最低顧問教師、黒沢!
7月1周目、
第3水曜日、
部室で俺たちがたむろしながら7月会報誌の作業をしていると
何ともまぁ懐かしい顔がやってきた。
顧問の黒沢だ。
はげで生徒からの人望がまるで無いという駄目先生を絵に描いたようなその禿沢
(ひとみが命名したものだ、いつの間にか全校に広まっていて
禿沢は今でもその犯人探しを熱心に行ってるらしい、目の前に犯人がいるとも気付かずに…な)が
部室にやってきた。
「うおっほん」
非常にわざとらしい咳払いでこちらの注意を引こうとする禿沢。
しかし、全員ガン無視だ。
なんでこいつが文芸部の顧問なんだろうな?
別に現国担当でも無かったぞ。
確か数学だ。
全然ジャンルが違うじゃないか。
「うおっほん!!」
もう一度、今度はさっきの3倍はあろうかという音量で咳払いをする禿沢。
「五月蝿い、黙れ」
姉貴が禿沢の方を見向きもせずにそう言った。
「うぐっ…あ、相も変わらずいい度胸だな、滝内シモーナ
…それに貴様らもだ、腐ったミカンどもめ!」
「あたしたちが腐ったミカンなら先生はトイレに落ちた携帯電話なのです」
ぴしゃりとひとみが言い放つ。
「くっ…口の減らない女め…冠凪ひとみ、いつか不純なところを捕まえて退学にしてやるからな!」
尖った口先を更に尖らせて禿沢がきーきーやかましく言った。
全く、こいつが来ると毎回何かしら事件というか諍いというか、それが起きていかん。
「で、何の用だ?貴様の様な知性の欠片も無い教師が本来来るべき場所では無いのだがな、ここは」
俺は心に思うだけだからまだマシな方だが姉貴は
こういうことをズバズバと全く何の遠慮も無く言えるな、ある意味ちょっと羨ましい能力だ。
やはり先日の何故文芸部には奇人変人しか集まらないのかと
いう答えは部長が奇人変人だから、な気がしてくるな。
「いやなぁに、新しい新入部員が入ったと風の噂を聞いて
顧問であるところのこの俺様がワザワザ用も無いこの腐った部の様子を見に来てやったんだ、
ありがたく思え、腐ったミカンども」
厭らしい心底下品な笑みを浮かべると禿沢はそう言った。
泪乃の事か…トイレかなんかの時に姉貴かひとみと一緒にいるところでも見られたか?
姉貴は特に動じることもなく
「ああ、新入部員か、いるぞ一人」
と言って昼寝をしている泪乃を指差した。
それを見た禿沢はこの上なく厭らしい笑いを浮かべると
「ほぅ…そいつか、中々上玉の、ごほん、いや可愛らしい生徒じゃないか」
とぐへへという効果音がぴったりな笑いを浮かべてそう言った。
「黙れはげピザ。死ね」
姉貴が汚物を見るような目で禿沢を見て呟いた。
「くっ…滝内シモーナ、それは教師への侮辱と受け取るぞ」
「私は教師を侮辱しているのではない、貴様個人を侮辱しているんだ」
姉貴は作業を黙々とこなしながら極めて冷静にきっぱりと言った。
「ぐぅ…こ、これだからこの部活に来るのは嫌なんだ…」
ブツブツと文句を言う。
嫌ならさっさと出てけばいいのに。
「なぁなぁ、はげさわ」
「なんだい?光ちゃん」
田辺の言葉に禿沢は途端に笑顔を取り戻すと気持ち悪い女座りをして田辺に視線を合わせる。
そう、更に気持ち悪いことにこの禿沢、ロリコンである。
というか余ほど性格が悪くなければ女なら誰でもいいらしい…という噂が流れている。
出所は…言わなくても分かるだろ?
「コウちゃんに下品な顔で近づかないでください、先生」
「だ、黙れ、冠凪!下品さなら貴様もいい勝負だろうが!」
ぴくっとひとみのこめかみに青筋が立ったように俺は見えた。
「同じ…?この、あたしの崇高な妄想と貴方の様な下品で
お下劣でいつも女性の穴の中に入れることしか
考えてないような貧弱な考えが同じだと言うのですか?」
いや、ひとみ…今の発言からはすまないが全く同じに聞こえなくも無いぞ。
「黙れっ!同姓だろうが何だろうがいける貴様の方が数倍性質が悪いわっ!」
「同じ穴のムジナだな…」
姉貴がぽつりと呟いた。
「全くだ」
章太郎も同じ意見を持ったらしい。
奇遇だな、俺もだ。
「先輩方、本気で言ってるんですか?
あたしをこのトイレに落ちた携帯電話ほど使えない教師と同レベルだと!?」
ひとみが流石に切れ始めた。
「まぁ、待て、落ち着けひとみ」
「これが落ち着いていられますかっ!」
「だったら田辺に決めてもらったらどうだ?」
章太郎が作業の手を休めることなく呟く。
何時もの方法だな、
困った時の田辺さん。と俺は命名しているが。
2人とも田辺のことが好きだから田辺の意見に同意せざるを得なくなる。
そして田辺は散々悩んだ挙句に
「ごめんなーはげさわー、おまえよりはこうはかんなぎひとみがいいのだー」
とか言って禿沢がしょんぼりして出て行く。
お決まりのパターンだった。
「いいだろう、今日こそ決着をつけてやるぞ、冠凪ひとみ!」
「一回でもあたしに勝った試しがありましたか?女の敵」
バチバチと火花を飛ばしてひとみと禿沢が睨み合う。
そして2人で一斉に田辺の方を向くと
「さあ!」「どっちです?コウちゃん!」と同時に叫んだ。
「んっと、えっとな、あ、そうなのだ!」
名案でも閃いたかの様に田辺が電球を頭の上に輝かせると
毎度お馴染みの二足歩行型狸ロボの足音を響かせながら泪乃に近づいていく。
「きょうは、るいのにきめさせるのだっ、
こうがえらぶといつもおなじになるのだ、それはさすがにはげさわがかわいそうなのだ」
と既に十分可哀想な発言をしてることも露知らずそう言った。
禿沢は今の田辺の発言にかなり精神的ダメージを負ったようだがそれでも怯まずに
「こ、光ちゃんがそう言うのなら受けてたとうではないかっ!
まぁ、俺様の勝ちは決まった様なものだが」とか何とかブツブツと呟いていた。
やはり若干怯んでいるのかもしれないな。
…大声にして言えてないところを見ると。
「望むところですっ、泪乃ちゃんがこんな人間の屑を選ぶ訳ありませんからっ!」
とひとみもそれを承諾した。
「じゃあ、おこすぞー、おい、るいの、おきろー!」
「むにゃ…わふっ…」
田辺に揺り動かされて泪乃はむにゃむにゃと目を擦る。
そして目の前に田辺の手があることを知ると、当然のようにかぷりと噛んだ。
「ぎゃーーーーーーーー!!」
「わふっ?」
「き…貴様、光ちゃんに向かって何たることを…!」
禿沢が叫ぶ。
泪乃は軽く禿沢を見ると心底嫌な物を見る様な目つきになってぷいっと顔を逸らした。
「き、貴様っ!何だ、教師に向かってその態度は、停学にするぞ!」
禿沢はまぁタコのように顔を真っ赤に染めて怒ったね、
でも停学には出来ないな、禿沢ごとき一教師にその権利があるとはとても思えないし、
もし仮に万が一、億が一くらいの確率であったとしても
そもそも泪乃はうちの高校の生徒じゃないからな。
「泪乃ちゃ~ん、おいで~」
「わふっ」
ひとみが誇らしげに「来い」の合図をすると泪乃は嬉しそうにひとみへと近づく。
「きゃー!やっぱりあたしを選んでくれたんですね、
やはりこの宇宙の汚点とあたしは一味も二味も違うのです」
と言って泪乃を抱きしめた。
さっきから禿沢への呼称が段々酷くなっていってるな、別にどうでもいいが。
「く、くそぅ、覚えてろよ!腐ったミカンどもめ!部費のこととか覚悟しておけ!」
そう禿沢が捨て台詞を吐いて部室を出て行った。
「部費の申請は4月にもう申請済みだ、はげピザ」
姉貴がぽつりと呟くと俺たちは再び会報誌作成へと移った。