第19話-ありがとう-
「カキーン!!」
ボールはポールすれすれを通過した。
「ファール、ファール!!」
(あ、あぶねぇ)
「タ、タイムお願いします」
「信士、なに投げたい!?」
(直球は今打たれたし、並みの変化球じゃ打ち取れない)
「分かってんだろ?」
信士はニヤリとして、言った。
「ブレイク行くぞ」
ブレイクは信士のオリジナル変化球で、打者の手元で急に斜めに落下するように曲がる球だった。
まず、打たれるはずのない球。
でも、あまりの難しさから2球に1球は甘くなってしまう代物だった。
「やるしかねぇ」
ツーストライク、ワンボール。
構えたコースはど真ん中、信士は思いっきり投げ込んできた。
ど真ん中にボールが来る。
バッターはホームランを確信したようにバットを振った。
しかし、バットに当たる筈の瞬間、バッターの視界からボールが消え、
見事に洋介のミットにボールは収まった。
ブレイクボールとは、このときの変化球だった。
洋介は受けているうちにどうしても、あの球が捕りたくてしょうがなくなった。
あのときの興奮を取り戻したくて。
「信士、ブレイクボール投げてくれ…」
少し、間があり信士は振りかぶった。
そして、放たれたボールはど真ん中へ、洋介は不思議とボールが曲がる方向へと手が伸びていた。
クッ
ボールはあの日と全く同じ軌道を描き、洋介のミットに収まった。
(……)
「…じゃあな」
信士は急にマウンドを降り、背中を向けて言った。
洋介はこのとき、初めて分かった。
信士は信士のまま、陸上へと自ら道を選んだんだ。
記憶が無かろうと、信士は信士だった。
「ありがとう…」
涙をこらえながら、
背中を向けて歩き出した少年にかすれた声で呟いた。