抽出業務は命懸け。なお、危険手当の申請書は148ページです⑤
15時00分。ラグナの抽出。
抽出室に入ったラグナは、椅子に座ることを拒否した。
「じっとしてるのイヤ!」
「イヤでも座ってください」
「やだー!」
床が揺れた。
壁に掛けた計器がひとつ落ちた。
「ラグナ、座らないと抽出できないんです」
「走りたい!」
手順書を思い出す。ラグナの抽出方式は「運動によるエネルギー放出」だ。走らせてエネルギーを発散させ、その放出エネルギーを装置で回収する。椅子に座らせる方式ではない。
つまり、さっきまでの静かな抽出とはまったく別の作業になる。
「……分かりました。走ってください」
「やったー!」
ラグナが笑顔で跳ねた。
天井の照明がひとつ割れた。
抽出室の隣には、変位個体用の運動スペースがある。全長200メートルの直線通路で、壁も床も強化素材で覆われている。「強化」とは言うものの、ラグナの事故記録を見る限り、年に二回は改修工事が入っているらしい。
ラグナが通路に飛び出し、走り始めた。
速い。人間の子供の速度ではない。全力疾走するラグナの足元で、床が一歩ごとにひび割れ、壁が振動し、天井から粉塵が舞う。
抽出装置の回収モードを起動する。ラグナが放出する破壊エネルギーを、通路の壁面に埋め込まれたセンサーが拾い上げ、数値が跳ね上がっていく。
3%……10%……18%……25%……。
速い。ノクスやセラの倍以上のペースで数値が上がる。エネルギー量が桁違いだ。
「つかさー! 見てー! 速いでしょー!」
ラグナが走りながら叫んだ。壁がさらに振動する。
「速いです! すごいです! だから壁を蹴らないで!」
30%……35%……。
警告音。振動値が許容範囲を超えている。しかし、ラグナの抽出は規定量に達するまで止められない。途中で止めると、溜まったエネルギーが行き場を失い、本人ごと爆発する可能性がある――と手順書に書いてあった。手順が書いていない手順書のくせに、こういう致命的な情報だけはちゃんと載っている。
40%……50%……。
「あはは! 楽しー!」
笑った。笑うと振動が増す。通路の照明がまた一つ割れた。
60%……70%……。
もう少し。あと少し。
80%……90%……。
「よし! 100%! ラグナ、ストップ!」
「えー、もっと走りたい!」
「100%いったので終わりです! 止まって!」
ラグナは名残惜しそうに減速し、通路の端で止まった。
止まった勢いで、壁に衝突した。壁に人型の凹みができた。
「ごめーん」
通路を見渡す。照明は三分の一が破損。床のひび割れ多数。壁面に人型の凹み一箇所。
修繕依頼の起票、今日だけで何件目だ。
しかし抽出量は100%。五人中で最も効率がいい。走らせるだけで規定量を超える。
問題は、走らせるたびに施設が壊れることだ。
「つかさ! 明日も走っていい!?」
「……いいですよ」
修繕費と世界の存続を天秤にかければ、答えは決まっている。
壊れた照明の数を数えながら、俺はそう答えた。




