抽出業務は命懸け。なお、危険手当の申請書は148ページです⑥
16時30分。最後の一人。カイム。
カイムは、抽出室に入ってきた時から笑っていた。
いつもの、穏やかで、少しだけ焦点の合わない微笑み。
「やあ、司くん。お疲れ様」
「お疲れ様です。最後の抽出です」
「うん、知ってるよ。明日の司くんがそう言ってたから」
もう何も訊かない。訊いても答えが時間軸をまたいでくるだけだ。
「椅子に座ってもらっていいですか」
「いいよ」
カイムが椅子に座る。問題なし。装置を起動する。問題なし。光の膜が展開する。問題なし。
数値が動き始める。3%……5%……8%……。
安定している。カイムの抽出は、手順書によれば「予測困難」と記載されていた。安定する日もあれば、装置が時間的に前後する日もあるらしい。「装置が時間的に前後する」という文言の意味を、俺はまだ理解していない。理解したくない。
12%……15%……。
「司くん」
「はい」
「この仕事、長く続けるつもり?」
今日だけで二回、同じ趣旨の質問をされている。セラとカイム、訊き方は違うが中身は同じだ。
「辞めたくても辞められないので、続けるしかないです」
「そっか」
カイムは少し黙った。
「……ねえ、ひとつ教えてあげる」
「なんですか」
「来週の水曜日、気をつけてね」
また予言か。
「何が起きるんですか」
「臨界点」
その単語に、空気が変わった。
「臨界点、というと」
「変位個体の暴走。来週の水曜日に起きるよ。たぶん」
「たぶん?」
「うん。たぶん。八割くらいの確率で」
「残りの二割は?」
「木曜にずれるかも」
予言の精度が中途半端に高い。曜日の誤差はあるが、「臨界点が来週起きる」という情報自体は、もし本当なら致命的に重要だ。
「誰が暴走するんですか」
カイムは微笑んだ。
「それは、起きてからのお楽しみ」
お楽しみという単語を使っていい文脈ではない。
20%。抽出完了。カイムが椅子から降りる。
「司くん」
「はい」
「泣かなかったね、今日」
……そういえば、昨日カイムは「明日の司くん、泣いてたよ」と言っていた。
「泣いてないですけど」
「うん。わたしの見間違いだったのかも。それとも、見たのが明日じゃなくて、もっと先の司くんだったのかも」
カイムは手を振って、部屋を出ていった。
もっと先の俺は、泣いているらしい。
来週の水曜日に、臨界点が来る。
その二つの情報が、繋がっているのかいないのか。
今の俺には、まだ分からなかった。




