夏休み突入!in合宿
7月も近づいてきた頃、指し当たっての問題は夏休み、である。
そこで今日の緊急議題。
夏休みの間、泪乃をどうするか。である。
ホワイトボードには姉貴の字ででかでかと
「泪乃緊急雇用対策の会」と書かれている。
…どこに就職させる気だ?
「少し、誇張気味に書いただけだ、気にするなバカ」
姉貴はそう言うと議題に戻る。
「まず第一の問題にして最大の問題、この部室が夏休み中は使えないということだ」
俺たちのような弱小部にはよくある話で夏休み中は
この部室が他の部活に乗っ取られてしまいその間活動が行えない。
つまり、その間、安全に泪乃が身を隠せる場所が必要になってくる。
はいはーいとひとみが手をあげる。
「あたしが預かりまーす」
「却下だ」
「はぅん」
姉貴の即答によって異議を申し立てることも出来ぬままひとみの案は却下された。
「こ、こうはやだぞ、るいのといちにちじゅういたらてのひらにあながあいてしまうのだ」
「貴様にも期待はしていないから気にするな、幼女」
「そ、それはそれでなんだかきずつくのだっ…」
田辺はイジケルように床に人差し指で円を描きながら
「もうちょっとねばってくれてもよかったのだ…」
とか何とか呟いている。
実は面倒見たかったのか?
「で、何かいい案は無いか?」
「ふむ…案ね…」
「全日可能でなくて良い方法なら無くも無い」
章太郎が手をあげた。
「言ってみろ」
「毎日、何かしらの理由をつけて外に連れ出せばいい、
耳と尻尾さえ隠してしまえば見た目は普通の女子だ」
章太郎の意見に姉貴が腕を組んで考えた。
「…それは私も考えたが、ネタがないんだ、
毎日毎日同じ時間外にいるネタが、な」
はいはーいとまたも威勢良く手をあげるひとみ。
「じゃぁじゃぁ、あたしんちの別荘で部の合宿とかはどうですか?
部活動という名目も立ちますし日数も稼げます」
おお、そうだ、言い忘れてたが、ひとみは相当いいところのお嬢様らしい、
「ド変態にしては中々マトモな意見じゃないか…少し見直したぞ」
姉貴が珍しく人を褒めた。
「失敬だな、バカ、私は褒めるときはきちんと褒める、
今まで褒めるべき対象が見当たらなかっただけだ」
何故それをそんなに誇らしげに言えるのかがわからんな。
「ふむ、では何日頃にド変態の別荘に行くか、そして何日くらい滞在するかを決めよう」
姉貴がホワイトボードに議題内容を書き込んでいく。
「部活合宿スケジュール予定」と書かれ空白の日付が下に書かれた。
「まず貴様らの空いてる日にちを言え、ちなみに私とそこのバカは何時でも大丈夫だ」
「何で俺のスケジュールがもう決められてるんだ?」
「バカの運命は私の手のひらの上だ、それを忘れるな、バカ」
はぁ…そうだよ、姉貴と暮らし始めてからこっち休日という休日を
全て姉貴の暇つぶしに使われて、俺は1人で休日を楽しむという崇高な1日を過ごしたことが無い。
「俺も何時でも大丈夫だ」とは章太郎だ。
姉貴は章太郎の名前をホワイトボードに書くと横に円を描いた。
「あたしは8月の末以外なら大丈夫です」
「何だ、ド変態は何か8月末に用事があるのか?」
「部長、本気で言ってますか?8月の末と言えばコミケに決まってるじゃないですかっ」
胸を踏ん反り返らせて威張る意味がわからん。
「っていうかお前、絵では駄目なんじゃなかったのか?」
俺の問いにひとみはわかってないという笑みを零し
「確かにあたしは活字じゃなきゃ萌えません。
ただ極稀に非常に有望な同人小説サークルが参加していることがあるのです、
小説のサークル自体が非常に少ないのでこの機会を逃すと
手に入らないあんな本やこんな本もあるのです」
と言ってまだ見ぬあんな小説やらこんな小説とやらを
その逞しすぎる想像力で想像しているのか瞳をキラキラと輝かせて明後日の方を向いている。
「幼女はどうだ?」
「こうか?こうはいつでもどんとこいなのだ」
「そうか、ならば全員8月末以外なら何時でも大丈夫ということだな」
姉貴はそういうとサラサラとホワイトボードに日程を書いていく。
合宿予定日・7月30日~8月5日迄。
場所、ド変態の巣。
と書かれたそれを章太郎は生真面目にも一字一句間違えずに
部に一台しか無いノートパソコンに打ち込んだ。
「とりあえずこれで一週間は気兼ねなく潰せるわけだ」
「問題は残る3週間か…」
「とりあえずは日中行動するしかあるまい」
「そうだな、私か章太郎かバカの誰かがついていればとりあえずは安心できる」
姉貴はホワイトボードに合宿以外での泪乃の監視についてと表記して俺たち3人の名前を書き、
面倒の見れる日は必ず連絡をよこすこと、後1人で何日も面倒を見すぎないこと、と書いていった。
「この1人で何日も面倒を見てはいけないってのは何でだ?」
俺は素直に疑問に思ったことを口に出した。
「はぁ?そんなことも分からないのかバカが、
1人で行動できる場所など決まってくるではないか、
そんな同じところに何日も2人で連れ立ってみろ、
すぐに町中の噂になるぞ、いつも同じ場所に出没するバカップル現ると」
「姉貴なら別に問題ないんじゃねえの、それ?」
「私は貴様らと違い多忙なんだ」
「今さっき空いてる日を全員に聞いて自分は何時でも大丈夫って言ってなかったか?」
「何だ、また昔の話か?だからお前はバカなんだと何度言えば…」
「わかった、わかりました」
俺は溜め息をつくと仕方なく姉貴の意見に納得した。
いや、本当はしてないんだぞ。弱いな、俺。
そして7月29日の終業式が終わり、夏休みへと突入した。
学校前に待ち合わせ時間前に到着する俺と姉貴、そして泪乃。
泪乃は意味も分からずサンサンと降ってくる太陽に身を浴びせて大はしゃぎしている。
次いで田辺と章太郎がやってきた。
「残るはド変態だけか、遅いな」
「まだ約束の時間まで5分あんだろ…」
そう俺が呟いたとき目の前を笑えるくらいデカイリムジンが横切った。
はぁ…世の中にはあんなデカイ自動車乗ってる奴も本当に存在するんだな、
と思ったらそのリムジンが止まってゆっくりとバックでこっちに近づいてきた。
スーッとリムジンの窓が開く。
「先輩、先輩、おはようございます」
「ひとみっ!?」
窓から顔を覗かせたのはあろうことかひとみだった。
お嬢様とは聞いていたがまさかここまでとは夢にも思わず
姉貴も章太郎も息を呑んで黒塗りのリムジンを眺めている。
唯一田辺だけが
「うおーっ!でっかいくるまだー、こう、こんなでっかいくるまはじめてみたぞーっ!!」
とか言いながらベタベタとリムジンに手垢をつけてる。
…止めてくれ田辺、もし損害賠償とか請求されたら俺たちの
労働力じゃ例え一流企業に将来就けたとしても人生を6回くらいやり直さないと支払えそうに無い…
「あはははっ、先輩、面白い冗談ですね~、あたしそんな損害賠償とか請求しませんよっ」
それは助かる。とは言えちょっとこれからひとみとの身の振り方を考えなければいかんかもな、
親にでも目をつけられたら猟銃でも持って出てきそうだ。
「先輩のことはご報告済みなのでご心配には及びませんのです」
その報告の詳細を全角文字400字以内で簡潔に述べてもらいたい。
場合によっては今すぐ高飛びの準備をしなければならないからな。
「もう、大丈夫ですってば、さぁ、そんなことよりみなさん乗ってください、
あ、あたしは先輩とコウちゃんに挟まれるのがいいです」
「ふむ、貴様の車だ、それくらいの褒美は取らせてもよかろう」
姉貴がドアの開いたリムジンの中を物珍しそうに眺めながらそう言うと中に入った。
続いて俺が入り、一旦外に出たひとみが入り、田辺が入り、泪乃が続き、最後に章太郎が入る。
「ってかマジ広いな…」
「うむ、とても車内とは思えん…」
「泪乃ちゃんのためにこんなものも用意したんですっ」
そう言うとこれまた恐ろしく高そうな生ハムを取り出すひとみ。
「そ、そんな物を与えるなっ!」
姉貴が慌てて止めに入った。
「え~?なんでです?美味しいんですよ、これ」
「だからだっ、私たちよりも高級な物を与えてどうする、
私は飼い犬の為に水商売で体を売って餌代にするなど死んでも嫌だぞ!」
姉貴は割りと本気で言ってる。
まぁ、あまり飼い犬に贅沢はさせるなって聞いたことあるし、
(前にテレビかなんかでおやつにメロンをやってるって飼い主が
居たがあれこそ本物のバカだと俺は思う)
ここは姉貴の意見に同意せざるを得ない。
ひとみはせっかく用意したのに…とぶつくさ文句を言っていたが
「じゃ、あたしたちで食べますか?」
と言って数メートル先にあるテーブルの上に生ハムを乗っける
「これ、切っておいて下さい」
とひとみが言うと小さな声でカーテンの向こうから
「畏まりました、お嬢様」
と聞こえテーブルが自動で動き出して生ハムがカーテンの向こうに送られていった。
というか車の中なのに移動するのに歩くっておかしくないか?
これは俺がおかしいのか?ひとみの家がおかしいのか?
「ところでド変態、別荘とやらには何時頃着くんだ?」
「5時間もあれば着くと思います」
5…5時間…?何県にあるんだよ?
「ふふふ、先輩、それは乙女の秘密なのです」
そう言ってひとみは悪戯っぽく笑った。
俺たちは出された生ハムをこんな美味い物が世の中にあったのかと
いう感想を抱きつつ貧困の差を憂いて雑談やらゲームやらしながら片道5時間、
リムジンに揺られ続けてひとみの別荘へとやってきた。
「到着しました、ここなのです」
そうひとみが言うとリムジンのドアが自動で開いた。
それは別荘というよりももう屋敷であって、
ちょっともう素で若干引いてしまうぐらい馬鹿でかい建物だった。
「何だかゾンビでも出そうな屋敷だな」
姉貴の言葉に俺はああ、そんなホラーゲームあったなとかどうでもいい感想を持ったが黙ってた。
確か「ゾンビハザード」とか言う人気ゲームだ。
第一作目の舞台が不気味な洋館だったか。
「あはははっ、残念ながら出ませんね、ここは日本のお家ですから」
そう言うとひとみは屋敷とは反対方向を指さして
「あっちが海です、プライベートビーチですから泪乃ちゃんでも存分に泳ぐことができます」
プ、プライベートビーチ…そんなもん実在するものだったのか。
「あと、別荘半径1キロメートル以内には対人用の様々なセキュリティを掛けました。
これで人攫い、じゃない、犬攫い対策も万全なのです」
「そ、そうか…よくやったな、ド変態」
あ、姉貴も流石に引き始めてるな…。
「とりあえず今日はもう休むか…何か色んな意味で疲れたぞ…」
章太郎が呟く。
「そうだな」「ふむ」と口々に俺たちは賛同した。
唯一田辺だけが無邪気に
「せんぱいっ!うみだ!しってるぞっ、これえいごでしーだっ!でっかいな!あそびたいなっ!」
とキャッキャッと騒いでいる。
「置いてくぞ、幼女」
姉貴は疲れた声を出して屋敷に向かって歩き出した。
俺たちも後に続く。
田辺は
「こ、こうをおいてくな、ばかー!」
とか言いながら必死に俺たちの後を追ってきた。
屋敷の中も無駄に広い。
何だ、日本にはこんなに無駄に土地が余ってるんじゃないかと
どこぞの大臣にでも軽く文句を言いたくなってくるくらい広かった。
「うわー、でっかいなーここ、ほんとにいえかー!?」
今回ばかりは田辺のその純粋無垢な意見にも賛同できるな。
部屋も15部屋くらいある。ざっと見ただけでだぞ?
「どの部屋も基本的に同じ作りなので好きな部屋を使ってください、
あ、部長と泪乃ちゃんは同じ部屋がいいですか?」
「ふむ、そう、だな」
姉貴の意見を聞くとひとみが二階の奥の方を指さし、
「あそこらへんがツインルームになっています」と言った。
「分かった、行くぞ泪乃」
姉貴はよほど疲れてるのか泪乃を連れてさっさと部屋へと引き篭もった。
「俺たちもとりあえず別れるか、本格的な合宿は明日からということで」
という俺の意見に対し
「賛成だ」
「えー、きょうはもうあそばないのかっ!?」
「先輩、あたしはあそこの部屋ですから何時でも遊びに来てくださいね」
と三者三様の答えがそれぞれ返ってきて正直黒塗りリムジンが
登場した辺りから精神的にかなりやられて来てる俺としては早く寝たいので
「じゃあ」と一言だけ言うと適当な部屋を見繕って入った。
部屋に入るとイキナリガチャッとドアの鍵が閉まって何事かと
思ったがホテルなんかで良くあるオートロックというやつで
部屋のテーブルの上にカードキーが置いてあった。
もう合宿終わる頃には俺たちの家は恐らく蝉の幼虫が住んでいる穴くらいに
感じるのだろうなとか思いつつ俺は主に心の疲れを癒すために
これまた無駄にデカイベッドに潜り込んだ。
というかこのベッドの大きさならわざわざツインルームにしなくても
人型2体くらい楽勝で入れる気がする。
俺はそんな事を思いながら次第に瞼が重くなっていくのを感じていつの間にか寝ていた。