抽出業務は命懸け。なお、危険手当の申請書は148ページです③
11時00分。二人目。セラ。
セラは抽出室に入ってくるなり、にこにこと笑った。
「つかさ、おはよ! 今日も抽出?」
「今日も抽出です」
「がんばろー!」
元気だ。元気すぎる。その元気が物理的な災害に直結することを除けば、好感が持てる性格である。
「じゃあ椅子に座ってもらえますか」
「うん!」
セラが椅子に座る。
座った瞬間、椅子の肘掛けにひびが入った。
「あ、ごめん」
「……大丈夫です。ひびだけなら」
装置を起動する。セラの場合、感情の波が空間に干渉するため、抽出中はできるだけ平穏な精神状態を維持してもらう必要がある。
手順書の事故記録にはこうあった。
『セラの抽出において最も危険なのは、「楽しい」「嬉しい」という正の感情である。管理者との会話が盛り上がった場合、空間歪曲率が急上昇する傾向がある。推奨対応:つまらない話をする』
つまらない話。
「あの、セラさん」
「セラでいいよ!」
「セラ。抽出中は、あんまり楽しくならないでほしいんですけど」
「え? なんで?」
「楽しくなると空間が歪むので」
「そっかー。じゃあ、つまらない話して!」
「……つまらない話」
「うん!」
急につまらない話を振られても困る。
「えーと……配給ポイントの計算方法の話とか」
「つまんない! いいね!」
「いいの?」
「つまんない話してって言ったから、つまんなくていいの!」
それは正しいのだが、「つまんない」と元気に肯定されると話す気力が失せる。
「管理者の月額ポイントは基本給が800ポイントで、そこから居住区の使用料が200ポイント引かれて――」
「うんうん」
「食料配給の基本パックが150ポイント、光熱費が――」
「つかさってさ」
「はい」
「この仕事、好き?」
唐突な質問だった。
抽出装置の数値を見る。安定している。セラの表情は笑顔だが、先ほどより穏やかだ。空間の歪みも感知されていない。
「好きか嫌いかで言えば、まだ判断するには早いです。三日目なので」
「三日目かー。前のひとは、一週間で『辞めたい』って言ってたよ」
「……辞められたんですか?」
「ううん。辞められなかった」
セラの声が少し静かになった。
「あのひと、優しかったよ。メルトのノートもちゃんと補充してたし、ラグナと一緒に走ってくれたし。カイムの冗談にも付き合ってた」
「いい人だったんですね」
「うん。でも、いなくなっちゃった」
空気が重くなった。抽出装置の数値がわずかに揺らぐ。感情の波が出始めている。
「セラ」
「……ごめん。大丈夫」
深呼吸。数値が戻る。
「あたしね、つかさにはいなくなってほしくないなって思う。まだ三日目だけど」
その言葉に、なんと返せばいいのか分からなかった。「いなくなりません」と言い切れるほど、この職場は安全ではない。「頑張ります」と言うのも違う。頑張ってどうにかなる危険度ではない。
「……チョコの在庫管理だけは、ちゃんとやります」
我ながら情けない返事だった。しかしセラは、ぱっと笑った。
「あはは! なにそれ!」
笑った瞬間、椅子の背もたれが割れた。
抽出装置の警報が鳴る。空間歪曲率、許容値を超過。
「セラ、落ち着いて」
「あ、ごめんごめん!」
深呼吸。二回。三回。数値が下がる。背もたれは直らない。
抽出完了。装置を停止させ、データを保存する。
「おつかれさま、つかさ!」
「おつかれさまです」
セラが部屋を出ていく。出ていく際に、ドアの枠を軽く叩いた。枠にひびが入った。
修繕費の請求書、今月だけで何枚になるだろう。




