ワナビアンナイト:ワナビがバズってナニしたか?
俺はワナビだ。
ネットで調べると以下の文が出てくる。
(ワナビ(Wannabe)は、英語の 「want to be」(〜になりたい) を縮めた俗語・スラングに由来する言葉です。)
もう一度言おう、俺はワナビだ。
小説家になりたい。
漫画家にもなりたい。
ゲームクリエイターも捨てがたい。
できれば映画監督なんかもやってみたい。
……つまり、夢は多い。
そして、何もしていない。
「いつか、本気を出せば……」それが俺の座右の銘だった。
現在二十八歳。
ニートで自宅警備員で……つまり、無職。
実家暮らし。
お袋はオレの就職をあきらめた。親父は今は何も言わない。
部屋には買っただけで一度も読んでいない創作論の本が十三冊。
未開封の液タブが一台。
インストールしただけで起動していない小説執筆ソフトが二本。
そして、去年の正月に書いた「今年こそ創作する!」と書かれたA4の紙が机の前に貼ってある。
今年も九月になった。
俺は今日も布団の上でスマホをいじっていた。
何か面白いものがないか探している。ショート動画、Xにアダルトチャットと海外の無修正動画サイトを周回する。
……創作のためだ。
そう、もちろん創作のためなのだ。
決して暇だからではない。……はっ?!日付変わってるし。
いやいや、決して暇ではない。
深夜、暗闇に浮かぶスマホの明るい画面。
クソ、ソシャゲの「ハーレムメイドバスターズ」100連回して天井すり抜けたよクソが!
そんな俺に、突然――天啓が降りた。
「……宇宙人が、町内会費を払ってる」
自分でも意味が分からなかった。
だが、続けて浮かんだ。
「しかも、地球侵略のために来た宇宙人なのに……町内会長が怖すぎて逆らえない」
さらに浮かぶ。
「町内会の回覧板を回さないと、町内全員から苦情が来る」
「ゴミ出しの日を間違えると、宇宙船ごとゴミ捨て場に捨てられるが、資源ごみは月末ですと回収不可の剥がれづらいシールを貼られて難を逃れる」
「最終的に宇宙人が『地球侵略より町内会のほうが怖い』って泣く」
俺は飛び起きた。
「……天才じゃね?」
久しぶりに、脳が震えた。
鼻から脳が漏れた。いや違う、これは鼻水だ……。
これだ。
とりあえず、これを書けばいい。
今まで俺が書かなかったのは、才能がなかったからじゃない。
【本当に書くべきネタに出会っていなかっただけだ】
俺は三時間で短編を書いた。
推敲?
しない。
誤字?
知らん。
タイトルは、
『宇宙人、町内会に入る』
勢いだけで投稿した。
「まあ……こんなの、分かる奴には分かるだけだろう」
そして、寝た。
◇
翌朝。
スマホが震えていた。
最初は目覚ましだと思った。
だが、違った。
通知だった。
一件。
三件。
十件。
百件。
「……?」
さらに震える。
止まらない。
画面を開く。
コメント。
シェア。
いいね。
引用。
通知。
通知。
通知。
通知。
「え?」
俺は画面を見つめた。
昨日投稿した短編が、拡散されていた。
しかも、とんでもない勢いで。
『朝から腹筋死んだ』
『なんだこれwww』
『宇宙人が町内会長に土下座するところで無理だった』
『意味不明なのに妙にリアル』
『今年一番笑った』
『これ書いた人、天才だろ』
最後のコメントで、俺の手が止まった。
「……天才」
胸が熱くなった。
そうだ。
やっぱり。
俺は天才だった。
今まで世間が俺を評価しなかっただけだ。
才能はあった。
ずっとあった。
俺自身が、それを持て余していただけなんだ。
フォロワーが増えている。
昨日まで二十七人だったのが、
百。
千。
一万。
「……一万?」
俺は笑った。
笑いながら、震える手で画面を更新した。
さらに増えている。
「はは……」
スマホが震える。
震える。
震える。
充電器につなぐ。
通知が来る。
また来る。
俺は布団の上で笑い続けた。
「俺……作家になれるじゃん」
母親が昼食を呼びに来た。
「ご飯よ」
「今忙しい!」
「珍しいわね」
「俺、今バズってるから!」
母親は何も言わず、ドアを閉めた。
俺はまた画面を見た。
コメントが流れていく。
知らない人が俺を褒めている。
知らない人が俺の作品について語っている。
俺の作った世界を、俺の知らない誰かが楽しんでいる。
こんなことがあるのか。
俺は笑った。
……泣きそうになった。
「……俺、やればできるじゃん」
その夜。
俺は眠らなかった。
ずっと通知を眺めていた。
何度も何度も更新した。
「〇〇〇出版の■■です。ぜひ短編集への掲載許可を……」
「▲▲▲社の◎◎です。コミック化とシリーズ化の企画を……」
……というDMが飛んでくることを期待した。
「せっかくなんで、美人編集者付けてもらって……むふふ」
「ヒットしたらお袋連れて世界中を取材旅行かな……」
「ファンの推しになって、コスプレイヤーにモテて……」
何も起きていない現状でも、その先に期待させるバズリだった。
そして、夜が明けた。
◇
昼。
俺は目を覚ました。
スマホを手に取る。
通知は――三件だった。
「……あれ?」
昨日の勢いが嘘のようだった。
検索する。
話題になった投稿は、もう流れている。
新しい話題。
新しい炎上。
新しいニュース。
誰も俺のことなんて覚えていない。
昨日あれほどあったコメントも、タイムラインの遥か下に沈んでいる。
フォロワーは少し増えていた。
それだけだった。
「……」
俺は画面を閉じた。
部屋が静かだった。
昨日は世界中が自分を見て、賞賛していたような気がした。
でも、それは一晩だけだった。
俺は布団から起き上がった。
机を見る。
液タブがある。
買っただけの創作論がある。
俺はしばらく、それらを眺めた。
「……まあ」
そしてスマホを開いた。
「一発当てたんだから、もう『ワナビ』じゃないよな」
昨日の短編を読み返す。
宇宙人が町内会長に怒鳴られている。
自分で書いたのに、少し笑った。
「……俺、やっぱり天才だな」
そう呟いて、また布団に戻った。
スマホの画面には、
『宇宙人、町内会に入る』
というタイトルが表示されていた。
その下には、
昨日より一つ増えた「いいね」
があった。
俺はそれを確認すると、満足してスマホを伏せた。
そして……
今日も何もしなかった。




