管理者の朝は、死亡リスクの確認から始まる⑤
事務室に戻り、椅子に座り、天井を仰いだ。
【忘却の魔王】。近づくと記憶が消える。
【現実裂きの勇者】。嬉しいと空間が裂ける。
【沈黙の魔女】。喋ると声が凍る。
【破壊の結晶獣】。存在するだけで建物が壊れる。
【境界の魔法少女】。未来が見えるのか見えないのか分からない。
そして俺には、型落ちの防護スーツと壊れた端末と、表紙しかないマニュアル。
圧倒的に武装が足りていない。いや、武装以前に情報が足りていない。情報以前に人員が足りていない。人員以前に、たぶん、人命が足りていない。
デスクの引き出しを開けると、前任者のメモがもう一枚出てきた。
『この仕事のコツ。①死なないこと。②チョコを切らさないこと。③ラグナに近づきすぎないこと。④カイムの予言を真に受けすぎないこと。⑤セラが泣いたら走れ。⑥メルトのノートを補充しろ。⑦それでも死にそうになったら――』
⑦の続きは、やはり途切れていた。
もしかして、⑦を書いている最中に死んだのではないか。
いや、考えるな。考えても答えは出ない。出ない答えのために使う思考リソースがあるなら、チョコの在庫確認に使え。それが、前任者の遺した最後の教訓だ。
俺は引き出しを閉じ、端末に今日の業務日誌を入力した。
<業務日誌 50億2025年4月3日 灰嶋司>
<本日の業務内容:変位個体との顔合わせ(全5体)>
<特記事項:記憶が0.5秒消えた。空間が歪んだ。声が凍った。床が割れた。明日泣くらしい>
<所感:転職したい>
送信ボタンを押すと、自動返信が届いた。
<転職先は存在しません。明日も頑張りましょう。>
ネビュラス・ドットインクのAIアシスタントは、残酷なほど正確だった。
明日も、ここで生きる。
それだけが、50億年後の世界で俺に許された唯一の選択肢だ。




