文芸部の常識人
ドタドタドタドタ。
朝っぱらから五月蝿いな…
この足音は姉貴か…?
俺の予想通りの人物がドアを蹴破るかのごとく俺の部屋へと侵入してきた。
「おいバカ!起きろ!!」
「何だよ…まったく…」
異常なまでにテンションが高いな…
瞼を擦りながらベッドから起き上がる俺の腕を引っ張って姉貴は自分の部屋へと俺を担ぎこんだ。
「見ろ!」
姉貴が指差す方を見ると箸を器用に使いこなしてもぐもぐとご飯を食べてる泪乃の姿があった。
「…うそ、だろ?」
俺は瞬きを2、3度して再度、確認する。
…間違いない。何度見ても箸を使ってる。
しかも結構使い方が上手い。
姉貴と泪乃を交互に見て口を金魚のようにパクパクさせる。
「どうだ?バカ、これが私の躾の成果だ」
姉貴は心底偉そうにそう言い放った。
「…こりゃ、大したたまげた…」
俺は素直に感嘆の音を漏らした。
その日の放課後、部室で例の2人と文芸部最後の砦が真っ二つで意見衝突を繰り広げていた。
「だーかーらー、ほんとなのだ!」
両手をスカートの前へとぐーでやり子供の様に怒る田辺。
「絵本のような本ばかり読んでるからそのような幻想を見るんだぞ、田辺」
極めて冷静に男は言った。
「いや、本当なんですよ、副部長」
ひとみも負けずと説得を試みている。
「冠凪、お前も変な妄想ばかりしてるからそんな在りもしない出来事が見えてしまうんだ」
聞く耳持たない、とは正にこのことだろうな。
「むきー!しんじろ、るいのはわんちゃんでぶちょうとせんぱいとくるのだ!!」
田辺が両手を振り回して怒ろうとすると男は田辺の頭を軽く撫でる。
「あ、ふぁ…」
途端に大人しくなる田辺。
「本当に来たら、信じてやるよ」
男は田辺を沈静化するとそう言った。
「その言葉、本当だろうな、章太郎」
「む…シモーナか?」
男…章太郎はドアの方を見て姉貴を確認する。
「俺もいるよ」
一応、俺も目に入ってるだろうが自己主張しておいた。
「翔太、お前がついていながらこのザマは何だ、全員白昼夢にやられているぞ」
そう言ったこの長身の眼鏡は文芸部副部長、木崎章太郎。
俺と姉貴とは5歳の時からの古い付き合いでいわゆる秀才とかガリ勉とか、
そう言った言葉がよく似合う。
頭がいい上に顔もいい、神様はいつだって不公平なんだ。
先日まで風邪を拗らせて寝込んでいたようだがどうやらようやく治ったようだな。
「章太郎…こいつを見ろ」
そう言うと姉貴は自分の後ろから泪乃を差し出す。
「何だ、新入部員か?」
「こいつが幼女とド変態が話していた犬だ」
「………」
章太郎はマジマジと姉貴と泪乃を見た。
「お前はこういう冗談を言うタイプとは思わなかったけどな」
「私は何時でも本当のことしか言わん」
そういうと姉気は泪乃の被っていた深い緑の帽子を取った。
茶色い髪の毛から犬耳がピンと立つ。
章太郎は暫く考え込むと閃いた様に呟いた。
「………ほぉ、わかったぞ、お前らこれはドッキリだな?
お誂え向きにこんなコスプレ女まで用意して風邪だった俺をみんなで嵌めようと言うのだろう?」
「相変わらず頑固だな、貴様は」
「お前ほどでは無いけどな」
姉貴は無言で章太郎の手を取り、泪乃の耳の付け根に手をやった。
「………っ?」
一生懸命犬耳のアタッチメントを探す章太郎。
見つかるわけないぞ、本物だからな。
「…な、なかなか精巧に出来てるな、最近のこういうグッズは、す、素肌に直接取り付けるのか」
俺と同じ反応してやがる…
「副部長、素直に認めるのです」
「そうだぞー、るいのはわんちゃんなんだぞー!」
ひとみと田辺がここぞとばかりに章太郎を攻撃する。
まぁ、普段から章太郎にあしらわれてばかりいるこいつらにとっては
今は絶好のやり返しタイム突入と言う訳だ。
まるでタイムセール時のおばちゃん連中の如く、勢い付いて章太郎を責める。
「わんっ!」
泪乃も一声吼えた。
「しかし、常識的に考えてそんな生物が存在するなんて有り得ない」
流石姉貴に常識人と言わせる男だけあって中々認めないな。
「貴様の頭の中は相変わらずガチガチだな。何でも自分の知識の中で片付くと思うな、
貴様の知らない世界が世の中には無限に広がっているということも知れ、それもまた勉強になるぞ」
無言で姉貴の言葉を聞きながら泪乃の顔を触る章太郎。
泪乃はくすぐったそうに「くぅ~ん」とか「わふっ」とか言ってる。
「…むぅ、仕方あるまい…忌々しいがどうやらシモーナの言うとおりらしいな。
まさかこんな生物が実在するとは…いつから世の中はファンタジーな世界へと突入したんだ?」
率直な疑問だな。
だから俺も率直に答えた。
「そんなこと、俺が聞きたいね」と。
「そもそもこいつ…泪乃とか言ったか、定義は何だ?人間か?犬か?」
まるで新しい研究素材を手に入れた研究員のように興味津々に泪乃を見て章太郎が呟く。
「わんっ」
「犬語しか話さないところや仕草などから限りなく人に近い犬だと私は予測している」
姉貴が自分の予測を章太郎に話した。
「ますますファンタジーだな」
「面白いだろう?中々頭もいい、今朝など箸の使い方をマスターしたほどだ」
「箸を使いこなすのか…それはもう犬ではないな」
ふと気付くと田辺が俺のズボンの裾を引っ張っていた。
「なぁなぁ、せんぱい、さっきからあのふたりはなにごではなしてるのだ?」
「…日本語だ」
そう言って俺は軽く田辺の頭を撫でる。
「ふぁ…、でもでもさっぱりいみがわからないぞ!」
「コウちゃんにはちょっと難しいかもですね~」
厭らしい目つきでぷぷっと笑いながらひとみが呟いた。
「だ、だまれ!かんなぎひとみっ!い、いみくらいわかるぞ、こうはばかじゃないからな!」
意地になるな、また来るぞ。
「じゃあ、どういう意味何ですか?お馬鹿なあたしに是非教えて欲しいです」
ほら来た。そう言ってしゃがむとひとみは田辺に目線を合わせてにっこりと微笑んだ。
はたから見れば心優しいお姉さんが小学生に話しかけてるように見えるんだろうが、
内情を知ってると全く別物に見えるな。
「うぅっ…そ、それは…」
「それは?」
更に一見するとただの美少女以外の何者でも無いスマイルを浮かべてひとみは田辺に迫る。
「そ、そ、そ、そうなのだ、る、るいのがいぬだっていうことなのだっ!」
「ぶぶー、半分当たりで半分外れです」
そう言うとひとみは田辺の胴をがっしりと掴むとひょいと持ち上げる。
「うあー、なにするー!?」
「罰ゲームです」
ひとみは高々と田辺を上げるとその場でくるくると回りだした。
「ああーー!やめ、やめろーー!!めがまわるーーーーっ!!」
「あはははははっ、それそれ~、まだまだこれからですよ、コウちゃん♪」
「うあーーーーーー!!」
楽しそうにその場をオルゴールの様にくるくる回るひとみと田辺。
いや、楽しそうなのはひとみだけだな。
田辺はちょっと本気で涙ぐんでるぞ。
ふと見ると姉貴と章太郎はまだ泪乃が犬と人間どちらにより近いのかを議論していた。
「とりあえず人面犬という都市伝説があっただろう、あれに準じて人体犬というのはどうだろうか?」
「ふむ、悪くはないが、もっとこう格好いい名前の方がいいな。
ヒューマノイドドッグとかはどうだ?」
心底どうでもいい話題だ。
「わふっ」
泪乃が俺の前に来て何かおねだりでもするかの様に吼えた。
思い出すと俺はズボンの中から一本のビーフジャーキーを取り出す。
「泪乃、待て」
「わふっ」
そういうと直立不動でビーフジャーキーを見ながら泪乃はじっとその場に立ち尽くす。
「よし、いいぞ」
「わんっ」
俺がそう言うと泪乃は満面の笑顔で吼え両手でビーフジャーキーを掴み食べ始めた。
「流石に箸を使うだけあって、一通りの躾は済ませてあるのか」
「うむ、その通りだ」
俺と泪乃の様子を見て章太郎が言うと姉貴が満足そうに呟いた。
「とにかくっ、全員揃ったからもう一度確認しておく」
姉貴がバンッ!とホワイトボードを叩く。
ひとみがその音に気付くと田辺を地面に降ろしてやり、
田辺は「め、めがーーーっ!!」とか叫びながら地面をよたよたと歩いている。
「何の確認だ?」
章太郎が姉貴に問いかける。
「泪乃の扱いについてだ」
そう言うと姉貴は泪乃に「来い」の合図を出した。
走って姉貴の下へと向かう泪乃。
「泪乃は未知の生命体だ、外部にばれると何をされるかわからん。
各自最大限の注意を払って行動してくれ」
姉貴は泪乃の頭に手を乗せるとそう言った。
「成る程、もし捕まったら生きたまま解剖などの処置がとられるかもしれんな」
うわっ、姉貴と同じ発想するか、章太郎。
「当然の予想だ、あとむさ苦しいスケベ親父などにも要注意だ」
「…それは言ってる意味がわからないな」
「本気ですか、副部長、泪乃ちゃんがむさ苦しい変態のおじさんたちに
見つかったら強姦されちゃうのです、世の中男はバカでスケベばかりなのです。
副部長や先輩のようなケースは珍しいのです」
「…俺は女でもスケベで変態なのを約1名ほど知っているんだが」
俺の呟きを耳ざとく聞いていたのかひとみは
「いやですっ、先輩ったら、そんなに褒めないでください」
なんて言って頬を染めていやんいやんと首を振った。
いや、これ褒め言葉じゃねぇから………
「取り合えずの注意点はそれだけだ、よし、久々に文芸部らしいことをしようじゃないか。
6月は泪乃に掛かりっきりで会報誌が作れなかったからな、7月の原稿に取り掛かろう」
「おー、こうはるいののことかくぞー!」
「それを止めろと言っている、幼女」
「えへへ~、じゃあ、あたしは、何時も通り新撰組の土方×沖田の小説を…」
「変態な内容は入れるなよ、ド変態」
「わかってますよ、部長の原稿チェックは厳しいのです。
Sで始まりXで終わる単語を使用しただけで没になりますから」
「当たり前だ」
そういや姉貴は変にそういうことに厳しいんだよな。
「私たちは健全な高校生なんだ、それに相応しい文章を書けばいい」
何を察したのか知らないが章太郎が姉貴に腕を回す。
ひそひそと小声で何か喋ってる。
「で、進展したのか、お前ら?」
「バ、バカ、私たちはただの姉弟だと何度言えば…」
「全く、そんなに性格が破綻してるのに何故そこだけそんなに生真面目なんだ、お前…」
「五月蝿いな、あのバカに言ったら殺すぞ」
「わかってるよ」
何言ってるんだ…?
全然聞こえん。
ただちょっと姉貴がきょどってる姿を見るのは久しぶりな気がするな。
章太郎以外姉貴は扱えないからな。
今度是非操縦方法をご教授願いたい。
いや、マジで、切実な話。
ともかく久々に5人全員が揃った俺たちはこれまた
久々に文芸部らしく月1の会報誌作りに勤しんだ。
実は結構うちの部の会報誌は校内で人気がある。
書かれている内容が普通の話題は俺と章太郎の二人だけで後は無駄に偉そうな目録と後付け、
そしてBL(月によっては百合の時もある)な小説と絵本か童話のような話だからな。
珍しい物見たさに貰いに来る奴がいるのさ。一通り作業が終わると俺たちは帰宅した。