臨界点――試される管理者②
戸波さんに報告した。
「ラグナちゃんの臨界点ですか」
戸波さんの笑顔が、一瞬だけ消えた。
「カイムさんの予言の精度を考えると、無視はできませんね」
「ラグナのエネルギー値は現在127%です。今日中に安全圏――100%以下に下げたい」
「通常の抽出で下げるなら、ラグナちゃんには走ってもらうしかありませんが……127%の状態で全力疾走させると、通路が保たない可能性がありますね」
「段階的にやります。短距離を何度も走らせて、少しずつ放出させる」
戸波さんは少し考えてから、頷いた。
「灰嶋くん、配属一週間でこの判断ができるのは、正直、すごいですよ」
「すごいとかじゃなくて、やらないと死ぬからです」
「それを理解しているのがすごいんです。前任者たちは、臨界点の話を聞いた時点で思考が止まっていましたから」
思考が止まるのは正常な反応だと思う。
止まらないのは、たぶん、異常な速度で順応しているだけだ。
「戸波さん、ひとつ訊いていいですか」
「はい」
「深層から何かが上がってきている可能性はありますか。ノクスもセラもメルトも、下の階層に異変を感じています。ラグナのエネルギー蓄積速度が異常に上がっているのも、外部要因かもしれない」
戸波さんの表情が険しくなった。
「……深層の封印級変位個体が活性化すると、上層の個体にも影響が出ることがあります。共鳴現象と呼ばれています。上の区画の個体のエネルギー蓄積が加速され、臨界点が誘発される」
「それが今起きている……と?」
「可能性はあります。ただ、深層の管理は僕の管轄外でして。上層部に報告は上げますが……」
「対応は?」
「7~10営業日かかります」
「臨界点は明日なんですが」
「ですよねぇ」
戸波さんの笑顔が戻った。困った時に笑う癖は、自然と身についた生存戦略なのかもしれない。
「まあ、今できることをやりましょう。ラグナちゃんのエネルギーを下げること。それが最優先です」
「あと、ひとつお願いがあります」
「はい」
「防護スーツのファスナー、本当にどうにかなりませんか」
「ガムテープなら事務室にありますよ」
「ガムテープで臨界点を生き残れるんですか」
「生き残った前例はありますよ」
前例があるのか、ガムテープで。
「それって……佐久間さんですか?」
戸波さんは微笑んだ。肯定とも否定ともつかない微笑みだった。
この組織は、底の見えない棺桶だ。




