第60話-友情-
まさか………
「ゴール寸前で止まったのか…」
信士は気づいた。柊はゴールの寸前で立ち止まり、信士が1位でゴールするように図ったのだ。
「なんで…こんなことを…」
「こんなの、正しい結果じゃない!長距離からいなくなるのは、ぼくだ!」
信士は九条に向かって、懸命に説得しようとする。
こんなのは違う。実力じゃ負けたんだ。
「だから…」
柊がなにか呟いた。
「だから…言ったじゃないか…どんな結果になっても仲間って…」
そんな…そうか、柊は最初から分かってたんだ。
こうなることも、ぼくの中にまだ迷いがあったことも…。
「信士君は走らなきゃ、駄目だ!聞いたよ…約束があるんでしょ?」
だけど…だけど、ぼくは…。
「走れよ」
浩太が言った。
それは、いつもどおりの浩太の声で、まるで自分が1500メートルで走れないと分かった人の声には聞こえなかった。
「これが、正しい順番だ。オレの走りじゃ通用しないよ」
今度は少し悲しそうな声で、でも、確かに強い、いつもの声。
「そんなことはない」
今度は九条先生。
「今日、はっきり分かった。俺はお前の適性を見誤っていたんだ」
「浩太、お前には800の方が合ってる。」
浩太はまだ、悔しさを残しながらもでも、報われたような、これでよかったような…。
「それから、信士。実力ではないが、約束通り1位は1位だ」
「柊に…仲間に貰ったチャンスを生かすも殺すもお前次第だからな」
「以上、これで秋の新人戦前のテストは終わりだ」
終わったという安堵感。そして、柊に貰ったこのチャンスの重み。
でも、3人にとってはそれ以上に…
友情を守りきったことの方が何倍も大きいのだった。
そういえば、柊君はどうして『約束』のこと知っていたんだろう?
でも、まぁなんでもいいや。こうして戻れただけで。
それだけで…。
-1日前-
「柊君、ちょっといい?」
夕焼けの下、いつものように自主練習をしていた柊は詩織に話しかけられた。
「あれ、宮嶋さん。部活は?」
「あぁ~、いいのいいの」
詩織はニコニコした笑顔を浮かべたあと急に真面目な顔をし、
「それよりも、明日のことについてなんだけど」
「信士が記憶喪失なのはしってるよね?」
「う…うん」
「それでね、信士には水時っていう人との大事な約束があるの」
「その約束が果たされれば、きっと信士の記憶は戻る」
「約束…って?」
柊は詩織の言う、約束によって信士の記憶が戻るのなら、どんなことでもするとすでに決めていた。
水時という名前は知っている。確か、とてつもなく速いって噂の。それが信士になにか関係あるのか?
「陸上の大会…中総体で競い合うこと」
「お願い!信士を救ってあげて。明日、多分、信士は2人と争うことをためらっていい走りを出来ない」
中総体で争う…そのためにはここで諦めるわけにはいかない。
諦めればきっと、記憶はずっと戻らないまま…。
「信士にはどうしても、『約束』を…記憶を思い出してもらわなきゃいけないの…」