ピンク・エターナル・クリスタル
「どうかした、スノー?」
ご主人様に呼びかけられて、僕は顔をあげた。
「な、なんでもありません」
ご主人様は心配そうな顔をしていた。
―僕の思っていたことが、顔に出てたのかな―
「さびしそうだったけど」
「いえ…。少し、昨年のことを思い出していました」
昨年の初冬。それは、僕があの子と出会ってから間もないときだった。
「今日はどこへ行かれるんですか?」
お出かけが好きだった僕は、ご主人様にそう訊いた。
ご主人様はにっと笑って、
「マイピクさんとこにね」
と言った。
―今日はいったいどんなマイピクさんの家に行くんだろう―
そんなことを思う。
大抵、ご主人様が「マイピクさん」というときは、僕の知らない人のところへ行く。知り合いの人のところなら、名前で呼称するから。
その人のところは結構遠い場所にあった。
「こんにちは」
ご主人様は少し大きな声でそう言った。
少ししてから出てきたのは、女性だった。
「いらっしゃい」
笑顔でご主人様と僕を受け入れてくれた。肩にはこの方のはんもんらしき方が乗っかっている。
「こんにちは、僕、Snowといいます」
「こんにちは、自分はSpitefulと申します。スノー様ですね、よろしくお願いいたします」
丁寧な口調で、さらにお辞儀までしてくれた。
―あ、丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします―
そう言おうと思ったら、スパイトフルさんはお辞儀した姿勢のまま肩から落ちてしまう。スパイトフルさんのご主人様がすぐにキャッチした。
ご主人様同士がしゃべっている最中、僕はここのはんもんたちと会話をしていた。そしてそんな中で目に留まったのが―
「スノーっていうんやな。しろすけって呼んでもええか?」
片眼を包帯で覆った女の子のはんもんだった。
「あ、はい、いいですけれど…」
最初、どきっとしたけれど、かなりフレンドリーな対応で僕は次第に打ち解けて行った。
彼女の名前はノーノさんというらしい。
彼女との他愛もない話を続けているさなか、唐突にノーノさんは目を見開いて僕に突進してきた。
「うわっ!」
―なにするんですかっ!?―
そう続けるつもりだったのだけど。
「なんや、これ!? おもろいなあ!」
僕の翼をしきりに触ってくる。伝わってくる、ノーノさんの手の感触。
どくん
何か聞こえたような気がした。
どくん どくん
僕の、胸からだった。
どくん どくん どくん
次第に僕の顔が赤面していくのが分かった。
ぐるぐるぐるぐる目が回る。
僕は何も言えずに、そのまま意識を失った。
「大丈夫、スノー?」
目を開けると、そこには声をかけてくれるご主人様の姿があった。
「どうかした?」
「……あの場所にいた…ノーノさんという方に、僕の翼を触られて…体が熱くなりました」
若干、僕の中で、僕が照れているというのが感覚で分かった。
「そ、そう…だったんだ。恋だね」
「恋…?」
驚きだった。恋という言葉の意味は知っていたけど、僕にそんなときが訪れるなんて。
僕は、ご主人様に仕えるだけで終わる生涯だと思ってた。
僕にも、こんな感情があったなんて。
「ぼ、僕は…本当に、あの子のことが好きなのでしょうか。単に女の子でしたから、恥ずかしかっただけなのでは、ないのでしょうか」
「ちがうね。だって、女の子のはんもんだったら、他にも会ってる子はいるでしょ。一目ぼれじゃないかな」
「では…一目ぼれで成功した告白はあるのでしょうか」
「!」
僕はいったい何をご主人様に訊いているのだろうか。ご主人様だって流石に驚いた顔をしている。
そう、僕はご主人様に仕えていればそれでいい。余計な煩悩は増やさないほうがいいんだ。
けれど、ご主人様の口から出た言葉は、僕の予想とは全く違っていた。
「あ、しろすけ!」
笑顔で手を振ってくれるノーノさん。
あれから、僕は自分が出来ることを考えてみた。
―僕は、氷の力を持ってる―
僕は、その氷の力にノーノさんに対する想いをこめて、永久の雪の結晶を作り出した。
今まで作ったことのある永久の雪の結晶とは違い、それは鮮やかな桃色に染まっていた。
それから、ノーノちゃんへの想いを取り払って作ってみると、いつもの青色の澄んだ永久の雪の結晶ができた。
明らかなる、ノーノさんへの、恋の表れだった。
こんなものが出来上がったときは、心底羞恥したけれど、もう恥ずかしさなんていい。
ご主人様だって、言ってくれたんだから。
「スノーの人生はスノーのものだから、告白するかしないかは、スノーが決めるといいよ。その結果がどうなったとしても、僕はスノーを怒ったりはしないから」
僕は、ノーノさんの目の前に立った。というより、ノーノさんが既に僕の目の前に立っていたのだけれど。
「ノ、ノーノさん…」
「なんや?」
笑って応えた。僕の鼓動が早くなる。
「こ、これを…」
手が震える。おさえろ。おさえろ。おさえろ。
「受け取っていただけませんか……?」
結局、手が震えるまま、桃色に染まった永久の雪の結晶を渡すことになった。
「これは…?」
「ぼ、僕の力で作った…永久の雪の結晶というものです…。常温でおいてあれば、絶対に融けることはありません…!」
「そうなんか…冷たいなあ、これ」
ノーノさんは、結晶よりも、僕の手と顔を交互に見ていた。
「なにやってんねん。手震えるぐらいさむなるんやったら、無理せんでもええのに」
そしてノーノさんは、とりあえず体にもらった結晶をつけると、両手で僕の手を抱え込んだ。
どくん どくん どくん どくん どくん どくん
また、鼓動が早くなる。緊張しているんだ。
「で、どないしたん?」
「あ、え…と…その…」
うまく口から言葉が発せられない。
二十秒ぐらい沈黙があったかと思うと、
「ノ、ノーノ、さん!」
のどにつかえていた言葉を、思い切り吐き出した。
「つ、付き合ってくださいませんか! ひ、一目ぼれしてしま、しまいました!」
さすがに、いきなりの言葉にノーノさんもきょとんとしていた。
そして、ふっと口角が上がったかと思うと、
「ええで。うち、告白されたの初めてや。しろすけみたいなん、うちも好きやで」
ほとんど一方的で。
断られることを前提として。
自分の想いに嘘をつかずに。
相手に自分の気持ちを伝えた。
そして―ここに両想いの恋人ができた。
「そっか…しばらく向こう行ってないから…」
こくりとうなずくことしか出来ない、僕。
「それじゃあ…」
ご主人様の言葉に僕は顔を上げる。
「次の日曜日にでも、行こうか」
僕の顔は自然とぱあと明るくなっていた。
*
僕は、恋人ができたことによって、ご主人様に仕える立場のくせに、差し支えになってしまっているんじゃないかな。
それでも許してくれるご主人様には感謝してる。
でも、僕らはんもんはご主人様に仕えることが第一前提。
それをなおざりにして、恋人と会えないから、としょぼくれるのは、間違っているんじゃないかな?
僕は、これからも成長しないといけない。
*