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第一部 第2章

 かれらは自分たちのことを総称してPSISサイズと呼んでいた。そのモーテルはかれら専用の居住区になっていた。このような居住区は全国にいくつもあるらしい。かれらは独自の防衛手段によって敵対者の侵入を拒むシステムを作りあげていたのだ。

 ここには大人と子供を合わせて二十人近くのPSIが暮らしていた。アリシアを含めて7人の子供たちには学校まで用意されていた。

 ここに来たときに居たサラスと3人の男の子の他に年下の女の子ともう一人、一風変わった子がいた。

 その男の子―おそらく―は常に頭に深海の潜水士が被るような金属のヘルメットをすっぽり被っていた。しかも目の箇所にしか窓がなく、ほとんど表情さえうかがえない。

 彼はとてもおとなしく、誰とも会話せず、いつもひとりだった。仲間はずれというのではなく、自分から離れていってしまうのだ。

アリシアは世話役のサラスがよくしてくれたこともあり、すぐに子供たちと打ち解けることができた。その一方で決して誰とも打ち解けようとしないこの少年のことが気になっていた。

「ああ、ゾウのこと?」

 サラスがアリシアの髪を結いながら教えてくれた。

「ゾウ?」

「そう呼ばれてるわ。ひとこともしゃべらないから本名かどうかもわからないけど。なにしろ誰もあの子がしゃべるのを聞いたことがないのよ。ただ小さい頃からそう呼ばれてたそうよ」


 この日、アリシアにとってとてもうれしい出来事があった。ロビーに古めかしい一台のピアノを見つけたのだ。ただ人前で弾いたことが無かったためみんなといるときには弾く勇気がなかった。

 そこで夜、同室のサラスたちが寝静まったのを見計らってから部屋を抜け出した。

 ひんやりとした鍵盤に指を置くと懐かしい感情が溢れてくる。その想いを乗せて静かなノクターンを奏でる。悲しい曲にならぬよう、努めて軽やかに。

 夢中になっていたためすぐ近くで人が聴いていたことにも気付かなかった。

 1曲弾き終えたときだった。後ろで小さく拍手が聞こえた。はっと振り返ると暗がりにゾウが立って拍手を送っていた。

 ゾウはアリシアの視線を感じると恥ずかしそうにその場を離れようとした。

「待って!」アリシアは思わず呼び止めた。

「ありがとう、わたし人前で弾いたの初めてだから拍手もらったのも初めてなの。あなたが最初のお客さんよ」

 ゾウは少しどぎまぎした様子だったがついにその重い口を開いた。

『トテモ・・・トテモウツクシイ・・・。ココロニセセラギガナガレコンデクルヨウダッタ・・・』

 それはとても澄んだ声音であった。いや違う、彼の口を通さず直接意識に語りかけるたぐいの能力によるものだった。彼は口下手と言うのではなく、そもそもしゃべることができなかったのだ。だがアリシアには心を読み取る力があった。彼が心から伝えたいと望んだことだから自然と受け止められたのだ。

「わたしもこの曲お気に入りなの。『月の光』ていう曲よ」

『ツキノヒカリ・・・。ツキハボクノタッタヒトリノトモダチダヨ』

「じゃあわたしは二人目ね」

 そう言うとゾウははずかしそうにした。そして口ごもるように言った。

『モウイチド、ツキノヒカリヲ・・・』

 アリシアはあらたまって背筋を伸ばすとリクエストに応えて鍵盤に指を走らせた。ただ一人の観客のために心を込めて。


 最初にサラスとともに出迎えた3人の少年はシシオ、ハルキ、シンバと名乗った。シシオはサラスと同じ12歳の年長者で体も大きく快活で3人の中でのリーダー格だった。10歳のハルキは賢くグループのまとめ役、7歳のシンバはシシオの実の弟でお調子者でムードメーカーだった。

 もうひとり、最年少6歳の女の子はマチヤといった。恥ずかしがり屋で人見知りの彼女は最初はサラスの陰に隠れてアリシアの様子を伺っていたが次第に打ち解けていった。アリシアも彼女を妹のようにかわいがったが阿須間の形見の麦わら帽子を欲しがったときにはさすがに弱った。 

 彼らは親元を離れてここに集まっているのだが、どういう経緯なのか詳しいことはわからない。おそらく自分と同じような境遇ではないかと思うと敢えて問いただそうという気にはなれなかったのだ。

 子供たちの他にはアグリやユバを含めて10数名の大人たちがいたが、かれらのほとんどは微弱な能力者であると同時になにかしらの障害を抱えていたため外界での活動はほとんどアグリとユバの役目だった。

 子供たちに勉強を教えるのはスバルという元教師の女性の役目だった。彼女はなぜか肌を晒すのを極端にいやがりいつも長い袖の衣服と手には手袋をはめていた。とても真面目な性格で几帳面だったが堅苦しいということはなく、ゾウをはじめ生徒たちには分け隔てなく接した。そんな彼女だが、アグリと古くからの既知の間柄らしくそのことで子供たちからいろいろと詮索されからかわれることには閉口することたびたびであった。

 アリシアにはようやく安住の地が見つかったかのように思われた。そうして月日はおだやかに過ぎていった。


 アリシアがモーテルの拠点に来て数カ月が経ったある日のことだった。スバルがPSIの一人から発せられる微弱な信号を受信した。彼女はレーダーのような能力を備えていたのだ。

 さっそくアグリとユバがその地点に向かうと傷ついた男を街はずれの下水道の入り口で見つけた。腹部に銃弾を受けており、すぐに手当が必要な状態だった。だがそれよりもユバを驚かせたのはその男の正体だった。

「ホズミ、ホズミなの?」

 そう呼ばれた男は一瞬戸惑ったようにユバの顔を見上げた。

「ユバ、なぜ君が・・・?」

「とにかく車へ。積もる話は後だ」

 ホズミと呼ばれた男の話によると、単独で政府の諜報部に潜入を企てたものの発覚し捕らえられそうになったのを逃げてきたということだった。

「そして俺にはわかった。政府を敵に回しては勝ち目はないんだ。やつらは強大な衛星レーザーをもっている。もしここがばれるようなことがあれば速やかに投降したほうがいい」

「衛星レーザー?」

「やつらはインドラと呼んでいた。すべてを焼き尽くす超兵器だと。それが発動すれば俺達がどんなに抵抗したところで勝ち目はない」

「あなた変わったわね」

 傷の手当をしながら聞いていたユバが言った。

「昔のあなたなら決してそんなことは言わなかったわ。あきれるくらい無鉄砲で怖いもの知らずだった」

「俺も少しは大人になったのさ」

 二人の間に長い沈黙が訪れた。だがその時スバルが慌ただしく駆けこんできた。

「アグリ!政府の軍隊が!」

「なに!?つけられたのか?」

「そんなはずは・・・」

 一同はホズミに疑いの目を向けた。

「すまない、もしかするとあの時俺の体に発信器が埋めこまれたのかもしれない」

「くそっ、うかつだった。スバル、子供たちを地下へ」

「やつらの狙いは」ホズミが言った。

「その子供たちだ。子供たちさえ渡せば俺達は命だけは保証してくれるはずだ」

 アグリはホズミを睨んだ。

「きさま、政府になにを吹きこまれた?」

「ユバ、俺と投降しよう。なんとか君だけでも助かるように頼んでみるから。そしてまたやりなおそう」

「あなた・・・なにを言ってるの?もしやあなた・・・」

「勝ち目はないんだ!それ以外に助かる道はないんだ!」

「あなたもグルだったの?最初からそのつもりで?」

「無理なんだ、無理なんだよ」

 ホズミの目に涙が滲んでいた。

 その時、銃声が鳴り響いた。

「この・・・馬鹿野郎!」

 アグリはそう吐き捨てると部屋を飛び出した。

 ロビーに向かうと既に戦闘は開始され、何人もの犠牲者が出ていた。政府の軍は問答無用で殺戮に出ていたのだ。対PSI用に訓練された兵士たちに対して強力な力を持たぬ者たちは為す術も無く倒れていった。

 アグリはメンバーを守りながら炎の能力で戦った。が、耐火防御を有する特殊装備に対しては分が悪かった。

 炎の中を突っ切って包囲を狭めてくる兵士に対し次第に逃げ場を失っていく。

 やがて退路を絶たれたアグリに対して集中砲火が浴びせられ始めた。

 だが、銃弾は直前で跳ね返り逆に兵士たちを傷つけた。ひるむ兵士たち。そこへアグリはすかさずファイアーボールの連打で追い打ちをかける。

「アグリ!」

 スバルが『力』の盾でさえぎったのだった。

「なぜ出てきたんだ!ここは危険だ!」

「どこにいても危険よ。だったらあなたと一緒にいたいわ」

 見ると兵士たちが引き下がっていく。隊形を整えるのか。不気味な沈黙。

「怪我してるじゃない・・・」

「こんなのカスリ傷だ。それより子供たちは?」

「ユバとあの男が付いてるわ」

「あいつは信用できない」

「今地下の下水道を通って移動してるはずよ。もうここは捨ててあなたも行きましょう」

「まだ残ってる仲間がいる」

「とてもあなたひとりでは背負いきれないわ。一刻を争うのよ!」

「君は先に行ってくれ。俺もあとから追うから」

「あなたと一緒にじゃなきゃここを動かな―」

 まばゆい光と膨大なエネルギーの奔流が二人を飲み込んだ。政府軍が荷電粒子砲を放ったのだ。

 アグリは一瞬気を失っていた。だが命に関わる傷を負わなかったのはスバルが咄嗟にバリアを張ってくれたからだった。気づくとあたりは瓦礫の山で土埃が立ち込めていた。目眩に襲われながらもスバルを探すが見当たらない。

 瓦礫をどかすとスバルの衣服の一部が見えた。スバルははたして瓦礫の下に埋もれていた。必死で瓦礫をかき分けて引きずり出す。

 衣服は無残に裂け、素肌が覗いていた。一面青白い魚の鱗のような膜に覆われ、鈍い光沢を放っている。それが彼女が人目に肌を晒すのを拒んできた理由だった。アグリは自分の敗れたシャツでそれを隠すように羽織らせた。

 指揮官は砲撃した地点をスコープで覗いていたが、土埃がひどく良く見えない。しかしなにやら中心地に燃え盛る炎を確認した。その炎は次第に勢いを増し、生きている龍のようにうねりだした。

 と、突如兵士たちの足元から恐ろしい勢いで火柱が吹き上がり跳ね上げ、焼き尽くした。その火柱は次々と連鎖するようにあたりを埋め尽くし、燃やし尽くす。

 この期に及んで、指揮官はついに要請した。超兵器インドラの発動を。ほどなく、アグリの頭上に膨大なエネルギーが投射された。それは衛星を使った反粒子レーザーだった。照射された範囲のものはすべて塵となり、消え失せた。


 ドーン!という振動と共に地下道が揺れ、壁の一部が崩れ落ちた。子供たちはユバに先導されてモーテルから逃れようとしていた。緊急避難用に地下室から直通の抜け道が用意されていたのだ。

 幼いマチヤはサラスのスカートを握り締めそこから動くのを拒んだ。

「待って、ユバ!そっちは危険よ!」

サラスの言葉にユバが答えた。

「でももう戻れないわ。前に進むしか道は無いのよ」

 ユバはホズミに肩を貸し先導していた。

「マチヤが怯えてる!この子に予知能力があるのは知ってるでしょ?そっちに行くとひどい目にあうわ!」

「大丈夫、わたしが貴方達を守ってみせるわ」

「ユバ、僕にまかせてくれ。話をつけるから」

「まだそんなこと言ってるの?あなたは利用されてるのよ」

「やつらが僕らには興味がないことは本当だ」

「だからと言って子供たちを渡すなんてできないわ」

「ユバ!」

 シンバが指さした方向に目をやるとライトの明滅するのが見えた。シシオとシンバは暗がりでも遠くを見通せる目を持っていた。

 ホズミはユバの手を肩からはずすと言った。

「ここにじっとしていて、話をつけてくるから」

「無茶よ!」

 ホズミは待ち伏せていた兵士たちの前に両腕を広げ立ち塞がった。

「撃たないでくれ、俺だ、尾崎ホズミだ」

 そしてその中に青いスーツの男を見かけると言った。

「須磨さん、約束は守ってくれますね?俺と彼女と子供たちの命の補償を―」

 最後まで聞かずに須磨と呼ばれた男は命じた。

「やれ」

 薄暗い地下道に銃声が響き、反響した。ホズミは信じられないといった表情を浮かべて腹を押さえたが、すぐさま怒りの表情に変わり髪を逆立てた。

「しっかり頭を狙え」

 再び銃声が響いた。ホズミの一撃は届くことはなかった。

 須磨はそれに一瞥もくれることなく前へ歩を進めた。しかし、次の瞬間、先頭の兵士が短くうめいたかと思うと崩れ落ちた。続いてその隣の兵士も同様に倒れる。混乱する兵士たちを尻目に須磨は言った。

「うろたえるな。記録によればユバという女は不可視能力を持っているらしい。だが・・・」

 須磨が右手を伸ばす。がっしりとなにかを捕まえたようだ。

「生憎だがわたしにはそんな目眩ましは通用しない」

 ユバが姿を現した。須磨に腕を掴まれ、その手にはナイフが握られていた。

 須磨がユバの腕をキリキリとひねり上げる。ユバの顔が苦痛に歪んだ。

「子供たちはどこだ?」

「捕まえてどうする気?」

「貴様には関係のないことだ」

「あなたたちには渡さないわ!」

「ならば貴様も―」

 ユバが微笑むのを見て須磨の顔色が変わった。

「伏せろ!」

 次の瞬間、ユバの体から閃光が発し、爆発した。


 子供たちはもと来た道を戻っていた。ユバが安全を確認してから呼びに来ると約束したからだ。だが一瞬の眩い光と共に爆音が響いたのを聞き、予期せぬ事態を招いたことを知った。

「地下室に戻るのよ、さあ」

 サラスがうながした。戻ってどうなるものか?だが進むよりはマシだ。ユバの決死の抵抗もむなしく、生き残りがいることを察知していたからだ。そいつはなにかとてつもなく強大な敵だ。こんなに離れていてもビリビリと震えるような波動を放っている。

(敵の中にPSIがいるなんて。それも桁違いにやばいやつ)

 そのことに気づいていたのはサラスだけではなかった。皆一様に怯えていた。ただゾウは・・・彼の感情だけは読み取れなかった。

「戻ってどうなるんだよ!」

シシオが苛立つように叫んだ。

「オレがやっつけてやる!」

「バカ!ユバがどうなったかわからないの?あなたじゃ太刀打ち出来ないわ!」

「やってみなきゃわかんねえだろ!」

「ボクもやるよ。捕まるくらいなら」

 いつもは冷静なハルキまでもが殺気を放っていた。

「兄ちゃん、オレも!」

「シンバ、あなたまで。だめよ、ここで死んだらユバやみんなの気持ちが無駄になる。あたしたちは生き延びなければいけないのよ」

 アリシアは黙って成り行きを見守っていた。それを見てシシオが言った。

「そうだアリシア、おまえならあいつをやれるんじゃないか?ほらここに来る前、遊園地の時のように―」

 そう言いかけたとき突然シシオの頭に言葉が響いた。

『ヤメロ!』

 シシオは頭を抱えてうめきだした。

「な、なんだ・・・う・・・痛え、頭、割れる・・・!」

 アリシアはそれがゾウの仕業だとすぐ気づいた。

「やめて、ゾウ!やめて!」

 ゾウは言われてはっとして自分を取り戻す。

『・・・ゴメンナサイ』

 シシオにはアリシアが受け取るほどはっきりとは聞き取れなかったが今の声がゾウのものであることはわかった。

「なんだよ、急に・・・」

 アリシアにはゾウが自分の為を思ってしてくれたことだとわかっていた。あの忌まわしい記憶はずっとアリシアの中では封印され、二度と思い出すことのないように抹消されるべきものだったのだ。

 やはりあれは夢ではなかった。すべてわたしがやったことだったんだ・・・・だが、あの時自分がどうやって力を発揮したのかがまだわかっていなかった。それゆえ今やれと言われてできるものでもない。アリシアは自分の無力さを恨めしく思った。

(わたしはとてもお姉ちゃんのようにはなれない。どうしたらいいの、お姉ちゃん?)

「こっちに来るぞ!早く!」ハルキが叫ぶ。

 いくつかのライトが暗闇を照らしている。生き残りがいたのだ。いや、実はユバの最後の抵抗は須磨の力によってほとんど無力化されてしまったのだ。子供たちはもとの地下室まで戻ると扉を閉めて立て篭もった。だが足音は次第に近づいてくる。

 シシオとシンバがドアの前に椅子やテーブルを集めてバリケードを作る。しかしそんなものは気休めにしかならないことも分かっていた。ふとサラスがマチヤの様子を伺うと、彼女は必死にゾウにしがみついていた。今までは怖がって近付かなかったのに。そして懇願するようにつぶやいていた。

「ゾウ、お願い、お願い、お願い・・・」

「マチヤ、ゾウの力が見えるの?」

 サラスが尋ねるとマチヤはうなづいた。

「ゾウ、あなたの力を見せて」

『・・・・・・』

ゾウはためらう。

「お願い、みんなを助けて!」

 アリシアはゾウの腕にやさしく手を置いた。

「大丈夫、あなたを信じてるわ。みんなもそうよ。だってみんな大事な仲間だもの」

 ドアをむりやりこじ開けようとなにかがドンドンぶつかる音が響く。そのたびバリケードは少しずつ押され始めた。

「だめだ、もうもたない!」シシオが叫ぶ。

『ミンナボクニツカマッテ!』

 ゾウが呼びかけた。

 ついにバリケードは崩されドアがこじ開けられた。だが須磨たちはそこに誰も見つけ出すことはできなかった。

(誰かの力が覚醒したようだな。ふん、それはそれで良い)


 子供たちがゾウの力によってテレポートした場所はどこかの寂れた工場の跡地だった。ただもとの場所からかなり離れたところであることはなんとなくわかった。

「ここは・・・どこ?」

 アリシアの問にゾウは静かに答えた。

『ボクの育った家・・・』

 アリシアはその複雑な事情は今は敢えて聞くべきではないと思った。だからただ感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう、ゾウ。あなたのおかげでみんな助かったわ」

 サラスやシシオたちも口々に感謝の言葉を並べた。

「助かったわ」

「ありがとう」

「たすかったぜ」

「ゾウすっげえ!」

 マチヤも小さな声で「ありがとう」と言った。

 ぞうの表情はそのヘルメットに隠れてうかがい知れないがアリシアにはとても照れているのが手に取るようにわかった。

『ボクハ、コワカッタンダ。マエニシッパイシタコトガアッタカラ・・・』

 みんなはゾウの声に耳を傾けた。

『ソノトキ、ダイジナヒトヲソノセイデウシナッテシマッタ・・・』

 誰もなにも言えなかった。ただなぐさめの代わりにゾウの腕にそっと触れた。 


 後にゾウが語った身の上話によると、彼は名のある名家の生まれであったらしい。だが生まれてきた赤ん坊の顔を一目見たとき、当主である父親は家政婦に人目につかぬところに捨ててくるように命じた。その顔は膨れ上がり、長くぶよぶよとした鼻は象のように垂れ下がっていたからだ。

 だが家政婦が森の中に捨てようとした時、頭のなかに無邪気に笑う声が聞こえてきた。それは人を疑うことを知らない無垢な笑い声だった。

 捨てるに忍びなく思った家政婦は自分で育てる決心をした。彼が知り得た話はすべてその家政婦から聞いたものである。

 彼は人目に付かぬようこの工場跡地を隠れ家として育った。そしてたまに外に出るときは頭からすっぽり被るマスクで顔を隠していた。だがそれを不審に思ったいたずらっ子がマスクを無理やり脱がせ、その顔を見て「象のばけものだ」と言った。それからみんなは彼のことを「ゾウ」と呼ぶようになった。本当は母親がわりの家政婦が付けてくれた名前があったが、誰もその名で呼ぶものはいなかった。誰にも素顔を見られぬよう工場にあった深海潜水用の金属のフルフェイスマスクを被るようになったのもその頃である。

 そうして長きに渡って育てられては来たが、いつしかその噂は父親の知るところとなった。隠れ家に乗り込んできた父は気色ばむとやおら銃をゾウに向けた。

 かばう家政婦に対し、父はどかぬならお前も撃つと言った。その時であった、初めてゾウの能力が発動したのは。 

 だがまだ自分の力を制御できなかったゾウはテレポート後、移動したのは自分だけだったことに気づいた。一緒に連れてきたはずの育ての母はどこかに消えてしまっていたのだ。そしてそれきり二度と会うことはなかった。

 その後、あてもなくさまよっているところをアグリたちに救われたという。そして名を聞かれたとき、彼は自らを「ゾウ」と名乗った。


 しばらく人の住んでいなかったアジトではあったが最低限の設備は整っていたため、子供たちは当分のあいだここを根城とすることに決めた。そうして子供たちだけによる共同生活が始まった。

 それぞれ役割分担を決め家事や洗濯、食事の用意などを行った。だが子どもだけで食べていくためには綺麗事だけでは済まないこともあった。食料調達は主に男の子3人組の仕事だったが、ほとんどは盗みによるものだった。身元を隠すため力を使うことは極力さけねばならなかったが、危険を察知するマチヤの助言に従えばほとんど失敗することはなかった。

 この日、アリシアは9歳の誕生日を迎えた。ささやかな誕生パーティのあと、ささやかなプレゼントが渡された。

 サラスは手編みのカーディガンを、マチヤは手作りの人形を、ゾウは木彫りのお守りを。3人組は歌と踊りを披露してくれた。つつましくはあったが幸せな日々だった。

 だがいつまでもこのままではいられないこともみんな分かっていた。以前アグリが話してくれたところによると、PSISの居住区は他にもあるらしかった。そこを探し出しコンタクトを取るべきだと意見は一致していた。ではどうやって探し出せばいいのか。彼らはその場所を察知されぬよう存在を隠していることが予想される。かと言って動きまわれば自分たちの居場所を敵に悟られてしまうことになりかねない。

 そしてその畏れは現実のものとなる。


 シシオとシンバがいつものように街に食料探しに出かけた時のことだった。

二人は何者かがテレパシーで語りかけてくるのをキャッチした。

 その声は『集え、仲間よ』と誘っていた。二人は顔を見合わせ、気のせいではないことを確認した。

「兄ちゃん、誰だろう?」

「わからないけど、うかつに近付くのは危険な気がする」

「でも僕達が探してる仲間だったら・・・」

 シシオはしばらく考えていたが、

「用心して探ってみよう。油断するなよ」

 その声の出処はある雑居ビルの一室らしいとわかった。二人はその近くまでたどり着いたが中に入るのは危険だと感じ、一旦引き返して仲間に相談することにした。

 二人はアジトにもどると街で聞いた『声』について話した。だがその最中にマチヤがなにかの動きを察知した。

「来るよ、悪い人たちがこっちに向かってくる!」

 シシオとシンバは理解した。

「しまった、あれはPSIをおびき寄せるための罠だったんだ!」

「でも深入りしなかったのは賢明だったね」ハルキが言う。

「ゾウにまたどこかに転送してもらおう」

 だがいざテレポートの段階でゾウが異変に気づいた。なにかが邪魔をしている。

『ダメダ、デキナイ。ナニカケッカイノヨウナモノガハリメグラサレテイル』

「くそっ、お見通しってことか!」シシオが歯噛みする。

 窓の外を見張っていたシンバが叫ぶ。

「来た!7、8、9・・・だめだ、20人ぐらいいる!対PSI用スーツを着たやつらが向かってくるよ!」

 シシオが部屋を飛び出した。それを追ってハルキとシンバも続いた。サラスは怯えるマチヤを奥の部屋へかくまう。

「アリシア、ゾウ、早く!」

 ゾウはためらっていた。自分の無力さを呪いながら。

『ボクハズットジブンヲゴマカシテイタ。ダカラチカラノツカイカタヲヨクシラナイ・・・』

 アリシアがゾウの腕を引いた。それはアリシアも同じ思いだった。自分の力と向き合わなければ無力なままだ。畏れてはいけないのだ。

「あの3人なら大丈夫よ。こんな時の為に毎日訓練してきたから」

 それはアリシア自身を勇気づけるための言葉でもあった。

「それにマチヤは不吉を感知してないわ。今は信じましょ」

 少年3人にもそれぞれ特殊な能力が備わっていた。シシオとシンバの兄弟は姿を獣に変える変身能力があった。シシオはその名のとおり獅子に、シンバは豹の姿に。またハルキには自分を加速する力と衝撃波により内部から破壊する力が備わっていた。

 3人が立てた作戦は、まずシシオとシンバが囮となり撹乱し、その隙にハルキが敵の背後に回りこみ急襲するというものだった。

 特殊部隊の隊員たちは飛び出してきた獅子と黒豹に気づくと銃を構えた。だが殺さず捕獲せよとの命令が出ていたため闇雲に撃つこともできず、そのすばやい動きに戸惑いを見せた。

 すかさずハルキが一人の隊員の背後から忍び寄る。特殊な防護スーツの上から衝撃を与えるためには非常に強い波動が要求される。ハルキは心臓の位置をさぐり両手をかざした。

 だが一瞬、ハルキの頭に人に死を与える恐怖がよぎった。自分が今力を使えばこの者は心臓を破壊され死んでしまうだろう。その恐怖と罪の意識が力にブレーキをかけてしまった。

 隊員は背後から突如襲った衝撃に苦悶の叫び声を上げたが、はたして死には至らなかった。そして振り返るとアサルトライフルの銃座でハルキの側頭部を殴打した。ハルキはその衝撃で卒倒した。

 隊員はハルキに銃を突きつけて言った。

「おまえたち、こいつを助けたかったらおとなしくするんだ!」

 他の隊員たちの銃口が一斉にシシオとシンバに向けられた。

「グルルルル・・・」

 二人の反抗的な態度に一人の隊員が言った。

「こいつら脳を傷つけない限り少々傷めつけても構わないんだよな?」

 そしてハルキの足に向けて引き金を引いた。

 そのつもりだった。が、銃がない。いや違う、銃を持っていた腕ごと地面にボトリと落ちていた。さらに痛みを感じるより早く首が落ちた。

「インビジブルか!」

「記録にはないぞ?」

 混乱の中、二人目は胴を切り裂かれ、三人目は手足を切り離され血の海に沈んでいった。

「退避!退避しろ!」

 だが逃げおおせた者はいなかった。それは戦いと言うべきではなく、狩りだった。数分の間にすべての隊員たちが無残な死体へと変わっていた。

 ハルキはガンガンと頭痛のする頭を振って起き上がるとそこで何が行われているのかを見た。時間の感覚を操れる彼にだけそいつの正体がおぼろに見えていた。

 すべての敵を排除すると彼女は姿を現して言った。

「そんなことでは生き残れないよ。死にたくなかったら情けをかけるんじゃないよ」

 シシオとシンバはようやく彼女の姿を捉えた。全身黒いレザースーツに身を包んだ彼女の両手には鈍く光る肉切り包丁が握られていた。その刃からは生々しい血が滴り落ちていた。


 彼女の名はカリナと言った。罠の声におびき出されたシシオとシンバ達の存在を知り、ここを探し当てたのだった。彼女ははたして別のPSISのコミュニティーの一員だった。大人びて見えたがまだ歳は14歳ということだった。彼女の能力は不可視とさらに身体能力の強化で、筋力を何倍にも高めることで超人的なスピードとパワーを発揮できるのだった。

 カリナは子供たちにここを出て自分たちのコミュニティーに合流するよう勧めた。 

 ハルキは頭の傷をサラスに治癒能力でいやしてもらっていた。

「そこにはぼくたちみたいなPSIがたくさんいるんですか?」

「そう、おそらくこのあたりでは一番大きなコミュニティーよ。そしてすべてのPSIにとってとても重要な拠点よ」

「重要な?」

「まあ行けば分かるわ」

 3人の少年たちはカリナの非情な面に不安を抱いたが、今は提案に従うしかないと考えた。ただ彼女の殺戮行為についてはサラスたちには話す気にはなれなかった。

 こうしてアリシア達はしばらく世話になった工場跡地のアジトを離れることになった。ゾウにとっては特に思い出の深い場所であったが寂しくはないと言った。もう独りじゃないから、と。

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