管他所の区画の怪物が、うちに来た②
午前十時。抽出業務中。
セラの抽出をしていた。106%→90%。NT-6200は快調。
「今日のつまらない話は何ですか」
「水洗レバーの修繕費が500ポイントだった話」
「あっ、あれあたしのせいだ……ごめん……」
「いいですよ。レバーくらいなら」
「レバーくらいって、月給の六割だよ!?」
「知ってたんですか」
「メルトが計算してくれた!」
メルトの計算能力が区画の経費意識を向上させている。いいことなのかもしれない。
その時、端末が鳴った。
メッセージではない。外部通信。第七区画宛ではなく、全区画一斉送信。
<緊急通達 第4,812,006,488号>
<件名:第九地下区画 変位個体脱走事案>
<第九地下区画収容の変位個体008、分類名【渇望の人形遣い】が、本日09:47、収容エリアから脱走しました。>
<当該個体は現在、第九区画から上層方向へ移動中と推定されます。>
<全区画の管理者は隔壁扉を閉鎖し、区画内に待機してください。>
<当該個体の危険度:A 能力概要:他者の身体を操作する力>
<接触した場合、即座に距離を取り、視線を合わせないでください。>
<繰り返します。視線を合わせないでください。>
脱走。
他の区画の変位個体が、脱走した。
「つかさ、何……?」
セラが俺の顔色の変化に気づいた。
「第九区画の変位個体が脱走した。上に向かって移動中」
「上って……こっち?」
第九区画は地下98階。第七区画は地下117階。上に向かっているなら、こちらには来ない。
と思ったが、端末にもう一件、通知が来た。
<追加情報:当該個体は非常階段を経由して下層方向に転進した模様。現在位置を追跡中。>
下層。
「……下に来てるのか」
地下98階から下へ。117階はその途中にある。
<全管理者へ追加指示:地下100階以下の区画は、隔壁扉の手動ロックを有効にしてください。当該個体は認証パネルの操作が可能です。>
認証パネルの操作が可能。つまり、普通に扉を開けて入ってくるということだ。
「セラ、抽出は中断。リビングに戻ってみんなを集めて」
「うん!」
セラが抽出室を飛び出した。廊下の壁が一瞬歪んだが、今はそれどころじゃない。
隔壁扉に走った。手動ロックのレバーを引く。がちん、と重い金属音。物理ロックは認証パネルとは独立しているから、外からの電子的な操作では開かない。
戸波さんに連絡。
<第九区画の脱走個体の件、把握しました。隔壁の手動ロック完了。>
返信。
<了解。現在、脱走個体の位置は地下105階付近と推定されています。非常階段を下っています。速度から推測すると、117階への到達は30分後。>
30分。
<第七区画は経路上にありますが、隔壁が閉まっていれば通過する可能性が高いです。ただし……>
「ただし?」
<【渇望の人形遣い】の能力は、他者の身体を操作する力です。壁越しでも、至近距離にいる人間や変位個体に干渉できる可能性があります。>
壁越しに干渉。隔壁で物理的に遮断しても、能力が届く。
<特に、変位個体同士は干渉を受けやすいです。脱走個体が隔壁の外にいる間、第七区画の個体が通路や非常階段の近くにいないようにしてください。>
「了解」
リビングに急ぐ。




