12.語り終わり
【重要】ルナスの名前を、ルナシスに変更しました。ややこしくて申し訳ありません…。これより前の話も、ルナスの名前はルナシスに変更済みです。
「な、んで」
その状況下で初めて小さく声を漏らしたのは、紫色の髪を持ち、魔法使いの手助けをした彼。ほとんど無意識に彼はふらふらと歩き、腰を抜かせて座り込んでいる門番の隣で立ち止まった。門番は憲法の方を凝視したまま、彼には目もくれない。
彼らの視界に映るのはぼろぼろの魔法使いと、血にまみれた憲法だけ。
何を考えているのか、はたまた何も考えていないような、想いなんて微塵も汲み取れない、完璧な無の表情を持つ憲法。
一歩、また一歩と魔法使いに近付く。
「や、やめろ!」
咄嗟にそう叫び、震える足をいなすように必死に動かして、彼は魔法使いと憲法の間に割り込んだ。震えは止まらない。後ろから聞こえる魔法使いの息遣い。
まだ大丈夫。生きている。
「どいて」
何の抑揚もない、けれど幼く澄んだ声。
彼の背筋に冷たい汗が流れる。寒くもないのに歯ががちがちと音を鳴らす。
これが、自分と、この魔法使いが生み出してしまったものなのか。これが、たくさんの人々を殺し、この国の戦況を一気に変えてしまったものなのか。こんな、年端もいかない少女の姿をした、得体のしれないモノが。
憲法を睨みつけつつ、彼は魔法使いを庇うようにその場から動かない。
今ここで、この人を死なせては駄目だ。
僕たちが創り出してしまった『これ』を、なんとかしなければいけない――。それができるのは、きっとこの人だけ。僕では無理だ。他のどんな人間でも無理。この人だけが。この魔法使いだけが。
そんな事を彼が思った時だった。彼の右腕を魔法使いが弱々しく掴んだ。
驚いて振り返ると、血を滴らせながらも立ち上がろうとする魔法使い。
「大丈夫、どいてください」
「何を言って……」
「いいですから」
有無を言わせぬ魔法使いの言葉に、彼は思わず押し黙ってしまう。体はボロボロで、今にも死んでしまいそうな状態なのに、不思議と魔法使いからは悠然とした雰囲気を感じられた。
魔法使いは、彼の前……つまり憲法の目の前に出る。体を引き摺りながら、やはり立つ事は出来ずに座り込んでしまう。
「憲法」
静かな声が、憲法へ向かう。
「私はね、あなたが悪いとは思いませんよ」
魔法使いは顔に付着した血を袖で荒々しく拭って、笑みを浮かべる。今まさに自分を殺そうとしている相手へ向かって。しかしその笑顔は、どこか憂いを帯びていた。
「あなたは、何も知らないだけなんです。嬉しい事も、楽しい事も、良い事も悪い事も。それを感じて、判断するという心も」
憲法の青い瞳がじっと魔法使いに向けられる。自らを生み出した親とも呼べる存在をその目に映し、彼女は今だけは動きを止めていた。
「もっと、あなたに色々教えてあげれたら。……色んなものから守れたら」
いくつもの足音がどこからか響いてくる。開かれた門の後ろから何人もの衛兵がやってくるのが、魔法使いの後ろから彼には見えた。
けれど、声が出ない。ここまで魔法使いを手伝った彼でも、何もできない。目の前にいる魔法使いの威圧感。それが動く事を許さない。
「あなたが何故生まれてしまったのか、私の魔法がどう作用したのかは分かりません。けど、あなたを」
ゆっくりと憲法の右手に薄水色の光が集まり、何かを形作っていく。長くて細い何か。まるで、ロングソードのような。
魔法使いはちらりと、後ろで呆けたように座り込んでいる暗い紫の髪の彼に目を向けた。彼に向って何かをささやいたが、彼がそれをしっかり聞いているのかどうか分からない。
再び魔法使いは前を向く。
「あなたを一人の女の子として優しく接し、感情を教えて、守ってくれるような存在があなたの前に現れることを……せめて、祈らせてください」
眉を下げて、困ったように、ほんの少し目元に雫を浮かべて、笑った。
「……無責任な親で、ごめんね」
あまりにも優しすぎる声色。
水色の光で形作られたロングソードが魔法使いを切り裂いたのと、衛兵たちが門の外へ飛び出したのはほぼ同時だった。
彼は、傾いていく魔法使いの体と、吹き出す赤色を呆然と見つめながら、為す術もなく衛兵たちに捉えられる。
魔法使いを殺した憲法の顔を、見る事もせずに。
ただ、目の前の死に、絶叫するだけで。
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「……あの人の死に様は今でも覚えている」
ぎりっと歯を食いしばりながら、ルナシスの姿で彼は語る。
「その後僕は地下牢へ入れられたけど、しばらくしてから革命軍によって助けられた。正直、僕は憲法の存在が怖かった。いなければいいのにと何度も思った。けどね、革命軍に保護されたままの僕が、たまたま憲法を書き換える瞬間に立ち会った時」
そこまで言って彼は喋るのを止めた。
訝しげに彼の表情を見る番人は、気付いた。ずっとルナシスの体を覆っていた青白い光が徐々に弱くなっているのを。
「……もう時間がないみたいだな」
「みたいだね。できるだけ、残りの時間で全てを話すよ。僕の伝えたいことを」
彼は番人の顔をまっすぐ見据える。
番人は、その視線の意味がなんとなく分かった。彼は自分を見ているだけではなく、自分と似た顔をしていて、憲法のために命を落とした魔法使いも見ているのだと。
「彼女ね、泣いてたんだ」
彼は番人の顔から少し、視線を下げる。
「革命軍にもあっさり捕まって、あっさり憲法の書き換えは実行された。多分君も知っているだろうけど、憲法を書き換えるには新しい内容を覚えさせる必要がある。新しい内容を書いた紙束でも渡すと、しばらく時間をかけて書き変えは終わる。……まあ、それはいい。けどね、僕は」
番人の方へ顔を向けた彼の目には、涙が浮かんでいた。
「感情を知った彼女は、ただの一人の女の子だったんだと、ぼろぼろになって涙を流して、自分の傷を治す事もしようとしない彼女に遭って、初めて気付いた。そして、思い出したんだ。あの人が僕に向けて言った言葉を」
ぽろぽろと流れおちる雫を見せまいとするかのように、彼は両目を手で覆う。
「憲法をよろしくお願いしますって、確かにそう言ったんだ。……けど僕は、あの人の最後の命をかけた願いを果たせなかった。それが悔しくて、だから少しでも真実を本として残したかったけど……全てをあれで伝えきれなかったのを後悔しながら、病で死んでしまった」
ルナシスを覆う光はどんどん弱くなっていく。涙を流しながら、震える声を押し殺して彼は微笑んだ。
「この幼い少年の魔法には感謝している。こうして、あの人が、リーチャーさんが望んだような人間に会えて、全てを伝えれたから」
無言で彼をじっと見る番人。今にも消えてしまいそうな光。
「憲法を、よろしく頼む。約束を守れなかった、僕の分まで。憲法を一番大切に思った、一人の魔法使いの分まで。憲法の……たった一人の、」
言い終わる前に彼の頬から伝った涙が地に落ちるのと、光が消えるのはほぼ同時だった。一瞬にして、書庫室の雰囲気が変わる。もはやここは、ただの古ぼけたどこにも在り得る書庫室に戻ったのだ。
ふらりとルナシスの体が崩れ、番人は慌ててそれを支える。ルナシスは目を閉じたまま眠っている。
ぽつぽつと小さな窓に何かが当たる音。いつの間にか雨が降っていたようで、雨音だけがやけに響く。番人は上を見上げてぽつりと零した。
最後に彼は何を言おうとしたのだろうか、なんとなく番人には分かっていた。
「……言われなくてもな。俺は、もうこれ以上あいつを傷つけさせねぇよ」
ランプを消してルナシスの体を抱えて外に出て、さてこの雨の中をどうしたものか、番人が考えたその時。
向こうから凄い形相で走って来るレイズが見えた。番人を見るや否や、さらに走る速度を上げる。茶髪から雨水が飛ぶ。
「何だよレイズ、トイレか何かか? 言っておくがこんな所にそんなモンはねーぞ」
「違う! 遊んでいる場合じゃない! 番人、憲法を見てないか?」
いつものように茶化してみた番人は、レイズの言葉で一瞬にして表情を強張らせる。その反応を見て「やっぱり見てないか」と声を漏らし、レイズは濡れた髪をかきむしった。
「ついさっきの事だ。憲法がここを抜け出した。ちょっと見張りが目を離した隙に……」
「なんで!」
「理由は分からない! けれど早く見つけないと」
番人はレイズにルナシスをぐい、と押し付ける。レイズは首を傾げて、まじまじとルナシスの顔を見つめた。
「この子は?」
「詳しい説明は後だ。とりあえずこいつ、裁判所内のどこかに寝かせておいてくれ」
「え、ちょっと待」
戸惑いを隠さないレイズの言葉を無視して、番人は雨の中を走りだした。




