表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

ばれた!

そして二学期が始まって最初の日曜がやってきた頃。


「よし、そうだ、いいぞ、泪乃!」

「わぅ?くぅ~ん、はふっ!」


姉貴は俺を部屋に呼びつけると泪乃を自分の机の椅子に座らせて何やらやっていた。


「わんっ!」

「よし、完成だ!」

「何が出来たんだ?」

「ふっふっふ、見て驚けバカ」


そう言って、姉貴は一枚の紙を俺に見せた。

何やらみみずがのたくったような文字で

「おはよう」

「ごめんなさい」

「さようなら」

と書かれている。


まさか…。


「これ…泪乃が?」

「その通りだ」


この女、マジで字を書かせやがった。


「いいか泪乃、これは朝起きたときに使う挨拶、

こっちは悪いことをしたときに使う言葉、

最後に書いたのは部活の帰りに皆と別れるときに使う言葉だ」

「わんっ!」

泪乃は元気良く笑顔で吼えた。

本当にわかってるのかね…




コンコン。


その時、ドアからノックが鳴る。



「「!」」


「?」


俺と姉貴に緊張の色が走った。

泪乃はそんな俺たちを不思議そうな顔をして見て首を傾げて見せた。


「姉貴、母さんだ、やばいぞ」

「う、うむ、とりあえず泪乃をクローゼットの中に隠そう」



コンコン。


二回目のノック。


俺はクローゼットを乱暴に開けると泪乃を無理やり中へと押し込める。



「くぅ~ん?」

「いいか、静かにしてろよ」


そう言うと俺はゆっくりクローゼットを閉めて姉貴にOKサインを出した。


コンコン。


三回目のノック。


「どうぞ、母様」

姉貴が答えた。

ガチャリと開くドア。


「あらあら、翔太様もこちらにおられたのですか?

それより今何かお犬の鳴き声が聞こえたのですが…」


「き、気のせいだよ、なあ?姉貴」

「はい、母様の聞き違えかと」


姉貴は母さんが苦手だ。

小さいころ、母さんが親父と再婚するまでの間、

女手一人で面倒を見てくれていたことに引け目を感じるらしい。


「そうですか?なら良いのですが、我が家はペット様はご禁止であられますので」

「わかっています、なあ翔太?」

「あ、ああ」

と、そう言ったとき、クローゼットががたっと揺れた。


「あら?何か崩れたのでしょうか?」

慌てて姉貴がクローゼットを開けようとする母さんを止めに入る。


「母様!後で私がちゃんと直しておきますから!」

「あらあら、これくらいわたくしがお直しいたしますわ」


そう言うと問答無用で母さんはクローゼットを開けた。

当然、中から出てきたのは泪乃だ。


「お友達…ですか?」

「は、はい、そうなんです、いい年してかくれんぼが好きで…」


姉貴にしては下手な嘘だ。

相当動揺してるな。

とは言え、俺だって気が気じゃない。


「まぁまぁ、貴方様のお名前は何ていうのかしら?」

「わんっ!」

「こら、泪乃っ!」

「不思議な言葉を使うのですね、そうまるでお犬のような…」


そこで、少し首を傾げた後、母さんはこちらを振り返る。

表面上はニコニコしてるいつもの母さんだ、が、俺と姉貴には直ぐに分かった。

こう見えて母さんは勘が鋭い。


「シモーナ様、翔太様」


あくまで微笑みを絶やさず、

しかし物凄いプレッシャーを放ちながら母さんは俺たちの名前を呼んだ。


「本当のことを仰ってくださいますね?」

「………はい」


姉貴は観念したかのようにそう呟いた。


三人で一階のリビングへと降りる。

泪乃には「待て」と言っておいた。


少しの沈黙の後、姉貴はぽつり、ぽつりと話し始める。

6月に初めて泪乃を見た時のことから。

泪乃が人間の姿をしているが実は犬なのだということ。

それから部室と姉貴の部屋でこっそり飼っていたこと。

夏休みひとみの別荘に合宿に行ったこと。

夏祭りにいったこと。

全て話し終わってから姉貴は恐る恐る母さんを見る。


「大体の事情は把握いたしました、シモーナ様」

「…はい」

「直ぐにお捨てになってください」

「母様…それは!」

「我が家はペット様は禁止です、大体、そんな得体の知れない

お犬とも人間とも区別がつかないような訳のわからない生物を野放しにするのがおかしいのですよ」

「野放しにするのがおかしいなら部室で面倒を見ますから…!」

「いけません、得体が知れない事柄は事実なのです。

早急に関わりあうのをお止めになってください」


そこまで言うと母さんはふと、顎に手をやった。


「ただ捨てるだけでは他の方に迷惑がかかるかも知れません、保健所に言って安楽死させた方が…」

「母様!」

「シモーナ様、何故庇うのですか?

もしかしたら未知のウィルスなどを保有しているのかもしれないのですよ?」

「しかし、だからと言って直ぐに殺すなどと…」

「そもそも地球上にあのような生物が存在しているのがおかしいのです。

安楽死は当然のことだと思いますが?」

「…しかし」


ここまでの母さんと姉貴の会話を聞いたところで俺の思考回路がどうやら一本飛んだようだ。

思いっきりテーブルを叩いて俺は立ち上がった。


姉貴も母さんもその音に驚いて俺を見ている。

構わず俺は母さんに早口で言った。


「母さんが泪乃の何を知ってそんなこと言ってる!?

生き物を大事にしろっていつも言ってたのは母さんじゃないか!

それをちょっと見た目が変わってるってだけで保健所!?安楽死!?

ふざけんのもいい加減にしろよ!!」


「翔太様」


「悪いけど、今の母さんの意見は何も聞く気にならない!

泪乃は俺たちが拾ったんだ、俺たちが責任を持って飼う!

もし母さんが反対するのならマンションでも借りて出て行ってやるよ!!」


「…お前」

「行くぞ、姉貴」

「あ、ああ…」


俺は姉貴の手を取ると怒り任せにドアを開けて二階へ登っていった。

廊下の途中で姉貴の足が止まる。


「どうしたんだよ?」

「いや…何でもない、まさか私がバカに遅れを取るとは思わなかっただけだ」


俺はぽりぽりと鼻の頭を掻いた。


「…全部姉貴に教わったことだ」

「え?」


「小さな頃から言ってたろ、

口癖みたいに、「自分の信念を曲げるな」だの、「一度自分のやったことに責任を持て」だの」


「あ、ああ…そうだな、本当にそうだ…」


「だから泪乃の面倒は俺が、いや俺たちが見る、誰が何と言おうとだ」

「そうだな…私たちは泪乃の飼い主なのだからな…」

「そういうことだ」

「ふふ…何だか晴れ晴れとした、スッキリとした気分だ、

今日は特別にビーフジャーキー二本やってもいいだろう」

「お、そりゃ泪乃も喜ぶぞ」


そう言って笑い合うと再び俺たちは歩き出した。

姉貴の部屋のドアを開ける。


「泪乃…?」


泪乃の姿が見えない。

クローゼットの中か?

そう思ってクローゼットを開けるがそこにも姿は見えなかった。


「おい…」

姉貴の声が震えているのに気付くのに何秒かかっただろう。

俺は姉気の方へと振り向いた。

姉貴は一枚の紙を持ってわなわなと震えていた。


「どうした…?」

俺がその紙を横から覗き込むとみみずがのたくった様な文字で二行、簡潔に書かれていた。






「ごめんなさい、さようなら」と。





見覚えないはずがない。

先ほど見た筆跡…間違いなく泪乃の文字だった。


俺は真っ青になった姉貴の手を引っ張って直ぐに家を飛び出した。

俺は姉貴の手を引きずるように外へと飛び出す。

途中、何か言いたそうな母さんと目が合ったがあえて無視した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ