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泪乃の食事

かくして俺と姉貴は泪乃を連れて散歩、じゃない、家に帰ることにした。

泪乃は深い帽子を被らされて尻尾は無理やりスカートの中に押し込まれたまま

姉貴に引きづられるように商店街を歩いていた。


「いいか、泪乃、絶対に吼えるなよ」


「わふっ」


姉貴の言葉に泪乃は元気に吼えた。


「それを止めろと言っているんだ、駄犬」

「く~ん」


泪乃はさも

「申し訳ありません、ご主人様」

と言った様な目で姉貴を見た。


「なあ姉貴」

「なんだバカ」

「泪乃のご飯とかどうすんだ?」


そこで姉貴が立ち止まった。

左手は泪乃の右手を離さないまま右手だけを顎に持っていく。


「ふむ…餌のことをすっかり忘れていたな、そもそもこいつは一体何を食べるんだ?」

そう言ってマジマジと泪乃を見つめる。


「見た目は人間だからな…普通のご飯でいいのだろうか?

いや、体の構造関係が犬だったとしたらネギ等は不味いな…」


「とりあえず火の通した肉でも与えておけばいいんじゃないのか?」


俺がそう言うと姉貴は心底人をバカにした目で見て鼻で笑うと

「バカは何も考えずに発言するから困るな、それでは栄養が偏るではないか、

泪乃は見てくれがこれだからまだ私たちに拾ってもらえたが

これが力士のようにマルマルと太っていては貰い手がつかないだろう」


とりあえず想像力が低い俺にはデブった泪乃の姿なんぞ絵にすることも出来ず

「そんなもんかね」と呟いた。


「はっ、流石世界一出来の悪い弟だ。いいか?

こいつは愛玩犬の要素を持つから拾ったのだ。

ただ餌を貪り、惰眠を繰り返し、ピザのように太ったら即刻私は捨てるからな」


「それはちょっと酷くねぇか?動物愛護の精神に反するだろ」


姉貴は何故か誇らしげに「動物愛護の前に私の精神に反するのだ」と言ってのけた。


はぁ、さいですか。


「やはり野菜中心で尚且つ少量、肉を与えるのがベストだろう。

炭水化物は駄目だな、カロリーが高すぎる」


そう言うと姉貴は片手で器用に鞄を開けると中から

紙とペンを取り出して口にペンのキャップを加え

キュポッという音とともにペンのキャップを外す。


「おいバカ、この紙を持て」

俺は姉貴から紙を受け取ると姉貴はその紙にすらすらと綺麗な文字を書いていった。


「よし、完成だ」

「なんだこれ?」

「見て分からないのか?何たる無知だ。料理のレシピに決まっているだろう」


そんなものは見ればわかる。

それでこのレシピがどうだと言うんだ?


「はぁ…今、お前の姉さんは自らの弟の余りのバカさ加減に思わず泣き出しそうになったぞ」


姉貴は片手で顔を押さえながら本当に哀れみの念を込めて俺を見た。

いいから続きを言え。


「今夜からの泪乃の餌のレシピに決まっているだろ」


それを何故俺に渡したままにする?


「お前が作るからだ」


あー、成る程、そりゃわかりやすい。

ってちょっと待て。

俺が作るのか?

泪乃のご飯を?


「何か問題があるか?」


姉貴は俺が料理をしているところを一度でも見たことがあったか?


「あるぞ、あれはそう、小学校の家庭科の調理実習の時だった。

とあるバカが目玉焼きを作ろうと豪快に卵をテーブルに叩きつけてそのまま粉々に粉砕したな」


そのとあるバカって誰だか覚えているか?


「もちろん覚えているぞ、とあるバカ」


姉貴は自信たっぷりに俺の肩を叩く。

なら何故そんな俺にレシピを渡す!?


「私は忙しいんだ、飼い主ならペットの餌くらい面倒見ろ」


そもそも泪乃を最初に拾ったのは姉貴じゃなかったのか………


「大体だ、お前はいい加減バカから位を上げたくはないのか?

これはいいチャンスだ、そのレシピを忠実に作って私の中の株は急上昇。

花丸を上げてもいいだろう、バカと呼ぶのを止めてやってもいいくらいだぞ」


その話はどこまで本当なんだ。


「私は何時だって本当の事しか言わないぞ」

「…わかったよ、やるだけやればいいんだろ」


諦めたかのように俺が呟くと。


「いい返事だな、弟よ、流石は私の弟だけの事はある」

と姉貴は少々芝居染みた口調で言った。


手の平返したように褒めなくてもいい。


しかも「私」という部分を強調するな。

有り難味が薄れる。


「では私は先に帰って駄犬を部屋へと上げるミッションを敢行する。

食材の調達は任せたぞ、弟よ」


そう言って姉貴は泪乃の手を引いて去っていった。


ひゅ~っと言う音が鳴って葉っぱが一枚、俺の足元を通過した。


傘に当たる雨粒の音がやけに大きく感じる

………おい、材料費は後でちゃんと出るんだろうな…



俺が帰り道のスーパーでレシピに目を通しながら野菜をカゴに入れていると突然携帯が鳴った。


何だ?

メールか?

確認する。

げっ、ひとみだ。


=タイトル・あたしを食べて( *´艸`)=


=本文・


 先輩、泪乃ちゃんのご飯ってどうなりました?

 あ、あたしですか?あたしは今先輩をおかずに

 ハァハァしてますよ~、キャー!

 先輩もあたしをた・べ・て♪

と、ここで俺は何も言わず返信のボタンを押した。


=タイトル・無し=

=本文・


 今、泪乃のご飯を買ってるところだ、

 後俺の受診フォルダを変態な文章で染め上げるのはやめろ。


と、返信完了だ。


放って置いたら一日に20通は変態な文章が送られてくる。

俺じゃなければ携帯会社と警察に連絡してストーカー被害を訴えているところだ。

俺はレジで会計を済ませるとそそくさと家へと帰った。


「ただいま~」


そう言って靴を乱暴に脱ぎ捨てる。


「お帰りなさいませ、翔太様」

このバカ丁寧な応対をしてくれるのがさっきちらっと紹介した俺と姉貴の母さんだ。

姉貴と同じ金髪で赤い瞳をしていて年齢の割りに歳を感じさせない声と顔の持ち主。


「あらあら、翔太様、どうかなされたのでございますか?そんなにお買い物をなされておいでで…」


「いや、これは泪…じゃないや、ちょっと俺と姉貴の夜食分に…」


母さんは人形の様に細い首を少し傾けると

「左様でございますか、しかし翔太様、

言ってくださればわたくしがお夜食などご配膳いたしましたのに」


「ああ、俺料理覚えようと思って、それでその練習がてらに、さ」


我ながら苦しい嘘だな。

だがその俺の台詞を聞いて母さんはパンと小さな両手を合わせた。


「まぁまぁ、翔太様がお料理を?これは大変喜ばしいことですわ。

あら、どうしましょう、お赤飯の準備をなさいませんと」


いや、そんな大層なものではないだろう…


「赤飯はいいよ、冷蔵庫に空きある?」

「はい、もちろんでございますわ」


そう言うと母さんは台所の方へと消えていった。


俺は冷蔵庫に食材を詰めると二階にある姉貴の部屋へと向かった。


「おい、姉貴、今帰ったぞ」


そう言ってドアノブを回す。


「あ、こら、まだ開けるな…」

「…えっ?」


そう言って見た俺を待ち受けていたのはパジャマ姿に

泪乃を着せ替えようとしている姉貴の姿と素っ裸の泪乃の姿…


「あ、いや、これは、不可抗力というか…その…」


俺は慌てて弁論しようとする…が、時既に遅し

「言い訳をする暇があるなら…早く、出て行かんか、この色魔が!」


姉貴のベッドの上にあった枕が唸りを上げて俺の顔面へと直撃する。

俺は枕を盾にしたまま泪乃の方を見ないようにそのまま部屋を出た。

あー、びっくりした。なんでもうパジャマ着せようとしてるんだよ。


「おい」

しかし…泪乃…結構胸あるな………


「おい、色魔」

「何だよ…もういいのか?」

「ああ」


俺は枕を顔から外すと姉貴の部屋に入った。

泪乃は淡いスカイブルーのパジャマを見に纏っていた。


「全く、お前がド変態の仲間だったとはな」

「さっきのは事故だ」

「五月蝿い、黙れ色魔」


くそっ、何だこの扱いは…

泪乃のご飯作ったら格上げするんじゃなかったのか?


「しただろう、バカから色魔へと」

心なしか下がってるように思えるんだけどな。

「黙れ色魔」

見る目もかなり冷ややかなものに変貌している。

…これは不味いな。


「あー、こほん、それじゃあ、泪乃のご飯作ってくるわ」

「早くしろよ、レシピ通りに作らないとまたバカに降格だぞ色魔」


いっそのことバカの方がマシな気がしてきたぞ。

そう言うと俺は台所へと降りていった。

ふむ…まずはキャベツの千切りか…

俺はキャベツをごろんとまな板の上に置くと包丁を右手に握り締める。

母さんがおろおろと俺を見ているがそんな場合じゃない。

俺の名誉がかかっているのだ。


「はあああああああああ!!」


俺は気合を入れるとキャベツを一刀両断した。


「………」


わかってる。

千切りだろ。

やり方は確か前に母さんがやったのを記憶している。

半分に切ったキャベツを剥いて、細かく切っていくんだ。

そのくらい俺にだって出来るぞ。


トントントン。


ほら、見ろ。

「まぁまぁ、翔太様、何をお作りになられるのかしら?八宝菜ですか?」

………オカシイな…俺は千切りのつもりだったんだが…

八宝菜というのは確かキャベツが四角形じゃなかったか?


…わかってるよ。

ああ、明らかに太いよ、この千切りは。

大丈夫、太い分には問題ない、更に切ればいいんだからな。


トントントン。


「あらあら、翔太様、甘藍を微塵切りにする発想を思いつくなんて

もしかして初めて料理するのにもう新しいレシピの開発でございますか?」


ぐっ…どうやら今度は細かく切りすぎたようだな

…まぁ、腹に入れば同じだろう。

次だ次。

何々、ササミを炒める…か。

ん?味付けしたら駄目なのか…姉貴の字で犬に濃い味付けは厳禁だ。とメモ書きがあった。


なるほどね。

俺はフライパンに油をしいて熱するとササミを放り込んだ。


「翔太様?何故調味料を入れないのでありますか?」

母さんが思ったことを素直に疑問にした。

まぁ、そりゃそうか。

「あ、いや、これは、そう、姉貴がダイエット中なんだ。

それで極力調味料は使わず素の味をと思って…」

「まぁまぁ、シモーナ様がおダイエットを?

あの子、おダイエットをするほどお太りになられていたでありましょうか?」


はて?という風に母さんは首を傾げた。


「あの年頃の女なんてみんな体重気にするんだろ、例えそれが適正体重かそれ以下でもだ」

「あぁ、そうですわね、お母様にも多分にご理解できる所存でございますわ、

思い出します、若かりしあの頃の美しい思ひ出たちを…」


なにやら母さんは自分の若い頃を妄想しているのか夢を見ているような顔をしてぼーっとしている。

時折俺はこの人がリアリストなのか夢見る乙女なのかわからなくなる。

まぁ前者が正解なのだがな…

一度うちの母さんを見てみるといい。

妙ちくりんな言葉使いと年齢に合わないその容姿とで

どちらが本当の母さんなのか混乱すること請け合いだ。

特に姉貴と並べられると姉貴が親で母さんが子供に見えることもある。


俺は焼いたササミと粉々になったキャベツを持って二階へと上がっていった。


「…おい、なんだこれは?」

姉貴は俺の渾身の力作を指差すとそう言った。


「何ってレシピ通りだろ」

「…まぁ百歩譲ってササミはいいだろう、だがこの生ゴミは何だ?」

「………キャベツの千切りだ」

「冗談は頭の中身だけにしろ、バカ」


お、バカに戻ってる。


「そんなことで喜んでいるんじゃない、どうしようもないバカだなお前は」

「まぁ、腹に入れば一緒だろう、どうせどっちも生のキャベツだ」

「ん…まぁ、そうだな」


姉貴が渋々納得するのを見て俺はほれ、と粉々のキャベツと所々焦げたササミを泪乃の前に置く。

泪乃は目を輝かせて

「わん!」と吼えるとササミに貪りつこうとした。


その時、姉貴の右手のひらが泪乃の顔面に止まる。

「…何やってんだ?」

「くぅ~ん?」

泪乃はよだれをじゅるじゅるとたらさんばかりの勢いでササミとキャベツを見ている。


「可哀想だろ、食わせてやれよ」

俺の言葉に姉貴は俺の顔も見ずに

「黙れバカ、躾は最初が肝心なんだ」と言った。


「…躾?」

「そうだ、今まさに『待て』を躾けているところだ」


泪乃はまだ~と言う顔で尻尾をばたばた震わせて姉貴を見つめている。

姉貴の無言の迫力と手のひらの圧力に負けたのか今度は泣きそうな顔で俺を見てきた。


そんな顔で俺を見るな。

…まだか、いい加減いいだろう、あぁ、もうそんな顔で見つめるな泪乃!


「なぁ姉貴、そろそろいいんじゃないか?」


俺は泪乃のまだかな?光線全開なその瞳に負けて姉貴に催促をしてやる。


「ん…もう2分くらい経ったか?」

「経った経った」

「ふむ、初めはこんなものか、よし泪乃、いいぞ、食べろ」

「わんっ!」


泪乃は嬉しそうに吼えると顔をそのまま食器に突っ込んでササミを食べ始めた。


「…しかし体は人間でも本当に犬だな」

「ふふふ、今に見ていろバカ、私はこの駄犬を日本一、いや世界一利口な名犬へと育ててやる」

「ほぅ」

姉貴の目は意外にもマジだった。


「とりあえず基本的な躾から始めて最終的には字を書けるようになるのが目標だな」

「字!?」

「何をそんなに驚いている?」

「いや、だって確かに見た目は人間だが泪乃は犬だぞ?」

「人型二足歩行犬という時点で一般的な犬の常識は遥かに逸脱している」


そりゃあ…そうだが…


「とりあえず…早急に箸の使い方は教えないといかんな」


姉貴はカーペットにぼろぼろと毀れたキャベツとササミの残骸を見て盛大に溜め息をついた。

…と、もうこんな時間か。


「じゃあ、俺はもう寝るぞ」

「ああ」

「ちゃんと鍵閉めて寝ろよ、用心するに越したことはないからな」

「誰に物を言っているんだバカかお前は」


姉貴の呆れ果てたような声を尻目に俺は自分の部屋へと戻った。

携帯のアラームをセットしてパジャマに着替え、ベッドへと潜る。


ちなみに携帯を見るとひとみから変態メールが5件届いてた。

全て千文字を超える大長編のオリジナルエロ小説だった。

しかもBL物。

こんな物送ってきて何が楽しいのか、理解に苦しむね。

華麗に全部スルーすると俺は深い眠りへとついた。


チュンチュン…ドタドタドタドタドタ!!

何だ、随分騒々しいな…雀のさえずりに混じって駆け足の音が聞こえるぞ。

バタンと俺の部屋のドアが盛大に開く。


「大変だ!泪乃がいな…っ!?」

「んぁ…なんだっ…!?」

「くぅ~…すか~…」


俺の隣で泪乃が丸まって寝ていた。


「貴様…夜中に私の部屋に忍び込んで泪乃を連れ込んだのか…」


姉貴は右手の拳を思いっきりぐーに握ってわなわなと震えている。


「いや、待て誤解だ、泪乃が勝手に…!」

「黙れこの大バカ!泪乃が勝手にドアの鍵を開けるわけが無いだろう!!」

「鍵の掛かった部屋にどうやって侵入するんだよ!俺は平成の大泥棒かっ!?」


俺たちの口論で目が覚めたのか泪乃が大きく伸びをする。


「わふっ!」


そう言うと泪乃は俺と姉貴の頬をそれぞれ一舐めして元気良くベッドから飛び降りた。

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