臨界点――試される管理者④
夜。事務室。
エネルギー値の最終確認。
<ノクス:105%(蓄積域)>
<セラ:103%(蓄積域)>
<メルト:98%(安全圏)>
<ラグナ:110%(蓄積域・上昇傾向)>
<カイム:100%(安全圏上限)>
ラグナを安全圏まで下げ切れなかった。110%。しかもモニタリングログを見ると、抽出を終えてからわずか二時間で107%から110%に上昇している。蓄積速度が落ちていない。
明日の朝には120%を超えているかもしれない。120%は警戒域。そこから暴走の200%までは、ラグナの蓄積速度なら最短で半日もかからない。
端末にカイムからのメッセージが入っていた。テキスト入力。カイムは端末の操作が意外とうまい。
<司くん、今日はラグナのそばにいてくれてありがとう。明日のこと、全部は見えないけど、ひとつだけ言えるのは、司くんはまだここにいるよ。明後日も、来週も。だから、安心して。>
予言としてはありがたいが、「まだここにいる」というのが「生きている」という意味なのか、「成仏できずにいる」という意味なのかが判然としない。
<追伸:明日の司くんに伝言。ラグナの好きな色は黄色。役に立つかも。>
意味が分からないが、メモしておいた。黄色。
もうひとつ、メッセージが入っていた。セラからだ。
<つかさへ。明日、何かあるんでしょ? みんな変だし、つかさも焦ってるし、わかるよ。あたしにできることがあったら言って。壁に穴を開けること以外なら、たぶんできる。>
壁に穴を開けること以外。それが、最も得意なことだろうに。
返信を打った。
<ありがとう。明日、もしかしたら手を借りるかもしれません。その時はお願いします。>
セラからの返信はすぐに来た。
<まかせて!>
一文字も余計な言葉がない。彼女らしかった。
防護スーツの背中に貼ったガムテープを確認する。三重にした。これで臨界点を乗り切れるかは分からないが、やれることはやった。
人類最後のブラック企業に入社して、一週間と一日。
明日、初めての臨界点を迎える。
端末に業務日誌を入力した。
<業務日誌 50億2025年4月11日 灰嶋司>
<本日の業務内容:ラグナの緊急エネルギー放出措置(終日)>
<特記事項:ラグナのエネルギー値を127%から110%に低減。安全圏への完全な鎮静には至らず。明日の臨界点に備える。深層からの共鳴現象の可能性あり、上層部への報告を依頼済み(対応:7~10営業日)。>
<所感:ガムテープで世界を救えるか、明日試す>
自動返信。
<ご報告ありがとうございます。ガムテープによる臨界点対応の前例は1件あります。成功率:100%(母数:1)。ご武運をお祈りします。>
母数1で成功率100%。統計的にはまったく参考にならない。
しかし、祈ってくれるAIアシスタントは少しだけ優しいと感じた。




