日常業務とは、生き延びることである③
戸波さんに、臨界点の件を報告した。
「カイムさんが、来週の水曜日に臨界点が来ると言っています」
戸波さんは端末を操作しながら、いつもの微笑みで応じた。
「カイムさんの予言ですか。精度は?」
「本人曰く、八割」
「八割か。先週の非常階段の件は当たりましたからねぇ」
「それを踏まえて、何か準備は」
「準備ですか」
戸波さんは画面から目を離し、俺を見た。
「灰嶋くん、臨界点の対応マニュアルは読みましたか?」
「表紙しかないマニュアルですか」
「ああ、そうでしたね」
戸波さんは少し考えてから、言った。
「じゃあ、口頭で説明しましょうか。臨界点が発生した場合の対応は、大きく分けて三段階です」
「第一段階:兆候の検知。変位個体のエネルギー値が通常の150%を超えた時点で、警報が出ます。この段階で抽出を強制的に行い、エネルギーを下げられれば、暴走は防げます」
「第二段階:暴走開始。エネルギー値が200%を超えると、変位個体の能力が制御を離れます。この段階では、対象の区画を隔壁で封鎖し、被害の拡大を防ぎます。管理者は隔壁の内側で、鎮圧にあたります」
「隔壁の内側?」
「はい。暴走している変位個体と同じ空間に残ります」
「それは死ぬのでは?」
「死ぬこともあります」
「あるんですか」
「前例はありますね」
前例がある。淡々と語るな。
「第三段階は?」
「第三段階は、管理者による鎮圧が失敗した場合です。上層部の判断により、該当区画ごと『凍結処理』が行われます。区画のエネルギー供給を遮断し、変位個体を強制休眠させる。ただし、この処理中に区画内にいる人間は……まあ」
「まあ?」
「巻き込まれますね」
つまり、第二段階で死ぬか、第三段階で確実に死ぬか。管理者に用意された結末は、どちらにしても芳しくない。
「なので、第一段階で止めるのが最善です。もし水曜日に臨界点が来るなら、前日の火曜日から各個体のエネルギー値を注視して、兆候を掴むようにしましょう」
「了解です」
「あと、灰嶋くん」
「はい」
「防護スーツのファスナー、直しておいたほうがいいですよ。臨界点の時に背中ガラ空きだと、本当に死にます」
「だから、修理の申請を出したんですが在庫切れで――」
「在庫切れかぁ。じゃあ、ガムテープですかねぇ」
世界の命運を懸けた臨界点に、ガムテープで挑む管理者。
これが、50億2025年の最先端企業である。




