「わたしはこう見えても大真面目なんだよ。この計画のため何百もの命が失われた。いや、ここに行き着くまでにはもっと多くの命が失われてしまった。救われるものならば救って欲しい・・・」

 アリシアはこの須磨という男のことが理解できず混乱した。

(わたしがカリスマ?なにを言ってるの?)

「いま見てもらったように反粒子レーザーはわれわれが掌握した。これを使えば町ごと消し去ることなど容易いことだ。いや町などという卑小なものではない、そう都市ごと消し去ることも可能なのだよ。例えば・・・」

 須磨がスクリーンを切り替えると衛星からの航空写真になった。拡大していくと首都、真東京が浮かび上がった。

「この真東京の中心から半径三十キロ圏内に最大出力のレーザーを照射したらどうなるだろうか?」

「嘘でしょ?本気で言ってるの?」

「PSIはね、復讐心に燃えてるのだよ。同胞の町を焼き、消し去ったベーシックどもに対して。そこで少数精鋭の部隊を率いて軍事施設を強襲しインドラを強奪した」

「?」

「そしてそのメンバーたちはまず議員たちを血祭りに上げ、それだけに飽きたらず首都を殲滅すべく大規模な攻撃に出た。こうして彼らは復讐を遂げた」

「シシオ達のせいにするつもりなのね。それがあなたたちのたくらみ。どこまでも卑劣だわ」

「まあまあ、彼らはじきにヒーローとなり崇められるだろうよ。銅像の一つくらいは作ってやってもいい。だが残念ながら彼ら自身がそれを見ることはないだろうがね」

「そんなに思い通りに行くものですか!」

「すでに―」須磨は構わず続ける。

「軍部はあらかたわたしのPSI部隊が支配した。君たちは気づいていないだろうが、すでにミッションは遂行されている。全国の主要都市の中枢部はPSIの同士たちによって完全に制圧された。あまりの容易さに我々自身が呆れているよ。平和ボケしたベーシックどもが惰眠をむさぼる合間にもクーデターは進行し、もはや仕上げを待つばかりとなっているのだ。そのことを知らしめるために最後に派手な花火を打ち上げようではないか。否応なしに世界は時代が変わったことを認めるだろう」

 須磨は再び携帯を取り出すとインドラ管制室の増田に簡潔に命じた。

「やれ」

 そしてアリシアに向かって言った。

「今スイッチは押された。もう止めることはできない。衛星レーザーが作動し、地表に到達するまでほんの数秒だろう」

 アリシアは絶望した。この狂った男達のために多くの命が失われようとしている。にもかかわらず自分にはどうすることもできないのだ。

『アリシア・・・アリシア』

 アリシアは姉の呼びかけにすがるように言った。

「お姉ちゃん、わたしどうすればいいの?」

 カルラはその問に毅然として答えた。それは幼い頃よく聞いたあの強い姉の声であった。

『行きなさい!そして救うのです!』

「救う・・・?」

『あなたならできます!さあ!』

 その言葉を聞いて、アリシアは体の奥底から今まで経験したことのないマグマのような熱が込み上げ、体中を満たして行くのを感じた。 

 振り向くとすぐそばにゾウが寄り添っていた。彼にはわかっていた。彼女がなにを望んでいるのか、そしてその結果どのような運命が待ち受けているのかを。

 アリシアはゾウの腕に触れると囁くように言った。

「ゾウ、お願い、わたしを首都の上空に連れてって」

 ゾウはなにも言わず頷くと、アリシアを伴ってテレポートした。

   

 増田はスイッチを押すとシシオとシンバの方を向いて言った。

「これでわたしの仕事は終わりだ。このあとのショーは人類史上最大のものとなるだろう」

「首都を抹消する気か!?」

 増田は意味ありげに言った。

「そうなるかもしれん。だがそうはならないかもしれん・・・。いずれにせよこれはすべて君たちがやったことだ。わたしがそのことを後世に伝えてあげよう」

 その時、映像がある異変を捉えた。それを見た増田が感極まったように震える声で叫んだ。

「おお!ついに、ついに実現するのだ!見たまえ、神の誕生する瞬間だ!」

 シシオとシンバの目に信じがたい光景が飛び込んできた。首都上空に浮かび上がる一人の少女。

「アリシア・・・!?」


 アリシアは自分が森羅万象すべてと一体となり融け合うのを感じた。幼い頃から今までのありとあらゆる記憶が流れこみ、飛び去っていく。それらが渦を巻き散華した時その全てに感謝の気持ちを捧げた。

 もうなにも怖いものはない。虚しくもない。ただ満たされていく。両手を広げ、すべてを受け入れる。

 青い透明なオーラがアリシアの体を包んだ。

 光が、降り注ぐ。インドラからの悪魔の光の過剰な奔流がシャワーのように降り注ぐ。だがその光は地表に到達することはない。すべてが青いオーラに吸い込まれ、濁流のごとく流れこんでいく。

 ゾウは地上からその様子を見上げ、じっと見つめていた。やがてすべての光が飲み込まれ、夜の闇が戻った。

 すべてが終わるとアリシアはゾウの方を見てなにか言った。ゾウには『ありがとう』と聞こえたような気がした。

 アリシアは異次元の扉を開くと、とうてい抱えきれぬほどのエネルギーを携え、身にまとった光と共に闇へと消えて行った。

 後には静寂と闇だけが残された。そして穏やかに雲が流れ、満月が顔をのぞかせた。

 月の光は一人ぼっちのゾウをやさしく照らし出していた。


     第一部 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ