第64話-悪魔-
「…絶対に負けない」
ノエルの背中が見えなくなった頃、信士が呟いた。
ノエルの実力がどれほどのものかは信士は知らない。
でも、水時をバカにするやつは許せない。
「柊君…アップの続きしよう」
「う…うん」
絶対に勝つ。
「1500の選手、番号順に集まれ〜!」
続々と集まる長距離選手たち。そんな中に2人はいた。
「じゃあ、後で」
ノエルと別れてからの信士は凄く不機嫌で、試合前の話もそれだけ。
九条先生に「予選なんだから体力はなるべく温存しておけ」と言われたときさえ、聞いているのか聞いていないのか分からないような態度。
こんな、信士君を見るのは初めてだ。
3組目の集団にいながら、柊はそんなことを思う。
パァン!
どうやら、1組目がスタートしたようだ。
やはり、先頭にはノエルがいる。でも、見るからに手を抜いているのが分かる。
だらだらとした走りで、楽々とその組で1位。この時点でノエルの準決勝進出は決まった。
やっぱり、なめてる。
柊もこのとき確信した。さっきまでのは裏の顔。あの、悪魔のような走りこそが本当の顔なんだ。
そのとき、2組目もスタートをした音が響いた。
信士君は…。
やっぱり、本気だ。九条先生の話なんか聞いちゃいない。
でも、あれが信士君だ。いっつも全力で。凄いスピードだ。
結局、信士はぶっちぎりで1位。柊も3組目で1位。
予選のタイムでは信士が1番速かった。
しかし、この日1番の衝撃は…。
「浩太、凄い…」
男子800メートル。浩太は予選タイムで2位にずいぶん差を付けて1位を取ってみせたのだ。
やっぱり、浩太には800があってたんだ。そう思わざるえなかった。
2日目
この日の1500の試合は午前中から。そして、組み合わせは…。
「1組目、ノエルといっしょだ…」
準決勝にしてノエルとの激突。しかし、信士にとってはありがたかった。
「逆に後悔させてやる…」
そう、意気込み信士は昨日と同じく集合場所へ向かう。
昨日よりずいぶんと減った人数。でも、信士にとってはそんなことは関係ない。
遅めにやってきた、ノエル。ノエルは信士をみると、
「モウ一度言う、コウカイすんナヨ」
「後悔するのは、君の方だ」
「…ならシネ」
それだけを言い残し、信士から離れる。
「そろそろだ…」
信士が思い腰を持ち上げると後ろから「信士君…」柊の不安そうな声が聞こえた。信士は手だけを振り答える。
スタートライン。信士は横を見てみるとノエルがニヤニヤしているのが見える。
なにが可笑しい…。
「パァン!」全員が一斉にスタートする。ノエルは、前回とは違い真面目には走っているように見える。
やっぱり、速い…!
でも、負けない!!
信士は必死についていく。
しかし、3周が過ぎたとき…。それは起きた…。
「…Go to hell!(…くたばれ!)」
「えっ…」
ノエルの足が凄い速さで信士の足下に伸びてきた。