表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界の管理業務。人材より人命が足りていません――欠勤事由:死亡のため  作者: ぶらっくそーど


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/28

臨界点――試される管理者③


 午前中、ラグナの段階的エネルギー放出を実施した。


 運動スペースの通路を、50メートルずつに区切り、短距離ダッシュを繰り返させる。全力疾走ではなく、六割程度の出力。



「つかさー、なんで今日はいっぱい走るのー?」


「特別トレーニングです」


「とくべつ? やったー!」



 笑顔。天井から粉塵。しかし六割出力のおかげで、壁の被害は最小限に留まっている。


 エネルギー値をモニタリングする。127%……124%……120%……。


 下がっている。ゆっくりだが、確実に。安全圏の100%までは、まだ遠い。


 午前中いっぱいかけて、115%まで下げた。まだ高い。あと15ポイント。


 昼休憩を挟む。ラグナに栄養ブロックと水を渡し、30分の休息を取らせた。


 メルトがノートを持って様子を見に来た。



『ラグナの振動、午前より少し安定してきた。でもまだ高い。』


「115%まで下げたんですが、安全圏までがまだ遠い」


『午後も走らせる?』


「ラグナの体力が持つなら」



 メルトはしばらく考えてから、書いた。



『わたしにできることがあれば言って。わたしの能力は直接役に立たないけど、ラグナのそばにいることくらいはできる。』


「……ありがとう。でも、ラグナが泣いた時の地割れに巻き込まれる可能性がある」


『わたしの周囲では音が減衰する。振動も音の一種。完全には消せないけど、多少は緩和できるかもしれない。』


 音を凍結させる能力が、振動の緩衝材になるということか。


「危なくなったらすぐ離れてください」


『わかった。』



 メルトが頷いた。ノートを閉じ、ラグナの隣に静かに座った。ラグナはメルトの存在に気づいて、少しだけ表情が和らいだ。



「メルト……」

 

 メルトがノートを見せた。


『一緒にいるよ。』


 声にならない言葉が、今日は少しだけ温かく見えた。


 午後も続行する。


 しかし、午後に入ってからラグナの様子が変わった。



「……つかさ」


「どうした?」


「もう走りたくない」



 ラグナが足を止めた。表情が曇っている。



「おなか痛い」



 エネルギーの放出が、身体的な負担になっている。127%まで溜まったエネルギーを急激に下げようとすれば、反動が来る。


「休憩しよう。少し休んでから、またゆっくりやろう」


「……つかさ」


「ん?」


「あたし、なんかへんなの。身体がぐるぐるして、止まんない」



 ラグナの目に、涙が滲んでいた。


 泣く。泣くと、地割れが起きてしまう。



「ラグナ、大丈夫。大丈夫だから」


「こわい。なんかこわい。なかのやつがぐるぐるして、出たがってる」



 なかのやつ。エネルギーが自我を持っているかのような言い方。変位個体(ディスプレイスド)にとって、内なるエネルギーはただの物理量ではなく、もっと根源的な何かなのかもしれない。



 ラグナの目から涙がこぼれた。


 足元の床に、亀裂が走った。



「ラグナ!」


「ごめん、ごめんなさい、止められない――」



 亀裂が広がる。通路の床が割れ始めた。



 メルトが動いた。ラグナの隣から離れず、ノートを掲げた。



『ラグナ、大丈夫。ここにいるよ。』



 メルトの周囲で、空気が微かに冷えた。振動がほんの少しだけ減衰する。完全には消せない。消せないが、亀裂の進行速度がわずかに鈍った。



 俺は防護スーツのまま――背中のガムテープが引きつる感触と共に――ラグナに近づいた。10メートルルールを破っている。しかし、今この子を一人にしたら、もっと悪化する。



「ラグナ、俺の声、聞こえるか?」


「きこえる……」


「深呼吸して。ゆっくり。吸って――吐いて――」



 ラグナの小さな肩が震えている。涙が頬を伝う。足元の亀裂がじわじわと広がる。



「吸って――吐いて――」


「……すー……はー……」



 亀裂の進行が止まった。



「そう、上手い。もう一回」


「……すー……はー……」



 ラグナの震えが、少しずつ収まっていく。涙はまだ流れているが、足元の床はそれ以上割れなかった。



 端末を確認する。エネルギー値:110%。午前中の放出と、今の不安定な放出で、ここまで下がっていた。安全圏まで、あと10ポイント。しかし、これ以上の抽出(ドレイン)はラグナの身体に負担がかかりすぎる。



「ラグナ、今日はもう終わりにしよう。よく頑張った」


「……つかさ」


「ん?」


「あたしのそばに来てくれた」



 10メートルルールを破ったことを言っている。



「来ましたよ」


「……ありがと」


 ラグナが、そっと俺の手を握った。


 小さな手だった。


 握った瞬間、手のひらに振動が伝わった。ラグナの内側で渦巻くエネルギーの震え。


 怖い。正直に言えば、怖い。


 この手を握り返した瞬間に、俺の手が消し飛ぶ可能性はゼロではない。


 でも、離さなかった。


 反対側で、メルトがノートを掲げていた。



『つかさ、手、大丈夫?』


「大丈夫です」



 大丈夫ではないかもしれない。手のひらがじんじんと痺れている。しかし、ラグナの手の震えは少しずつ収まっていた。



「明日、俺がなんとかするから。大丈夫だから」


 根拠のない約束だった。なんとかする方法も、大丈夫の定義も分からない。


 でも、泣いている子供の手を離す理由には、ならなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ