第61話-秋の新人戦-
ブゥ~ブゥ~
秋の新人戦まで3日に迫ったその日、信士はケータイの着信音に気づいた。
『メール 1件』
メールだ。誰だろ?
『受信ボックス 1件』
『郷田洋介』
洋介から…。
洋介といえば信士が記憶を失う前、野球をしていた頃の相棒。
何の用だろう。野球を辞めることなら形はついたはず。
恐る恐るメールを開いてみる。
『信士、久しぶり。俺たちはこの秋の大会、信士抜きでも優勝することができた。今日はそれを報告するためにメールしたんだ。
だから、信士も俺たちのこと心配しない(心配なんてしてねぇか笑)で頑張れよ。
応援してる』
洋介………。
頑張らないと。本当にぼくはいろんな人に助けられてばかりだ。
『おめでとう。ぼくも頑張るよ』
そう返信を打ち、信士はランニングに出かけたのだった。
-光騎中学校-
「調子はどうだ?ノエル」
「アァ、荒木サン。絶好調ですヨ」
練習中、光騎中陸上部の顧問、荒木は期待の外国人、ノエル・アンソニーのことを気にかけていた。
この前の駅伝、ノエルはコンクリートの上を走るのは、膝に悪いと言って走らなかったからである。
荒木としても、ノエルには走ってもらいたい。しかし、ノエルのこのわがまま過ぎる性格は荒木だけでなく、他の部員たちも手を焼いていた。
部活は真面目にしない。無断でサボるなど、酷いものだ。
それでも、走り出したノエルの姿を見たものは何も言えなくなる。
「去年の水時のタイムは何分デスカ?」
「えぇっと…確か、4分40だ」
ノエルはニヤリと笑みを浮かべ、
「ヨユウだね、じゃあ今回はそれぐらいにスルヨ」
「ジャア、いつもどおり、自分のトレーニングをするマス」
そう言い、他の長距離メンバーとは違う、ノエルの自分で作った練習を勝手に始める。
「それぐらいにする」か…。
ノエルの見せる才能、いや、生まれながらに持った力はどんな努力も及ばない。
外国人の持つ、才能の差はどんなに日本人が頑張ったって適わないのだ。
あの水時でさえ…。
ゴムでできた、1周400メートルのトラック。その周りでは人工芝が緑色にきれいに光っている。
「ついに来たな…」
さらにその周りの観客席、その一部を陣取ったところで浩太が呟いた。
「うん」と相槌を打ちながらも、自分がここで走るんだと思うと信士は緊張からかなんだか上の空だ。
なんてきれいなところだろう。
土がない。青いゴムのトラックの上を走るのだ。それも、多くの中学生が押し寄せるこの舞台で。
そんな中、信士の視界に気がかりな人物が入ってきた。
背が異常に高く、何よりも派手過ぎる金髪。
信士は確信した。間違いないあの人だ。
ノエル・アンソニー…。