ひとみVS禿沢&シモーナVS俺
「さっきから黙って聞いていれば冠凪ひとみ!
もう金持ちだからとかそういう目で見んぞ…やはり貴様と俺様は相容れない存在だ…!!」
「こちらは元々、貴方のようなばい菌と同じ空気を吸うだけでもお断りなのです!!」
と二人の間にバチバチと火花が飛び散った。
「くくく…良かろう、冠凪ひとみ、ならば勝負だ!」
「いいですとも!!」
二人のバックには活火山が噴火したような背景が今にも出そうな勢いで
ドーン!という効果音と共にぎりぎりと向き合った。
「では、公平な審判をするために私が審判をしてやろう」
「姉貴?何考えてんだ!?」
俺が姉貴の方を見ると姉貴は意地悪そうな笑顔を浮かべて
「こんなバカなイベントを見逃してやる手はあるまい、
何ならはげピザの完敗で奥さんに愛想を尽かされるというのも面白いな」
「待て、滝沢シモーナ、貴様は冠凪グループの手先ではないか!?」
「ふざけるなよ、はげピザ、私はどこにも所属しない、
目の前に金品をぶら下げられてヘコヘコするどこぞの高校教師とは違うんだ」
相変わらず容赦ねぇな…
禿沢は姉貴の言葉にぐぐぐぐ…とか唸ってる。
「では種目はそうだな、これが良かろう」
そう言って姉貴が指差したのは型抜きの屋台だ。
未だ絶滅してなかったのか、型抜き。
「良いだろう、覚悟は出来たか?冠凪ひとみ!」
「ふん、貴方のように阿諛追従をモットーとした人間にあたしが負ける訳が無いのです」
「あゆ・・・何?」
禿沢の疑問に姉貴がやる気のない声で答える。
「自分が気に入られるためになんでもする人間のことだ、
正にはげピザのためにある四字熟語だな」
「しかし型抜きじゃどっちが勝つかなんて分からないだろ?集中力の勝負だからな」
俺がそう言うと姉貴は鼻で笑い
「甘いなバカ、ド変態は日頃から物書きとして集中力を高めている」
「それなら禿沢だって授業内容考えたりで集中力高めてんじゃねぇのか?」
「はげピザの授業をお前はちゃんと受けたことがあるのか?
あんな教科書通りの授業、応用の欠片も無いテスト問題、
あれで頭を使ってるとするなら一度病院に行ったほうがいいレベルだ、
結論、はげピザは考えて授業を行っていない、
つまり、集中力の差はド変態とは月とスッポン、太陽と線香花火くらいの差があるさ」
そんなものかね…と2人を見てみるとひとみは
確かに無言でひたすら型抜きに打ち込んでいるのに対して
禿沢は一々後ろから掛かる奥さんの声援にだらしない笑みを浮かべて振り返り手を振っていた。
「なーなー、せんぱい、ふたりはなにをやっているのだ?」
そう言って田辺が俺の袖を引っ張ってきた。
「何だ、田辺、型抜き知らないのか?」
「し、しってるぞ、せんぱいをためそうとしただけなのだ!
あれだ、かたをぬくんだ!こうはかしこいからこのくらいしってるのだ!」
いや、まぁ大体合ってるけど…
「幼女、型抜きで使われているあのシートは食べられるんだぞ」
「ほ、ほんとか!?」
「ああ、はげピザが失敗したやつがあるだろ?試しに食べてみるといい」
「おあー、これがくえるのかー!?しんじられねー、
あははははーーー、はげさわー、いっこもらうぞーー!!」
そう言うと『失敗していない』方の型抜きをひょいと
横から奪って田辺は口の中に放り込んだ。
「あ、ああああああああああ!!」
禿沢はあまりの出来事に頭を抱えてパニくっている。
「もむもむ…ぶちょー、あまりおいしくないのだ…」
「誰が美味い物だと言った?私は食べられると言っただけだ」
「むきー!こうをだましたのか!?」
「騙してない、事実を言っただけだ」
「くぅ~…なぁなぁ、ふくぶちょう、くちなおしにりんごあめがたべたい」
「はぁ!?お前、まだ俺の財布から金を搾り取る気か!?」
ブツブツと言いながら章太郎は田辺と共にリンゴ飴の屋台へと向かった。
「出来たのです!」
そう叫ぶとひとみは立ち上がり崩れない様にそっと綺麗に抜かれた型を屋台のおっちゃんに見せた。
「こ…これはうちの店でもっとも難易度の高い不死鳥じゃないか…!お譲ちゃん、やるねぇ!」
「それほどでもあるのです、あたしはあそこで
最低ランクのみかんにすら手こずっている二足歩行型単細胞とは出来が違いますから」
ひとみは誇らしげに胸に手を当てて威張った。
「く…くぅううううううううううう…」
ひとみの言葉を聞いて心底悔しそうに呻き声を上げる禿沢。
「ふ、ふん、こんなガキの遊びに付き合っていられるものか!帰るぞ、マイワイフ!!」
「まぁあなたったら子供の遊びで大人気ない、可愛い人」
奥さんの最後の一言に文芸部員全員が固まる音がした。
…確かに俺にはその音が聞こえた。
「では」
と言ってペコリと奥さんは低い頭を更に低く下げてお辞儀をすると禿沢の後を追っていった。
「…ま、まぁ、世の中には変わった趣向の人間もいるという事だな…」
若干、頬を引きつらせながら姉貴が呟いた。
「あの宇宙の汚点…あんな可愛い子を毎晩手篭めにしているんですか…
ふふふ、先輩、あたしは今ちょっと本気で殺意が芽生えそうですよ…」
ひとみもひとみで危ない事を言い出した。
くぃくぃと姉貴の浴衣を引っ張る泪乃。
「どうした?」
泪乃はそわそわしながら姉貴とある屋台を交互に見る。
それは輪投げ屋だった。
「なんだ、やりたいのか?」
姉貴の問いにこくこくと頷く泪乃。
「ふむ…まぁ、いいか、ただやるのも面白くないな、よしバカ、私たちも勝負するか」
「はぁ?やだよ、メンドクセェ…」
そう呟く俺に姉貴はにやりと笑い
「こんなにも飼い犬が哀願しているのに関わらず問答無用で
切り捨てるとは流石人としてどうかしてるな、こんなバカな弟を持つ私も災難だな、
なぁ泪乃?泪乃はこんなにやりたがってるのになぁ?」
「くぅ~ん」
ぐぉ…容赦の無い罵詈雑言を浴びせてくる姉貴と大きな瞳で
懇願してくる泪乃の前に俺はあっさり撃沈。
「先輩っ!頑張ってくださいなのです!」
「おー、いけいけ、ふたりともー!」
「まぁ、適当にやってろ」
三者三様のご声援ありがとうございます…。
「親父、3人、1人5回分だ」
そう言うと姉貴は巾着から財布を取り出して金を店主に払う。
「負けた方は何をするんだ?」
「そうだな、カキ氷でも奢って貰おうか」
「そんなんでいいのか?」
姉貴は少し怪訝な顔をして「どういう意味だ?」と言った。
「いや、姉貴のことだから1人逆立ち町内一周とか
1人カラオケ72時間耐久レースとか提案してくるのかと…」
「一度貴様の中での私の価値感を洗いざらい吐いてもらう必要があるな…」
冷ややかな目線で姉貴が呟く。
「泪乃は対象外だな?」
「当然だ、ルールも知らない奴を入れるほど私も鬼ではない」
これはちょっと嘘だな。
対象外なのはあくまで泪乃だからであって例えば
これが田辺相手だったりすれば姉貴は問答無用で最下位に引きずり込むだろう。
なんだかんだで親バカ、いや飼い主バカなんだよな。
そう思うとちょっと姉貴が可愛く見えてきて思わず吹き出してしまった。
「…なんだ?」
ジト目でこちらを見る姉貴。
「いや、何でも」
「よし、じゃあ始めるぞ」
そう言うと姉貴はすぐさま手首のスナップを利かせて一つのCDをゲットした。
「ふふ、まず1点先取だ」
「なろっ…」
俺は無難に「夏祭りで好きな商品一つ貰える券」と書かれた場所を狙う。
スポッという音と共に棒に輪が吸い込まれる。
「よっしゃ」
「ふん、イキナリそんな券を狙うなんて
もう負けを覚悟して自分の金をケチりたいだけじゃないのか?」
くぉお…人がせっかく悦に浸ってるときに何言うかね、この女。
「ふん、まぁ1対1だな、次だ次」
そう言って姉貴と俺は交互に輪を投げる。
現在5対4、俺の順番だ。
空いてるのは後5つ・・・どれも高難易度だな、
くそっ。意を決して投げようとした時後ろから不意に声がした。
「せーんぱいっ!これを決めたらあたしが良い事してあげちゃいます!!」
はぁ!?ひとみか?
後ろから何叫んでんだあいつ…。
つるっ。
…あ。ひとみの言葉とほぼ同時にすっぽ抜けるように俺の手から輪が外れた。
ふわりと空中を舞ってぽとりと地面に虚しく落ちる輪。
「ふ…私の勝ちだな」
「む、無効だ!今のはひとみが声を突然かけてきたから…」
「原因が何にせよ、外したのは事実だ、この勝負、私の勝ちだ、
はっはっは、残念だったなバカ、私に勝とうなど100年ほど早かったな」
「く、くそ…たかが輪投げで負けただけなのに何だこの敗北感は…」
俺はきっとひとみを睨むとひとみは軽くごめんなさいと舌を出して両手でこちらを合わせていた。
…はぁ、そんな謝られ方したら許さない訳に行かないだろ…。
「さぁ、泪乃。お前の番だ、やってみろ」
そう言うと姉貴は輪を5つ泪乃に渡す。
「わふっ」
泪乃は1つの輪を口に加えると勢いよく上半身を捻って輪を飛ばした。
しゅるるると飛んだ輪はブーメランのごとく途中で引き返して
丁度一番高難易度と思われる景品の場所へ嵌るように入った。
「わふっ」
その後4つも全く同じやり方で残り4つの景品を瞬く間に掻っ攫う。
…うわぁ、輪投げ屋の店主、呆然と見てるよ。
「泪乃のやつ…中々やるじゃないか…」
「泪乃ちゃん、凄いのです…」
こうして全景品をゲットして
「お譲ちゃんたちには敵わないなー」
と半泣きになる店主を横目に俺たちは全景品を抱えてその場を後にした。
…ちなみにカキ氷はきっちりと先に取った
「夏祭りで好きな商品一つ貰える券」で奢った。
姉貴が選んだのはレモン味だ。
1人で食べるのはあれだからとかいう理由でひとみと田辺と章太郎の分まで奢らされた。
仕方ないので俺は自分の分とカキ氷屋のおっちゃんに頼み込んで泪乃用にシロップの
かかってないただの砕き氷を購入。
何の味もしないはずのシロップなしカキ氷を泪乃は美味そうに平らげていた。
「…ふぅ」
夏休み最終日、姉貴はそう溜め息を漏らすとペンを置いた。
「何書いてたんだ?」
「夏休みの記録だ」
「ふぅん…相変わらず文学のことは真面目だな、姉貴は」
「失敬だな、バカ、私は何時でも大真面目だ」
「…まぁ、いいけどさ、明日から学校なんだから早く寝ろよ」
「私の台詞だ、バカ!何時までも泪乃の相手ばかりしてないで寝ろ!!」
「へいへい」
俺はそう返事をすると泪乃の頭を軽く撫でて自分の部屋に戻った。