第7話-記憶-
(自分と周りの人のために、か)
自分の母親の顔さえ、覚えていなかった。
さらには、自分の事も。
自分の事を知らないのは恐ろしい。
まさか、自分は極悪人だったんじゃないか、だからこんな事になったんじゃないか、
そう、自分を不安になる。
(もっと自分を知ろう、人に会って僕を教えてもらうんだ)
会う人を傷つけてしまうかもしれない、あの少女のような思いをさせてしまう。
それでも、鈴木先生の言うとおり、早く記憶を取り戻すことが本当にその人達のためなのなら…。
「今日、あの『詩織ちゃん』て子と君の担任の先生が来るから」
「いろいろ聞くといい」
「はい」
(あの少女が来るのか…あれから5日経つけど気持ちは落ち着いたかな)
「ガラ」
「失礼します」
「詩織」という人といっしょに入ってきたのは、予想していたよりも若い男の人だった。
(この人が、先生か)
「この間は、ごめんね」
「信士が記憶喪失になったって思うとパニクっちゃって」
詩織が謝ってきた。
「でも、もう大丈夫だから何でも聞いて」
「あ、ありがとう」
「まず、私の名前は宮島詩織、信士とは幼なじみで同じクラス、陸上部なの」
「で、この人が私達の担任の先生で陸上部、顧問の九条先生」
「やっぱり、覚えてないか?」
「…はい、すいません」
「…まぁしょうがないさ、オレの分かることなら答えるから、何でも聞いてくれ」
「じゃあ…僕は陸上部だと聞いたけど、種目はなんなんですか?」
「200メートルだよ」
詩織が答えた。
「や、違う長距離だ」
今度は九条先生が言った。
「え?何言ってるんですか、信士は200じゃないですか、中総体でも200で走って…」
「それまではな、信士、お前は2週間ほど前、俺に突然、長距離をやりたいと言ってきた」
「覚えてないか?」
「分かりません…あの、その理由って?」
「や、それは俺も分かんないんだ」
「なるほど、じゃあ僕の友人関係は?」
「信士は陸上部の人みんなと仲が良かったよ」
と、詩織が言う。
「あっそれと、さっき私と信士は幼なじみだって言ったけど、もう一人いるんだ」
「水時 走っていう…」
その瞬間、
(水時‥‥‥走‥‥‥?)
「うぁぁぁぁぁ!!」
「信士!大丈夫!?」
「おい、信士!!」
「‥走‥‥‥勝つ‥‥‥絶対に‥‥‥」