日常業務とは、生き延びることである②
朝の巡回。
ノクスの部屋。ドアをノックする。返事がない。いつものことだ。
「ノクス、生存確認です」
「……いきてる」
布団の中から声がした。確認完了。
次。セラの部屋。ドアをノックする前に、中から声が聞こえた。
「つかさ! おはよう!」
ドアが開き、銀髪の少女が顔を出す。朝から笑顔。朝から空間が微妙に歪んでいる。
「おはようございます。体調は?」
「元気!」
「空間の制御は?」
「えーと……七割くらい?」
七割。残りの三割が空間裂傷になる可能性。
「八割を目指しましょう」
「がんばるー!」
次。メルトの部屋。ドアの下からノートが出てきた。
『おはようございます。異常なし。ノートの残り、二冊です。』
「補充の申請は出しました。三営業日以内に届くはずです」
ノートが引っ込み、新しいページが出てきた。
『はずです、ではなく、届きますか?』
「届かなかったら、俺が買いに行きます」
どこに買いに行くのだという話だが、これは口約束の問題ではなく、メルトの安心の問題だ。ノートがなくなれば、彼女はすべての伝達手段を失う。声が凍る彼女にとって、ノートは声そのものだ。
ノートが引っ込み、また出てきた。
『ありがとう。』
一言だけ。しかし、昨日までの丁寧語が消えていた。少しだけ距離が縮まった気がする。
次。ラグナの部屋。ドアに近づいた時点で、振動が感じられた。
ドアを開ける。
ラグナがベッドの上で跳ねていた。跳ねるたびにベッドの脚が床にめり込んでいる。
「おはよう! つかさ!」
「おはよう、ラグナ。ベッドの上で跳ねないでください」
「なんでー?」
「ベッドの脚が床にめり込んでます」
「えっ」
ラグナが下を見た。ベッドが3センチほど沈んでいる。
「……ごめん」
「大丈夫です。修繕依頼出しておきます」
今週四件目の修繕依頼だ。
最後。カイムの部屋。ノックする。
「はーい」
穏やかな声。ドアが開く。
「おはよう、司くん。生存確認でしょ?」
「はい」
「生きてるよ」
「確認しました」
「あとね」
カイムが少し声を落とした。
「水曜日、近いよ」
分かっている。あと二日だ。
「誰が暴走するのか、教えてもらえませんか」
「うーん。わたしにも、はっきりとは見えてないんだよね。でも……」
カイムは目を細めた。
「深いところから、何か来る感じがする」
深いところ。
この区画のさらに下――【深層】。封印級の変位個体が眠るとされる、最深部。
「深層から?」
「うん。でも、それがこの区画に影響するかどうかは分からない。ただ、何かが動いてるのは確かだよ」
カイムは微笑んだ。穏やかな顔だが、目の奥に、いつもと違うものが揺れていた。
「司くん、怖い?」
「怖いです」と答えた。ノクスに訊かれた時と同じ答えだ。正直に言う以外に、選択肢がない。
「そっか。怖くていいと思うよ。怖くない人は、先に死ぬから」
予言ではなく、経験則のような口調だった。
カイムは何人の管理者を見送ってきたのだろう。何人が、「怖くない」と言って、先に逝ったのだろう。
「気をつけてね、司くん」
ドアが閉まった。




