臨界点――走れ、管理者①
四月十二日。水曜日。
目覚ましより早く起きた。
というより、眠れなかった。正確には、午前三時の時点で目が覚め、それ以降、天井を見つめたまま朝を迎えた。
起き上がり、端末を開く。
<緊急通知>
<ラグナ:エネルギー値 143%(危険域接近)>
<即時対応を推奨します。>
143%。
昨夜の110%から、七時間で33ポイント上昇。通常の倍以上の蓄積速度。深層からの共鳴現象が加速している。
150%を超えたら警報。200%で暴走。
残り時間は――計算するまでもない。このペースなら、午前中には150%を超え、夕方までに200%に達する。
防護スーツに袖を通す。ガムテープ三重。ファスナーの代わりには心許ないが、これしかない。
端末を握り、事務室を出た。
廊下の空気が、昨日より重い。蛍光灯の明滅が早くなっている。壁に触れると、微かな振動が手のひらに伝わる。建物全体がラグナの体内エネルギーに共振し始めている。
隔壁扉を開け、収容エリアに入った。
リビングスペースに、全員が集まっていた。
ノクスがソファの上で毛布に包まっている。いつもと同じ姿勢だが、金色の瞳が開いている。珍しく、起きていた。
セラが壁際に立っている。腕を組み、表情が硬い。空間が微かに歪んでいるが、意図的に制御しているのが分かる。
メルトがテーブルに座り、ノートを膝に載せている。ペンを握る手は安定している。
カイムがソファの端に腰掛けて、穏やかに微笑んでいる。いつもの微笑みだが、目の焦点が、いつもより少しだけ遠い。明日か、あるいはもっと先を見ている。
そして――ラグナの姿がなかった。
「ラグナは?」
「部屋から出てこないよ」
セラが答えた。
「朝から部屋の中で震えてる。ドアに触ったら、ドア自体が振動してて。中に入れない」
端末を確認する。ラグナの部屋の温度センサーが異常値を示していた。室温38度。通常は22度。ラグナの体内エネルギーが熱として漏出している。
「俺が行きます」
「つかさ」
セラが声をかけた。
「あたしも行く」
「危ない」
「知ってる。でも、あたしなら空間を裂いて逃げ道を作れる。つかさが逃げられなくなった時のために、そばにいたほうがいい」
正しい。セラの能力は空間を裂く力。最悪の場合、空間の裂け目を通じて脱出経路を確保できる。管理者にとって、セラは最高の保険だ。
メルトがノートを掲げた。
『わたしも行く。振動を少しでも抑えられるかもしれない。』
「メルトまで」
『ノートがなくなったら帰る。それまでは役に立つ。』
残り二冊のノートを握りしめるメルトの手は、震えていなかった。
ノクスが毛布の中から声を出した。
「……あたしは行かない」
正直でいい。
「でも……ラグナがうるさかったら、ちょっとだけ忘れさせてあげる。記憶じゃなくて、痛みのほう」
忘却の力で、痛みの記憶を消す。それがノクスにできる、精一杯の助力だった。
「ありがとう、ノクス」
「べつに。うるさいのがイヤなだけ」
カイムが立ち上がった。
「司くん」
「はい」
「黄色だよ。忘れないで」
昨日の伝言。ラグナの好きな色は黄色。
意味はまだ分からない。でも、覚えている。
「行ってきます」
俺はラグナの部屋に向かって歩き出した。
セラとメルトが、後ろについてきた。




